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第一話「辺境の青年」
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辺境の青年
「……空の色が違う」
漢の都・長安。
七十年ほど前に建都された街はようやく国都としての風格を漂わせている。街を縦断する大通りは、瓦葺の屋根と石造りで造られた家々が並び立つ。街の構造はいわゆる碁盤の目のように整列している。
その大通りを宿敵である匈奴を打ち破った征討軍が凱旋を果たし、それらを率いた大将軍・衛青が皇帝から下賜された名馬にまたがって闊歩する。
華々しく、そして凛々しき凱旋将軍たる衛青であったが、その表情はどこか虚ろで、夢の中ではないかと錯覚していた。
「大将軍、何か?」
副将が何か言いつけがあるのかと思い、かたわらに寄ってきたが、衛青は微笑しながらかぶりを振った。
「空の色がな……。いえ、気にされるな。昔から独り言が癖ですので」
「大将軍」
副将が困じ顔をしたのは、衛青の丁寧な口調にある。軍の最高峰にある大将軍に求められるのは威厳であり、謙譲はかえって信望を失う。衛青も理解しているものの、すぐに戻ってしまう。そこで考えたのは、無言になることでその悪癖を隠すことにあった。
「それにしても大げさなことだ。勝敗は兵家の常。これほど民が喜ぶなどわからぬことだ」
「ご謙遜を。我らが大漢は高祖皇帝(劉邦)の御世以来、匈奴に屈して参りました。大将軍のご采配にてようやく勝利を得られました。陛下も大将軍の参内を心待ちにされていましょう」
「左様か」
あくまで他人事のような衛青に副将は呆れ、感動を押し付ける熱意を失った。
やがて皇居たる未央宮が姿を現し、衛青以下、下馬をして門内に入った。龍首山を利用して造られ、二万人は収容できる巨大な宮殿は漢王朝の隆盛そのものを象徴しており、相変わらず衛青は緊張しながら足を進めた。
「大将軍。昇殿、昇殿」
楼閣上から甲高い声がすると、宮門の扉が重々しく八の字に開く。いくつもの門をくぐり、未央宮正殿へと進んだ。文武百官が居並び、豪奢な玉座に主上・武帝が満面の笑みを浮かべて待っている。
――雲の上の方が、俺を待っている。少し前まではその影さえ踏むことは死を意味していたのに。
にわかに出世してしまった衛青はそう思うと、あまりの境遇の変化に戸惑うよりも、現実なのだろうかと我が頬をつねりたくなる。
「大将軍よ。よくぞ匈奴を打ち破った。そちを見出した朕の目は確かであった」
「陛下のご慧眼と大漢の隆運あればこその勝利。陛下より賜りし御恩を考えれば、木鶏足りえず」
「木鶏足りえず、か。よく学んでおるな。これからも朕の期待に応え、再び匈奴が大漢を見下すことなきよう、奮励せよ」
衛青はひたすら頭を下げ、そのまま退出しようとしたが、それでは凱旋将軍としてあまりにも素っ気がなかった。そんな空気を一変させたのは、一人の少年であった。
「大将軍。次なる戦に参陣できますよう、陛下にお口添えしてくだされ」
晴れやかで、かつ厳かな凱旋式を乱す行為に衛青は顔を青ざめさせて怒ったが、傍若無人なこの少年はどこ風吹くものかと言った表情でにこにこしている。
「大将軍、怒るな。そなたの甥は心意気や良し。去病よ、戦は遊びではない。何なら朕が兵法を教えてやろうか?」
去病、すなわち後の対匈奴で活躍する霍去病はまだ十六歳に過ぎなかったが、その明るさは天性のもので、皇帝をはじめ、宮中で人気があった。
「陛下、ご無用にございます」
生意気というより、皇帝に対するこの態度は不遜以外何物でもなく、衛青ばかりか、誰もが固唾を飲んだが、去病は臆することなく、持論を述べた。
「紙上に兵を談じた趙括は大敗を喫し、臨機応変の策をもって白起は大勝を収めました。去病は天を知り、地を学び、人を使いて、匈奴を打ち破りたいのです」
武帝は気性が荒い人物だが、去病のような豪胆な若者が大好きであった。衛青は大功を打ち樹てたが、去病のような覇気がないところが気に入っていない。
――去病のように倜儻不羈(てきとうふき)であれ。
武帝はそう期待するが、衛青にすれば無理な注文であった。
――いかに身分を得て、陛下の信任を得ても、俺は俺でしかない。
ふと見上げると、龍や鳳凰などが描かれた天井絵が広がっており、また空の色が違うと衛青はつぶやいた。
――つき抜けるような青空、身を刺すような空っ風……。奴隷であった俺が衛青なのだ。
意気揚々と武帝に対する甥を後目に、衛青は奴隷であった青年時代に想いを馳せた。
一
紀元前二世紀。漢王朝の輝きが頂点を極めようとしている。だが光あれば影があり、謳歌する貴族や富裕な者がいれば、人でありながら、人の下に置かれている存在がある。それが奴隷であった。
異民族・匈奴との国境近くに平陽という町がある。その平陽を治めるのは高祖・劉邦を支えた曹参を始祖とする平陽侯で、衛青はその奴隷として生を受けた。
奴隷といえば、食べさせてもらえず、足かせや首かせをつけて働かされる――などと想像しがちだが、奴隷主にとって牛馬と同じ財産であり、無意味に傷つけることも、ましてや死なせてしまえば損失となる。
衛青は体格が良く、視力に優れていた。それは草原が広がる匈奴国境近くで遊牧民と混ざって育ったからである。自然と馬のことにも詳しく、どんな荒馬でもこなせる腕前の持ち主であった。
――青は役に立つ。
商品を見定めるように見ているのは衛青の父・鄭季であったが、愛情は欠片もない。なぜなら鄭季が衛青の奴隷主であったからだ。
衛青の母は衛媼といって、平陽候の下女である。妖艶な女で、数多くの浮名を流した。その中の一人が鄭季で、生まれたばかりの衛青を押し付けて、別な男の元に走ったのだ。本当に自分の子かと疑ったが、この時代に血縁鑑定などなく、愛着のない「我が子」を効率よく使ってやろうと、奴隷にしたのであった。
不幸の星に産まれた衛青であったが、悲嘆に暮れることなく、常に笑みを浮かべる明るい青年に育っていった。十五歳になると、体格の良さから放牧を任され、草原を駆け巡る日々を送るようになる。
奴隷であることから漢人の友人はいなかったが、遊牧民である匈奴には多く友がいた。匈奴の人々と接していくうちに色んなことを身につけていった。彼には、「助けてやりたい」「教えてやりたい」という思いを抱かせる人徳がある。匈奴の隣人もまた衛青の人徳に魅かれて自分たちの技を教える気になったのだ。
馬術、棒術、それに戦法も習った。中でも彼の天分にあったものが馬術であった。もっとも馬術を習うとは言っても衛青は奴隷である。暇などなく、さぼることは許されない。だが馬術は放牧にあって必須の技術であり、仕事にも役立てていたため、誰も文句は言わなかった。
戦い方も会得した。遊牧民は他の部族に狙われる。そのため、戦いが頻繁にあり、戦い方も自然と身につく。衛青が教わったのは匈奴式戦法で、教えたのは匈奴の老人・クシャナである。
今年六十五歳になるクシャナは白髪まじりの眉を上げ、口うるさく衛青に戦法をたたきこんだ。
「漢人は何かと兵法を口にする。わしも漢人に孫子の兵法を教わったが、物の役には立たぬ。わしの教えるやり方でいけ」
クシャナの戦法はなるほど我流であったが、ここ草原では孫子の兵法よりも理に適っていた。孫子が通用するのは中原においてであり、戦い方はその地域によって変わるものだと衛青は学んだ。
「いいか。軍にはな、必ず『穴』がある。いわゆる急所だ」
見ろ、とクシャナは近くにいた牛の関節を指さした。
「軍はまとまっていれば恐ろしいが、そうでなければ大したことはない。この牛もそうだ。まともにやりあえば人間では敵わない。だが関節を攻撃すれば倒れ、牛も本来の力を発揮できなくなる。それが『穴』だ」
「なるほど。『穴』を見つければいいんだな」
「気軽に思うな。戦うということは生きるか死ぬかだ。相手だって、必死だ。必死と必死がぶつかれば、えてして正気でなくなる。正気を失えば、勘が狂い、気が付けば殺されているもんだ」
「うん。たしかに恐ろしい」
「普段から様々な『穴』を探り、いざとなった時にうろたえることのないように心がけるのが大切なんだ」
衛青はただの爺さんながら、大した軍師だと素直に感心した。
「ところでお前は漢人のくせに漢人の友人を見たことがない。なぜだ?」
「俺は奴隷だからな。漢では奴隷を友にするような人間はいない」
漢人は匈奴人と違って身分にうるさい。奴隷でしかも主家の隠し子である衛青は人々から異種扱いされた。自然と漢人の子供たちも彼を蔑み、そして相手にしなかった。常に差別され、何かあれば鞭打たれるのである。友人など出来ようはずもなかった。
そうした中で鄭季の妻や子の仕打ちは凄惨なもので、
「目つきが悪い」
という理由だけで、一日中鞭打たれることもしばしばであった。さすがの鄭季も見かねて、妻子と接触のない牧童の仕事を与えてくれたのである。
――親を選び損ねたが、生まれる場所には恵まれた。
