異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています

ふじま美耶

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3巻

3-1

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   第一章  一歩一歩


〝あの時〟のトラウマが、私が思っていたよりずっとひどいと気付いたのは、ノエルのお披露目ひろめパレードのすぐあとのことだった――


「『黒のいやし手』様、ばんざーい!」
御遣みつかい様ばんざーい!」

 民衆の歓声がすごい。


 コルテアの街でのパレードのあと、街の人達が興奮冷めやらぬといった様子で城の前までついてきた。
 私は最後にもう一度振り返って手を振り、城の門を閉めてもらう。だけどなかなか歓声は止まず、城内に入った私がヴァンさん、シアンさんをはじめとする青騎士あおきし達と廊下を歩いている間も、とぎれとぎれに私とノエルをたたえる声が聞こえてきた。
 私はそんな偉い人じゃないのに……

赤獅子あかじし殿!」

 戻りを待ち構えていたらしい官吏かんりが二人、『赤獅子』ことヴァンさんと、その隣を歩くシアンさんに近付く。そして彼らと並んで歩きながら、小さな早口で何やら話を始めた。
 パレードは思いがけず大がかりなイベントとなった。だからその責任者であるヴァンさん達には、いろいろ仕事があるようだ。
 私に聞かせたくない話でもあるのか、彼らは私達から少し離れたところを歩きながら打ち合わせを始めた。すると私の前後にジュエさんとティークさんが付く。私は青騎士達に囲まれて、ヴァンさん達に付いて歩いていた。私のすぐ傍には高さ二メートルほどもあるよくけんのノエル。
 これからレオン殿下の執務室に行くらしい。


 あの誘拐事件から一〇日。
 その間、城の客室から一歩も出なかった私が、今日初めて外に出た。
 そして街の人達が沿道にぎっしりと並ぶ中、青騎士達に先導されてノエルの背に乗り、パレードをしてきた。だから――
 疲れているのか、それとも今頃になって緊張してきたのか。
 先ほどまでの高揚した気分はすっかり鳴りをひそめ、やけに滅入めいってきている。その上、ちょっと息苦しいような気もするのだ。
 それは悪いことの起こる予感がした時の〝どきどき〟とよく似ていて、私は何か変な気持ちになっていた。
 私を守る青騎士達は、いつものように冷静に辺りを見回しながら、静かに歩いている。
 長い廊下にカツンカツンという彼らのブーツの足音が響く。それに交じって鎧と剣が擦れる音も聞こえた。
 その音が耳に届くたび、彼らとの距離が詰まるたび、何か緊張を強いられている気がする。
 今日は早く部屋に戻りたいな、なんてぼんやり考えながら私も歩く。
 城の中には、魔力の個体登録をしていない者は通ることのできない結界がいくつもある。
 私は登録されていないから、そういうところは護衛の青騎士が通してくれる。扉の場合は開けてもらい、エアーカーテンのようなもので区切られている場合は、手を添えてもらって通るのだ。
 ノエルももちろん登録されていないけど、私以外に触れられることをすごく嫌うため、私の影に入ってやり過ごす。
 歩いているうちに結界が近付き、ノエルがいつものようにするりと影に入った時だった。

「リィーン殿、どうぞ」

 青騎士のジュエさんが振り向き、手を差し伸べてくれた。
 お礼を言いながら、ジュエさんの手に触れようと視線をそこに落としたとたん、心臓をわし掴みされたような衝撃を覚え、身体が震えた。
 大きな手。強くて、剣を握り慣れた硬い手のひら。
 こ……こわい。
 ふいに思い出す。あらがう私を押さえつけ、無理やり触れてきた手の感触。

「リィーン殿?」

 私は立ち止まり、その手から離れようと思わず数歩後ろに下がった。
 すると後ろにいたティークさんの鎧に背が当たる。彼の鎧が軽く金属質な音を立てた。剣の擦れる音だ。
 手によみがえる、ナイフで肉を切り裂く感触。握りしめたつかの硬さ。
 喉を噛み切られた侍女の苦しげにゆがむ表情。バスルームに飛び散った鮮血。赤い、あかい。

「どうかなさいましたか?」

 よろめく私をとっさに支えてくれたティークさんの大きな身体と、顔にかかる彼の影に、ぞわりと鳥肌がたつ。
 し掛かる体重。無理やりされた口づけ。
 こわいこわいこわい。

