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第1章 「お前の望みは何だ?」

第15話「守るべきはその日常」

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 通常の仕事では点検係が出発までの準備を整えるのか既に馬車の用意は出来ていた。ルトが巨馬の体調をチェックしている内にゲズル達は荷物を積んでいく。今回運ぶのは弁当とは違い煉瓦やガラスなど重い物が入っている木箱なので巨馬は2頭準備され、荷も力自慢のゲズルでも素の状態では若干重く感じるのでグレイス達もメイで筋力を上げているようだ。
 荷物を積み終え最終チェックをして乗り込むと馬車は発着場を出る。
 馬車が大通りに出ようとした時、突然馬車が止まる。
 「どうした?」
「キャラバン隊の列が通っていて通行止めになっているんです」
 ゲズルが身を乗り出すと人間やパンダ、孔雀などここらでは見かけない獣人や鳥人が御者をして多数の馬やラクダで構成された馬車の一団が大通りを通っている。
 大陸の東の果てから長い時間と距離をかけてトリトーに訪れたキャラバン隊を住人達は興味深そうにみている。
 「キャラバン隊か。久しぶりに見るな」
「大戦の影響で10年近く来られなくなったしな。それに調印式に合わせて来たんだろうさ」
 そういえば現場を見て回った時にも街の至る所で装飾があったので調印式の準備は確実に進んでいるのだろう。そう思いながら御者席を見るとルトは何処か見惚れるような目をしながらキャラバン隊を見ている。
「どうしたんだルト」
「あっいえ」
「ルトは1級運送員になるのが夢だからな。キャラバン隊には目が離せねぇんだ」
 エイクの言葉にルトは少し照れたように頬を赤くする。
 組合には仕事の実績や力量によって従業員をランク付けしており、運送組合では5つのランクに分けられている。1番下の5級運送員は組合が所属しているエリア内のみの運送する事が出来、1番上の1級運送員は国を跨いでの運送の担当でキャラバン隊はその集まりだ。
「僕はまだ4級でトリトーやその周辺の都市しか行く事が出来ないですし、大戦から査定が厳しくなったので正直2級にいけるかどうかも分かりません」
 そうルトは自嘲する。
 国内全土の運送が可能となる2級運送員からの査定は御者としての腕だけでなく、長旅に耐えられる体力と技術、山賊や猛獣などの脅威から己が身や荷物を守れる最低限の武力も評価対象であるのだ。その上大戦が終戦を迎えても治安が悪い所は数多くあるので求められる能力が多くなっている。その為1級運送員になるのは一握りの者しかなれないのでルトの言葉も謙遜ではないのだ。それでも
 「そこまで卑下しないで下さい。入団試験の時も思いましたがルトさんが手綱を握っている時は揺れがあまり感じませんでしたし馬たちも機嫌がよかったですよ。その腕は誇ってもいいと思います」
「そうだぜ。武術が気になるならそこの2人に教えてもらったらどうだ」
「何故俺がそんな事を」
「今までの入団試験でもお前ら良い成績を残していたからな。もちろん俺も協力する」
 わざとエイクの方を見ないグレイスにルトは苦笑する。
 「そのお心遣いだけでも嬉しいです」
 そう言うつもりではないのだがとゲズルは頬を掻く。ルトの腕を認めているのは確かだし、一軍人としても大戦の後でルトのような一般市民が夢を持てるような平和が戻ってくる事は嬉しいのだ。
 そう言い合いをしているとキャラバン隊の列が終わり、ゲズル達が乗る馬車は大通りに入っていく。