そう思えたのは匈奴の親友を持てたからである。クシャナの子でウキトという同年代の人物であった。ウキトは四十九歳の時に授かった子で、クシャナは目に入れても痛くないような可愛がり方で愛した。
ウキトは馬術に長けており、放牧を仕事とする衛青にとって良き師であった。
「青、馬は人を見るぞ。下手くそに乗られるのが何よりも嫌だし、恐れていては侮る」
その言葉通り、馬ほど乗り手の素質を見抜く動物はいなかった。衛青は馬を家畜と思わず、相棒だと扱っていくと、どんな荒馬でも乗りこなせるようになっていった。
またウキトの母にも気に入られており、彼らの住まう包(パオ)に寝泊まりすることも多くなった。
「家に戻らなくてもいいのか」
泊まりに来ることは歓迎していたが、漢族には家があり、帰らねばならぬことをウキトは知っている。だが衛青は苦笑しながら、かぶりを振った。
「帰っても兄弟という奴らにいびられるだけだ。俺は鄭家の仕事をやっていればいいんだ」
「漢族は残酷だな」
同情してウキトが涙を流すと、衛青は顔を赤らめた。
「逆に考えれば、ないがしろにされなければ、こうして包に泊まることもできなかった。家に帰れる漢人には味わえぬ幸せさ」
「……お前は不思議だ」
「不思議?」
「漢の言葉も話すが、匈奴の言葉も実に巧みだ。それに考え方一つとっても、漢人なのか、匈奴人なのかわからぬ。おまえは一体何者なんだ?」
「難しいことを考える。聞くが、漢人と友であるウキトこそ何者だ。わからないだろう?」
「うん、そうだな」
「俺は俺さ。生まれは漢人であって、育ちは匈奴。どちらの一族でもあり、どちらの一族でもない。はっきりしているのは漢人の奴隷で、匈奴の友人ということさ」
この明るい言葉にウキトは引き込まれ、大笑いした。
「しかし最近はどうも風向きがおかしい」
「おかしいとは?」
「元から漢人は匈奴の人たちを下に見てきたが、近ごろは言動の端々に恨みのようなものが感じられる。匈奴は野蛮だ、こらえ性もなく、一つどころにいない、と」
これに対し、ウキトは眉をひそめて反論した・
「漢人は戦いとなれば平気で人を騙し、平素は我が子さえも奴隷とする。どっちが野蛮なんだか」
「ああ。どちらも良い人がいれば嫌な奴もいる。上も下もないし、生き方はそれぞれだから野蛮だと言う者が野蛮だ。俺は奴隷になってよかった。奴隷だから、ウキトと友になった。漢人だから漢人とも関われる。こんな得な生き方をする者などそうそういない」
「やはりお前は不思議な奴だ」
そうだな、とうなずき、また衛青は大笑いして、ウキトもまた笑った。
二
――文明か……。
衛青は内心、漢人が誇示する「文明」に片腹痛いものを感じずにはいられなかった。漢人の文明は素晴らしい。だがそれが何をもたらしたのか。身分序列が生まれ、多くの弊害が起こっている。漢人は文明という足枷をつけられている。
そのことを痛烈に指摘した人物がいた。もと漢に仕えた宦官・中行説である。漢は建国当初、匈奴に手痛い打撃を受けた。白登山の敗北だが、その後講和の条件として皇女を奴隷に嫁がせた。中行説は匈奴に降嫁する皇女の供として匈奴行きを命ぜられたが拒否した。彼が宦官になったのは、宮廷内で出世がしたいためであった。匈奴に行けば出世は出来ないのだが、朝命に背くことは重罪で死罪となる。結局中行説は泣く泣く匈奴へ向かうしかなかった。
「私は二度と書信は出さぬ。必ず漢の禍となってみせる」
そう言い残し去った中行説はその言葉通りに実行する。
匈奴に着くや、単于(王)に取り入り、漢の和親など意味がないと説得したのである。中行説に乗せられた単于は漢を甘く見るようになり、しばしば国境を侵すようになった。また訪問した漢の使節が少しでも匈奴を卑しめば、罵倒するように論破して親交をぶち壊していったのである。
奴隷として虐げられた衛青であったが、中行説のような激しい憎しみはないものの、疑問は抱いている。
その疑問は奴隷すべてに通じるものがあり、ある事件が起きた。
平陽にいる地主が虐待し続けたため、奴隷に殴り殺されてしまったのである。奴隷は匈奴に亡命し、重大事件として大騒ぎになった。
「あまりやりすぎては青の奴に殺されるぞ」
鄭家の者はそう言いあって恐れたが、それは衛青が大柄に育ったからである。
「体が大きいと食うに困るが、得する場合もある」
まるで他人事にように衛青は心が大らかな青年に成長しており、少し緩和された奴隷生活を続けるのであった。
十九歳になった春の日。
衛青一頭の馬を貸し与えられた。
「馬は大事な物だ。命に代えても守りぬけ」
信じられない話だが、当時では馬の方が奴隷よりも値段が高かったのである。奴隷・衛青は馬以下であった。
「青の奴め、よくもあの駄馬を使いこなす」
鄭季は巧みな馬術に舌をまき、その後ろ姿を見送った。衛青が今回目指す所は平陽候の邸で、鄭家の主筋にあたる家であった。
「あーあ。つまらないわ」
人目も憚らず、大きなあくびをしたのは平陽公主であった。平陽公主とは平陽候の妻で、今上・武帝の姉君である。彼女は額が広く、あごも突っ張っている。目は切れ長で、いかにもわがままな「お嬢様」いった風貌であった。それでも美しいと思わせるのは巧みな化粧のおかげで、薄い桃色の化粧は切れ長の目を緩和させ、品良く塗られた口紅で突っ張ったあごを抑えた。
彼女の部屋は見事な彫り物が施されており、宝玉で飾られた家具が置かれている。広さも端から端まで声が届かないほどであった。彼女に付けられたお供の数も諸侯の妻にしては多い。侍女は二百人、守衛は三百人もいた。
「どうかなさいましたか?」
使用人のように慌てふためいて公主の部屋に入ってきたのは夫の曹時であった。曹時は痩せ細った貧相な男で、その狼狽ぶりは指でひと突きすれば死んでしまいそうな弱々しい。漢建国の功臣・曹参の孫で、代々、この平陽を領してきた。
「そなたはどうしてへつらうのか」
平陽公主はそう言って冷ややかな視線を向けた。曹時は落ち着きがなく、視線が一向に定まらない。わがままな公主はそんな気弱な夫にいらだって、手許の宝玉箱をいじりまわしていた。
――逆らえば、陛下に訴えられる。
ちょっとした被害妄想だが、曹時は益々卑屈な態度を取った。お嬢様の機嫌というのは難しいもので、絶妙な均衡を求められる。時には言いなりになり、時には逆らうと言ったもので、全てが万華鏡のように変化する公主の心に合わさねばならない。貴族育ちの曹時にそのような機微があるはずがなく、いつも公主の機嫌を損なってきた。
「下がれ」
公主はたまりかねて、曹時を下がらせた。曹時は、「助かった」と言わんばかりに喜色を浮かべて奥へと引き下がった。
「気散じに街へ行く」
命じられた侍女たちはただちに四方八方に駆回り、部屋は騒然となった。行列の人数は侍女二十人、守衛百人であった。更に行列を引き立たせるように刺繍された錦の旗が立ち並び、守衛全員は見事な栗毛の馬に乗っていた。その騎兵たちは公主の馬車周りを厳重に固めた。侍女たちは四季を現す服装を身に着け、守衛たちの鎧も金色に輝く荘厳なものであった。
中でも目をひいたのが公主の乗る馬車である。大きさは馬が七頭いなければ引けないもので、飾りは泰山で取れたという玉で造られた雉である。馬車の素材も武帝が選びに選んだ香木で、芳しい匂いが辺りを包んでいた。
半刻ほどすると、その豪奢な馬車と、美々しい行列が彼女を迎えた。公主は静々と馬車に乗ると、行列は粛々と街に向かって行った。公主は降嫁して以来、毎日のように街に出かけて行く。そのため、今や公主の行列は平陽の名物となっていた。
「やはり都の方が面白い」
平陽は田舎町で、町並みも長安と比べようもなく雑然としていた。また交易の場でなく、催し物もない。と言って家に篭りっぱなしの方がもっとたまらない。そんな「何かないか」と求める彼女の心に応えるように事件が突如起こった。
公主の行列を狙って盗賊団が襲ってきたのである。彼らは平陽付近では悪名高い蒋一派で、行列を囲んでいた民衆は一目散に逃げて行った。盗賊団の数はせいぜい三十人ほどで、その身なりは物貰い同然のみすぼらしい格好であった。ほとんどの盗賊は裸同然で、頭の蒋泰のみが革製の鎧を身に着けていた。
「狼藉者、公主様の行列だぞ」
「公主様だろうか天子様であろうか、俺らは欲しいものは貰うまでよ」
武帝の治世は、「備蓄米は有り余り、銅銭の緡(銅銭を通すひも)が腐ってしまうほどであった」と、記されるように朝廷の財政が潤っていた。だが平陽など田舎になると、依然として貧乏で、富の分配がなされていない。生活の糧を失った民の行きつく先は決まっている。勇気のある者は盗賊となり、勇気のない者は物貰いとなるのである。公主の行列を襲った彼らは、「気のある者」の農民たちであったのだ
蒋泰たちは不気味な笑みを浮かべ、公主の行列を取り囲んだ。それはまるで狼の群れが獲物を襲うようで、いつしか公主の行列は逃げ場を失っていた。
その時であった。この惨状を見かねた衛青が飛び出したのは。
「何だ、若造!」
