若返りおじいちゃんは異世界で魔王様を救済します

しうとらの

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9 願い事は二つだけ

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 宗一は特大ステーキバーガーを半分も食べられなかった。
 ギルバートとアインハルトの若い二人は見事に完食し、肉質や焼き加減がどうのこうのと、楽しそうに語り合っている。若者たちが仲睦まじく会話を楽しんでいる姿は、なんとも微笑ましい。
 名無しの執事から白湯をもらった宗一は、そんな二人の様子を眺めながらカップを啜った。身体が温まる。油物を食べた後に飲み物を取りすぎて腹を下した経験から、宗一はゆっくり少しずつ白湯を飲む。もう一口啜ってから、カップを両手で包むように持って膝に下した。
 ふと気づけば、ギルバートとアインハルトは会話をぴたりとやめてじっとこちらを見ていた。

「ソウイチ、ズーズーするの禁止」

 表情の消えたギルバートは少し怒っているように見える。
 啜らなければ熱い物は飲めないし、蕎麦やうどんはどうやって食べるつもりなのか、と思うのだが、アインハルトも同意見のようだ。腑に落ちないまま宗一は渋々了承した。

 「……はい」

 肉の話を中断した二人は会話の続きをする気は無いようで、すっかり静まり返ってしまった。
 沈黙を破ったのは、アインハルトだった。先ほどの和やかな雰囲気とは一変して険しい表情でギルバートに問う。

「ギルバート、ソーイチ様はお前の為に召喚されたと言ったな。そして魔王の呪いとやらの委譲は済んでいると。ならば、その役目は既に終了しているのでは? まだ何か、神の子であられるソーイチ様を利用するつもりなのか?」

「利用?」怪訝そうにギルバートは言った。「オレは、ソウイチに生かされているんだよ。ソウイチの望みを叶えることが、オレの成すべきことだ」

 魔王の恩恵という名の呪いは、その一部を宗一が肩代わりしている。宗一がいなければ、ギルバートは真の悪に染まっていたのかもしれない。
 宗一は不穏な雰囲気を醸し出した二人を、冷静に見るよう努めることにした。宗一の感情は常にギルバートへ送られている。宗一が悪感情を抱けば、ギルバートが邪悪な魔王へと変わってしまうのだ。

「利用と言うなら、そっちこそどうなんだ、アインハルト。ソウイチを神の子だと担ぎ上げて、民衆の信仰心を煽るのか? 信仰という名の献金をせしめるのか? ソウイチをあの胡散臭い神官どもの玩具にくれてやるっていうのか? はあ?」

「貴様は教会を愚弄するか!」頭に血が上ったアインハルトは鬼の形相でギルバートの胸ぐらを掴んだ。「教会はソーイチ様を庇護する! 誰のせいでこの戦乱を招いた? 貴様だ、ギルバート! 民は怯え、苦しんでいる。神ティレニア様の子であられるソーイチ様のお導きによって、我ら民は救われるのだ!」

「だから、それが動物園のサルにすると言っているのも同じなんだよ! それに、オレのせいにしているが、違うだろう? オマエの国のお偉方が虐殺なんて言い出さなければこんな事態にはならなかったんだよ!」

 ギルバートはアインハルトと同様に胸ぐらを掴み返し、額をぶつけ合いながら激高した。
 今にも殴り合いが始まりそうな険悪な場面で、宗一は静かに呟いた。

「戦乱……、戦争をしているのかい?」

 鶴の一声となった。ギルバートとアインハルトは掴み合っていた手を放し、宗一に注目した。

「休戦している」ギルバートは声を低くした。「多少、土地問題でいざこざは起きている。オレが国境に無理やり壁を建造したからな。人間の農地を少し潰した」

「少しではない。貴様のせいで農作物の収量が激減し、我が国は食糧難の危機だ」

「こちらも森林を削っている。それに、オレが壁を作ったことで、魔族と人間が干渉することもなくなった。魔族たちには人間への危害を禁止しているし、皆オレに従っている。成果は出ている」

 教会、国境の壁、食糧難。どれも火種と成り得る言葉だ。元の世界にせよ、この世界においても、なぜ、戦争というものはなくならないのか。
 悲痛な思いが宗一を覆う。

「うぐっ……ソウイチ、待って」ギルバートは苦悶の表情でその場に崩れた。「何が悲しい? か、必ずオレが……」

 息苦しく這いながらも、宗一に縋るように手を伸ばす。
 宗一は思考に没頭して気づくのが遅れた。素早くギルバートの手を拾い、深い呼吸をして心を落ち着かせるよう努める。
 気の滅入る考えは捨てろ。目の前にいる青年を、未来ある若者を守れ。瞳を閉ざして心中で唱える。張り詰めた糸が緩むように、身体の力を抜いていく。そして、想像する。一滴の雫が水面に落ちる様を思い描く。静かに広がる波紋が消える。
 宗一は瞳を開き、ギルバートを見た。
 
