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第二十九話『僕は思い切る』
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タイヤがアスファルトの凹凸を噛むたびに車内が振動して、それに連動して僕の身体も小刻みに揺れる。タイヤの上の席を選んだこともあってか、他の席よりもよりそれが如実に伝わってきた。
――結局のところ、僕が思っていたような都合のいい作戦なんて思いつかなかった。どうすればいいかの方針も立たずに、出たとこ勝負で出た結果に従うしかないような状況にまで追い込まれている。本当だったら家で閉じこもってその結果からも逃げたかったけれど、千尋さんのことを思うとそんなことができるはずもなくて。
それでも完全な無策というわけにもいかないから、バスが目的地にたどり着くまでの短い時間の中でどうにか間に合わせの作戦を考えなくてはいけないだろう。……幸いにも隣の席の人は一切面識がないレベルだし、考え事に集中できると思ったのだが――
「たくさん揺れるのが嫌だって人は結構いるけどさ、あたしはここ結構好きなんだよね。……今バスが走ってるんだなーって実感が、ここならはっきりわかるから」
――なんで、千尋さんがここにいるのだろうか。
少なくともバスの席割りは明確に決められていたし、交換しようと言ったところで簡単にできるものではないはずだ。……じゃあ、どうして千尋さんは平然と僕の隣の席に座っているのだろう?
「……ねえ、照屋君はどう思う?」
そんな僕の困惑も知らずに、千尋さんは純粋な疑問を僕の方にぶつけてくる。……だけど、それに僕はただ首をかしげることしかできなかった。
「僕からしたら、今千尋さんがここに座ってることの方が疑問なんだけどね……?」
一回目の休憩までは別の人が座っていたから、そのタイミングで何かがあって後退することになったのだろう。……問題があるとすれば、高々十分ちょっとのその時間でどんな交渉が行われたという所なんだけども。
ちなみに一回目の休憩まではド派手にバスレクが行われていたから、考え事をするも何も言ってる場合じゃなかった。……マイク使わないであそこまでバカ騒ぎになるの、正直すごいと思う。
もちろん楽しかったことには楽しかったけれど、今こうして千尋さんが居るとなると話が変わってくる。その騒がしさに身を預けられたのは、その後にちゃんと考えるための時間が訪れると踏んでのことだったのだから。
ただ、千尋さんが隣にいる以上それができるはずもない。……千尋さんが喋り好きなのは、この三週間ほどでひしひしと伝わってきていた。
「ああ、それが気になってたんだね。君の隣に座ってた子――柳原さんね、バスレクで盛り上がりすぎちゃったみたいで。普段なら大丈夫だったはずの振動がそれと合わさることでダメになって車酔いしちゃったって言ってたから、窓際の前の方に座ってたあたしと席を交換したの」
千尋さんは『そういえば言い忘れてた』みたいな感じで手を叩きながら、僕の疑問にあっさりと答える。……隣の席に座っていた人の名前を、僕は今初めて知った。
薄々分かってたことではあるけど、千尋さんって全員の名前を憶えてるんだろうな……。それに加えて顔と名前も一致してるし、その対人能力は本当にすごいとしか言いようがない。見習えるんだったら見習いたいけれど、こればっかりは多分素養も関わってくる話だからどうしようもない。
「……というか、さっきからちょっと様子が変だよ? ……もしかして、照屋君も車酔いしちゃった?」
そんなこともあれこれと考えて居ると、千尋さんが僕の方を覗き込んでそんな風に問いかけてくる。……あまり大きいバスじゃないこともあって顔がやけに近くにあって、僕は小さく息を呑んだ。
本当のことを言うのならば僕の表情が硬いのは千尋さんがらみの事なのだけれど、こればかりは僕の中で答えを決めなければいけないことだ。……というか、伝えたら全部が崩壊する。それだけは避けなければならない。……ならないの、だけれど。
「ううん、車酔いはしてない。……だけど、最近ちょっと悩み事が多すぎてさ」
隠し通すことを僕はなぜか放棄して、まるで罪を告白するかのように低い声で呟く。……すると、千尋さんの表情も少しだけ曇った。
「……それ、もしかして人に話せないこと? あたしでできることなら力になるよ?」
まるで僕の暗さを鏡写しにしたかのような小さな声で、千尋さんは少しも迷うことなく嬉しいことを言ってくれる。……やっぱり、千尋さんは優しい人だ。
だから、僕はずっと分からないでいる。千尋さんが僕にこうやって優しくしてくれることの根源がどこにあるのか、それがもう少しはっきりすれば僕も踏ん切りをつけられるかもしれないのに。――少しだけ、思い上がることができるかもしれないのに。
「……うん、それじゃあ聞いてもらおうかな。と言っても、これはもしもの話なんだけどさ」
そんな思いを抱えながら、僕は千尋さんの言葉に導かれるようにして口を動かす。思えばずっと班とかで動いていたこともあって、こうやって二人で話すのも久しぶりだ。……せっかく転がり込んできた機会なら、思い切って勝負してしまおうか。
もちろん直接的な聞き方はできない。もう少し言葉を選んで、そこからさらに捻って質問を作り上げる必要がある。そこまで踏まえた上で、僕はゆっくりと千尋さんに問いかけた。
「……僕がラブコメを書くって言ったら、千尋さんは喜んでくれる?」
――結局のところ、僕が思っていたような都合のいい作戦なんて思いつかなかった。どうすればいいかの方針も立たずに、出たとこ勝負で出た結果に従うしかないような状況にまで追い込まれている。本当だったら家で閉じこもってその結果からも逃げたかったけれど、千尋さんのことを思うとそんなことができるはずもなくて。
それでも完全な無策というわけにもいかないから、バスが目的地にたどり着くまでの短い時間の中でどうにか間に合わせの作戦を考えなくてはいけないだろう。……幸いにも隣の席の人は一切面識がないレベルだし、考え事に集中できると思ったのだが――
「たくさん揺れるのが嫌だって人は結構いるけどさ、あたしはここ結構好きなんだよね。……今バスが走ってるんだなーって実感が、ここならはっきりわかるから」
――なんで、千尋さんがここにいるのだろうか。
少なくともバスの席割りは明確に決められていたし、交換しようと言ったところで簡単にできるものではないはずだ。……じゃあ、どうして千尋さんは平然と僕の隣の席に座っているのだろう?