「物を取るのも、襲うのもよくない」
「何だと?」
「痛い目に遭って捕縛されるか、あきらめて立ち去るか選べ」
「大きな口をたたくなッ」
そう言って盗賊の一人が刀を突き刺そうとしたが、衛青はひらりと避けた。
「危ないな。どうにもこうにも――」
ならないな、と衛青は思い切り殴りつけて、盗賊を気絶させた。
「生きて返すなッ」
蒋泰の号令一下、野獣と化した盗賊たちが次々に襲いかかってきた。
衛青は相手の動きに合わせ、馬を駈けさせた。そして向かってくる盗賊たちを次々と突き倒し、公主の馬車のもとに近づいた。
馬車の周りには守衛たちが守っていたが、混乱しきっている。そんな彼らに衛青は一喝した。
「戦わねば死ぬぞ」
この言葉で我に返った守衛たちは、盗賊たちに切り込んだ。どこの馬の骨かわからぬ衛青の命に守衛たちがついてくるはずはない。しかし「死」を目前にした彼らにはそのようなことを気にしている場合ではなかったのだ。
「そこ、後ろに下がり、二人で防げ!」
衛青の采配は的確で、守衛たちも素直に指揮通りに働いた。
――『穴』を攻めろ。
クシャナから教わった兵法が役に立ち、烏合の衆であった盗賊たちは連携を失っていった。衛青は相手を結束させまいと、その連携をことごとく打ち破ることに専念した。軍隊は連携が成さなければ脆いもので、多勢であろうとも関係はない。
――『穴』はいずこか。
必死に防戦する衛青の頭にはそれしかなく、驚くほど冷静に敵がどう動いているのか観察した。ひたすら敵が結束できないように守衛たちを攻めさせ、蒋泰はなす術を無くしていった。
「勝利の源はあそこだ!」
衛青は猛然と馬を駈けさせ、突進していった。烏合の衆である彼らにとって統率の要になっているのは頭であった。頭を潰せば瓦解する――衛青はそう睨んだのである。この読みは見事的中し、ようやく賊たちを瓦解させることに成功したのである。
蒋泰たちは這う這うの体で逃げたが、三分の二の盗賊たちはあえなく捕縛されてしまった。捕縛された盗賊たちは傷を負っていたが、守衛たちはかすり傷で、衛青の采配あっての成果であった。
「大丈夫ですか?」
「差し出がましいことをしおって」
烈火の如く怒ったのは、守衛の長であった。長からすればどこの馬の骨かわからぬ若者に助けられ、采配されたことは屈辱以外何物でもなかったのだ。守衛たちもそれに倣って詰め寄ろうとした時、霹靂のような一喝が彼らを止めた。
「守衛でありながら、賊どもに引けを取るとは何事か。その方どものようなろくでなしには用はない。今を限りに暇を取らす」
公主は毅然とそう言い渡すと、馬車を邸に戻すよう周りに命じた。
「お待ちくださいッ」
滑り込むように衛青は公主の前に平伏し、思いとどまるよう懇願した。
「本来ならば、私めが手を出してよいことではありませんでした。賊を退治できたは皆々様が助けてくださったからこそ」
「褒美はいらぬのか。この者どもの理不尽に腹立ちを覚えぬのか」
「……私めは……奴隷の身ゆえ、高貴な方とこうしてお話することだけでも罪に当たります」
「ほう、奴隷とな。奴隷とはかくも強いものなのか」
「他の者は存知あげませぬが、戦ったのは初めてのことゆえ、わかりませぬ」
「中々に面白い。名は何と申す?」
「奴隷の名など、お耳の穢れとなりましょう」
「小賢しい言い訳はよい。妾は知りたいのじゃ。そなたの名を申せ」
「……姓は衛、名は青。平陽侯様に仕える鄭家の奴隷でございます」
「平陽侯に仕える鄭か。なるほど」
公主は侍女に目配せして、錦の袋を持ってこさせた。
「礼をやろう。これで少しはましな衣服を整えるがよい」
「奴隷が衣服を整えるなど烏滸の沙汰」
「妾の恩賞を烏滸と申すか」
「とんでもない」
衛青は慌ててかぶりを振り、侍女から砂金の入った錦袋を頂戴した。
「いつの日か、またその腕前を見てみたいものだ。それまで平陽を出るでないぞ」
「畏れながら奴隷は他の地に参ることは許されておりません」
「左様であった、左様であったのう」
公主は嬉しそうに笑い、上機嫌になって邸に戻っていった。
一連の騒ぎを見ていた観衆たちは痛快な衛青の活躍に拍手喝采を浴びせた。だが奴隷の衛青にとって衆目を集めることは迷惑で、どうにかこの場を逃れようと頭を巡らせた。
――そうだ、こうしよう。
何事かを思いついた衛青は、先ほど賜った錦の袋を開け、その中身を空高く飛び散らしたのだ。
飛び舞った砂金はまるで輝く雨のようで、貧困にあえぐ庶民たちは狂喜の声をあげて、拾いにやってきた。もはや衛青など眼中になく、そのまま、この日の「英雄」はどこかに消え去っていったのである。
三
この話はその夜に公主の耳に入った。
「まこと、無礼な奴隷でございますね」
侍女の一人は立腹したが、公主はそうではない。
――面白いものを見つけた。
退屈しきっていた公主にとって、衛青ほど愉快な奴隷――いや、人物と出会ったことがなかったからだ。
「子夫、小燕」
公主は二人の侍女を呼びつけ、命を下した。
「昼間の奴隷だが、すぐに素性を調べよ」
「奴隷の素性など調べて何とします?」
子夫が小首をかしげてたずねると、公主は嬉しそうに笑んで、その理由を述べた。
「ようやく見つけた暇つぶし。あの身なりから、今の奴隷主から大事にされておらぬだろう」
「まさか、買い取られるおつもりですか?」
「ならぬか」
「いえ、でも……」
「妾は天子の姉ぞ。奴隷の一人や二人、召し上げて何が悪い」
こうなると一刻の猶予も許さない公主である。二人は慌てて飛び出し、衛青の後を追った。
「どこへ行ったのかしら」
子夫と小燕という名の侍女二人は人ごみを分けるように衛青の後を追った。
子夫。二十一歳になるこの女性は、類稀なる美貌の持ち主で、喩えるなら梅のようなであった。宝玉のような瞳と、たおやかな身振りは男に、「守ってやりたい」と、思わせるような魅力を持っていた。
性格は温和で誰からも好かれていたが、暗い翳りがある。彼女は謳者という奴隷に近い身分で、衛青と大差はない。ちなみに謳者とは歌い手のことで、子夫は抜群の歌声を持っている。
小燕は十七歳で、子夫とは違って謳者ではない。平陽の商人の娘で、機転の良さから公主に可愛がられていたのだ。
人ごみの中に入ってしばらく経つと、小燕が衛青の姿を見つけ出した。衛青は背が高い上に馬に乗っている。そのため彼の姿は入道雲のように人ごみの中から抜きん出ていた。
小燕の瞳は珠のように丸く、さながら燕のようであった。「小燕」と名付けられたのもそうした理由からであった。
「子夫さん、あの背の高い人がそうではないかしら?」
「あの人ね。小燕、後をつけましょう」
子夫と小燕は、たがいにうなずき、衛青の後をつけた。
それにしても衛青は妙な青年であった。馬上姿は悠然としていて、それなりの衣装をつければ一介の大将に見えなくもない。
――なんだか子犬のよう……。
小燕は目を細め、衛青をそう形容した。子犬のような奴隷がなぜあんな活躍ができるのか、公主でなくとも知りたいのは道理だと思うようになった。
それから二刻後。衛青はのんびりと町を巡り、思い出したかのように目的地に足を向けた。その目的は子夫たちの思わぬ邸であった。
「まさか、ここが目的なの?」
小燕が思わず声をあげたのも無理はなかった。そこは公主の邸であり、徒労もいいところだったのである。
――馬鹿馬鹿しい。
そう思って帰ろうとした小燕の袖を子夫が引いた。
「目的はわかっても、あの者の素性はわかっていませんよ」
「たしかに」
子夫が言うように、衛青が何者なのかはわかっていない。自分たちの邸にも関わらず、二人は門外で見張りを続けた。
一向に出てくる気配のない衛青に二人はやきもきした。特に小燕などは、
「中の様子を見てきます」
と、邸内の様子を探ろうとした。子夫は、
「それでは尾行にならないわ」
と引き止めたが、小燕は聞く耳を持たない。とうとう小燕は子夫の制止を振り切って、邸の門をくぐろうとした。
その時であった。不意を突くように背後から衛青が、
「もう帰りますよ」
と、声をかけてきたのである。今まで邸内にいると思っていた衛青が突如背後に現れて、二人は大いに驚いた。その様子を衛青は可笑しがり、声を立てて笑った。
「何が可笑しいのです?」
気の強い小燕が衛青に食ってかかってきた。衛青は慌てて頭を下げたが、笑わないよう、懸命にこらえた。
「あなた方は私の素性を知りたかったようですが、取るに足らない奴隷なのです。納得がいかないのなら、我が住まいに来ますか。奴隷の家など見たことがないでしょう?」
そんなのは嫌でしょう、という挑発めいた衛青の笑みに、小燕は怒りを覚えた。
「ええ、行きますとも。私たちは公主様にお仕えする身。奴隷ごときの家に怖気つくなどありえない」
売り言葉に買い言葉であったが、子夫は必死になって押し留めた。
「相手は男子ですよ。それこそ公主様の侍女が参ってはならぬこと」
「それはそうだけど……」
馬上で二人のやりとりを楽しく拝見していた衛青であったが、その耳に思わぬ悲鳴が飛び込んできた。
四
――何だ?
