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第7話 外堀を埋められました
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それから第三王子殿下はますます計算室に入り浸るようになった。
でも、お茶の時間以外は決して口出しすることはなく、持参した本や書類に目を通している。
最初の頃は計算室に来る人達が殿下の存在に驚いていたけれど、今ではすっかり慣れてしまい、
「おや、今日は殿下はいらっしゃらないのですね」
と言われる始末だ。
さらに私が図書室へ行く時はいつも殿下が同行するものだから、王宮内ではもはやセット扱いとなっている。
殿下は時々お菓子や小さな花束をプレゼントしてくれる。たまにアクセサリーもくださるけれど、ちゃんと私の好みを把握していて、使いやすいものを選んでくださっている。
本当は何もお返しできないから遠慮したいのだけれど、
「私の気持ちだから、どうか気にしないで」
と言われてしまう。
さらには休暇で実家へ帰る私に王宮の同僚と偽って変装してお忍びで同行し、私の家族の信頼をあっという間に勝ち取ってしまった。
「王宮で素敵な方を見つけたわねぇ」
母と姉がそう絶賛し、父にいたっては、
「娘のこと、どうかよろしくお願いします」
と頭を下げて言い出し、外堀は着実に埋められていった。
「しばらく一緒にいて貴女を見てきたけれど、やはり人生を共にしたい相手だと思った。どうか私と結婚してほしい」
計算室でのいつものお茶の時間に第三王子殿下は突然求婚してきた。
私のことをいつも気遣ってくれているし、お茶の時間にこの部屋だけで見せるなごやかな表情もひそかに好きだったりする。
だけど。
「殿下のお気持ちは大変嬉しく思います。ですが私は平民で、王宮の文官の1人に過ぎません。王族の伴侶としての教養やマナーもないので、殿下にふさわしくないと思うのです」
私は正直に思っていることを告げる。
「身分、それから教養やマナーに関しては私におまかせください」
室長が口を挟んできた。
「以前から殿下より相談を受けておりましたので、私の生家である公爵家の養女とすることで話は通してあります。これで身分に関しては問題ないでしょう。教養やマナーも、かつて王女殿下の教育係をしておりました私の妻が指導いたしますので心配は無用です」
聞けば室長は公爵家の三男で、祖父は王弟であったらしい…ということは、室長は王族の血を引いているわけで、記憶の加護持ちということになる。
博識なのも納得だが、ちょっとずるい!と思ったのは内緒だ。
「上の兄が王位を継ぐことはすでに決まっている。そして下の兄が国内の産業を、私が外交を担うことになる。跡継ぎも気にしなくていい。それに少なくとも上の兄が結婚してからになるだろうから、まだ時間はたっぷりある。そして出来る限り貴女の希望は叶えよう。だから、どうか私を選んでくれないだろうか?」
私の希望、か。
「私、もし許されるのなら計算室の仕事を続けたいです。それでもよろしいですか?」
「もちろんだとも。女性の社会進出は国がこれから最も力を入れていきたいことだからね。本当は貴女を誰の目にも触れないように閉じ込めておきたいくらいだけれど、私は生き生きと働く貴女も好きなのだから」
殿下は予想していたのか、笑顔で即答する。なんだかさらっと怖いことを言われたような気もするけれど、仕事が続けられるのならば迷いはない。
そう、答えは簡単だ。
「こんな私でもよろしければ、どうぞよろしくお願いいたします」
「ありがとう!必ず貴女のことを大切にするよ。そして一緒に幸せになろう」
その後は怖いくらいとんとん拍子で話は進み、私は王宮の職員寮を出て室長のご自宅でお世話になっている。
戸籍上の家族となる室長のご実家の公爵家への挨拶も済ませた。
そして私の実家で殿下が正体を明かして結婚の申し入れをした時は、さすがに家族全員ものすごく驚いていたけれど、みんな祝福してくれた。
「あらあら、とんでもない大物を釣り上げてきたわねぇ」
