千尋さんはラノベが読みたい――ラノベ作家という僕の秘密を知ったのは、『小説が読めない』クラスのアイドルでした――

紅葉 紅羽

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第百六十話『セイちゃんの反省』

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「よかったねつむ君、脚本も大人気だよ」

 具体的な方針も決定し、衣装の採寸が始まったクラスの片隅で。十人以上の女子に群がられている千尋さんを遠目に見ながら、セイちゃんがそんな風に話を切り出してくる。クラス全員を巻き込めたことでほっとしているのか、その声色は柔らかいものだった。

「まあ、ほっとはしたかな……。千尋さんとセイちゃんの演技がすごかったからって方が理由としては大きいと思うけどさ」

 僕単体の脚本だけだったら、クラスの皆がそれを認めてくれたかは怪しいところだろう。エリーとマローネと言う二人のキャラがあまりに活き活きとしたものだったから、それがセイちゃんと千尋さんにとってはまり役だって分かってくれたからってのが、多分クラスが満場一致で賛成してくれたことの根拠じゃないだろうか。

「このまま行けば、僕たちの文化祭は伝説になれる。多分この先ずっと忘れられない、最高の一瞬になる。それを確信したから、皆はいろんな評価を呑み込んで進めようとしてくれたんだと思うよ」

「そりゃそうだよ、プロが全力で脚本を作ってくれてるんだもん。最初に読んだ時嬉しくて仕方がなかったんだからね、私」

――ちゃんと見てくれてるんだなって分かったからさ、と。

 セイちゃんが少し照れたようにそう言うものだから、僕の頬もつられて熱くなってしまう。脚本を書いているときには集中しすぎて気づいていなかったけど、確かにこの脚本はセイちゃんと千尋さんをどれだけ理解できているかのテストだったと言ってもいい。その点数は――二人の様子を見る限り、高い方だと信じたいけど。

「もうつむ君には千尋さんがいるからさ、私の事なんてその次ぐらいにしか見てないんだろうなって割り切ってたんだよ。それでもみんなでワイワイできてるだけで私は十分幸せだし、なんならやりすぎなぐらいだとさえ思ってた。……正直に言うと、もっと私じゃなくて恋人の千尋さんの事をじいっと見ててあげた方がいいとは思うけどね?」

 最後に少しだけ冗談めかした調子でウインクして、セイちゃんは楽しそうに笑う。やはりいつもよりテンションが高いように思えるけど、その全てがお祭り騒ぎに中てられてるってわけでもなさそうだ。……やっぱり、セイちゃんもセイちゃんなりに言わずに抱えていることもあるんだろうか。

「もっと千尋さんの事を、か……。今でもちゃんと見てるつもりだよ?」

「もっとだよ、もっともっと特別扱いしていいんだ。手放したくない、ずっと一緒に居たいと思うなら、他の事なんてとりあえず考えなくていい。想いは伝えすぎるぐらいでちょうどいいんだよ。……私が、中学生の時に学んだことだから」

「……ッ」

 あまりにもセイちゃんらしいタイミングでそんな言葉が放り込まれてきて、僕は思わず言葉を失う。いつもそうだ。少し気が緩んだところでセイちゃんはこういう話をしてくる。それが狙っての物なのか、それとも無意識の物なのか。分からないけれど、それがセイちゃんのパーソナリティの一つを形作っているのも事実だ。

「私はね、自分の想いがちゃんと届いてると思ってたんだ。心は通じ合ってる、繋がっていられるって。……だけどね、それは子供の願望だった。言わなくても伝わるなんて、そんなのはエゴだった。大切な感情は大切にしたまま伝えないと、いつか形が変わって崩れ落ちちゃうんだ」

「崩れ、落ちる」

「そう。……私がここに帰ってきた時、つむ君が変わってたみたいに」

 少し悲しそうに笑うセイちゃんの言葉に、その話の矛先が僕に向いていることはもう確実なものとなる。そうじゃないのかもしれないと思っていたのだけれど、これは間違いない過去の話だ。……僕たちが明確に変わるきっかけになった、中学生の頃の話だ。

「だからね、私はもうなにも拾い上げられなくてもいいと思ってたんだ。それは私の失敗だから。だけど、今私はつむ君とこうして話せてる。前みたいじゃないかもしれないけれど、それでも十分すぎる」

 目を瞑り、しみじみとセイちゃんは息を吐く。それになんて返せばいいのか、僕は分からないままだ。

「けどね、今の私は運が良かったに過ぎないよ。ちゃんと大切な人に大切って伝え続けないと、いつかお互いの認識がズレちゃうことだってあり得るからさ」

「……分かった。ありがとね、セイちゃん」

「どういたしまして。千尋さんにもつむ君にも、目一杯幸せになってほしいからね」

 僕が何とかお礼を返すと、セイちゃんはすっかりいつも通りの調子に戻る。その視線の先では、千尋さんの採寸が着々と、そして順調に進んでいて。

(想いは伝えすぎるぐらいでちょうどいい、か)

 セイちゃんがくれたその言葉を、僕は一人で何度も噛み締めていた。
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