「……ねえ、照屋君はどう思う?」
そんな僕の困惑も知らずに、千尋さんは純粋な疑問を僕の方にぶつけてくる。……だけど、それに僕はただ首をかしげることしかできなかった。
「僕からしたら、今千尋さんがここに座ってることの方が疑問なんだけどね……?」
一回目の休憩までは別の人が座っていたから、そのタイミングで何かがあって後退することになったのだろう。……問題があるとすれば、高々十分ちょっとのその時間でどんな交渉が行われたという所なんだけども。
ちなみに一回目の休憩まではド派手にバスレクが行われていたから、考え事をするも何も言ってる場合じゃなかった。……マイク使わないであそこまでバカ騒ぎになるの、正直すごいと思う。
もちろん楽しかったことには楽しかったけれど、今こうして千尋さんが居るとなると話が変わってくる。その騒がしさに身を預けられたのは、その後にちゃんと考えるための時間が訪れると踏んでのことだったのだから。
ただ、千尋さんが隣にいる以上それができるはずもない。……千尋さんが喋り好きなのは、この三週間ほどでひしひしと伝わってきていた。
「ああ、それが気になってたんだね。君の隣に座ってた子――柳原さんね、バスレクで盛り上がりすぎちゃったみたいで。普段なら大丈夫だったはずの振動がそれと合わさることでダメになって車酔いしちゃったって言ってたから、窓際の前の方に座ってたあたしと席を交換したの」
千尋さんは『そういえば言い忘れてた』みたいな感じで手を叩きながら、僕の疑問にあっさりと答える。……隣の席に座っていた人の名前を、僕は今初めて知った。
薄々分かってたことではあるけど、千尋さんって全員の名前を憶えてるんだろうな……。それに加えて顔と名前も一致してるし、その対人能力は本当にすごいとしか言いようがない。見習えるんだったら見習いたいけれど、こればっかりは多分素養も関わってくる話だからどうしようもない。
「……というか、さっきからちょっと様子が変だよ? ……もしかして、照屋君も車酔いしちゃった?」
そんなこともあれこれと考えて居ると、千尋さんが僕の方を覗き込んでそんな風に問いかけてくる。……あまり大きいバスじゃないこともあって顔がやけに近くにあって、僕は小さく息を呑んだ。
本当のことを言うのならば僕の表情が硬いのは千尋さんがらみの事なのだけれど、こればかりは僕の中で答えを決めなければいけないことだ。……というか、伝えたら全部が崩壊する。それだけは避けなければならない。……ならないの、だけれど。
「ううん、車酔いはしてない。……だけど、最近ちょっと悩み事が多すぎてさ」
隠し通すことを僕はなぜか放棄して、まるで罪を告白するかのように低い声で呟く。……すると、千尋さんの表情も少しだけ曇った。
「……それ、もしかして人に話せないこと? あたしでできることなら力になるよ?」
まるで僕の暗さを鏡写しにしたかのような小さな声で、千尋さんは少しも迷うことなく嬉しいことを言ってくれる。……やっぱり、千尋さんは優しい人だ。
だから、僕はずっと分からないでいる。千尋さんが僕にこうやって優しくしてくれることの根源がどこにあるのか、それがもう少しはっきりすれば僕も踏ん切りをつけられるかもしれないのに。――少しだけ、思い上がることができるかもしれないのに。
「……うん、それじゃあ聞いてもらおうかな。と言っても、これはもしもの話なんだけどさ」
そんな思いを抱えながら、僕は千尋さんの言葉に導かれるようにして口を動かす。思えばずっと班とかで動いていたこともあって、こうやって二人で話すのも久しぶりだ。……せっかく転がり込んできた機会なら、思い切って勝負してしまおうか。
もちろん直接的な聞き方はできない。もう少し言葉を選んで、そこからさらに捻って質問を作り上げる必要がある。そこまで踏まえた上で、僕はゆっくりと千尋さんに問いかけた。
「……僕がラブコメを書くって言ったら、千尋さんは喜んでくれる?」
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