嫌な予感をしながら、その現場に着くととんでもないことが出来していた。昼間の賊残党が、事もあろうに平陽の人々を斬殺していたのである。
「あの奴隷野郎はどこへ行ったッ。仲間の弔いに、あいつが来るまで平陽の奴らを撫で斬りにしてやる」
その瞬間。常に温和な表情であった衛青は豹変した。
あまりの変わり様に、先ほどまで軽口をたたき合っていた子夫と小燕は怯えてしまい、その場に座り込んでしまった。
「俺はここだ、獣ども、かかってこいッ」
ところが突撃しようとする衛青の馬に、小燕が飛び乗り、その腰にしがみついた。
「馬鹿、降りろッ」
「嫌です、ここで死なれたら、私たちが公主様に叱られるッ」
意味不明な理由であったが、小燕という「荷物」を抱えてしまったことで、衛青はわずかに理性を取り戻した。
直感であったが、小燕は逆上したまま突っ込めば、衛青が必ず死ぬと見ていた。無我夢中であったが、死地に追いやりたくない一心が、この奇怪な行動をさせてしまったのである。
「どうなっても知らんぞ」
「望むところです」
すぐにでも虐殺を止めたかったが、冷静にどう戦うべきか衛青は考えた。
昼間のように公主の守衛もいない。何よりも戦うための武器がなかった。
「あれ!」
衛青の心を見透かしたように、小燕は武器を見つけ出した。それは盗賊の襲撃で逃げていった物売りが落とした担ぎ棒であった。
――いざ、突貫ッ。
と、突撃するような真似を衛青はしなかった。多勢に無勢ではただやられるだけであった。どうするべきか悩んでいると、必死に手招きする子夫に衛青は気づいた。
「何です?」
「いいから、二人とも馬を降りて。そこにいては目立ちすぎる」
なるほどと衛青たちはうなずき、子夫が隠れる物景に駆け寄った。
「早くしないと、どうしようもない」
「ええ。でも何も考えずに行ってもどうしようもない。あなたがどんなに強くても袋叩きにされておしまいよ」
「このまま逃げろと?」
「罪もない人たちを殺す奴らを許せない。だから色々と利用するのよ」
首をかしげる衛青に子夫は空を指さした。
すでに夕暮れで平陽を闇が包もうとしている。つまり闇に紛れて不意をつけ、と言うのだ。
「綺麗なお嬢さんだと思ったけど、食えぬ人だな」
「馬鹿なことを言ってないで、頭を使いなさい。昼間、あれだけの戦いができたんだから、何か賊どもを倒す策があるんでしょう?」
「策、か……」
衛青は怒りを抑えて、冷静に賊どもの動きを観察した。
突然の攻撃でやりたい放題であった賊たちであったが、民たちは逃げていき、虐殺ができないようになっていた。この暴挙はいわば賊たちの自暴自棄であり、やがて平陽兵たちへの警戒心が生まれていた。
――その前にあの小僧を見つけて殺さなければ。
目的を達して逃げてしまいたいという思いが芽生え、焦燥感が出始めていたのである。そこに衛青は「穴」を見出した。
――敵は俺一人ではないと思わせるのが肝要だ。
衛青は夕闇で身を隠しながら、建物などを利用して闇討ちにしてやることを思いついたのである。
「頼みたいことがあるが……怖かったら逃げてもいい」
できれば出会ったばかりの娘二人を巻き込みたくない。だが衛青一人ではどうしようもないのも事実であった。
「今日はとんでもない悪日ね。あなたがいなければ公主様ともども殺されていたかもしれないけど、あなたがいるから、こうして命を賭すことになる」
運命とはわからないと子夫と小燕は笑い、衛青も同感であった。
「どうするの?」
「名前を聞かせてほしい」
何を言っているのかと二人は呆れたが、考えてみればまともに話したのが先ほどのことであったことを思い出した。
「私は小燕。この娘は謳者の子夫」
「おてんばの小燕さんに、さえずりの子夫さんか」
「変なあだ名をつけないで」
小燕はほおを膨らましたが、子夫は沈着した面持ちで、どうするのか尋ねた。
「今度こそ一人残らず、獄に送ってやる。そのために平陽侯様の兵に出てきていただくしかない。子夫さんは至急、お邸に戻って、平陽侯様にお願いしてほしい」
「小燕はどうするの?」
「肝が据わっているおてんばさんには、騒いでもらいたい」
「おてんばだの、騒げだの、私を何だと思っているの?」
「そのやかましさが入用なんだ。俺の馬を貸すから、こう叫んでほしい。平陽侯様の大軍が取り囲んだぞ、賊どもは一網打尽、民の仇を討ってくださる――と」
「わかった。叫んで叫んでやる」
「それと俺が逃げた、とも叫んでほしい」
「どういうこと?」
そう疑問を呈した小燕に対し、衛青はにこりとするばかりで、何も答えなかった。ただ言われた通りにすれば良いと、その瞳が語っていた。
やむなく二人は承諾し、行動に移った。
「あの野郎、どこにいる」
賊たちは焦りに焦ったが、暗くなってはどうしようもなかった。
やがて、「平陽侯様の大軍が取り囲む、一網打尽だ」という声が、賊たちの心を逆撫でした。さらに衛青が逃げたと聞くと、怒りや焦燥感、恐怖が入り乱れて、ただ混乱するばかりであった。
その時であった。賊たちの背中に次々と矢が刺さり、悲鳴を上げて倒れていった。矢が飛んだ先に振り向いても誰もおらず、困惑している間に隣の仲間が射られて死んでいった。
「奴だ、奴がいる」
そう叫ぶ者もいたが、平陽侯の兵が現れたと泣く者もいた。
視界が悪い中、闇から射られる矢で、賊どもの心は乱れに乱れた。
衛青の狙いどころは賊の精神状態にあった。襲い始めた頃の賊は怒りと逃げ場のなさから猛々しかったが、状況悪化に伴って弱気になりはじめていた。得体のしれない攻撃は賊たちの心を搔き乱し、そして恐怖を生み出した。衛青は敵の情報把握を狂わせ、夕闇を利用することで、得体のしれない敵を演出してみせたのだ。
――もう駄目だ、逃げるしかない。
心弱き者の恐怖は付和雷同し、そこを衛青の闇討ちが狙い続ける。
「うろたえるな、気持ちをしかと持てッ」
頭だけに蒋泰は沈着であり続けたが、それもまた衛青の思惑通りであった。
――頭を叩き落とせば、獣は死ぬ。
必死に指揮を執る蒋泰を狙い、衛青はこれまでにない大きな怒声を浴びせた。
「このクズ野郎、さっさと野垂れ死ねッ」
怒号と共に衛青は、棍棒で相手の腹を強烈に突いた。あまりの衝撃で腸を破ったのか、蒋泰は口から血を吐きだした。
「て、てめえは何なんだ?」
「てめえのような罪もない人たちを殺すような、クズだけは許さねえ奴隷の衛青だ。俺の名を頭に叩き込んで、あの世へ行けッ」
叫び終わると棍棒を振り上げ、蒋泰の頭を叩き割った。我ながら恐ろしい力があると衛青は驚いたが、後悔はなかった。
「平陽侯様の兵が取り囲んだぞ。お前らの頭は、あの世へ送ってやった。残りの馬鹿もあの世へ送ってやるッ」
そう啖呵を切ったものの、それきり衛青は戦わず、再び闇に身を隠した。頭を失ったことで盗賊たちの結束は崩壊し、そこに平陽侯の兵が襲いかかったため、ほとんどが首を斬られ、生き残った者も容赦なく処刑されて、一件は落着した。
「……終わったの?」
終始、叫び続けた小燕は子夫の姿を見るや崩れるように気を失ってしまった。子夫は衛青の姿を求めたが、すでに姿を消していなかった。
――結局、何だったんだろう、あの子は……。
気を張っていた子夫も腰を抜かすようにその場に座り込み、衛青のことを想いながら、惨状などなかったような美しい星空を眺め、大きく息を吸い込んだ。
「……空の色が違う」
漢の都・長安。
七十年ほど前に建都された街はようやく国都としての風格を漂わせている。街を縦断する大通りは、瓦葺の屋根と石造りで造られた家々が並び立つ。街の構造はいわゆる碁盤の目のように整列している。
その大通りを宿敵である匈奴を打ち破った征討軍が凱旋を果たし、それらを率いた大将軍・衛青が皇帝から下賜された名馬にまたがって闊歩する。
華々しく、そして凛々しき凱旋将軍たる衛青であったが、その表情はどこか虚ろで、夢の中ではないかと錯覚していた。
「大将軍、何か?」
副将が何か言いつけがあるのかと思い、かたわらに寄ってきたが、衛青は微笑しながらかぶりを振った。
「空の色がな……。いえ、気にされるな。昔から独り言が癖ですので」
「大将軍」
副将が困じ顔をしたのは、衛青の丁寧な口調にある。軍の最高峰にある大将軍に求められるのは威厳であり、謙譲はかえって信望を失う。衛青も理解しているものの、すぐに戻ってしまう。そこで考えたのは、無言になることでその悪癖を隠すことにあった。
「それにしても大げさなことだ。勝敗は兵家の常。これほど民が喜ぶなどわからぬことだ」
