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01:将軍の視界
「いやはや、おかしなものだね」
王家主催の夜会で隣に立つ旦那様が少しだけ楽しそうな口調でつぶやく。
「どうかなさいましたか?」
小さく首をかしげて尋ねる。
「目が悪くなってから音や声に敏感になったのだが、声には感情が乗るものだというのがわかるようになった。そして君のおかげでこうして間接的に見えるようになったら、表情にも実によく表れているものだな、とね」
おそらく先ほど声をかけてきた男性のことを言っているのだろう。
「向こうは私が見えていないと思っているから、なおさらおかしくてね」
言葉遣いこそ丁寧だったけれど、明らかに旦那様を見下すような表情だったのだ。
「さてと、挨拶すべき相手は一通り話せたから早めに切り上げるとしようか。こんなところに長居は無用だ」
「かしこまりました、旦那様」
壁際に控えていた旦那様の従者の方に目で合図して3人で会場を出る。
旦那様は腕を組んでいる私に合わせてゆっくりと歩き出す。
入り組んだ廊下も迷うこともなく歩く旦那様だけど、本当は何も見えていない。
今の旦那様に見えているものは私が見ているものだから。
私の勤め先であるお屋敷の旦那様は、隣国との国境紛争を短期間で平定した我が国の英雄と呼ばれる将軍だ。
ところが帰還後しばらくして、ある日突然目が見えなくなった。
原因はわかっていないが、医師の見立てでは怪我や病気ではないだろうとのことで、おそらく呪いなのではないかと言われている。
視力を失ってベッドから起き上がる気力すらなくしてしまった旦那様を看病すべく、濡らした布でお身体を拭こうとした時。
「今、部屋の中が見えた!」
突然起き上がって叫ぶ旦那様。
驚いて一歩下がってしまう私。
「ああ、見えなくなってしまった…」
意気消沈する旦那様に声をかける。
「あ、あの、せっかく起き上がったのですから、少しお身体をお拭きいたしましょう」
返事も待たずに旦那様の腕に触れた時。
「また見えた!…だが、なぜ私自身が見えているのだ?」
その後いろいろと試した結果、私が旦那様に触れると旦那様には私が見ているものが見えるという不思議な現象であることが判明した。
お屋敷の使用人の方々にも協力を願ったけれど、変化があったのは1人だけ。
片方の目を怪我で失った通いの庭師の男性だ。
「うぉっ?!なんだこれ…同じものを別の視点で同時で見てるみてぇだ」
気持ち悪くなりそうだとのことで短時間で終わらせたけれど。
「思うに現象そのものは誰にでも起きているのかもしれないが、自身の見ているものの方が優先されるのではないだろうか?」
旦那様はそう推測した。
理屈はともかく、私がいれば旦那様はものを見ることができるので、どこへ行くにも付き添っている。
ただ、女性の私では一緒に行けない場所もある。
そのため従者の男性も常に一緒だ。
彼はもともとは軍に勤めていたけれど、怪我をきっかけに退職して旦那様が個人的に雇ったそうだ。
旦那様の目が見えなくなって行動を共にするようになったけれど、話しかけても言葉で答えることはほとんどなく、うなずくか首を横に振るだけ。
当初はもしかして嫌われてる?と思ってへこんでいたけれど、私の悩みを聞いた旦那様が笑って説明してくれた。
「気にするな、こいつは昔からこうなんだ。悪い奴じゃないんだが人付き合いがとにかく苦手で、他で働くのは難しそうだから私が雇った」
従者の男性がこくんとうなずいた。
そんなわけで常に3人で行動するようになってだいぶ経つ。
「いつも思うが本当に不思議なこともあるものだな。君のその能力、何か思い当たることはないのか?」
夜会帰りの馬車の中で旦那様に尋ねられる。
「そうですねぇ…祖母が言うには、うちの家系には何代も前に流しの聖女がいたらしいです」
「流しの聖女?」
不思議そうな顔をする旦那様。
「かなり変わった人だったらしく、神殿や貴族などの誘いをすべて断って旅をしながら治癒や解呪をしていたと聞いています」
この国では昔から魔力持ちは極めてまれな存在だ。
おそらく誰かにいいように使われることを嫌ったのだろう。
縁あって理解ある田舎の領主の伴侶になったが、それが我が家のご先祖にあたる。
婚姻後も妊娠出産の時期を除いて1年の半分以上は旅に出ていたという。
「なるほど、聖女か。君の不思議な力はその影響なのかもしれないな」
