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第百八十四話『僕たちは再確認する』

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 料理の代金を支払い、お礼を言って僕たちはレストランを後にする。しっかりお腹が膨れた僕達は、改めてその近くに並んでいる様々な展示を見つめた。

 このレストランに人が吸われているんじゃないかなんて少しだけ思っていたんだけど、この賑わい様を見る限り三年生の展示はどれも大好評のようだ。二年間で積み重ねてきた文化祭の経験が生きているのか、看板を見ただけでもスケールの大きさが分かる。

『お化け屋敷喫茶』とかってジャンル自体は聞いたことがあるけど、間違っても学校の文化祭で、おまけに一教室の中でやれることじゃないはずなんだよな……というか、レストランと喫茶がほぼ隣り合った状態でお客さんを食い合ってないのは奇跡的なんじゃないだろうか。

「……これ、他の学年の展示に人が殆ど言ってないなんてことはないよね?」

「少なくとも去年は大丈夫だったと思うよ、あたしも学年とか関係なく回ってたし。……けど、ここまで凄いのがあると影響がないとは言えないかもね……」

 料理屋さんとかは特に噂が広がりやすいだろうし、と。

 あのレストランの看板をもう一度ちらりと見つめながら、千尋さんはどこか心配そうな声を上げる。あのレストランがほぼ非の打ち所がないものとして完成されている以上、席さえ埋まっていなければおなかをすかせた人たちがどこに向かうかは容易に想像できた。

「演劇は公演時間が分かれてるからいいけど、レストランなんかは常に稼働してるわけだしね……。時間が経てば経つほど、みたいなのはないでもないかも」

「ああ、そうなったら厳しいだろうね。……まさか文化祭で本格的な商戦が起こるなんてこと、私にもさすがに想像できなかったけどさ」

 顎に手を当てながら僕のつぶやきに答えたセイちゃんは、その直後にハッとした様子で苦笑する。お客さんが取られるレベルで繁盛するレストランとか、確かに文化祭で話すにしてはスケールの大きすぎる話であることは間違いなかった。

 それが実現するだけの予算があり、そして評判があるのがこの文化祭の恐ろしいところだと言ってもいいだろう。……ジャンルが違えば僕達の発表もこうなってたと思うと、背筋に少し冷たい物が走った。

「先輩たちみんな文化祭に全力だからね。卒業前の一番大きなイベントだから、クラス皆がかける思いもとっても大きいんだよ」

 すれ違った先輩らしき女の人と小さく手を振りあいながら、千尋さんはしみじみと呟く。先輩たちとの面識も多い千尋さんだからこそ、この文化祭に秘められた想いの大きさを知ることが出来ているのだろう。

 僕も随分多くの人と話したり協力したりするようになったけど、それでも人間関係の大きさで言えばとても小さい方だ。セイちゃんも転校したばかりで先輩や後輩との交流はないに等しいし、そういう意味では千尋さんが一番真っ当に先輩や後輩との関係を築いていると言えるだろう。……最近は存在感も薄くなってたけど、千尋さんのファンクラブは学年を超えて会員がいるらしいし。

「最優秀賞は毎年のように三年生から出るし、その背中を見てあたしたちも『三年生になったら』って考えるの。……多分、それはこの学校が作ってきた伝統とか流れ、もっと言うなら『宿命』みたいなものなんだと思う」

 三年生の教室の前を揃って歩きながら、千尋さんは言葉を探すようにしながら言葉を紡ぐ。――『宿命』って言葉が出てきたのは、エリーの存在がまだ影響しているからなのだろうか。

 それに反応して、セイちゃんの表情もピクリと動く。『宿命』って言葉がエリーから出てきたのならば、それに抗うのはその手を取ったマローネの役割だ。

「……でも、その『宿命』とやらはルールになってるわけじゃない。そうだろう?」

「うん、もちろん。……だから、あたしたちが取れないって決まったわけじゃないよ」

 セイちゃんに焚きつけられるようにして、千尋さんの口元にも笑みが生まれる。これほどの展示を見てもなお、最優秀賞への想いは少しも消えていなかった。

「うん、それでこそ千尋さんだよ。……そうと決まれば、次に向けてたくさん英気を養わないとね」

 その返答に少し安堵したような表情を浮かべながら、セイちゃんは僕たちを促す。次の公演まで約一時間、僕たちは当てもなく各教室の展示を再び巡り始めた。
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