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第百四十話『千尋さんは宣言する』
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「……どうしようか?」
『この後打ち合わせがあるからさ』と言い残してセイちゃんが先に帰り、二人だけになった階段の踊り場。ある意味僕たちの秘密基地と言ってもいいようなその場所に、千尋さんの困ったような声が響く。それになんて答えればいいのか、僕はしばらく分からなかった。
「…………どうしようね、本当に」
散々頭を回したはずなのに、口から飛び出してくるのは全く生産性のない言葉だ。どうにかしなくちゃいけない状況があって、だけど無闇に協力を仰ぐことは出来なくて。……だからこそ、僕がしっかりしなくてはいけないのに。
「セイちゃんたちを納得させるって意味で、間違いなく脚本の形として物語は完成させなきゃいけないと思う。……それを全部口頭で伝えるってのも、できなくはない話だと思うけど――」
「だけど、それをやろうと思うと二倍時間がかかっちゃうでしょ? ……紡君、それでも大丈夫なの?」
心配そうにこちらを覗き込んだ千尋さんの問いかけに、僕は思わず言葉を詰まらせる。その指摘通り、あまり悠長なことをしていられないのは事実だ。……僕も、使える時間の全てを脚本づくりだけに回せるわけではない。
ただ、それ以外の方法がないのも同じぐらいに確かなことだ。僕はいつだって千尋さんにそうやって物語を伝えてきたし、クリスマスまではそれでいいと思っていた。……まさか、クリスマスより前に物語を『読む』ことがほぼ強制されるイベントがぶつかってくるとは思っていなかったのだ。
すなわち『どうしようもない』が割と本音ではあるのだけれど、文化祭の出し物となってしまった以上、そしてそれが決まってしまった以上もう退くに退けない、やめようにもやめられない。……僕が選べる道は、真正面に続く一本道しかない。
「すでにある物語のアレンジ版……は、あんまりわかりやすすぎるとクラスの皆から文句が出るよな。そもそも僕が脚本の中心を務めるってことすら強引に押し通したようなものだし」
「あの時の犀奈は凄かったね……。あたしは演劇ってだけでほとんどパニックみたいになってたのに、その中でもしっかり条件を通してくるんだもん。これで紡君以外が脚本を作ることになってたら本当にどうしようもなかったかもしれないし」
犀奈には感謝だね、と千尋さんは眩しい笑みを浮かべる。確かに、他の人が脚本を書くよりは僕が務めることになった方が二人にとってはよっぽどマシだ。役どころは相談できるし、何より遠慮する必要もない。……そういう意味では、まだギリギリ詰み状況ではないのかもしれない。
何か、何か一つ思いつくことが出来れば。今の前提をひっくり返せるような何かが思いつければ、それだけで状況が好転する可能性は十分にある。それを見つけ出すのが、脚本家としての役割のはずで。
「……ねえ、紡君」
しかし肝心の『それ』が見つからないで僕が頭を抱えていると、千尋さんが少し小さな声で僕の名前を呼ぶ。……その声色は、何か悩んでいるときの千尋さんがよく発する声だった。
その声を聴いて、僕は即座に一つの可能性に行きついてしまう。……千尋さんにしか選べない『二つ目の選択肢』を、千尋さんは選ぼうとしているんじゃないだろうか。
さっきも考えた通り、僕に残された道はまっすぐ進むことしかない。だけど、それはあくまで僕に焦点を絞った時の話だ。……千尋さんに関していえば、決してその限りではないんだ。
だけど、それは千尋さんにとっても大きな決断を伴う事だ。だから僕から促すことなんてできないし、千尋さんが自分の意思で選ばないと意味がない。……だからこそ、僕は口にしてこなかったんだけれど。
「あたしね、ずっと考えてたんだ。犀奈と仲良くなれたからこそ、今のままでいいのかなって。紡君を目指して小説家になったあの子には、ちゃんと伝えるべきなんじゃないかって」
少し不安げに声を震わせながらも、千尋さんは僕の方に視線を向けながらそう切り出す。それを聞いて、僕は確信した。……その決断は、千尋さんにとってあまりに重たくて、だけど迷いのないものだ。
それが分かっているから、僕は止めることもできない。ただ、その決断が言葉になるのを聞くことしかできることはなくて――
「あたし、犀奈にちゃんと伝えるよ。――『小説が読めない』っていう、あたしのトップシークレットを」