 馬車は大通りを進み東門から街を出た。防風林が立ち並ぶ街道を進んで行くと岬が見えてきて、そこにそびえ立つ灯台が遠くからでも見える。
 茶色の煉瓦で作られた灯台は周りを足場で囲まれている。近づくと灯台の下では大工らしき者達が設計図を見たり、壁のチェックをしている。
 馬車が灯台の前に着くと、棟梁らしき壮年の男が前に出てきてエイクも馬車から降りてきた。
「運送組合『轍組』です。ご依頼の品を届けに来ました」
「おう。いつもありがとよ。早速中身を確認していくぞ」
 棟梁の言葉を合図にゲズル達は荷物を降ろして大工達は中身を見て、メモと照らし合わせる。暫くすると棟梁は大きく頷く。
 「あぁ大丈夫だ。これで調印式にも間に合いそうだ」
「随分と大掛かりですが他に壊れた箇所が見つかったのですか」
「いや、街のお偉いさんが調印式の前に雨漏りや罅が見つかったから、この機会に点検をするよう指示してきたんだよ。最近街も物騒だからと」
「でも灯台の灯はギアの照明じゃないですよね」
「それでも灯台に何かあったら大変だから慎重なのさ。軍の連中は軽く見ているが一連の暴走は単なる事故じゃねぇと俺も踏んでるからその意見には賛成だ」
 棟梁の言葉にゲズルは口元を真一文字にする。一市民でも気付いてる事に軍が表立って動こうとしない事に恥ずかしさがあるのだ。これ以上市民を不安にさせない為にもあの支部長は説得しなければならないとゲズルは心の中で誓った。
 そうしていると突然灯台の中から何かが崩れる音が響き、辺りは騒然とした。
 「どうした!」
 棟梁が声を張り上げると中から猿の獣人が出てきた。
 「棟梁!中の足場が崩れました!」
「何だと。怪我人は」
「幸い全員命綱をしていて下に誰もいなかったので一人もいません」
「よし、なら足場の補強と上にいる奴らの救助をするぞ」
 そう言って棟梁が灯台の中に入るのと入れ替わるように1人の男がゲズルとエイクに近付いてきた。
 「おいそこの2人。悪いが灯台の裏手に置いてある補強用の木材を取って来てくれねぇか。ちょいと手が足りてなくて1人でも協力が必要なんだ」
「俺は構わないがお前は?」
「私も同意見です。すぐ向かいましょう」
 そう言って2人は駆け出し、それに感化されたのかルトも先程の猿の獣人に話しかける。
 「あの僕も何か手伝う事は出来ないでしょうか」
「駄目だ駄目だ。素人が首を突っ込んだら怪我をするだけだ。そこにいとけ」
「でもさっき僕の仲間が角材運びを頼まれたのですが」
 ルトの言葉に猿の獣人は怪訝な顔をする。
 「誰だそんな事頼んだのは。他の組合の奴巻き込んで怪我させたらこっちの責任になるってのに」
 その言葉にルトは驚きが隠せずグレイスも口元を固め裏口へと急ぐ。

 「お前はこっちの木材を持っていってくれ」
「分かった。レトそっちは任せたぞ」
 エイクの言葉に頷いてゲズルも指示された場所へと向かう。角¥木材は灯台周辺にいくつか置いてあるようで、エイクとゲズルは別の場所の、木材を持っていく事になったようだ。
 ゲズルが向かうと木材が置かれた場所に3人程の男がいた。ゲズルがその場所に向かおうとすると背後の林からメイを感じ、横に飛ぶとゲズルがいた場所の地面が銃弾で抉れた。
「今度は銃型ギアを用意したか」
 と言う事はとゲズルは木材置き場を見ると、男達は手に武器を持ってゲズルを囲もうとしている。
 前回は賊の犯行を装っての襲撃だったが、周りに誰もいない状況で確実に始末しようという目論見だろう。だがゲズルにとっては先程の攻撃である事に気付いた。
 先程の銃撃はギアのメイを感知できた。つまり自分の目を撃った銃とは違うものだろう。確実に始末したいならそれを使えばいいのに使えないのは数が限られているのかその銃は何らかの技能がある者でなければ使えないのだろう。
 「考える前にこの状況を脱しなければな」
 そう言ってゲズルは背に背負った大剣に手をかける。
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