「や……やだ」
「リィーン殿!」
「や……」

 眩暈めまいがする。息ができない。
 ふっと意識が遠のいた。


    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 暗い。
 深い森の中にある広い空間。そこには一本の木が立っている。
 ここはいつ来ても同じだ。
 何も変わらない。夜なのか昼なのかもわからない不思議な空間。
 悠久の時を刻む宿木やどりぎ
 が傷つけたはずの幹には傷一つなく、それはまるで何事もなかったかのように、変わらず神々こうごうしい魔力をたたえそびえ立っている。
 また、ここに来たんだ。
 うずくまり、そっと自分の身体を抱きしめた。
 なぜ、ここに来たのか?
 覚えている。倒れたんだ、私。
 怖かった。
 何が怖いのか、なぜ怖いのか、よくわからないほど。
 こわかった。

「どうした?」

 焦ったように問いかけてきた声に目を上げると、が立っていた。紫の瞳が不安げに揺れている。
 ああ、彼にまた心配をかけてはいけない。

「違うの! 私は、今は安全だから」

 心配させてはダメ。
 そんなことをしたら彼の**がすすむ。
 自分が今、何を考えたのか、それすらわからないまま、ぽつぽつと話をした。
 いつもなら何とも思わない青騎士達の大きな身体や、剣の擦れるかすかな金属音が、ふいに怖いと思ったのだ。息が詰まるほどに。

「怖かったから。彼らは私を傷つけたりしないって知っているのに。でも、怖かったから。逃げ出したの、夢の中に」

 私のつたない説明でも、彼にはわかったようだ。

「今、危険はないのだな?」
「うん」

 彼は安堵のため息をつき、そして、気遣わしげに私を見た。
 そっと近付き、私の前に膝をつく。

「私が、怖いか?」

 軽く首を傾げるその動きに、さやさやと長い黒髪が揺れる。
 いつくしむような温かい声に、やっと凍えきった心が溶ける。私はようやく息をついた。
 うん、大丈夫。この人は。こわくない。
 ――こわくない。


    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――ふと気が付くと、私は真っ黒なふさふさの中にいた。ノエルだ。
 ほっと安心してその大きな首に抱きついた。
 どうやらうずくまった私を、ノエルが前脚の間に挟んで、抱え込んでくれているみたい。
 そっと顔を上げて周りを見回すと、私はまだ廊下にいた。少し離れた場所には青騎士達がいる。なぜか全員ひざまずいて、こちらを心配そうにうかがっている。

「落ち着いたか?」

 穏やかでゆっくりと語りかけてくる声に目を向けると、青騎士達の一番手前に、気遣わしげに私を見るヴァンさんとシアンさんがいた。

「ヴァン、さん……」

 声がうまく出なくて、名を呼ぶのが精いっぱいだった。

「お前は急に倒れたんだ。そしたらすぐにお前の影からノエルが飛び出してきて、俺達から引き離した。そうやってお前を抱え込んでな」

 ……そうか。さっきジュエさんの手を見た時、急に怖くなったんだ。この手は人を殺すことができる手だって。強い、男の人の手だって。
 そうしたらギューゼルバーンでのことを思い出して……
 ぞくりと震える私の髪に、ノエルが鼻先を押し当ててくる。
 ――あるじ――守る――大丈夫――
 ノエルが守ってくれていたんだね。ありがとうノエル。
 私はもう一度しっかりノエルに抱きついた。
 それから、のろのろとヴァンさん達に目を向ける。そこでやっと、彼らが跪いている理由に気付いた。
 ヴァンさん達は私を怯えさせないため、姿勢を低くして、離れて見守っていてくれたんだ。

「リィーン」

 ヴァンさんの声は、いたわりに満ちていた。彼は静かにさやごと剣を外してシアンさんに渡すと、もう一度口を開く。

「一歩、傍に行くぞ」

 大丈夫、と言いたかったけど、震えた声しか出せそうになくて、ただ小さく頷いた。
 ヴァンさんが一歩、膝を進める。カツン、と彼の膝当てが音を立てた。私がぴくりと身体を揺らすと、ヴァンさんがまたそっと呼びかけてきた。

「俺が怖いか?」

 どくん、と胸が鳴る。
 片膝をつき、こちらを見守るその姿勢と、気遣うような落ち着いた声。
 それらは「私が怖いか?」と問いかける、穏やかな声の記憶を呼びさました。
 ついさっき、そう問いかけてくれた声は誰のもの?
 何か、とても大切なことを忘れている。そんな気がする。
 だけど、掴みかけた記憶の欠片かけらは、「リィーン?」と繰り返すヴァンさんの声によってあっけなく霧散した。
 私は「怖くない」と答える代わりに首を振る。

