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第百三十九話『僕と脚本』

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――なんというか、予想していた以上にとんでもないことになった。

 そりゃもちろんセイちゃんの意見がすんなり通ることはなかったが、『それが通らないなら話はなしだ』の一点張りで通したセイちゃんの粘り勝ちと言うか、『セイちゃんと千尋さんが衣装で着飾っているところが見たい』という出発点には逆らうことが出来なかったようだ。つまり、セイちゃんたちがどんな役を務め、どんな服を着ることになるのかはまるっきり僕の脚本へと託されたというわけだ。

「……つむ君、びっくりしたかい?」

「ああびっくりしたね、まさかそんな切り札を隠し持ってたとは思わなかった。……まあ、確かに交渉術としては間違ってないのかもしれないけど……」

 セイちゃんが嫌がってたのは『演劇をすること』じゃなくて、『下心のある脚本に沿って衣装を着たり演じたりさせられる』ことだろうし、その心配が取り除けさえすれば何も問題はないだろうからね。……いや、千尋さんの問題はそれどころじゃないのだけれど。

「千尋さんも、巻き込んでしまって済まなかったね。正直、私にはこうする以外の方法が見つからなかったんだ」

「ううん、犀奈は何も悪くないよ。……あたしも、何も言えずに話し合いが終わっちゃったし」

 微妙な表情で口元をもごもごさせながら、千尋さんはただそれだけ答えを返す。それは間違いなく嘘ではないのだろうけど、だけど決して本当でもないことだ。……千尋さんが何も言い出せなかった理由は、確かに他に存在しているんだから。

 僕には分かる。知っている僕だから分かる。だから、セイちゃんはそれに気づく余地もないんだ。――今の千尋さんに混乱をもたらしているのは、千尋さんが抱える秘密そのものに他ならないんだから。

「まあとりあえず、クラスメイトの干渉を一切排除できたってことで成果は上々かな。……後は、脚本がどんな風に仕上がっていくかを楽しみにしたいところだけれど」

「だね。あたしたちも出来るだけ可愛い衣装は着たいから、どんな役割が回ってくるか少し楽しみかも」

 焚きつけるようなセイちゃんの言葉に乗っかって、千尋さんも笑みを浮かべながらそんなことを言ってくる。この二人に合う役回りや設定を作るのもかなり難しくはあるけれど、それ以上に問題なのはそのストーリーラインをどうやって伝えるかだ。それが確立できなきゃ、この計画はあまりにも根本からひっくり返って崩壊する。

 だが、それは間違っても僕が言いだして解決することじゃない。何かを打ち明けるのだとしたら、それは絶対に千尋さんからじゃなきゃいけない。……ずっと抱えてきた秘密を僕が代わりに打ち明けるなど、そんなことをしていいはずもなかった。

「うん、だから私たちも脚本の修正とか、相談したいところがあったらどんどん意見していくつもりだよ。本職の小説家が二人いるんだ、脚本のクオリティに関しては心配いらないよね?」

「う、うん。……多分、誰もがあっと驚く様なオリジナル脚本が出てくると思うよ」

 僕とセイちゃんの合作とか、クロスオーバーすら超えたとんでもないことだ。ずっと背中を追いかけてきた人と、同じ視座に立って一から物語を作ることが出来る。……それは、とてもとても心躍ることのはず、なんだけれど。

「うん、その答えが聞けて良かった。……正直なところ、つむ君がどんな世界観を作ってくれるのかが見たくてこういう形にしたってところもあるからね」

 そうじゃなきゃ私一人で脚本を書けば済む話だし、とセイちゃんはにっこり笑みを浮かべる。その期待に応えたくて、だけど僕の思考はそれどころではなくて、目の前にある何から解決すればこの状況は解決するのだろうとずっと頭が答えを探し続けている。……見つからないのが、恨めしい。

「聞いた感じ随分と文化祭までは余裕があるし、ゆっくりやっていこうじゃないか。……最初思っていたよりは楽しいことになりそうだし、ね」

 満足げなセイちゃんの言葉を受けて、僕と千尋さんも笑みを返す。すべてがうまく行けば、きっとこの文化祭は何よりも楽しいものになるだろう。そう、すべてがうまく行けば。

 セイちゃんに悪気がないなんてことは分かりきってるし、千尋さんも分かってくれている。……だからこそ、どんな感情でセイちゃんの期待を受け止めればいいのかが僕には分からなかった。
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