「ご謙遜を。我らが大漢は高祖皇帝(劉邦)の御世以来、匈奴に屈して参りました。大将軍のご采配にてようやく勝利を得られました。陛下も大将軍の参内を心待ちにされていましょう」
「左様か」
あくまで他人事のような衛青に副将は呆れ、感動を押し付ける熱意を失った。
やがて皇居たる未央宮が姿を現し、衛青以下、下馬をして門内に入った。龍首山を利用して造られ、二万人は収容できる巨大な宮殿は漢王朝の隆盛そのものを象徴しており、相変わらず衛青は緊張しながら足を進めた。
「大将軍。昇殿、昇殿」
楼閣上から甲高い声がすると、宮門の扉が重々しく八の字に開く。いくつもの門をくぐり、未央宮正殿へと進んだ。文武百官が居並び、豪奢な玉座に主上・武帝が満面の笑みを浮かべて待っている。
――雲の上の方が、俺を待っている。少し前まではその影さえ踏むことは死を意味していたのに。
にわかに出世してしまった衛青はそう思うと、あまりの境遇の変化に戸惑うよりも、現実なのだろうかと我が頬をつねりたくなる。
「大将軍よ。よくぞ匈奴を打ち破った。そちを見出した朕の目は確かであった」
「陛下のご慧眼と大漢の隆運あればこその勝利。陛下より賜りし御恩を考えれば、木鶏足りえず」
「木鶏足りえず、か。よく学んでおるな。これからも朕の期待に応え、再び匈奴が大漢を見下すことなきよう、奮励せよ」
衛青はひたすら頭を下げ、そのまま退出しようとしたが、それでは凱旋将軍としてあまりにも素っ気がなかった。そんな空気を一変させたのは、一人の少年であった。
「大将軍。次なる戦に参陣できますよう、陛下にお口添えしてくだされ」
晴れやかで、かつ厳かな凱旋式を乱す行為に衛青は顔を青ざめさせて怒ったが、傍若無人なこの少年はどこ風吹くものかと言った表情でにこにこしている。
「大将軍、怒るな。そなたの甥は心意気や良し。去病よ、戦は遊びではない。何なら朕が兵法を教えてやろうか?」
去病、すなわち後の対匈奴で活躍する霍去病はまだ十六歳に過ぎなかったが、その明るさは天性のもので、皇帝をはじめ、宮中で人気があった。
「陛下、ご無用にございます」
生意気というより、皇帝に対するこの態度は不遜以外何物でもなく、衛青ばかりか、誰もが固唾を飲んだが、去病は臆することなく、持論を述べた。
「紙上に兵を談じた趙括は大敗を喫し、臨機応変の策をもって白起は大勝を収めました。去病は天を知り、地を学び、人を使いて、匈奴を打ち破りたいのです」
武帝は気性が荒い人物だが、去病のような豪胆な若者が大好きであった。衛青は大功を打ち樹てたが、去病のような覇気がないところが気に入っていない。
――去病のように倜儻不羈(てきとうふき)であれ。
武帝はそう期待するが、衛青にすれば無理な注文であった。
――いかに身分を得て、陛下の信任を得ても、俺は俺でしかない。
ふと見上げると、龍や鳳凰などが描かれた天井絵が広がっており、また空の色が違うと衛青はつぶやいた。
――つき抜けるような青空、身を刺すような空っ風……。奴隷であった俺が衛青なのだ。
意気揚々と武帝に対する甥を後目に、衛青は奴隷であった青年時代に想いを馳せた。
一
紀元前二世紀。漢王朝の輝きが頂点を極めようとしている。だが光あれば影があり、謳歌する貴族や富裕な者がいれば、人でありながら、人の下に置かれている存在がある。それが奴隷であった。
異民族・匈奴との国境近くに平陽という町がある。その平陽を治めるのは高祖・劉邦を支えた曹参を始祖とする平陽侯で、衛青はその奴隷として生を受けた。
奴隷といえば、食べさせてもらえず、足かせや首かせをつけて働かされる――などと想像しがちだが、奴隷主にとって牛馬と同じ財産であり、無意味に傷つけることも、ましてや死なせてしまえば損失となる。
衛青は体格が良く、視力に優れていた。それは草原が広がる匈奴国境近くで遊牧民と混ざって育ったからである。自然と馬のことにも詳しく、どんな荒馬でもこなせる腕前の持ち主であった。
――青は役に立つ。
商品を見定めるように見ているのは衛青の父・鄭季であったが、愛情は欠片もない。なぜなら鄭季が衛青の奴隷主であったからだ。
衛青の母は衛媼といって、平陽候の下女である。妖艶な女で、数多くの浮名を流した。その中の一人が鄭季で、生まれたばかりの衛青を押し付けて、別な男の元に走ったのだ。本当に自分の子かと疑ったが、この時代に血縁鑑定などなく、愛着のない「我が子」を効率よく使ってやろうと、奴隷にしたのであった。
不幸の星に産まれた衛青であったが、悲嘆に暮れることなく、常に笑みを浮かべる明るい青年に育っていった。十五歳になると、体格の良さから放牧を任され、草原を駆け巡る日々を送るようになる。
奴隷であることから漢人の友人はいなかったが、遊牧民である匈奴には多く友がいた。匈奴の人々と接していくうちに色んなことを身につけていった。彼には、「助けてやりたい」「教えてやりたい」という思いを抱かせる人徳がある。匈奴の隣人もまた衛青の人徳に魅かれて自分たちの技を教える気になったのだ。
馬術、棒術、それに戦法も習った。中でも彼の天分にあったものが馬術であった。もっとも馬術を習うとは言っても衛青は奴隷である。暇などなく、さぼることは許されない。だが馬術は放牧にあって必須の技術であり、仕事にも役立てていたため、誰も文句は言わなかった。
戦い方も会得した。遊牧民は他の部族に狙われる。そのため、戦いが頻繁にあり、戦い方も自然と身につく。衛青が教わったのは匈奴式戦法で、教えたのは匈奴の老人・クシャナである。
今年六十五歳になるクシャナは白髪まじりの眉を上げ、口うるさく衛青に戦法をたたきこんだ。
「漢人は何かと兵法を口にする。わしも漢人に孫子の兵法を教わったが、物の役には立たぬ。わしの教えるやり方でいけ」
クシャナの戦法はなるほど我流であったが、ここ草原では孫子の兵法よりも理に適っていた。孫子が通用するのは中原においてであり、戦い方はその地域によって変わるものだと衛青は学んだ。
「いいか。軍にはな、必ず『穴』がある。いわゆる急所だ」
見ろ、とクシャナは近くにいた牛の関節を指さした。
「軍はまとまっていれば恐ろしいが、そうでなければ大したことはない。この牛もそうだ。まともにやりあえば人間では敵わない。だが関節を攻撃すれば倒れ、牛も本来の力を発揮できなくなる。それが『穴』だ」
「なるほど。『穴』を見つければいいんだな」
「気軽に思うな。戦うということは生きるか死ぬかだ。相手だって、必死だ。必死と必死がぶつかれば、えてして正気でなくなる。正気を失えば、勘が狂い、気が付けば殺されているもんだ」
「うん。たしかに恐ろしい」
「普段から様々な『穴』を探り、いざとなった時にうろたえることのないように心がけるのが大切なんだ」
衛青はただの爺さんながら、大した軍師だと素直に感心した。
「ところでお前は漢人のくせに漢人の友人を見たことがない。なぜだ?」
「俺は奴隷だからな。漢では奴隷を友にするような人間はいない」
漢人は匈奴人と違って身分にうるさい。奴隷でしかも主家の隠し子である衛青は人々から異種扱いされた。自然と漢人の子供たちも彼を蔑み、そして相手にしなかった。常に差別され、何かあれば鞭打たれるのである。友人など出来ようはずもなかった。
そうした中で鄭季の妻や子の仕打ちは凄惨なもので、
「目つきが悪い」
という理由だけで、一日中鞭打たれることもしばしばであった。さすがの鄭季も見かねて、妻子と接触のない牧童の仕事を与えてくれたのである。
――親を選び損ねたが、生まれる場所には恵まれた。
そう思えたのは匈奴の親友を持てたからである。クシャナの子でウキトという同年代の人物であった。ウキトは四十九歳の時に授かった子で、クシャナは目に入れても痛くないような可愛がり方で愛した。
ウキトは馬術に長けており、放牧を仕事とする衛青にとって良き師であった。
「青、馬は人を見るぞ。下手くそに乗られるのが何よりも嫌だし、恐れていては侮る」
その言葉通り、馬ほど乗り手の素質を見抜く動物はいなかった。衛青は馬を家畜と思わず、相棒だと扱っていくと、どんな荒馬でも乗りこなせるようになっていった。
またウキトの母にも気に入られており、彼らの住まう包(パオ)に寝泊まりすることも多くなった。
「家に戻らなくてもいいのか」
泊まりに来ることは歓迎していたが、漢族には家があり、帰らねばならぬことをウキトは知っている。だが衛青は苦笑しながら、かぶりを振った。
「帰っても兄弟という奴らにいびられるだけだ。俺は鄭家の仕事をやっていればいいんだ」