「もう少し、傍に行くぞ」

 今度は先ほどよりしっかり頷けた。
 ヴァンさんがまた一歩膝を進めた。
 大丈夫、怖くない。もう一度頷くと、また一歩近付いてくる。


 そうやって少しずつ近付いたヴァンさんが、そっと手を差し伸べてくれた。

「立てるか?」

 大きな手のひらを見つめる。剣を持つ、硬くてごつい手。
 さっきのジュエさんの手よりも、この手の方が大きい。だけど……。さっきは怖かったけど。
 もう大丈夫。
 この手は、私を、傷つけない。
 そっと手を出すと、ヴァンさんがゆっくり私の手を取り、ノエルを見上げて声をかける。

「リィーンを抱き上げるぞ」

 ノエルが素直に後ろに下がったのを確認して、ヴァンさんがまたも緩やかすぎるほどの緩やかな動きで私を抱き上げた。
 ほっとした空気が場に満ちる。

「レオン殿下への報告はあとです。このままリィーンの部屋に戻りましょう」

 シアンさんが騎士達に、少し離れてついてくるよう指示を出すと、隊列が動き始める。
 続いて、いやし手のジンさんを私の部屋へ連れてくるようにと命じるヴァンさんの声がする。
 私はそれをぼんやり聞きながら、静かに目を閉じた。


 私、神崎美鈴かんざきみすずは、日本で平和に暮らしていたゲームオタクな女子大生だ。それがある日突然、黒い霧の中から出てきた『腕』に引っ張りこまれ、異世界トリップしてしまった。
 幸運なことにこちらの世界での私のスペックはかなり優秀。ここの言語は問題なく使えるし、ゲームのように魔法が使えるし、アイテムボックスまである。その上、人や物のステイタスも見れちゃう。
 おまけに私は回復魔法が使える。まあ、ゲームでは『ヒール』は基本なんだけどね。
 でもこの世界では、回復魔法の遣い手――『癒し手』――は数が少なくて貴重なのだ。しかも私の回復魔法は強力で、ステイタスには『黒の癒し手』なんて厨二ちゅうにな称号までついている。
 そのおかげで私は、ファンテスマ王国第二王子、レオン殿下の庇護ひごのもと、コルテアという街でいやし手として働き始めた。
 この世界では真名まな――本名のことね――を知られたら、魔法をかけられたり、支配されたりするという危険がある。だから私はこちらではリィーン・カンザックと名乗っている。
 これまで貴族にスパイだと疑われたり、神殿に取り込まれそうになったり、暗殺未遂事件に巻き込まれたりといろいろ危ない目にも遭った。だけど、それなりにこの世界に溶けこんで生活しつつ、日本に帰る方法を探していたのだ。
 で。何で今、こんなことになったかというと、つい一〇日前、私が誘拐されたからだ。
 私をさらったのはギューゼルバーン国の王様で、実は、私をこの世界に召喚した人だった。
 彼の目的は、魔力が高いと言われる異世界人の私に、次代の王を産ませるため。
 私は、逃げ出せないよう彼によって魔封じを付けられ、後宮に閉じ込められた。
 その後なんとか無事に助けられたものの、この事件で負った心の傷は深かった――