母はそう言うが、釣ったつもりはないんだけどなぁ。むしろ釣り上げられてしまった気がするんだけど。
でも、お茶の時間以外は決して口出しすることはなく、持参した本や書類に目を通している。
最初の頃は計算室に来る人達が殿下の存在に驚いていたけれど、今ではすっかり慣れてしまい、
「おや、今日は殿下はいらっしゃらないのですね」
と言われる始末だ。
さらに私が図書室へ行く時はいつも殿下が同行するものだから、王宮内ではもはやセット扱いとなっている。
殿下は時々お菓子や小さな花束をプレゼントしてくれる。たまにアクセサリーもくださるけれど、ちゃんと私の好みを把握していて、使いやすいものを選んでくださっている。
本当は何もお返しできないから遠慮したいのだけれど、
「私の気持ちだから、どうか気にしないで」
と言われてしまう。
さらには休暇で実家へ帰る私に王宮の同僚と偽って変装してお忍びで同行し、私の家族の信頼をあっという間に勝ち取ってしまった。
「王宮で素敵な方を見つけたわねぇ」
母と姉がそう絶賛し、父にいたっては、
「娘のこと、どうかよろしくお願いします」
と頭を下げて言い出し、外堀は着実に埋められていった。
「しばらく一緒にいて貴女を見てきたけれど、やはり人生を共にしたい相手だと思った。どうか私と結婚してほしい」
計算室でのいつものお茶の時間に第三王子殿下は突然求婚してきた。
私のことをいつも気遣ってくれているし、お茶の時間にこの部屋だけで見せるなごやかな表情もひそかに好きだったりする。
だけど。
「殿下のお気持ちは大変嬉しく思います。ですが私は平民で、王宮の文官の1人に過ぎません。王族の伴侶としての教養やマナーもないので、殿下にふさわしくないと思うのです」
私は正直に思っていることを告げる。
「身分、それから教養やマナーに関しては私におまかせください」
室長が口を挟んできた。
「以前から殿下より相談を受けておりましたので、私の生家である公爵家の養女とすることで話は通してあります。これで身分に関しては問題ないでしょう。教養やマナーも、かつて王女殿下の教育係をしておりました私の妻が指導いたしますので心配は無用です」
聞けば室長は公爵家の三男で、祖父は王弟であったらしい…ということは、室長は王族の血を引いているわけで、記憶の加護持ちということになる。
博識なのも納得だが、ちょっとずるい!と思ったのは内緒だ。
「上の兄が王位を継ぐことはすでに決まっている。そして下の兄が国内の産業を、私が外交を担うことになる。跡継ぎも気にしなくていい。それに少なくとも上の兄が結婚してからになるだろうから、まだ時間はたっぷりある。そして出来る限り貴女の希望は叶えよう。だから、どうか私を選んでくれないだろうか?」
私の希望、か。
「私、もし許されるのなら計算室の仕事を続けたいです。それでもよろしいですか?」
「もちろんだとも。女性の社会進出は国がこれから最も力を入れていきたいことだからね。本当は貴女を誰の目にも触れないように閉じ込めておきたいくらいだけれど、私は生き生きと働く貴女も好きなのだから」
殿下は予想していたのか、笑顔で即答する。なんだかさらっと怖いことを言われたような気もするけれど、仕事が続けられるのならば迷いはない。
そう、答えは簡単だ。
「こんな私でもよろしければ、どうぞよろしくお願いいたします」
「ありがとう!必ず貴女のことを大切にするよ。そして一緒に幸せになろう」
その後は怖いくらいとんとん拍子で話は進み、私は王宮の職員寮を出て室長のご自宅でお世話になっている。
戸籍上の家族となる室長のご実家の公爵家への挨拶も済ませた。
そして私の実家で殿下が正体を明かして結婚の申し入れをした時は、さすがに家族全員ものすごく驚いていたけれど、みんな祝福してくれた。
「あらあら、とんでもない大物を釣り上げてきたわねぇ」
母はそう言うが、釣ったつもりはないんだけどなぁ。むしろ釣り上げられてしまった気がするんだけど。
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