「漢族は残酷だな」
同情してウキトが涙を流すと、衛青は顔を赤らめた。
「逆に考えれば、ないがしろにされなければ、こうして包に泊まることもできなかった。家に帰れる漢人には味わえぬ幸せさ」
「……お前は不思議だ」
「不思議?」
「漢の言葉も話すが、匈奴の言葉も実に巧みだ。それに考え方一つとっても、漢人なのか、匈奴人なのかわからぬ。おまえは一体何者なんだ?」
「難しいことを考える。聞くが、漢人と友であるウキトこそ何者だ。わからないだろう?」
「うん、そうだな」
「俺は俺さ。生まれは漢人であって、育ちは匈奴。どちらの一族でもあり、どちらの一族でもない。はっきりしているのは漢人の奴隷で、匈奴の友人ということさ」
この明るい言葉にウキトは引き込まれ、大笑いした。
「しかし最近はどうも風向きがおかしい」
「おかしいとは?」
「元から漢人は匈奴の人たちを下に見てきたが、近ごろは言動の端々に恨みのようなものが感じられる。匈奴は野蛮だ、こらえ性もなく、一つどころにいない、と」
これに対し、ウキトは眉をひそめて反論した・
「漢人は戦いとなれば平気で人を騙し、平素は我が子さえも奴隷とする。どっちが野蛮なんだか」
「ああ。どちらも良い人がいれば嫌な奴もいる。上も下もないし、生き方はそれぞれだから野蛮だと言う者が野蛮だ。俺は奴隷になってよかった。奴隷だから、ウキトと友になった。漢人だから漢人とも関われる。こんな得な生き方をする者などそうそういない」
「やはりお前は不思議な奴だ」
そうだな、とうなずき、また衛青は大笑いして、ウキトもまた笑った。
二
――文明か……。
衛青は内心、漢人が誇示する「文明」に片腹痛いものを感じずにはいられなかった。漢人の文明は素晴らしい。だがそれが何をもたらしたのか。身分序列が生まれ、多くの弊害が起こっている。漢人は文明という足枷をつけられている。
そのことを痛烈に指摘した人物がいた。もと漢に仕えた宦官・中行説である。漢は建国当初、匈奴に手痛い打撃を受けた。白登山の敗北だが、その後講和の条件として皇女を奴隷に嫁がせた。中行説は匈奴に降嫁する皇女の供として匈奴行きを命ぜられたが拒否した。彼が宦官になったのは、宮廷内で出世がしたいためであった。匈奴に行けば出世は出来ないのだが、朝命に背くことは重罪で死罪となる。結局中行説は泣く泣く匈奴へ向かうしかなかった。
「私は二度と書信は出さぬ。必ず漢の禍となってみせる」
そう言い残し去った中行説はその言葉通りに実行する。
匈奴に着くや、単于(王)に取り入り、漢の和親など意味がないと説得したのである。中行説に乗せられた単于は漢を甘く見るようになり、しばしば国境を侵すようになった。また訪問した漢の使節が少しでも匈奴を卑しめば、罵倒するように論破して親交をぶち壊していったのである。
奴隷として虐げられた衛青であったが、中行説のような激しい憎しみはないものの、疑問は抱いている。
その疑問は奴隷すべてに通じるものがあり、ある事件が起きた。
平陽にいる地主が虐待し続けたため、奴隷に殴り殺されてしまったのである。奴隷は匈奴に亡命し、重大事件として大騒ぎになった。
「あまりやりすぎては青の奴に殺されるぞ」
鄭家の者はそう言いあって恐れたが、それは衛青が大柄に育ったからである。
「体が大きいと食うに困るが、得する場合もある」
まるで他人事にように衛青は心が大らかな青年に成長しており、少し緩和された奴隷生活を続けるのであった。
十九歳になった春の日。
衛青一頭の馬を貸し与えられた。
「馬は大事な物だ。命に代えても守りぬけ」
信じられない話だが、当時では馬の方が奴隷よりも値段が高かったのである。奴隷・衛青は馬以下であった。
「青の奴め、よくもあの駄馬を使いこなす」
鄭季は巧みな馬術に舌をまき、その後ろ姿を見送った。衛青が今回目指す所は平陽候の邸で、鄭家の主筋にあたる家であった。
「あーあ。つまらないわ」
人目も憚らず、大きなあくびをしたのは平陽公主であった。平陽公主とは平陽候の妻で、今上・武帝の姉君である。彼女は額が広く、あごも突っ張っている。目は切れ長で、いかにもわがままな「お嬢様」いった風貌であった。それでも美しいと思わせるのは巧みな化粧のおかげで、薄い桃色の化粧は切れ長の目を緩和させ、品良く塗られた口紅で突っ張ったあごを抑えた。
彼女の部屋は見事な彫り物が施されており、宝玉で飾られた家具が置かれている。広さも端から端まで声が届かないほどであった。彼女に付けられたお供の数も諸侯の妻にしては多い。侍女は二百人、守衛は三百人もいた。
「どうかなさいましたか?」
使用人のように慌てふためいて公主の部屋に入ってきたのは夫の曹時であった。曹時は痩せ細った貧相な男で、その狼狽ぶりは指でひと突きすれば死んでしまいそうな弱々しい。漢建国の功臣・曹参の孫で、代々、この平陽を領してきた。
「そなたはどうしてへつらうのか」
平陽公主はそう言って冷ややかな視線を向けた。曹時は落ち着きがなく、視線が一向に定まらない。わがままな公主はそんな気弱な夫にいらだって、手許の宝玉箱をいじりまわしていた。
――逆らえば、陛下に訴えられる。
ちょっとした被害妄想だが、曹時は益々卑屈な態度を取った。お嬢様の機嫌というのは難しいもので、絶妙な均衡を求められる。時には言いなりになり、時には逆らうと言ったもので、全てが万華鏡のように変化する公主の心に合わさねばならない。貴族育ちの曹時にそのような機微があるはずがなく、いつも公主の機嫌を損なってきた。
「下がれ」
公主はたまりかねて、曹時を下がらせた。曹時は、「助かった」と言わんばかりに喜色を浮かべて奥へと引き下がった。
「気散じに街へ行く」
命じられた侍女たちはただちに四方八方に駆回り、部屋は騒然となった。行列の人数は侍女二十人、守衛百人であった。更に行列を引き立たせるように刺繍された錦の旗が立ち並び、守衛全員は見事な栗毛の馬に乗っていた。その騎兵たちは公主の馬車周りを厳重に固めた。侍女たちは四季を現す服装を身に着け、守衛たちの鎧も金色に輝く荘厳なものであった。
中でも目をひいたのが公主の乗る馬車である。大きさは馬が七頭いなければ引けないもので、飾りは泰山で取れたという玉で造られた雉である。馬車の素材も武帝が選びに選んだ香木で、芳しい匂いが辺りを包んでいた。
半刻ほどすると、その豪奢な馬車と、美々しい行列が彼女を迎えた。公主は静々と馬車に乗ると、行列は粛々と街に向かって行った。公主は降嫁して以来、毎日のように街に出かけて行く。そのため、今や公主の行列は平陽の名物となっていた。
「やはり都の方が面白い」
平陽は田舎町で、町並みも長安と比べようもなく雑然としていた。また交易の場でなく、催し物もない。と言って家に篭りっぱなしの方がもっとたまらない。そんな「何かないか」と求める彼女の心に応えるように事件が突如起こった。
公主の行列を狙って盗賊団が襲ってきたのである。彼らは平陽付近では悪名高い蒋一派で、行列を囲んでいた民衆は一目散に逃げて行った。盗賊団の数はせいぜい三十人ほどで、その身なりは物貰い同然のみすぼらしい格好であった。ほとんどの盗賊は裸同然で、頭の蒋泰のみが革製の鎧を身に着けていた。
「狼藉者、公主様の行列だぞ」
「公主様だろうか天子様であろうか、俺らは欲しいものは貰うまでよ」
武帝の治世は、「備蓄米は有り余り、銅銭の緡(銅銭を通すひも)が腐ってしまうほどであった」と、記されるように朝廷の財政が潤っていた。だが平陽など田舎になると、依然として貧乏で、富の分配がなされていない。生活の糧を失った民の行きつく先は決まっている。勇気のある者は盗賊となり、勇気のない者は物貰いとなるのである。公主の行列を襲った彼らは、「気のある者」の農民たちであったのだ
蒋泰たちは不気味な笑みを浮かべ、公主の行列を取り囲んだ。それはまるで狼の群れが獲物を襲うようで、いつしか公主の行列は逃げ場を失っていた。
その時であった。この惨状を見かねた衛青が飛び出したのは。
「何だ、若造!」
「物を取るのも、襲うのもよくない」
「何だと?」
「痛い目に遭って捕縛されるか、あきらめて立ち去るか選べ」
「大きな口をたたくなッ」
そう言って盗賊の一人が刀を突き刺そうとしたが、衛青はひらりと避けた。
「危ないな。どうにもこうにも――」
ならないな、と衛青は思い切り殴りつけて、盗賊を気絶させた。
「生きて返すなッ」
蒋泰の号令一下、野獣と化した盗賊たちが次々に襲いかかってきた。
