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02:将軍の帰郷
旦那様は将軍という軍の要職にあるけれど、現在は目のこともあって休職扱いとなっている。
ご本人は退職を願い出たそうだけど、国王陛下から直々に慰留されたらしい。
「今がどうであれ、そなたが我が国の英雄であることに変わりないのだから」
国王陛下にそうおっしゃられては従わざるを得ないだろう。
国王陛下と軍本部の許可を得て、旦那様は故郷の侯爵領へ向かうことになった。
私がいれば見えるというのは秘密なので、あくまで療養のためという名目だ。
国王陛下は最高級の馬車を貸し出してくださった。
馬車の中は旦那様と従者の男性と私の3人といういつもの顔ぶれだ。
「さすがに兄上には事情を説明しなければならないと思うが、大丈夫か?」
現在は旦那様の一番上のお兄様が侯爵位を継いでいる。
「それはかまいませんけど、はたして信じていただけますでしょうか…?」
「まぁ、どうにかなるだろう。かなり驚かれることになるとは思うがな」
まるでいたずらを仕掛ける子供のように楽しげな旦那様。
なんだか別の意味でも心配になってきた。
数日かけて移動し、侯爵家のお屋敷に無事到着した。
私ではなく従者の男性が付き添って馬車を降りる。
いきなり見知らぬ女性の私と腕を組んでいたら間違いなく驚かれるものね。
そんなわけで今の状態では旦那様には何も見えていない。
玄関前には侯爵家の方々が勢ぞろいしていた。
「兄上、ご無沙汰しております」
侯爵様はがっしりとした旦那様と違って細身の眼鏡をかけた男性だった。
「ああ、久しぶりだな。いろいろと大変だっただろう。こちらではゆっくりと過ごしてほしいので、望むことがあれば遠慮せずに言ってくれ」
「ありがとうございます」
旦那様は頭を下げるが、微妙に方向がずれている。
「叔父上、お久しぶりでございます!」
侯爵様の隣にいた少年が声をかける。
「その声は兄上の長男か?前に会った時はまだ片言だったのにずいぶんと立派になったのだな」
「はいっ!もう12歳になりました」
侯爵様によく似た少年がはきはきと答える。
「そうか…目が見えるのなら剣の稽古でもつけてやれるのになぁ。申し訳ない」
「そんなことはございません!叔父上は我が国の英雄です。お会いできただけでうれしゅうございます」
「…ありがとう。ああ、そうだ。握手してくれるか?」
旦那様が手を差し出すと少年がおずおずとその手を握る。
「その手でわかる。しっかりと剣の稽古をしているようだな」
「はいっ!」
少年はキラキラの笑顔を向けている。
旦那様に見えていないのがもったいないくらいだ。
「しばらくこちらで世話になるが今の私は休暇中だ。それにそもそも身内なのだから敬語など不要だ。もっと気楽に接してもらえるとうれしく思うのだが」
「はいっ!」
2人は握っていた手をようやく離した。
屋敷の中に通されて侯爵様ご一家やお世話になる使用人の方々を紹介され、軽い世間話の後で旦那様が話を切り出した。
「兄上、少々内密にお話したいことがございます」
うなずいた侯爵様がご家族や使用人の方々を下がらせ、応接室には旦那様と侯爵様と私の3人だけになる。
「おや、そちらの侍女殿は残ってよいのかな?」
「私が話したいことは彼女が関わることですので。ああ、そうだ。隣に座ってもらえないか?」
「は、はい」
これってもしかして侯爵様に誤解されるのでは?と思いつつも、ソファーに座る旦那様の隣に腰掛ける。
「兄上、実はですね…」
息を飲む侯爵様。
「彼女は今の私の目なのです」
「はぁ?!」
旦那様が私の方に手を伸ばしてきたのでそっと触れる。
「兄上はあいかわらず深い緑色がお好きのようですね。おや?眼鏡を黒縁から銀縁に変えられたのですか。そちらの方がとてもよくお似合いだと思います」
笑顔で迷うことなくテーブルの上のティーカップに手を伸ばし、少し冷めているであろう紅茶を口にする。
「…もしや目が見えなくなったというのは嘘なのか?」