 あれから体調回復のためお城の客室に閉じこもっていた私は、今日のノエルお披露目ひろめパレードで初めて部屋を出たのだ。
 ノエルは私の眷属けんぞくで、翼犬よくけんという種類の魔族だ。
 ノエルの存在はずっと内緒にしてきたんだけど、誘拐事件のあと、レオン殿下がノエルのことを公表したのだ。「『黒の癒し手』を助けるため、ガイア神がつかわした『ガイアの御遣みつかい』」ってことにしてね。私がノエルに守られていることが知られれば、下手に手を出してくる人達はいなくなる。
 ガイアとは、この世界の唯一の神様のことだ。
 この世界では、時々ヒューマン――人間のことね――にすごく魔力の高い者が生まれることがあって、その人はガイア神が特別に目をかけた者だとされている。そして、『ガイアの申し子』とか『ガイアの息子』、『ガイアの娘』なんて言われて人々に大事にされる。
 私も魔力が高い――ってそれは異世界人だからなんだけどね。でもそのせいで『ガイアの娘』だと思われている。
 だから、私を助けるためにガイア神がノエルを遣わした、という話はすんなりここの人々に信じられた。
 しかもその話は、繰り返されるギューゼルバーンとの小競り合いで緊張を強いられていたファンテスマの国民に、新たな希望を与えた。何てったってファンテスマに『ガイアの奇跡』がもたらされたってことだし。
 そして、一目ガイアの御遣みつかいを見たいという民衆の要望を受けて、今日のパレードが行われ、私達は熱狂的に迎えられたってわけ。私もその勢いにあおられて、少しばかり浮かれていた。
 だけど……
 今日、傍に男の人が立っただけで恐怖で倒れちゃうなんて、思いもしなかった。
 誘拐事件後、ごはんが食べられなかったり、夜うなされたり、親友のアグネスに抱きついて号泣しちゃったりと、自分でもずいぶん弱ってるなとは思ってたけれど……
 すぐに部屋に来てくれたいやし手のジンさんの治療を受け――といっても身体の具合が悪いわけではないから、話をしただけだけど――さらわれた時の恐怖と、初めて人を攻撃したことによる精神的ショックによるものだから、ゆっくり治していきましょうと言われた。
 そして「女性の方が話しやすいでしょうから」と、診療所の緑姫みどりひめことアニスさんを呼んでくれた。
 そういえばジンさんは男性だけど傍にいても怖くない。きっといやし手だからだろうな。なんとなく私の主治医って感じがするものね。
 事件後に会った男の人と言えば、他にはヴァンさん、シアンさん、クモン、レオン殿下、魔術師長さんとガーヴさん。
 あ、パレードのあと、ヒュージさん、ウェッジさんとも近くで話をしたんだった。誘拐事件の時に護衛担当だった彼らは、私をちゃんと守れなかったことを謝り、「もう二度と離れません」って言ってくれた。あの時も怖くなかった。
 ヴァンさんやシアンさんには頭をでられても平気だったし、クモンにも肩を叩かれたけど別に怖くなかった。それにレオン殿下も大丈夫。
 魔術師長さんとはテーブル越しに座っていただけだから、近付いても怖くないかどうかはわからないな。
 ガーヴさんについては、そもそも怖いのがデフォというか。きっと誰だってガーヴさんは怖いと思うのだ。二メートル超えの魔族だもん。魔力はすごいし存在感も半端ないし。
 ガーヴさんは奥さんのミリーさんと一緒に私を助けてくれた虎人族こじんぞくの人で、なんと、八公はちこう第五位という権力者だ。八公というのは魔界の偉い人で、魔王の側近中の側近なのだ。
 まあ、つまり、近付いても怖くないのは、今のところ、ヴァンさんとシアンさん、クモンとレオン殿下、ヒュージさんとウェッジさん、そして今診察してくれているいやし手のジンさんだけ。

「気に病むのが一番よくないのですよ。リィーン殿」

 だからあんまり焦らないように、とジンさんは話す。
 半刻もせずに駆けつけてくれた緑姫も、ジンさんと同じ意見だった。

「ゆっくり治せばいいのよ。クモンの時と同じ。焦る必要はないわ」

 クモンが腕を切り落とされ、私が癒しの術で治した時のことだ。クモンも最初は治っているはずの右腕が動かせなかった。
 私の場合は身体の機能がおかしくなったわけじゃないけど――男の人が怖い。
 信頼している青騎士でさえ、あまり近付くと怖くなる。心臓がばくばく言って、上手に息ができなくなる。
 剣が怖い。戦いが怖い。
 普通にしている時は何てことないんだけど、ふいにあの時のことがフラッシュバックする。
 トラウマになっているんだと思う。きっと時間が必要なのだ。
 とはいえ、このまま部屋に閉じこもっているわけにはいかない。診療所の仕事だってあるしね。
 騎士が怖くても、護衛を外すことはもうできない。
 これだけ大々的に『ガイアの娘』と『ガイアの奇跡』をアピールしたのだから。
 確かに襲撃とか暗殺とか物理的な危険は減らすことができた。だけど同時に私の利用価値の高さも明らかになってしまった。たとえノエルが守っていたとしても、これからは誘拐などの危険が増すし、私を取り込もうと画策する者も増えるだろう。だから今後は一人二人じゃなくて、もっと大人数の護衛がつくことになる、とレオン殿下からそう言われたところだったのだ。
 それに護衛の騎士達には、城の結界を通る時など、どうしても手を触れなければならない時がある。
 そのため、ジンさんと緑姫が周りにいろいろと説明してくれて、私が傍にいても怖くない人を中心とした護衛態勢が組まれることになった。


