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第1章 「お前の望みは何だ?」

第8話「試験開始」

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 ルトに案内されたゲズル達は本部の裏手にある馬車の発着所に着いた。
 発着所は大通りや周辺の都市へと繋がる街道に繋がるよう放射状の道の下側に設置されており、頂点辺りが目的地である山へと繋がる道だ発着所では馬車が出たり入ったりしている中ゲズル達は発着所の端に来ており、ルトが馬車に馬を取り付ける前に馬を優しく撫でで機嫌を取っている。小柄なルトと普通の馬より体格が大きな馬「重馬」を見比べると小突いただけで吹き飛ばされそうだがルトはやや鼻息が荒い重馬に物怖じしない。
 ゲズルも模擬戦用に用意された木で出来た大剣の使い心地を確認の為に振り回していると視線を感じ、振り返るとグレイスがゲズルから顔を背けていた。ゲズルの動きから視線に気づかれたと察して気付かれないようにしたのだろう。放っておいてもいいが共に試験を受ける以上、小さな事でも支障を来たす訳にはいかないのでそろそろ聞くべきかとゲズルはグレイスに近付くとグレイスにだけ聞こえるように伝える。
 「ボイラー室の一件の事は誰にも言わん。私もあの一件を人に知られたくない」
 そう伝えるとグレイスは仮面越しでも安堵したように見られた。見かけによらず表情は豊かな様子だ。
 ボイラー室にいたのは気になるがゲズル自身ロナンと共にボイラー室にいた事を知られ周りから元軍人とはいえ今でも軍と関係するのではと勘ぐられ警戒されるのは防ぎたい。
 「それとは別に聞きたい事があるがいいか?」
 ゲズルから言われ、グレイスは頷く。
 「君は『魔眼』の使い手なのか?」
 そう問われ、グレイスは少しの間動かなくなったが、小さく頷いた。
 魔眼とはエルフ人以外の人種に稀に現れるメイを操る術を持った者達の事だ。通常の人種は体内のメイは首の付け根辺りにある器官から血管に沿う形で全身に行き渡って戻ってくるように循環するのだが魔眼の持ち主は眼の付近にその器官があり力を発揮する時に目に光が帯びるのでそう呼ばれるのだ。通常エルフ人やガシン人以外の人種は肉体の強化以外に自分のメイを扱えられないが魔眼の持ち主は1つメイを使って特殊な能力を発揮するのだ。ボイラー室でメイを使っていたのも魔眼を使ったのだろう。そうした魔眼使いは無意識に魔眼が発動するのを防ぐ為に仮面や布などで目を隠している者が多いのだ。
(そう考えてみても気がかりはあるが深く追求しない方がいいだろう)
 そう思っているとアルフとエイクが出入り口から出てきてゲズルとグレイスは姿勢を正した。
 「お待たせしましたではこれより入団試験を開始します」
 アルフの言葉を合図にエイクとルトは出入り口から10個程箱を1つに束ねたものが8個載せられたカートを2人の前に出す。
 「試験はこの荷物を馬車に運ぶところから始まります。先ほども言ったように出来れば日没までに山の中腹にある発着場に荷物を届けてください。途中で組合員達が山賊役として妨害をしますがそれから荷物を守ってください。何か質問はありますか?」
 「荷物の中身はなんですか?」
 ゲズルの問いにアルフは少し微笑んで答える。
 「食堂のおかみさんが発着場の職員の為に拵えた弁当です。大切に運んでください」
 付け足したようなアルフの言葉にゲズルは聞き逃さなかった。
 「準備はよろしいですね。それでは試験開始です」
 アルフの合図に2人はカートへと向かった。1つ1つは軽いが束にして纏めているので両腕で抱える程の重さがある。それを崩さないようにしながら馬車の荷台に運んでいく。グレイスの方を見るとそちらも丁寧に運んでおり、慎重そうな目つきからどうやらこの試験の真意についてあちらも察しているようでそれならば問題はないだろうと思いながらゲズルは最後の荷物を積み終えた。
 ルトは荷物を確認すると、荷台の床につけられたフックにロープを通して荷物を固定するように指示をして、2人はその指示通りに動く。荷物を少し押してしっかりと固定されているのを確認するとルトに報告する。
 「それでは早速山に向かいましょう」
 そうルトに言われゲズル達は荷台の壁に設置された椅子に座る。ルトは全員が乗っている事を確認すると、御者席に座って馬の手綱を握ると馬はゆっくりと動き出した。重馬は普通の馬よりも最高速度は劣っているものの持久力に優れており重い荷物を背負っているにも関わらず平然と走っている。馬車は山へと繋がる通りを走っていく。遅すぎず速すぎない速度で走っているからか石畳の上を大きな揺れは殆ど感じない。まだ新人だがルトの御者としての腕の良さ事が分かる。揺れで荷物に支障がない事を確認するとゲズルは街の様子を見る。ギアの修理工事が目立つものの妨害の前兆はない。この試験が実際の業務を想定しているなら妨害があるのは山道に入ってからだろうが、街で馬車が集団で襲われる事件があるので油断せず目をこらす。
 やがて道は石畳から土の道に変わって来て山道の入口が見えてきた。ルトは門番に試験である旨を伝えると馬車は山道を走り出す。
 昼過ぎの日差しで木漏れ日が生まれる山道は初夏の心地よい風が吹くが山道から外れれば木々が生い茂り何が出てきてもおかしくはなさそうだ。そう思っているとゲズルの耳に草を踏む音が聞こえ感じたメイの量から人であると察し、ゲズルはメイを高めて、皮膚の硬度を高めると大剣に手を添える。グレイスの方を見るとそちらも感じ取ったのか腰に差した剣に手を添える。
 「ライトさん。馬車がいつ止まってもいいようにして下さい」
 ルトに伝えた直後、山道に破裂音が鳴り響いた。大きく嘶き立ち上がろうとする重馬をルトが宥めていると馬車の周囲を人影が取り囲んだ。数は6人で全員覆面をしており剣や槍などを模した木で出来た武器を持っている。腕には組合の腕章をしている事から山賊役の組合員である事を示している。
 「右は俺が相手をする。左は任せた」
「分かった」
 グレイスの言葉に短く返答すると2人は馬車を飛び出し馬車を守るように立ちふさがった。山賊役は怒声をあげると一斉に馬車に襲い掛かったきた。ゲズルはその場で動かず山賊役が自分の間合いに迫って来ると大剣を抜くと横一文字に振るい2人ほどの山賊役に直撃して吹っ飛ばし、大剣をかいくぐった槍を持った山賊役が馬車に向かおうとするもゲズルは左脚で胴を蹴って昏倒させる。自分の前にいる山賊役を片付けグレイスの方を見ると丁度木剣を持った男の横腹に剣を叩きこみ、男は倒れこんだ所だった。何故かあちらは自分の剣を使っており試験の為か剣は鞘に収まったままだ。周りの山賊役が倒れているのを見ると終わったようだ。伏兵はないかと耳を澄ませメイを探るが他にいないようだ。
 「こちらは伏兵の気配はないがそっちはどうだグレイス」
「こちらも異常は無い」
 馬車の方を見ると荷物は崩れておらず緊張した顔のルトと静かに見ているエイクも怪我はなさそうだ。
 「ライトさん。伏兵はいないようなので進んでも大丈夫です」
「では先へ進みましょう」
 ゲズル達は馬車に乗り込むと重馬は再び走り出した。

 「よし。目的のポイントに馬車が到達し合図と同時に襲撃しろ」
「承知いたしました」
 そんな馬車の様子を山の上から監視している者がいる事にゲズル達はまだ気付いていなかった。
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