衛青は相手の動きに合わせ、馬を駈けさせた。そして向かってくる盗賊たちを次々と突き倒し、公主の馬車のもとに近づいた。
馬車の周りには守衛たちが守っていたが、混乱しきっている。そんな彼らに衛青は一喝した。
「戦わねば死ぬぞ」
この言葉で我に返った守衛たちは、盗賊たちに切り込んだ。どこの馬の骨かわからぬ衛青の命に守衛たちがついてくるはずはない。しかし「死」を目前にした彼らにはそのようなことを気にしている場合ではなかったのだ。
「そこ、後ろに下がり、二人で防げ!」
衛青の采配は的確で、守衛たちも素直に指揮通りに働いた。
――『穴』を攻めろ。
クシャナから教わった兵法が役に立ち、烏合の衆であった盗賊たちは連携を失っていった。衛青は相手を結束させまいと、その連携をことごとく打ち破ることに専念した。軍隊は連携が成さなければ脆いもので、多勢であろうとも関係はない。
――『穴』はいずこか。
必死に防戦する衛青の頭にはそれしかなく、驚くほど冷静に敵がどう動いているのか観察した。ひたすら敵が結束できないように守衛たちを攻めさせ、蒋泰はなす術を無くしていった。
「勝利の源はあそこだ!」
衛青は猛然と馬を駈けさせ、突進していった。烏合の衆である彼らにとって統率の要になっているのは頭であった。頭を潰せば瓦解する――衛青はそう睨んだのである。この読みは見事的中し、ようやく賊たちを瓦解させることに成功したのである。
蒋泰たちは這う這うの体で逃げたが、三分の二の盗賊たちはあえなく捕縛されてしまった。捕縛された盗賊たちは傷を負っていたが、守衛たちはかすり傷で、衛青の采配あっての成果であった。
「大丈夫ですか?」
「差し出がましいことをしおって」
烈火の如く怒ったのは、守衛の長であった。長からすればどこの馬の骨かわからぬ若者に助けられ、采配されたことは屈辱以外何物でもなかったのだ。守衛たちもそれに倣って詰め寄ろうとした時、霹靂のような一喝が彼らを止めた。
「守衛でありながら、賊どもに引けを取るとは何事か。その方どものようなろくでなしには用はない。今を限りに暇を取らす」
公主は毅然とそう言い渡すと、馬車を邸に戻すよう周りに命じた。
「お待ちくださいッ」
滑り込むように衛青は公主の前に平伏し、思いとどまるよう懇願した。
「本来ならば、私めが手を出してよいことではありませんでした。賊を退治できたは皆々様が助けてくださったからこそ」
「褒美はいらぬのか。この者どもの理不尽に腹立ちを覚えぬのか」
「……私めは……奴隷の身ゆえ、高貴な方とこうしてお話することだけでも罪に当たります」
「ほう、奴隷とな。奴隷とはかくも強いものなのか」
「他の者は存知あげませぬが、戦ったのは初めてのことゆえ、わかりませぬ」
「中々に面白い。名は何と申す?」
「奴隷の名など、お耳の穢れとなりましょう」
「小賢しい言い訳はよい。妾は知りたいのじゃ。そなたの名を申せ」
「……姓は衛、名は青。平陽侯様に仕える鄭家の奴隷でございます」
「平陽侯に仕える鄭か。なるほど」
公主は侍女に目配せして、錦の袋を持ってこさせた。
「礼をやろう。これで少しはましな衣服を整えるがよい」
「奴隷が衣服を整えるなど烏滸の沙汰」
「妾の恩賞を烏滸と申すか」
「とんでもない」
衛青は慌ててかぶりを振り、侍女から砂金の入った錦袋を頂戴した。
「いつの日か、またその腕前を見てみたいものだ。それまで平陽を出るでないぞ」
「畏れながら奴隷は他の地に参ることは許されておりません」
「左様であった、左様であったのう」
公主は嬉しそうに笑い、上機嫌になって邸に戻っていった。
一連の騒ぎを見ていた観衆たちは痛快な衛青の活躍に拍手喝采を浴びせた。だが奴隷の衛青にとって衆目を集めることは迷惑で、どうにかこの場を逃れようと頭を巡らせた。
――そうだ、こうしよう。
何事かを思いついた衛青は、先ほど賜った錦の袋を開け、その中身を空高く飛び散らしたのだ。
飛び舞った砂金はまるで輝く雨のようで、貧困にあえぐ庶民たちは狂喜の声をあげて、拾いにやってきた。もはや衛青など眼中になく、そのまま、この日の「英雄」はどこかに消え去っていったのである。
三
この話はその夜に公主の耳に入った。
「まこと、無礼な奴隷でございますね」
侍女の一人は立腹したが、公主はそうではない。
――面白いものを見つけた。
退屈しきっていた公主にとって、衛青ほど愉快な奴隷――いや、人物と出会ったことがなかったからだ。
「子夫、小燕」
公主は二人の侍女を呼びつけ、命を下した。
「昼間の奴隷だが、すぐに素性を調べよ」
「奴隷の素性など調べて何とします?」
子夫が小首をかしげてたずねると、公主は嬉しそうに笑んで、その理由を述べた。
「ようやく見つけた暇つぶし。あの身なりから、今の奴隷主から大事にされておらぬだろう」
「まさか、買い取られるおつもりですか?」
「ならぬか」
「いえ、でも……」
「妾は天子の姉ぞ。奴隷の一人や二人、召し上げて何が悪い」
こうなると一刻の猶予も許さない公主である。二人は慌てて飛び出し、衛青の後を追った。
「どこへ行ったのかしら」
子夫と小燕という名の侍女二人は人ごみを分けるように衛青の後を追った。
子夫。二十一歳になるこの女性は、類稀なる美貌の持ち主で、喩えるなら梅のようなであった。宝玉のような瞳と、たおやかな身振りは男に、「守ってやりたい」と、思わせるような魅力を持っていた。
性格は温和で誰からも好かれていたが、暗い翳りがある。彼女は謳者という奴隷に近い身分で、衛青と大差はない。ちなみに謳者とは歌い手のことで、子夫は抜群の歌声を持っている。
小燕は十七歳で、子夫とは違って謳者ではない。平陽の商人の娘で、機転の良さから公主に可愛がられていたのだ。
人ごみの中に入ってしばらく経つと、小燕が衛青の姿を見つけ出した。衛青は背が高い上に馬に乗っている。そのため彼の姿は入道雲のように人ごみの中から抜きん出ていた。
小燕の瞳は珠のように丸く、さながら燕のようであった。「小燕」と名付けられたのもそうした理由からであった。
「子夫さん、あの背の高い人がそうではないかしら?」
「あの人ね。小燕、後をつけましょう」
子夫と小燕は、たがいにうなずき、衛青の後をつけた。
それにしても衛青は妙な青年であった。馬上姿は悠然としていて、それなりの衣装をつければ一介の大将に見えなくもない。
――なんだか子犬のよう……。
小燕は目を細め、衛青をそう形容した。子犬のような奴隷がなぜあんな活躍ができるのか、公主でなくとも知りたいのは道理だと思うようになった。
それから二刻後。衛青はのんびりと町を巡り、思い出したかのように目的地に足を向けた。その目的は子夫たちの思わぬ邸であった。
「まさか、ここが目的なの?」
小燕が思わず声をあげたのも無理はなかった。そこは公主の邸であり、徒労もいいところだったのである。
――馬鹿馬鹿しい。
そう思って帰ろうとした小燕の袖を子夫が引いた。
「目的はわかっても、あの者の素性はわかっていませんよ」
「たしかに」
子夫が言うように、衛青が何者なのかはわかっていない。自分たちの邸にも関わらず、二人は門外で見張りを続けた。
一向に出てくる気配のない衛青に二人はやきもきした。特に小燕などは、
「中の様子を見てきます」
と、邸内の様子を探ろうとした。子夫は、
「それでは尾行にならないわ」
と引き止めたが、小燕は聞く耳を持たない。とうとう小燕は子夫の制止を振り切って、邸の門をくぐろうとした。
その時であった。不意を突くように背後から衛青が、
「もう帰りますよ」
と、声をかけてきたのである。今まで邸内にいると思っていた衛青が突如背後に現れて、二人は大いに驚いた。その様子を衛青は可笑しがり、声を立てて笑った。
「何が可笑しいのです?」
気の強い小燕が衛青に食ってかかってきた。衛青は慌てて頭を下げたが、笑わないよう、懸命にこらえた。
「あなた方は私の素性を知りたかったようですが、取るに足らない奴隷なのです。納得がいかないのなら、我が住まいに来ますか。奴隷の家など見たことがないでしょう?」
そんなのは嫌でしょう、という挑発めいた衛青の笑みに、小燕は怒りを覚えた。
「ええ、行きますとも。私たちは公主様にお仕えする身。奴隷ごときの家に怖気つくなどありえない」
売り言葉に買い言葉であったが、子夫は必死になって押し留めた。
「相手は男子ですよ。それこそ公主様の侍女が参ってはならぬこと」
「それはそうだけど……」
馬上で二人のやりとりを楽しく拝見していた衛青であったが、その耳に思わぬ悲鳴が飛び込んできた。
四
――何だ?
