悪役令嬢のとりまきは将来安泰を願う

七海 夕梨

文字の大きさ
1 / 2

私の親友は『背景要員のハエ』でいいらしい

しおりを挟む
「どうしよう、シェリー!! フラグだわ……!!」



 本日もきたか。ローズマリー様の持病『フラグ』病。



 我が親友、ローズマリー様はなんと侯爵家の長女、麗しの17歳。多少目が吊り上がっているものの、十分に美少女である彼女は、この国一の勝ち組だ。なんせ婚約者がこの国の第一王子、ノア様なのだから。ちなみにノア様は身分だけでなく、容姿端麗、文武両道というおまけつき。神様に不平等を訴えたい。



 そんな私は彼女の親友という特権を活かし、あれやこれやと彼女に倣って虐めもすれば、施しもする。いわゆるとりまきだ。別にやりたくてやってるわけではない。



 すべては将来安泰のため。



 なぜなら私は貴族の娘だから。世の中は世知辛い。有事の際、後ろ盾がないと貴族でも簡単に没落してしまう。お金や繋がりは命の次に大事なものだ。



 だから私は彼女を大切にした。好ましい人ではなかったけれど。



 だが半年前のある日、ローズマリー様は別人のように人が変わってしまった。



 理由はわからない。



 まず「おーほっほほ」と笑わなくなった。侍女に意地悪もしない。人を見下すのが大好きだった彼女が、ペコペコと頭をさげ「シェリーいつもごめんね」とか言った日には「誰だ? お前」と口にしそうになった。



 極めつけは、異世界設定である。



「シェリー、親友の貴方にだけ打ち明けるわ。この世界は乙女ゲーム『アルカディアの乙女』の世界なの。私は登場人物の悪役令嬢でね、主人公のリリーを虐めて処刑されてしまうのよ」



 とまぁこのように『本かなにか』の世界に例えようとするのだ。



 きいた当初「頭、大丈夫かな?」と私は真剣に悩んだ。



 だが私は洗練された取り巻き。このぐらいで動揺したりしない。だって世は弱肉強食だ。私の表情筋は、全身全霊で同情顔を維持しきった。きっと思春期アルアルのアレだからいつか治るだろうとも思った。



 けれどもローズマリー様の妄想は治らなかった。とうとう虐めてもないのに「リリーを虐めちゃった~~」と言い出すまでになったのだ。



 事の顛末はこの間の『舞踏会前』にさかのぼる。



 その日、ローズマリー様が酷く動揺して私にこう言った。



「『ワインぶっかけ高笑い事件』のフラグを回避したいの。手伝って」



 と。



「なにその事件」と私は心の中で突っ込んだ。二回ぐらい聞き直した。



 なんでもローズマリー様が、高笑いしながらリリーにワインをかける事件が起こるらしい。昔のローズマリー様ならわかるが、今はそんな事をする人ではない。



 そもそもワインを飲まなきゃいいのでは? と進言したがそこは頑固なローズマリー様。聞いてはくださらなかった。



 どうしても『すちる回収』という崇高な儀式をしたいらしい。『ローズマリー様がワイン片手に、王子とリリーが出会うシーン目撃する』という場面を再現したいというのだ。だから背景要員に専念したいと。



 そこは何事にも真剣に受け止めるのが真の取り巻きである。



 背景要員ってなに? と突っ込んではいけない。



 結果、私はリリー役となりロールプレイのお付き合いをした。いかなる時もワインが零れぬよう、ワインを片手に反復横跳びの練習までやりとげた。



 それは「こんなロールプレイいらなくね?」と反復のたび思うぐらい過酷な訓練だった。



 ここまですれば大丈夫だろうと当時の私は思った。だが見通しが甘かったらしい。



 舞踏会当日、ローズマリー様は緊張され、ぶっこけてしまった。そこに悲しいかな、偶然目の前にいたリリーにワインをぶっかけてしまったのである。



 そして現在のフラグが~に至る。



 そうローズマリー様はここ数日、その事を何度も思い出しては落ちこんでおられるのだ。



「あぁ、シェリーワインをぶっかけるとか……処刑されちゃえ~❤って思われたよね? ヤバイ人認定されてたらどうしよう」



 いや処刑に❤つけるとか、そっちのほうがヤバイだろう。



「大丈夫ですよ。ローズマリー様は丁寧に謝罪なさってたじゃないですか。リリーも「気にしてませんわ」といってましたし。ドレスだって王宮御用達のドレスショップで仕立てたものをプレゼントしたんですよ? 私だったら高いドレスを貰ったと喜んじゃいますけど」



