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第三十八話『僕とお土産選び』

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――結局、その作戦の詳細も僕に何を任せたいのかも信二に問うことはできなかった。聞きたいことは無数にありすぎたけど、それが言葉になる前に千尋さんが帰ってきてしまったからだ。

 しまった……というのはあくまで信二にとってで、僕にとっては帰ってきて『くれた』っていう方がよほど強いんだけどね。いくら分かっていてある程度覚悟ができていたのだとしても、やっぱりそういう計画のことを聞くのは気が引けた。

 千尋さんの気質を考えるにまっすぐ『もっと仲良くなりたい』って言ったら笑って受け入れてくれると思うんだけど、それができるならとっくに信二は青春を謳歌してるだろうしな……。視野が狭いくせに自分のことはよく見えている信二の気質が、今ばかりはとてももどかしかった。

「……照屋君、難しい顔してどうしたの?」

 信二の本機を垣間見てしまってからというもの悩みっぱなしだった僕の顔を、唐突に千尋さんはのぞき込んでくる。その距離間の近さに慌てて飛び退きながら、僕はバタバタと両手を顔の前で振った。

「んや、そんなに重大な問題じゃないよ。……ただ、お土産をどうしようかなってのをいまさらながら悩んでるだけで」

「ああ、さっきメッセージが来たって言ってたもんね。そんなに難しいものをお願いされたの?」

 とっさに口をついて出てきた言い訳に、千尋さんはうなりを上げながら納得の声を上げる。……そもそもメッセージがどうのこうのっていうのは千尋さんから写真が送られてきたことを誤魔化すための嘘だったのだが、千尋さんもそれを本当だと思っているらしい。もしかしたら信二に嘘がバレないように話を合わせていてくれるのかもしれないけれど、僕と違って千尋さんがわざわざそれをする理由は思いつかなかった。

 そもそも僕があそこで嘘を吐く必要があったのは抜け駆けを疑われないようにするためで、千尋さんからしたら信二も僕も一緒に遠足を回るメンバーであることには変わらない。……なら、写真を送ったことを隠す必要なんてないはずだけど――

(――だめだ、こんがらがってきた)

 新たに生まれた疑問を処理しきることが出来ずに、僕は首を横に振る。ただでさえ問題が山のように積み重なっているのに、そこに新しい疑問をさらに上積みしようとすることが間違いだった。

 ほかならぬ僕自身の意志がはっきり決まっていないのに、他の人の考えを推し量ろうなんて無茶な話だ。……昔っから要領がいい方じゃないんだから、できることを順番に一つずつ進めていくしかできることはないんだ。

「……照屋君?」

「ああごめん、ちょっと頭抱えてた。……というのも、『お土産は食べ物じゃない奴がいい』ってリクエストがいきなり飛んできてさ……」

 心配そうにもう一度名前を呼ばれて、僕は慌てて意識を引き戻してそう答える。本当はそんなリクエストどころかお土産の催促すらされていないのだけれど、その言葉はすらすらと僕の口から出てきた。

 なんでかと言えば簡単、これが僕のお土産選びの基準だからだ。お土産と言えば食べ物が定番なのは分かっているけれど、どうしても僕はそれを選ぶ気にはなれなかった。

「……食べ物ってさ、食べたら包みしか残らないじゃん。賞味期限もあるからずっと袋のまま置いとくってのも難しくて、いずれどこかで形に残らなくなる。……それなら、小さいキーホルダーでもなんでも形に残るものがいい」

 手近にあった青色の宝石を模したキーホルダーを手に取りながら、僕は少し早口で最後までそう言い切る。……そんな僕の眼を、千尋さんがまじまじと見つめていた。

「……って、僕の母さんがね? 今まで話しそびれてたけどせっかく買ってきてくれるならってことで、今に成ってメッセージを送ってきたんだよ」

 困った話だよね――と。

 頭を掻きながら、僕は千尋さんに対してそんな嘘を吐く。……お母さんの言葉という前置きを緩衝材にしないと、僕の思いは少し重たいものになってしまいそうで怖かった。

 いろんな事情が込み合って面倒なことになっているけれど、そもそもこれはただの遠足、数ある学校行事の中の一つに位置するものにしか過ぎない。……そんなところの思い出すらも忘れられていくのが怖いと感じるのは、きっと僕の心が過剰に憶病になっているだけで。……それを千尋さんに押し付けようとすることが、僕には傲慢に思えて仕方がなくて――

「……照屋君、何色を買うかは決めてる?」

 そんな思考に囚われていく僕の肩越しに、千尋さんがキーホルダーの並ぶ棚に視線をやる。そこには青色以外にもたくさんの色のキーホルダーが置かれていて、それぞれが照明を受けてキラキラと輝いていた。

「……うん。とりあえず、これとこれにしようかなって」

 その質問の意図がつかみ切れなくて、僕は手にしていた青色のやつともう一つ黄色のキーホルダーを手に取りながら素直に答える。……それを受けて、千尋さんは唐突にあごに手を当てだして。

「ふむふむ、それなら……あたしはこれにしようかな?」

 しばらく唸り声を上げていた千尋さんだったが、意を決したように大きく頷いて一つのキーホルダーに手を伸ばす。……僕が持っているものと同じシリーズのそれは、ルビーのように赤くきらめいていた。

 それをゆらゆらと軽くゆすって、千尋さんは満足したようにもう一度首を縦に振る。そして、僕の方をまっすぐに向き直ると――

「……ねえ照屋君、あたしも照屋君とおそろいのキーホルダー買ってもいい? ……形に残る思い出の話、すごくいいなって思えたからさ」

――眩しい笑顔を浮かべて、そう問いかけてきた。
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