「いいえ、見えなくなったのは間違いありません。今見えているのは、こちらにいる彼女が見ているものを共有しているのです」
旦那様が事情を説明するが、納得できないようだ。
「兄上、何か本をお貸しいただけませんか?できれば私が読んだことのないようなものが望ましいのですが」
しばらく席をはずした侯爵様が持ってきたのは子供用の絵本。
旦那様と私は互いに少し向きを変え、肩で接するようにして旦那様から絵本が見えないようにする。
衣類越しでも接していれば視覚を共有できることは、さまざまな検証の末にわかったことだ。
「ははは、ずいぶんと可愛らしい本を選ばれましたね。では読みましょうか」
『もりのおくふかくに りすのいっかが すんでおりました
きでできたいえには おとうさんりすと おかあさんりすと 3にんのむすこ
いつもなかよく くらしておりました』
旦那様のよく響く低音で読み上げるものだから、本当はおかしくてしかたない。
それでも私は必死で耐えていたのに、とうとう侯爵様が噴き出して笑い始めてしまった。
「ははは!ああ、おかしい…こんなに笑ったのは久しぶりだ」
侯爵様ずるい。
「信じがたいが本当に彼女が見ているものが見えているようだな」
ようやく笑い終えた侯爵様が真面目な口調に戻る。
「理解していただけたようで何よりです」
自分で仕掛けたくせに若干ふてくされたような口調の旦那様。
「それで、お前はどうしたいんだい?」
「彼女は自身の不思議な力が他にも通用するのなら、人々の助けになりたいと考えています。そのための検証を行いたいのです」
その後は旦那様が上手く話を進めてくれたので私は口を挟む必要がなかった。
「では、作業所の責任者には弟が視察に行くと私から連絡を入れておく。早ければ明後日にでも行けるだろう。領都の郊外でここから1時間程度の場所だ」
話はあっけなくついた。
「私はもうしばらく兄上と話すが、貴女は従者と交代して少し休むといい」
「かしこまりました」
廊下に出ると従者の男性が立って控えていた。
「あとはよろしくお願いいたします」
彼は無言でうなずくと私と入れ替わりで応接室に入っていった。
ご本人は退職を願い出たそうだけど、国王陛下から直々に慰留されたらしい。
「今がどうであれ、そなたが我が国の英雄であることに変わりないのだから」
国王陛下にそうおっしゃられては従わざるを得ないだろう。
国王陛下と軍本部の許可を得て、旦那様は故郷の侯爵領へ向かうことになった。
私がいれば見えるというのは秘密なので、あくまで療養のためという名目だ。
国王陛下は最高級の馬車を貸し出してくださった。
馬車の中は旦那様と従者の男性と私の3人といういつもの顔ぶれだ。
「さすがに兄上には事情を説明しなければならないと思うが、大丈夫か?」
現在は旦那様の一番上のお兄様が侯爵位を継いでいる。
「それはかまいませんけど、はたして信じていただけますでしょうか…?」
「まぁ、どうにかなるだろう。かなり驚かれることになるとは思うがな」
まるでいたずらを仕掛ける子供のように楽しげな旦那様。
なんだか別の意味でも心配になってきた。
数日かけて移動し、侯爵家のお屋敷に無事到着した。
私ではなく従者の男性が付き添って馬車を降りる。
いきなり見知らぬ女性の私と腕を組んでいたら間違いなく驚かれるものね。
そんなわけで今の状態では旦那様には何も見えていない。
玄関前には侯爵家の方々が勢ぞろいしていた。
「兄上、ご無沙汰しております」
侯爵様はがっしりとした旦那様と違って細身の眼鏡をかけた男性だった。
「ああ、久しぶりだな。いろいろと大変だっただろう。こちらではゆっくりと過ごしてほしいので、望むことがあれば遠慮せずに言ってくれ」
「ありがとうございます」
旦那様は頭を下げるが、微妙に方向がずれている。
「叔父上、お久しぶりでございます!」
侯爵様の隣にいた少年が声をかける。
「その声は兄上の長男か?前に会った時はまだ片言だったのにずいぶんと立派になったのだな」
「はいっ!もう12歳になりました」
侯爵様によく似た少年がはきはきと答える。