「そうかしら……高いドレスを押し付けて「なんて人!! 私のドレスはボロッボロのくず布とでもいいたいの!」って怒ってないかしら。そしてっ処刑台にっ」



 どんだけ処刑台にいきたいの。



「処刑なんてありえません。それより、そろそろノア王子とお散歩に出かける時間ですよ? 私と話していてよろしいのですか?」

「……!! む、ムリィィイ!!」



 ローズマリー様は頬を桃色に染め、もじもじし始めた。以前のローズマリー様なら、王子ゲットしてくるぜ!! って感じで行動してたのに。本当に人が変わってしまった。



「……いきなりお散歩とか。私は処刑を回避しつつ、リリーと推しの幸せを傍観したいの。そこに全人生を賭けて生きるとあの日誓ったのよ」



 どんな人生なんですか? それ。



「なのにこの私と推しが散歩とか。距離を考えただけで尊すぎて死ぬ!! 薄い本を描くしか能のない課金奴隷に、何をさせる気なの?」

「散歩ですが」



 どうしよう。母国語なのに半分も意味が分からない。



「そうじゃなくて!! 非モテには荷が重いのよ」

「つまり王子と散歩する間、会話の話題に困ると言う事でしょうか?」

「うん……だからシェリーも一緒にいきましょう!」



 それだと私が空気を読めない人になるだけでは。 



「大丈夫ですよ。ローズマリー様が緊張しておられても優しくエスコートしてくださいますから」

「いやだぁぁ。もしお散歩中にリリーが出てきたらどうするの? 私が虐めるから処刑してとか言われたら!! うわぁぁん」

「侯爵家の庭にどうしてリリーが出現するんです? ありえません。がんばってください」



 私はローズマリー様のお願いを突っぱねた。これでも人間だ。泣いている方に心を鬼にして言うのは辛い。しかしローズマリー様には王子と結婚してもらわねばならない。ゆくゆくは王妃となって私の強い後ろ盾になっていただくために。



 取り巻きよ、欲望に忠実であれ。



 私の強い拒絶でローズマリー様は諦めたのか、覚悟を決めた顔で「がんばる」とおっしゃった。そうして顔をマッチョな戦士に変貌させると(幻覚?)、私に一冊のスケッチブックを差し出された。



 なんだろう。取り巻きの第六感が断れと言ってる気がする。



「ローズマリー様これは?」

「スケッチブックよ」



 いや、わかる。それはわかる。私が言いたいのは何故ここでスケッチブックが登場するかという事だ。



「シェリー、こんなこともあろうかと私は手取り足取りイケメンの描き方を教えたわよね?」



 たしかに教わった。どんなことがあろうかと思って教わった。イケメンの周りには謎の風が吹き、必要に応じてバラが背景に添えられるというやつを。



「私の代わりにスチルを回収してちょうだい。チャンスがくれば合図するわ」



 声を三オクターブぐらい下げて、ローズマリー様が言う。



「……すちるとはスケッチする事でしょうか?」

「正確には違うわ。乙女がときめく瞬間を形にしたものね。私にはそれを回収する使命があるの……レディの嗜たしなみと思って頑張って」



 そんな嗜み初めて聞いたぞ。



「わかりました。仲睦まじいお二人を絵にすればいいのですね」

「違う! 違うわ!!」



 違うの? なんで?



「王子だけを描くのよ。私は背景──そうね薔薇の葉っぱにとまるハエぐらいの扱いでいいわ」



 ご自分を卑下しすぎでは!!?



「という事でよろしくね。私も覚悟を決めて頑張るからっ!」



 ローズマリー様は目をキラキラさせ、私にお願いをした。



 さてどうしましょうか?



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!

翠月るるな
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。 侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。 そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。 私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。 この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。 それでは次の結婚は望めない。 その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔

しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。 彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。 そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。 なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。 その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

処理中です...