上 下
11 / 44

第十一話 杉江勘兵衛

しおりを挟む
平兵衛が近江に着いてから数日。
彼はいつものように領民たちを連れて狩に出ていた。
平兵衛が放つ百発百中の弾丸。
殺傷能力が低い火縄銃ではあるが、放ってすぐに鳥が落ちてくる。

領民たちは感嘆の声を出す。

「アンタ、雑賀衆か?」

ーー雑賀衆? 銃を使う軍閥か。

平兵衛は何となくではあるが、この時代の日本については理解し始めていた。

彼は微笑み首を横に振り、

「俺は一介の猟師さ」

と答えた。

領民たちは彼に感謝しているので、深くは尋ねはしない。

熊や狸などの凶暴な動物が出た時、平兵衛は誰よりも早くやってきて二発の銃撃で仕留める。

平兵衛の狙撃は確実なもので動物を苦しませないように一発目で終わってはいるが、二発目は念の為だ。

やがて、琵琶湖に夕陽がおちていき、周囲を茜色に染め上げる。

領民たちと琵琶湖に沈みゆく夕陽を見ながら、干し肉を頂く。

ーー何という贅沢か……

平兵衛はこれだけでもこの世界にいた価値はあると確信した。

体の大きな男が酒を飲みながら、同じように夕陽を見ている。

槍の名手と言われる杉江勘兵衛だ。

彼は平兵衛に気付き、やってくる。

「新しいヤツやないか? どや? 三成様のところは?」

平兵衛は微笑みがら頷く。

「悪くない」

言葉が少ない平兵衛だが、表情は温かく、三成への尊敬が伺える。

勘兵衛はそれに気付き、さらに話す。

「俺な、稲葉殿に仕えていたんやが、闘うことしか知らんくて、政治や学がない俺をみんなが嫌って追い出してきた」

勘兵衛は寂しそうな笑みを浮かべてさらに話す。

「そんな時、三成様は俺を庇ってくれて、雇ってくれた。で、いずれ、国を持たせるから学べと、左近殿や十郎に政を教えてもらってるんや」

「どうだい? 難しいだろ?」

平兵衛は彼の気持ちが理解できる。

ーー多分、似たような人間なんだろう。

勘兵衛は戦場しか知らない。
だから、戦場で散っていくことが本望なんだろう。
おそらく、三成は友人を集めて豊臣家を守る戦に打って出る。
その大戦で散り、名を残すことが彼の幸せだった。

しかし、三成という男は勘兵衛を思い、様々なことを学ばせた。

「毎日がいろいろ学べて楽しい……だけど……」

平兵衛は勘兵衛を見つめた。

「内府殿と戦って欲しくないなぁ。三成様はあの方のこと、すごく警戒しとる。何も戦いがなければいいんやが」

平兵衛は数多の戦場を駆け抜けてきた彼の意外な答えに驚いた。

「武士というのはなこの国を守るもんや。元が攻めてきた時も俺らみたいな武士が守ったんや。武士同士の戦いは終わらせなあかん」

平兵衛は勘兵衛に興味を持ち、質問をする。

「どうすればいい?」

「難しいことはわかんねぇ。でも、内府殿の見てる先、三成様の見てる先。両方に太平の世がある気がするんや。で、三成様は俺を拾ってくれた……それだけや」

平兵衛は頷き、彼や領民たちと共に沈みゆく夕陽を眺めていた。

彼らの耳に豊臣秀吉の訃報が聞こえてくるのは、その数日後であった。





しおりを挟む

処理中です...