少し首をかしげる私。
「まぁ、正直よくわかりませんけどね」
「なんであれ、君のおかげで絶望の淵から這い上がられたことは本当に感謝している。いまだにたいした礼もできていないが、何か望むことはないか?多少のことならできると思うが」
旦那様の目の代わりを務めるようになってから給料は跳ね上がり、夜会などに同行するためのドレスや装飾品の費用もすべて出していただいている。
私の実家である国境近くの男爵家の領地が水害の被害にあったと知り、多額の援助までしてくださった。
「これ以上望むことなんて…あっ」
思いついたことはあるけれど、お金でどうこうできることじゃないから難しいかもしれない。
「何だね?まずは言ってみるといい。できるかどうかはこれから考えればいいのだから」
旦那様に促されて話し出す。
「旦那様と同じように目が見えない方の手助けができないか、と思ったのです。ただ、まずは他の方でも見えるのか試す必要がありますが」
今のところ現象が起きているのは旦那様と通いの庭師の男性だけ。
さらなる検証を行う必要があるだろう。
「そうだな、試してみる価値はあるかもしれない。だが、たくさんの人がいるわけだから、それぞれにずっとついてやるわけにもいかないだろう?」
それは確かにそうなのだけれど。
「おっしゃることはごもっともだと思います。ですが怪我や病気で視力を失った方は、もう1度見たいものがあるかもしれません。生まれつきの方も、家族の顔や暮らしている場所など1度でいいから見てみたいと思っているのかも」
普通に見えている私の想像でしかないから、生意気なことを言っていると思われるかもしれない。
それでも私にできることならやってみたいとも思うのだ。
旦那様は少し考えてから口を開いた。
「私の一番上の兄は侯爵家を継いでいるのだが、その領地には身体の不自由な人々のための作業所があると聞いている。まずは偶然を装って試してみるというのはどうだろうか?」
「確かにその方がよいかもしれませんね。期待させてダメだったら申し訳ないですし」
「私も久しぶりに故郷へ顔を出そうと思っていたところだ。さっそく手配することにしよう」
旦那様は帰宅してすぐに執事さんを呼んだ。
王家主催の夜会で隣に立つ旦那様が少しだけ楽しそうな口調でつぶやく。
「どうかなさいましたか?」
小さく首をかしげて尋ねる。
「目が悪くなってから音や声に敏感になったのだが、声には感情が乗るものだというのがわかるようになった。そして君のおかげでこうして間接的に見えるようになったら、表情にも実によく表れているものだな、とね」
おそらく先ほど声をかけてきた男性のことを言っているのだろう。
「向こうは私が見えていないと思っているから、なおさらおかしくてね」
言葉遣いこそ丁寧だったけれど、明らかに旦那様を見下すような表情だったのだ。
「さてと、挨拶すべき相手は一通り話せたから早めに切り上げるとしようか。こんなところに長居は無用だ」
「かしこまりました、旦那様」
壁際に控えていた旦那様の従者の方に目で合図して3人で会場を出る。
旦那様は腕を組んでいる私に合わせてゆっくりと歩き出す。
入り組んだ廊下も迷うこともなく歩く旦那様だけど、本当は何も見えていない。
今の旦那様に見えているものは私が見ているものだから。
私の勤め先であるお屋敷の旦那様は、隣国との国境紛争を短期間で平定した我が国の英雄と呼ばれる将軍だ。
ところが帰還後しばらくして、ある日突然目が見えなくなった。
原因はわかっていないが、医師の見立てでは怪我や病気ではないだろうとのことで、おそらく呪いなのではないかと言われている。
視力を失ってベッドから起き上がる気力すらなくしてしまった旦那様を看病すべく、濡らした布でお身体を拭こうとした時。
「今、部屋の中が見えた!」
突然起き上がって叫ぶ旦那様。
驚いて一歩下がってしまう私。
「ああ、見えなくなってしまった…」
意気消沈する旦那様に声をかける。
「あ、あの、せっかく起き上がったのですから、少しお身体をお拭きいたしましょう」
返事も待たずに旦那様の腕に触れた時。
「また見えた!…だが、なぜ私自身が見えているのだ?」
その後いろいろと試した結果、私が旦那様に触れると旦那様には私が見ているものが見えるという不思議な現象であることが判明した。
お屋敷の使用人の方々にも協力を願ったけれど、変化があったのは1人だけ。
