千尋さんはラノベが読みたい――ラノベ作家という僕の秘密を知ったのは、『小説が読めない』クラスのアイドルでした――

紅葉 紅羽

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第百三話『僕はまた寝落ちした』

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――柔らかくて温かくて、とても居心地がいい場所にいるような感覚がある。

 まるで最初からその場所にいたかのような、その場所に自分以外が当てはまることは決してないと断言できるような、とても不思議な感覚。許されるならずっとここにいて、食事も何もせずにただ過ごしていたくなるような感覚。それに体重を預けていると、眠りから覚めなくてもいいのかもしれないなんて考えがふと頭をよぎってしまうぐらいに――

「……あ、起きた?」

「……あ、え?」

――前言撤回しよう、二度寝なんて絶対にしちゃダメだ。

 いつのまにか寝ていたらしい僕が枕にしていたのが何かを知って、心臓がドクリとひときわ強く鼓動するような感覚がある。……どうやら僕は親に抱かれる子供のように、泣き疲れた挙句そのままの体制で眠りについてしまったようだった。

 あれだけ先に寝ないようにと意識していたのにこの体たらく、どうやら僕は眠気に対して相当体制がないらしい。しかもそのままの勢いで千尋さんの腕の中を独占してしまっているのだから、これはもはや僕一人の問題ではない。

「千尋さん、もしかして夜の間ずっと……?」

「うん、紡君がすごく寂しそうにしてたから。あたしはどこにもいかないよって、寂しくなくなるまでずっと伝えてあげようと思って」

 何とも歯切れの悪い問いかけを投げかけると、千尋さんは少し照れ臭そうにしながらもはっきりと答える。その温かさが僕を安眠に導いたのであろうことは、僕からすると明白だった。

 不安だったのだ。あの日『あの子』に言えなかった言葉を投げかけることで、何か致命的な変化が生まれてしまうんじゃないかと。僕が千尋さんに対して抱えている思いは、高校生の恋愛に相応しくない重たいものを千尋さんに課してしまうのではないかと。

 だけど、それは杞憂だった。千尋さんは僕の思いを受け止めてくれた。その証がきっと、あの抱擁だ。温かくて柔らかくて、ささくれ立った心が鎮まっていくようだった。

 あの怖い夢も、千尋さんの腕の中で見ることはなかった。それどころか何の夢も見てないあたり、きっと全力の熟睡をかましたのだ。

「……ありがとね、千尋さん。きつかったら布団に戻してもよかったのに」

「ううん、あたしがやりたくてやったことだもん。あそこまでちゃんと言葉にして気持ちを伝えてくれたのに、あたしだけ何もしないなんて不公平だしね」

 死線をさまよわせながらお礼を告げる僕に、千尋さんは笑いながら胸をトンと叩く。それによって示された場所は、間違いなくこの世で一番安眠できるところだった。

「あたしね、嬉しいんだよ。紡君が気持ちをぶつけてくれるのが、『好き』って全力で伝えてくれるのが嬉しい。……それを見たり聞いたりするたびに、紡君のことが好きになってく」

 僕の方に少しだけ身を寄せながら、千尋さんは噛み締めるように言葉を重ねる。寝起きは決していい方ではないのに、もう意識はどんな時よりもはっきりと冴えわたっていた。

「紡君の寝顔を見てるときね、心がずっとポカポカしてたんだ。好きな人の緩み切ってる顔ってこんなに可愛いんだって、あたしの方まで顔が緩んじゃった」

「……もしかして、結構まじまじ見てた……?」

 とっさに投げかけた質問に、千尋さんは笑顔で頷く。それで千尋さんが幸福感を感じてくれているならそれに越したことはないけれど、それはそれとしてやっぱり恥ずかしかった。

「それで、なんだけどさ。紡君、一つお願い事してもいい?」

 頬が熱くなっているのを実感していると、千尋さんがおずおずと僕にそんなことを言ってくる。そんな風に頼まれてしまったら、僕がそれを断る理由なんて何もなかった。

「うん、僕にできることならなんでも。千尋さんの頼み、聞かせて?」

「ありがと。それじゃ遠慮なく――」

 僕の肯定を聞くや否や、千尋さんは腕を大きく広げて僕の方へと迫る。それに反応するより早く千尋さんの手が僕の背中に回って、またしても僕の身体は千尋さんの方へ引き寄せられて――

「おはようのハグ、しよ?」

――甘えるような千尋さんの頼みごとを、僕は心地よい感覚に包まれながら耳にした。
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