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第七章 天穹守護編

第135話 明るい未来に向かって

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 戦いを終えて、俺は正式に天穹守護となった。
 現末席リンドウ・ライテール・ツキシマを第六席に繰り上げ、俺が末席となった。
 それに伴い、第六席は引退となる。
 元々第六席は、還暦を理由に引退を申し出ていたらしい。
 そこをコルチカムが引き止めていた。
 新世代が登場するまでの繋ぎとして、無理強いをさせていた模様。

 生徒会長ジュレスト。
 彼の後任は俺に決まった。
 やることと言えば、月に一回の全校集会でとりとめのない話をする程度で、俺がやると与太話になる。
 しかし、在校生はみな、真面目に聞いていた。
 羞恥心が爆発して死ぬところだった。
 ミラ曰く、話が難解で、誰もついていけなかったのが実情らしい。

 それから、テオネスの現在について。
 今現在テオネスは、向かいの分娩室にいる。
 苦しそうな声と、半ば断末魔の絶叫が扉越しに聞こえた。
 めちゃくちゃ頑張ってる。
 ミラとハルが立会人なので、もし万が一何かあっても、すぐに対応できる。
 その前に、俺が動けという話。
 スレナとリーズはお留守番だけど、大切な我が家を守る重要な任務を与えたつもりだ。
 それに、あまり大人数での来院は好ましくない。
 在校生に目撃されたら事だ。

 テオネス孕んだの!? なんて聞かれたら、俺は一体どうすればいい。
 場所も場所だし、言い訳も苦しいよな。

 妹が…好きすぎて…つい。とかほざいてみようか。
 俺が退学になるわ。

 「おいライネル。わたしも早く体験したいぞ」

 メリナが分娩室を指さして、俺の肩を揺する。
 羨ましさが表に出てる。

 「叔母と甥はヤバすぎです」

 「何がやばいのだ。わたしが良ければいいんだ。早くヤろう」

 「馬鹿いってら」

 と、生意気なことを言ったら、拳骨が飛んできた。
 避ける間もなく、頭蓋骨にダメージを受けた。

 「元気な子が産まれるといいな…」

 メリナがそう言い、長椅子で横になった。
 このまま仮眠を取るらしい。


---

 
 そこから三時間が経過して。
 分娩室から「おぎゃあ、おぎゃあ」と、余韻を残す泣き声が。

 産まれた。
 産まれたのだ。
 遂に、遂にこの時がやって来た。
 俺が叔父になる日がやってきた。

 俺とメリナは、無許可で分娩室の中へと入った。

 「あ、お兄さんですね。元気な女の子ですよ」

 咎めることも無く、助産師が嬉しそうに言う。
 テオネスは赤子を抱えていた。
 真っ赤な深紅の髪の毛だ。
 小さくて、玉のようにぷっくらと頬を膨らませている。
 俺をじっと見たかと思えば、泣き出した。

 「ほらー、パパでちゅよー」

 と、可愛らしい赤ん坊にジョークを飛ばしてみたら、助産師が急に青ざめる。
 ハルはムッとしていた。
 ミラにはそっぽを向かれた。

 「あ…冗談です。はい」

 戒めに、ミラの隣へ移動。
 しかし避けられる。
 汗だくのテオネスが、大事そうに赤子を撫でていた。

 「よしよし。頑張ったねー」

 己の身よりも、赤子を労う。
 実の妹が母になった。
 まるで実感が湧かない。
 嬉しさと興奮に、にやけてしまう。

 「肌、ぷにぷにだな」

 メリナが、赤ん坊の頬を優しくつついた。
 心做しか、すごく嬉しそう。

 「可愛いでしょ?」

 「ああ。なんかもう、上からかぶりつきたい」

 「やめて」

 今度はメリナが、赤ん坊をあやしていた。
 慣れた動きでゆりかごを再現。
 ハルはうずうずと落ち着かない様子だ。

 「あの、そろそろ僕の番…」

 待ちかねたハルが、赤ん坊に触れた。
 すると、メリナがそっと渡した。

 「殺したら、殺すからな」

 ド直球にも程がある忠告であった。
 でも、これには助産師も頷いていた。
 ミラだけ静かだった。

 「可愛い子には旅をさせよ、てな感じよね」

 「まだ早いだろ」

 そう言うと、赤ん坊が「やーやー」と言ってミラの髪を引っ張る。
 泣き止むどころか、キャッキャと笑っていた。
 そのままミラは触診を受ける。
 
 「ごめんなさいね。今私おっぱい出ないのよ。昔は出たんだけど」

 耳寄りな情報を聞いた。
 と、心を読まれて睨まれた。
 場所を考えろってか。
 ごめんなさい。

 「安心しろ、わたしが居る」

 頼もしいくらい立派な物をお持ちの方が言った。
 メリナさんよ、やめときなって。

 「メリナのそれって、何が詰まってるの?」

 「好循環性、最高鮮度の乳」

 「おお。じゃあ出ない時、お願いしようかな」

 「任せろ。たらふく飲ませてやる」

 そんな飲ませたら身体に悪いだろ。
 なんてツッコミを入れたくなる。

 「名前はどうするの? まさか決めてなかったとか、無いわよね?」

 ミラがそう言うと、テオネスはニカッと微笑んで、赤ん坊を抱き締めた。

 「この子には、明るく育って欲しい。昼も夜も狭間も、ずっと眩しく輝いていて欲しい。だから私、ハルと一緒に考えたんだ。この子の名前は『トレミー』。トレミー・ティッカードだよ」

 太陽そのものである、テオネスの子供。
 トレミー・ティッカード。
 大事な大事な、俺の家族だ。
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