片方の目を怪我で失った通いの庭師の男性だ。
「うぉっ?!なんだこれ…同じものを別の視点で同時で見てるみてぇだ」
気持ち悪くなりそうだとのことで短時間で終わらせたけれど。
「思うに現象そのものは誰にでも起きているのかもしれないが、自身の見ているものの方が優先されるのではないだろうか?」
旦那様はそう推測した。
理屈はともかく、私がいれば旦那様はものを見ることができるので、どこへ行くにも付き添っている。
ただ、女性の私では一緒に行けない場所もある。
そのため従者の男性も常に一緒だ。
彼はもともとは軍に勤めていたけれど、怪我をきっかけに退職して旦那様が個人的に雇ったそうだ。
旦那様の目が見えなくなって行動を共にするようになったけれど、話しかけても言葉で答えることはほとんどなく、うなずくか首を横に振るだけ。
当初はもしかして嫌われてる?と思ってへこんでいたけれど、私の悩みを聞いた旦那様が笑って説明してくれた。
「気にするな、こいつは昔からこうなんだ。悪い奴じゃないんだが人付き合いがとにかく苦手で、他で働くのは難しそうだから私が雇った」
従者の男性がこくんとうなずいた。
そんなわけで常に3人で行動するようになってだいぶ経つ。
「いつも思うが本当に不思議なこともあるものだな。君のその能力、何か思い当たることはないのか?」
夜会帰りの馬車の中で旦那様に尋ねられる。
「そうですねぇ…祖母が言うには、うちの家系には何代も前に流しの聖女がいたらしいです」
「流しの聖女?」
不思議そうな顔をする旦那様。
「かなり変わった人だったらしく、神殿や貴族などの誘いをすべて断って旅をしながら治癒や解呪をしていたと聞いています」
この国では昔から魔力持ちは極めてまれな存在だ。
おそらく誰かにいいように使われることを嫌ったのだろう。
縁あって理解ある田舎の領主の伴侶になったが、それが我が家のご先祖にあたる。
婚姻後も妊娠出産の時期を除いて1年の半分以上は旅に出ていたという。
「なるほど、聖女か。君の不思議な力はその影響なのかもしれないな」
少し首をかしげる私。
「まぁ、正直よくわかりませんけどね」
「なんであれ、君のおかげで絶望の淵から這い上がられたことは本当に感謝している。いまだにたいした礼もできていないが、何か望むことはないか?多少のことならできると思うが」
旦那様の目の代わりを務めるようになってから給料は跳ね上がり、夜会などに同行するためのドレスや装飾品の費用もすべて出していただいている。
私の実家である国境近くの男爵家の領地が水害の被害にあったと知り、多額の援助までしてくださった。
「これ以上望むことなんて…あっ」
思いついたことはあるけれど、お金でどうこうできることじゃないから難しいかもしれない。
「何だね?まずは言ってみるといい。できるかどうかはこれから考えればいいのだから」
旦那様に促されて話し出す。
「旦那様と同じように目が見えない方の手助けができないか、と思ったのです。ただ、まずは他の方でも見えるのか試す必要がありますが」
今のところ現象が起きているのは旦那様と通いの庭師の男性だけ。
さらなる検証を行う必要があるだろう。
「そうだな、試してみる価値はあるかもしれない。だが、たくさんの人がいるわけだから、それぞれにずっとついてやるわけにもいかないだろう?」
それは確かにそうなのだけれど。
「おっしゃることはごもっともだと思います。ですが怪我や病気で視力を失った方は、もう1度見たいものがあるかもしれません。生まれつきの方も、家族の顔や暮らしている場所など1度でいいから見てみたいと思っているのかも」
普通に見えている私の想像でしかないから、生意気なことを言っていると思われるかもしれない。
それでも私にできることならやってみたいとも思うのだ。
旦那様は少し考えてから口を開いた。
「私の一番上の兄は侯爵家を継いでいるのだが、その領地には身体の不自由な人々のための作業所があると聞いている。まずは偶然を装って試してみるというのはどうだろうか?」
「確かにその方がよいかもしれませんね。期待させてダメだったら申し訳ないですし」
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旦那様は帰宅してすぐに執事さんを呼んだ。
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