「オレが……幸せにするから」

 悲愴な顔を向けるギルバートが声を必死に絞り出して言った。
 その瞬間、宗一の感情は穏やかな凪となった。そして、僅かな喜びを覗かせる。
 落ち着きを取り戻したのか、ギルバートは肩を揺らして呼吸を整えている。
 宗一がギルバートに寄り添うようにしゃがみ込むと、心配そうに様子を伺っていたアインハルトも傍で屈んだ。

「ああ、今のは、危なかった。深い悲しみが憎悪に変わるかと思った……」

 そう言うと、ギルバートは宗一の腰に両腕を巻き付けて腹部に顔を埋めた。
 抱きつかれた勢いに押され、宗一は尻餅をつく。
 ギルバートを怖がらせてしまった。だが、宗一は嬉しかった。幸せ、という彼の言葉が苦し紛れに言ったのだとしても、前向きなその言葉は希望を見出す。悪い思考を転じさせるに、そういった言葉が必要な時もあるのだ。
 前途ある若者からの幸せという言葉は効果的だった。保護欲が刺激され、年寄りとはいえども奮い立つ。
 ばっちぐーだよギルバート君、と宗一は内心で称えた。
 金色の髪を撫でる。柔らかく滑らかな触り心地だ。先ほどまでの沈鬱とした感情とは違い、不謹慎にも縁側で日向ぼっこをしながら猫を撫でているような穏やかさがあった。

「離れろ、ギルバート。子供じゃあるまいに」

 そう言って、アインハルトはギルバートの尻を引っ叩いた。

「痛てぇ! オレはオマエにできないことをする。邪魔するな」

 軽口を返しながらも、しっかりと抱きついて離れようとしないギルバート。
 仲が良いのか、悪いのか、宗一は心和む。
 だが、宗一にはこの二人の若者への要望が湧き上がっていた。
 ギルバートを撫でる手を止め、改まった声で開口する。

「僕は君のためにここへ来たわけだけど、君は僕の望みを叶えると言ってくれたね」

 ギルバートは上体を起こして宗一の顔を覗き込む。そして、真剣な面持ちの宗一を真っ直ぐに見据えて力強く頷いた。

「そうだ。オレはソウイチの望みを叶える。決してキミを裏切らない」

 躊躇いは消えた。宗一はこの世界において、頼ることのできる人物はギルバートしかいない。彼が何者であろうと、彼を信じる以外に選択肢はない。まさに俎板の鯉。煮ようが焼こうが、ギルバートの思いのままだ。それで構わない。彼の為に授かった命とこの肉体なのだから、そう思っていた。
 しかし、今は、ギルバートの目を見れば、信頼のおける人物だと思えてくる。頼りにしてしまう。任せてしまう。期待してしまう。人を惹きつける、なんとも不思議な魅力が彼にはあった。

「僕のわがままを聞いてくれるかい? ふたつもあるのだけど」

「いくらでも言ってくれ」

 意欲的なギルバートが即座に返答する。
 すると、隣で静かに控えていたアインハルトが、姿勢を正し、立膝を着いて跪く。そして、硬い表情で言った。

「ソーイチ様、私にご命令くだされば、この命と引き換えてでもご期待に添えてみせます」

 アインハルトの熱い視線が宗一に注がれる。
 実直な男だ、と宗一は思う。頑として自身の流儀を貫いている。悩みを抱えながらも、行動すべきことを模索しているのだろう。
 宗一はゆっくり頷いて見せる。そして、静かに語った。

「この世界を知りたい。それと、戦争をしないでほしい」

 アインハルトは宗一の言葉に打ち震え、目に涙を浮かべた。深く頭を下げると、凛とした声色で「仰せのままに」と言った。
 宗一の望みを呑んでくれたのだが、宗一は僅か訝しむ。アインハルトが涙を滲ませていたことが引っ掛かる。反応が大きすぎるばかりに、宗教家としての言葉と捉えたのでは、と密かに疑ってしまった。

 ギルバートはというと、瞳を大きく見開いて宗一を見つめながら硬直していた。
 何も言わず、ただそうしているギルバートに、宗一は戸惑う。何か気に障ったのか、と宗一が尋ねようと小首を傾ける。
 すると、ギルバートは視線を落とし、口元に手を押し当てて何やら考え込んでしまった。
 ほんの少しの間、沈黙していたギルバートは宗一を振り返り、軽快な口調で問う。

「武力に頼らず、国交正常化交渉をするにはどうすべきだと思う?」

 宗一は目を見張った。驚いた。このギルバートという青年は宗一よりも先を行っていた。答えは決まっているのだから、返答するよりも次の行動に移るという思考だろうか。
 瞳を輝かせるギルバートの活き活きとした表情が眩しく見える。この若者は、常に未来を見据えている。
 思い立ったが吉日、そんな言葉が頭に浮かぶ。
 宗一は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
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