少し晴れやかな表情を浮かべてそう宣言する千尋さんのことを、僕はただ見つめていた。
『この後打ち合わせがあるからさ』と言い残してセイちゃんが先に帰り、二人だけになった階段の踊り場。ある意味僕たちの秘密基地と言ってもいいようなその場所に、千尋さんの困ったような声が響く。それになんて答えればいいのか、僕はしばらく分からなかった。
「…………どうしようね、本当に」
散々頭を回したはずなのに、口から飛び出してくるのは全く生産性のない言葉だ。どうにかしなくちゃいけない状況があって、だけど無闇に協力を仰ぐことは出来なくて。……だからこそ、僕がしっかりしなくてはいけないのに。
「セイちゃんたちを納得させるって意味で、間違いなく脚本の形として物語は完成させなきゃいけないと思う。……それを全部口頭で伝えるってのも、できなくはない話だと思うけど――」
「だけど、それをやろうと思うと二倍時間がかかっちゃうでしょ? ……紡君、それでも大丈夫なの?」
心配そうにこちらを覗き込んだ千尋さんの問いかけに、僕は思わず言葉を詰まらせる。その指摘通り、あまり悠長なことをしていられないのは事実だ。……僕も、使える時間の全てを脚本づくりだけに回せるわけではない。
ただ、それ以外の方法がないのも同じぐらいに確かなことだ。僕はいつだって千尋さんにそうやって物語を伝えてきたし、クリスマスまではそれでいいと思っていた。……まさか、クリスマスより前に物語を『読む』ことがほぼ強制されるイベントがぶつかってくるとは思っていなかったのだ。
すなわち『どうしようもない』が割と本音ではあるのだけれど、文化祭の出し物となってしまった以上、そしてそれが決まってしまった以上もう退くに退けない、やめようにもやめられない。……僕が選べる道は、真正面に続く一本道しかない。
「すでにある物語のアレンジ版……は、あんまりわかりやすすぎるとクラスの皆から文句が出るよな。そもそも僕が脚本の中心を務めるってことすら強引に押し通したようなものだし」
「あの時の犀奈は凄かったね……。あたしは演劇ってだけでほとんどパニックみたいになってたのに、その中でもしっかり条件を通してくるんだもん。これで紡君以外が脚本を作ることになってたら本当にどうしようもなかったかもしれないし」
犀奈には感謝だね、と千尋さんは眩しい笑みを浮かべる。確かに、他の人が脚本を書くよりは僕が務めることになった方が二人にとってはよっぽどマシだ。役どころは相談できるし、何より遠慮する必要もない。……そういう意味では、まだギリギリ詰み状況ではないのかもしれない。
何か、何か一つ思いつくことが出来れば。今の前提をひっくり返せるような何かが思いつければ、それだけで状況が好転する可能性は十分にある。それを見つけ出すのが、脚本家としての役割のはずで。
「……ねえ、紡君」
しかし肝心の『それ』が見つからないで僕が頭を抱えていると、千尋さんが少し小さな声で僕の名前を呼ぶ。……その声色は、何か悩んでいるときの千尋さんがよく発する声だった。
その声を聴いて、僕は即座に一つの可能性に行きついてしまう。……千尋さんにしか選べない『二つ目の選択肢』を、千尋さんは選ぼうとしているんじゃないだろうか。
さっきも考えた通り、僕に残された道はまっすぐ進むことしかない。だけど、それはあくまで僕に焦点を絞った時の話だ。……千尋さんに関していえば、決してその限りではないんだ。
だけど、それは千尋さんにとっても大きな決断を伴う事だ。だから僕から促すことなんてできないし、千尋さんが自分の意思で選ばないと意味がない。……だからこそ、僕は口にしてこなかったんだけれど。
「あたしね、ずっと考えてたんだ。犀奈と仲良くなれたからこそ、今のままでいいのかなって。紡君を目指して小説家になったあの子には、ちゃんと伝えるべきなんじゃないかって」
少し不安げに声を震わせながらも、千尋さんは僕の方に視線を向けながらそう切り出す。それを聞いて、僕は確信した。……その決断は、千尋さんにとってあまりに重たくて、だけど迷いのないものだ。
それが分かっているから、僕は止めることもできない。ただ、その決断が言葉になるのを聞くことしかできることはなくて――
「あたし、犀奈にちゃんと伝えるよ。――『小説が読めない』っていう、あたしのトップシークレットを」
少し晴れやかな表情を浮かべてそう宣言する千尋さんのことを、僕はただ見つめていた。
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