 翌日、青騎士達に順に会ってみて、私の男性恐怖症の許容範囲がわかってきた。
 残念ながら大丈夫なのは、ヴァンさん、シアンさん、ヒュージさん、ウェッジさんだけ。それ以外は駄目なようだ。
 年も近くて、結構仲良くなっていたはずのティークさんやジュエさんでさえ怖い。
 そのため普段はヴァンさん達四人のうちの誰かが必ず傍について、他の騎士達は私から少し距離をとって護衛するということになった。みんな嫌な顔をせずに受け入れてくれたのがありがたい。
 彼らはずっと私を守ってくれた人達だ。この人達が私に危害を加えたりするわけがない。それだけは心底、信頼している。
 それでも、湧き上がる不安は止められない。それが不甲斐ふがいなく、申し訳ない。
 私を守るために傍にいてくれるのに、どうしてこんなに怖いと感じてしまうのかと、自分が情けなくなる。
 緑姫にそう言うと、緑姫は穏やかにさとしてくれた。

「リィーン。それは貴女あなたが弱いからじゃないわ。だから自分を責めては駄目。頑張ろうとしても駄目。自然に任せるのが一番よ」

 うん、わかってはいるんだけど……
 口ごもる私の手を握り、軽くとんとんと叩きながら、緑姫は明るい口調でこう言った。

「リィーン、あんまり気にしなくていいのよ。ままになりなさい」
「でも……」
「いいの。彼らは守るのが仕事。貴女の心も守ってもらいなさい」

 緑姫はそう言うとあでやかな笑顔を見せた。

「大丈夫よ。青騎士は優秀ですもの」
「うん。――うん」

 周りの人達の優しさが、心に沁みた。
 時間がかかるかもしれないけど、早く治してまた普通にみんなと接することができればいい。
 少しずつ彼らと会う時間を作ったりしよう――と心に誓った。


 翌日は、兎人族とじんぞくのミリーさんとの別れの日だった。
 さらわれて後宮に閉じ込められた私を、危機一髪で助けてくれたのは、ガーヴさんとその奥さんであるミリーさん。
 ミリーさんは私の体調がよくなるまでは、と滞在を延ばしていたんだけど、次の予定がぎりぎりまで詰まっているらしく、今日とうとう魔界へ帰ることになった。
 つらつらと話をしながら、ミリーさんの乗る馬車のところまで歩く。
 ほんとは街の外まで見送りに行きたかった。
 でも、パレードからまだ二日目だしね。私とノエルが外に出て、また人が集まってきたら困るから、今回は城の敷地内での見送りとなった。

「ミリーさん、いろいろありがとうございました。ミリーさんのおかげで、本当に助かりました」

 どれだけ危うかったかと、思い出すたび身体が震える。無事に戻れたのは、助けに来てくれたミリーさんとガーヴさんのおかげ。本当に感謝している。

「いいのよ、リィーン。わたくしも貴女の役に立てて嬉しいの。また会いに来ますわね。リィーンも『五の街』にいらしてね」
「はい。必ず」

「五の街」とは、八公第五位であるガーヴさんの住まい、「五の城」がある街。
 まあこの名前から想像つくだろうけど、八公は八人いて、それぞれ「一の城」から「八の城」と名付けられた城に住んでいる。そうやって魔界の中心にある魔王の城、「魔城まじょう」を守っているんだとか。わかりやすすぎるネーミングにちょっと笑ってしまう。
 ミリーさんは「五の街」まで馬車で一〇日かけて帰るのだそうだ。
 ガーヴさんは転移の魔法が使えるんだから、迎えに来てもらえば一瞬なのに……、と思ったらそれは駄目なんだって。
 この世界には、光・闇・火・水・地・風・空間の七つの属性の魔法がある。そのうち、空間属性の魔法は、この世界の神様、ガイア神が許した一握りの魔族しか使えないのだそうだ。
 ガーヴさんもその貴重な空間属性持ちの一人。八公は魔界のエリートなのだ。
 空間属性があれば、亜空間も作れるし、一人二人なら一緒に転移できる。陸路の交通機関が馬車ぐらいしかないこの世界では、空間属性持ちがいかにチートな存在かわかる。
 空間属性持ちがもっと多ければ、『空間宅配便』や『転移タクシー』みたいな商売もできる。戦争の時だって、『亜空間作成』で何千人分の兵糧ひょうろうや大きな武器も問題なく運べちゃう。
 つまり、流通や交通手段の在り方が大きく変わるのだ。


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