「そうか…目が見えるのなら剣の稽古でもつけてやれるのになぁ。申し訳ない」
「そんなことはございません!叔父上は我が国の英雄です。お会いできただけでうれしゅうございます」
「…ありがとう。ああ、そうだ。握手してくれるか?」
旦那様が手を差し出すと少年がおずおずとその手を握る。
「その手でわかる。しっかりと剣の稽古をしているようだな」
「はいっ!」
少年はキラキラの笑顔を向けている。
旦那様に見えていないのがもったいないくらいだ。
「しばらくこちらで世話になるが今の私は休暇中だ。それにそもそも身内なのだから敬語など不要だ。もっと気楽に接してもらえるとうれしく思うのだが」
「はいっ!」
2人は握っていた手をようやく離した。
屋敷の中に通されて侯爵様ご一家やお世話になる使用人の方々を紹介され、軽い世間話の後で旦那様が話を切り出した。
「兄上、少々内密にお話したいことがございます」
うなずいた侯爵様がご家族や使用人の方々を下がらせ、応接室には旦那様と侯爵様と私の3人だけになる。
「おや、そちらの侍女殿は残ってよいのかな?」
「私が話したいことは彼女が関わることですので。ああ、そうだ。隣に座ってもらえないか?」
「は、はい」
これってもしかして侯爵様に誤解されるのでは?と思いつつも、ソファーに座る旦那様の隣に腰掛ける。
「兄上、実はですね…」
息を飲む侯爵様。
「彼女は今の私の目なのです」
「はぁ?!」
旦那様が私の方に手を伸ばしてきたのでそっと触れる。
「兄上はあいかわらず深い緑色がお好きのようですね。おや?眼鏡を黒縁から銀縁に変えられたのですか。そちらの方がとてもよくお似合いだと思います」
笑顔で迷うことなくテーブルの上のティーカップに手を伸ばし、少し冷めているであろう紅茶を口にする。
「…もしや目が見えなくなったというのは嘘なのか?」
「いいえ、見えなくなったのは間違いありません。今見えているのは、こちらにいる彼女が見ているものを共有しているのです」
旦那様が事情を説明するが、納得できないようだ。
「兄上、何か本をお貸しいただけませんか?できれば私が読んだことのないようなものが望ましいのですが」
しばらく席をはずした侯爵様が持ってきたのは子供用の絵本。
旦那様と私は互いに少し向きを変え、肩で接するようにして旦那様から絵本が見えないようにする。
衣類越しでも接していれば視覚を共有できることは、さまざまな検証の末にわかったことだ。
「ははは、ずいぶんと可愛らしい本を選ばれましたね。では読みましょうか」
『もりのおくふかくに りすのいっかが すんでおりました
きでできたいえには おとうさんりすと おかあさんりすと 3にんのむすこ
いつもなかよく くらしておりました』
旦那様のよく響く低音で読み上げるものだから、本当はおかしくてしかたない。
それでも私は必死で耐えていたのに、とうとう侯爵様が噴き出して笑い始めてしまった。
「ははは!ああ、おかしい…こんなに笑ったのは久しぶりだ」
侯爵様ずるい。
「信じがたいが本当に彼女が見ているものが見えているようだな」
ようやく笑い終えた侯爵様が真面目な口調に戻る。
「理解していただけたようで何よりです」
自分で仕掛けたくせに若干ふてくされたような口調の旦那様。
「それで、お前はどうしたいんだい?」
「彼女は自身の不思議な力が他にも通用するのなら、人々の助けになりたいと考えています。そのための検証を行いたいのです」
その後は旦那様が上手く話を進めてくれたので私は口を挟む必要がなかった。
「では、作業所の責任者には弟が視察に行くと私から連絡を入れておく。早ければ明後日にでも行けるだろう。領都の郊外でここから1時間程度の場所だ」
話はあっけなくついた。
「私はもうしばらく兄上と話すが、貴女は従者と交代して少し休むといい」
「かしこまりました」
廊下に出ると従者の男性が立って控えていた。
「あとはよろしくお願いいたします」
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