嫌な予感をしながら、その現場に着くととんでもないことが出来していた。昼間の賊残党が、事もあろうに平陽の人々を斬殺していたのである。
「あの奴隷野郎はどこへ行ったッ。仲間の弔いに、あいつが来るまで平陽の奴らを撫で斬りにしてやる」
その瞬間。常に温和な表情であった衛青は豹変した。
あまりの変わり様に、先ほどまで軽口をたたき合っていた子夫と小燕は怯えてしまい、その場に座り込んでしまった。
「俺はここだ、獣ども、かかってこいッ」
ところが突撃しようとする衛青の馬に、小燕が飛び乗り、その腰にしがみついた。
「馬鹿、降りろッ」
「嫌です、ここで死なれたら、私たちが公主様に叱られるッ」
意味不明な理由であったが、小燕という「荷物」を抱えてしまったことで、衛青はわずかに理性を取り戻した。
直感であったが、小燕は逆上したまま突っ込めば、衛青が必ず死ぬと見ていた。無我夢中であったが、死地に追いやりたくない一心が、この奇怪な行動をさせてしまったのである。
「どうなっても知らんぞ」
「望むところです」
すぐにでも虐殺を止めたかったが、冷静にどう戦うべきか衛青は考えた。
昼間のように公主の守衛もいない。何よりも戦うための武器がなかった。
「あれ!」
衛青の心を見透かしたように、小燕は武器を見つけ出した。それは盗賊の襲撃で逃げていった物売りが落とした担ぎ棒であった。
――いざ、突貫ッ。
と、突撃するような真似を衛青はしなかった。多勢に無勢ではただやられるだけであった。どうするべきか悩んでいると、必死に手招きする子夫に衛青は気づいた。
「何です?」
「いいから、二人とも馬を降りて。そこにいては目立ちすぎる」
なるほどと衛青たちはうなずき、子夫が隠れる物景に駆け寄った。
「早くしないと、どうしようもない」
「ええ。でも何も考えずに行ってもどうしようもない。あなたがどんなに強くても袋叩きにされておしまいよ」
「このまま逃げろと?」
「罪もない人たちを殺す奴らを許せない。だから色々と利用するのよ」
首をかしげる衛青に子夫は空を指さした。
すでに夕暮れで平陽を闇が包もうとしている。つまり闇に紛れて不意をつけ、と言うのだ。
「綺麗なお嬢さんだと思ったけど、食えぬ人だな」
「馬鹿なことを言ってないで、頭を使いなさい。昼間、あれだけの戦いができたんだから、何か賊どもを倒す策があるんでしょう?」
「策、か……」
衛青は怒りを抑えて、冷静に賊どもの動きを観察した。
突然の攻撃でやりたい放題であった賊たちであったが、民たちは逃げていき、虐殺ができないようになっていた。この暴挙はいわば賊たちの自暴自棄であり、やがて平陽兵たちへの警戒心が生まれていた。
――その前にあの小僧を見つけて殺さなければ。
目的を達して逃げてしまいたいという思いが芽生え、焦燥感が出始めていたのである。そこに衛青は「穴」を見出した。
――敵は俺一人ではないと思わせるのが肝要だ。
衛青は夕闇で身を隠しながら、建物などを利用して闇討ちにしてやることを思いついたのである。
「頼みたいことがあるが……怖かったら逃げてもいい」
できれば出会ったばかりの娘二人を巻き込みたくない。だが衛青一人ではどうしようもないのも事実であった。
「今日はとんでもない悪日ね。あなたがいなければ公主様ともども殺されていたかもしれないけど、あなたがいるから、こうして命を賭すことになる」
運命とはわからないと子夫と小燕は笑い、衛青も同感であった。
「どうするの?」
「名前を聞かせてほしい」
何を言っているのかと二人は呆れたが、考えてみればまともに話したのが先ほどのことであったことを思い出した。
「私は小燕。この娘は謳者の子夫」
「おてんばの小燕さんに、さえずりの子夫さんか」
「変なあだ名をつけないで」
小燕はほおを膨らましたが、子夫は沈着した面持ちで、どうするのか尋ねた。
「今度こそ一人残らず、獄に送ってやる。そのために平陽侯様の兵に出てきていただくしかない。子夫さんは至急、お邸に戻って、平陽侯様にお願いしてほしい」
「小燕はどうするの?」
「肝が据わっているおてんばさんには、騒いでもらいたい」
「おてんばだの、騒げだの、私を何だと思っているの?」
「そのやかましさが入用なんだ。俺の馬を貸すから、こう叫んでほしい。平陽侯様の大軍が取り囲んだぞ、賊どもは一網打尽、民の仇を討ってくださる――と」
「わかった。叫んで叫んでやる」
「それと俺が逃げた、とも叫んでほしい」
「どういうこと?」
そう疑問を呈した小燕に対し、衛青はにこりとするばかりで、何も答えなかった。ただ言われた通りにすれば良いと、その瞳が語っていた。
やむなく二人は承諾し、行動に移った。
「あの野郎、どこにいる」
賊たちは焦りに焦ったが、暗くなってはどうしようもなかった。
やがて、「平陽侯様の大軍が取り囲む、一網打尽だ」という声が、賊たちの心を逆撫でした。さらに衛青が逃げたと聞くと、怒りや焦燥感、恐怖が入り乱れて、ただ混乱するばかりであった。
その時であった。賊たちの背中に次々と矢が刺さり、悲鳴を上げて倒れていった。矢が飛んだ先に振り向いても誰もおらず、困惑している間に隣の仲間が射られて死んでいった。
「奴だ、奴がいる」
そう叫ぶ者もいたが、平陽侯の兵が現れたと泣く者もいた。
視界が悪い中、闇から射られる矢で、賊どもの心は乱れに乱れた。
衛青の狙いどころは賊の精神状態にあった。襲い始めた頃の賊は怒りと逃げ場のなさから猛々しかったが、状況悪化に伴って弱気になりはじめていた。得体のしれない攻撃は賊たちの心を搔き乱し、そして恐怖を生み出した。衛青は敵の情報把握を狂わせ、夕闇を利用することで、得体のしれない敵を演出してみせたのだ。
――もう駄目だ、逃げるしかない。
心弱き者の恐怖は付和雷同し、そこを衛青の闇討ちが狙い続ける。
「うろたえるな、気持ちをしかと持てッ」
頭だけに蒋泰は沈着であり続けたが、それもまた衛青の思惑通りであった。
――頭を叩き落とせば、獣は死ぬ。
必死に指揮を執る蒋泰を狙い、衛青はこれまでにない大きな怒声を浴びせた。
「このクズ野郎、さっさと野垂れ死ねッ」
怒号と共に衛青は、棍棒で相手の腹を強烈に突いた。あまりの衝撃で腸を破ったのか、蒋泰は口から血を吐きだした。
「て、てめえは何なんだ?」
「てめえのような罪もない人たちを殺すような、クズだけは許さねえ奴隷の衛青だ。俺の名を頭に叩き込んで、あの世へ行けッ」
叫び終わると棍棒を振り上げ、蒋泰の頭を叩き割った。我ながら恐ろしい力があると衛青は驚いたが、後悔はなかった。
「平陽侯様の兵が取り囲んだぞ。お前らの頭は、あの世へ送ってやった。残りの馬鹿もあの世へ送ってやるッ」
そう啖呵を切ったものの、それきり衛青は戦わず、再び闇に身を隠した。頭を失ったことで盗賊たちの結束は崩壊し、そこに平陽侯の兵が襲いかかったため、ほとんどが首を斬られ、生き残った者も容赦なく処刑されて、一件は落着した。
「……終わったの?」
終始、叫び続けた小燕は子夫の姿を見るや崩れるように気を失ってしまった。子夫は衛青の姿を求めたが、すでに姿を消していなかった。
――結局、何だったんだろう、あの子は……。
気を張っていた子夫も腰を抜かすようにその場に座り込み、衛青のことを想いながら、惨状などなかったような美しい星空を眺め、大きく息を吸い込んだ。
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