千尋さんはラノベが読みたい――ラノベ作家という僕の秘密を知ったのは、『小説が読めない』クラスのアイドルでした――

紅葉 紅羽

文字の大きさ
12 / 185

第十一話『千尋さんとお姉ちゃん』

しおりを挟む
 なるほど、確かにそれなら貸し切りっていう状況にも何となく納得がいく。貸し切りなんて本来は大金をはたいてやるものだけど、家族のよしみがあるっていうなら事情は変わってくるからね。

 だけど、貸し切り問題が消えたからと言って問題が何もなくなったわけじゃない。というか、僕としては今から浮かび上がってくるであろう問題の方が重大だ。……前山さんとだってまともに顔を合わせたのは二度目なのに、その状態で前山さんのお姉さんとも初対面を果たさなければいけないんだから。

 僕はコミュ障ではない……ないと思いたいが、だからと言って初対面の人と明るくはきはき喋れるほどに対人強者というわけでもない。そもそもの経験値不足もあって、どんな風に接するのが正解なのか僕には全く想像すらもつかなかった。

 だがしかし、お姉さんを呼ぶ前山さんの声は既にこれでもかという声量で響いている。まあつまり、俺が何を考えようとカウンターの向こう側の扉は開いてしまうわけで――

「おーーー、早かったな私の可愛い妹よ! どうだ、元気にしてたか?」

 バタンと音を立てて扉が開け放たれ、その奥から弾丸のように一人の女性が飛び出してくる。そのまま目にもとまらぬ速さでカウンターに腰掛ける僕たちの前まで来たかと思えば、流れるような動きで前山さんの頭をわしゃわしゃと撫でていた。

 事前に出て来るって分かっていたから何とかその動きを目で追えはしたけれど、瞬きした瞬間に見失ってしまいそうなぐらいのとんでもない速さだ。カフェの店長というより、何かのアスリートをやっていると言われた方がよほど腑に落ちる。

「やっぱり髪サラサラだなあ、ロングヘアが鬼のように似合ってる! どんな素材だって千尋の髪の手触りの前には土下座して弟子入りを乞うんじゃないか?」

「お姉ちゃん、テンション上がりすぎじゃない……?」

「そりゃそうさ、久しぶりに千尋が『カフェで会いたい』って言ってくれたんだからな! 前山家の長女たるもの、可愛い妹に頼まれてテンションが上がらないわけないじゃないか!」

『というわけで撫でる!』――なんて言って、前山さんの困惑をよそにお姉さんはさらに前山さんの髪を撫で続ける。少し茶色に染めた髪の毛を短くそろえたスタイルからは少し想像しにくいが、これがお姉さんの素であることは間違いなさそうだった。

――というか、これ僕の存在を相当度外視してるな。それほどまでに存在感がなかったか、それとも見つけたうえで無視したのか。まあどちらにせよ、前山さんがお姉さんに溺愛されていることだけは確かだ。

「お姉ちゃん、今日はあたしだけじゃないから……! あたしに新しくできた友達を紹介させてほしいって話、事前にしたでしょ?」

「ん? ……ああ、そういえばそんなことも言ってたっけ。妹が世界一可愛いせいで忘れてた」

 相変わらずすごい勢いで撫でられながらも、前山さんは必死に声を上げる。その呼びかけでようやく僕の存在を認識した様で、初めてお姉さんの視線が俺の方へと向いた。

「……ご紹介に預かりました、照屋紡と言います。前山さんのお姉さん、なんですよね?」

「ああ、私は前山 彩加あやかってものだ。このカフェの店長にして前山家の長女、まあ端的に言えば千尋の頼れる姉貴ってところだな」

「お姉ちゃん、自分で頼れるっていうのは説得力があまりないと思うよ……?」

 胸を張って自己紹介するお姉さんに、隣で聞いていた前山さんが少し苦笑して突っ込みを入れてくれる。正直どんな表情でそれを聞けばいいか分からなかったから、率先してそういう反応をしてくれるのはありがたかった。

「なんだ、それじゃあ頼れない姉貴か……?」

 しかしそれがお姉さんの何かにクリーンヒットしたのか、急にしょんぼりとした表情を前山さんの方へと向ける。結構きりっとした端正な顔立ちをしているのに、その印象が一瞬にして吹き飛ぶぐらいに声色も弱々しかった。

「ううん、そういう事じゃなくてね。あたしもお姉ちゃんは頼れると思うけど、それを自分で行っちゃうと少し自画自賛が過ぎるというか……」

「そうか、頼れる姉貴か! そう思ってくれて私は嬉しいぞ妹よ!」

 前山さんの言葉を遮って、元気を取り戻したお姉さんはまたしても前山さんの髪に手を伸ばす。元気になったのはいいことなのだが、多分前山さんの言いたかったところはそこじゃない。……そこじゃないはずなのだが、もはや前山さんも諦めて撫でられるがままになっていた。

 なんというか、ここまでたじたじな前山さんの印象は学校にいるときの感じだと想像がつかないな……基本的に前山さんに振り回される側だからなのか、その姿はとても新鮮に映る。――なんて言っても、振り回された経験だって正味少ししかないんだけどね。

 そのまま撫でられること二分強、満足したのかようやくお姉さんは前山さんの頭から手を離す。そして少しだけ表情を引き締めると、前山さんと僕を交互に見やった。

「……それにしても珍しいな、千尋が男と二人でここに来るなんて。貸し切り自体は今までもあったが、それも女友達数人とじゃなかったか?」

 いきなり真剣な様子でそう問いかけられて、僕はとっさに少し息が詰まるような感覚を覚える。確かにお姉さんは前山さんを相当かわいがっているわけだし、周囲の交友関係も気になるところがあるのかもしれない。もっとも、それが分かったところで僕にできるのは悪い印象を持たれていませんようにと祈ることしかないのだが――

「うん、そうだね。だけど、お姉ちゃんにも照屋君のことは知っておいてほしくて。……ほら、前に少しだけ話したことがあるでしょ?」

 言葉に詰まる僕に変わって、前山さんがはっきりと首を縦に振る。前山さんがこの場所を選んだことには、僕が考えていた以上の大きな意味があったらしい。

 そんなことを思っていると、突然前山さんの手が僕の方を指す。自然とお姉さんの視線も僕の方へと寄せられる中、前山さんはにっこりと笑みを浮かべると――

「あの日からずっと抱えてる、あたしの中の大きな問題。……前見かけた『それを解決する手掛かりになってくれるかもしれない人』が、ここにいる照屋君だったんだよ」

「……へえ、なるほどな?」

 前山さんからのその言葉を聞いた瞬間、お姉さんが纏う雰囲気が一瞬にしてヒリつくようなものに変わる。……僕に向けられるお姉さんの視線は、いつだかテレビ番組で見た骨董品鑑定士のような鋭さを含んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...