35 / 59
第35話「工房に帰ろう」
しおりを挟む
王都での鍛冶競演祭を終え、オリンたちは久しぶりに自分たちの工房――辺境の《ハルド工房》へと戻ってきた。
一面に広がる見慣れた山と森、錆びついた看板、そして、黒ずんだ煙突。
何も変わっていないように見えるその景色に、弟子たちは思わず歓声を上げた。
「ただいま!」
真っ先に叫んだのはフェンだった。
彼の声が谷に響くと、まるで答えるかのように鳥が飛び立った。
「……やっと、戻ってこれたんだね」
ライラは深く息を吸い込んだ。
空気はひんやりと澄んでいて、鉄と煤のにおいがほのかに漂う。
それがたまらなく懐かしく、愛おしく感じた。
「やっぱり、ここが一番落ち着くね」
グリトが苦笑しながらリュックを肩から下ろした。
オリンは、少しだけ微笑んで門を開ける。
軋む音と共に、工房の空気が迎えてくれる。
「――帰るぞ。俺たちの、火のある場所へ」
◆
火床にはまだ灰が残っていた。
出発前にきちんと処理したはずなのに、どこか不思議な温もりがあった。
「火、残ってる……?」
ライラが首を傾げる。
オリンは火床を覗き込み、指先で灰をすくった。
「……誰かが、火を守っていたようだな」
「まさか、泥棒!?」
フェンが慌てて武器を取ろうとするが、オリンが手で制する。
「いや。炉の扱い方に迷いがない。素人じゃこうはならない。――知っている者の手だ」
弟子たちは顔を見合わせた。
(まさか、師匠の知り合いが……?)
すると、グリトがぽつりと言った。
「……もしかして、ユエさん?」
オリンの眉がわずかに動いた。
ユエ――
旅の途中、鍛冶競演祭の予選会場で出会った謎めいた女性。
正体は、王都の王宮工房に籍を置く伝説級の鍛冶師であり、今はその身を隠していた。
彼女は確かに、火を見る目を持っていた。
(あいつなら……やりかねん)
「ふむ。確証はないが、可能性はあるな」
オリンは軽くうなずいた。
「とにかく、片付けを済ませよう。祭の準備で持ち出した道具も戻さないといけない」
弟子たちは「はーい!」と声を揃え、いつもの日常へと戻っていく。
だが、その空気はもう以前とは違っていた。
鍛冶競演祭を経験した彼らは、ただの弟子ではない。
己の武器に名を刻み、師と共に戦った仲間であり、家族のような存在だった。
◆
夕暮れ時。
作業を終えた一同は、炉を囲んで一息ついていた。
温かいスープと焼きたてのパン、そして干し肉の香ばしさが漂う。
「やっぱ、外で食べるより、ここが一番うまい!」
フェンが口いっぱいにパンを詰め込みながら叫ぶ。
「王都の料理もよかったけど、こういうのが落ち着くよね」
ライラがほほ笑む。
「……次は、どんな武器を作るんですか、師匠?」
グリトが問いかけると、オリンは少し考えてから答えた。
「――刃ではない」
「えっ?」
「今度は、“器”だ。何かを受け止め、支えるものを鍛えたい。……この工房の未来を支える“器”をな」
弟子たちは、その言葉の意味をすぐには理解できなかった。
だが、オリンの目が真剣であることだけは分かった。
「……新しい弟子?」
「いや、もっと広く考えている。今の時代、鍛冶だけでは届かないものもある。村の復興、子どもたちの未来、そして――ギルドとしての形もな」
その言葉に、皆が黙り込んだ。
ギルド――
それは、ただの工房ではない。
鍛冶、戦闘、補助、運営……あらゆる職能を束ねた“最強の拠点”。
「俺たちにできるんでしょうか……」
不安そうに呟いたグリトに、オリンは静かに言った。
「火を見ろ。まだ、終わっちゃいない」
弟子たちの目が次第に輝きを帯びていく。
「やろう、師匠!」
「私、装備管理の設計図、もうちょっと改良してみる!」
「フェン特製“粉砕型片手剣”の試作も進めます!」
オリンは静かにうなずき、火床に薪をくべた。
火が、再びゆっくりと燃え上がる。
それはまるで、ここからまた新たな物語が始まることを告げるかのようだった。
◆
夜。
皆が寝静まった工房の片隅で、オリンは一人、手紙を広げていた。
――差出人は、ユエ。
《そちらの工房、いい火が燃えていたわ。少しだけ、借りました。
私も、そろそろ過去と向き合う時期かもしれない。
あなたの火に、少し背中を押された気がするわ。》
短い手紙の最後には、小さな炎の印が添えられていた。
オリンはふっと笑って、手紙を炎にくべた。
紙は音もなく燃え尽き、空へと舞い上がっていった。
「――火は、つながっている」
その言葉は、夜の闇の中に吸い込まれていった。
だがその響きは、確かに残っていた。
そして、次なる挑戦の“火種”として、炉の奥で赤く燻り続けていた。
一面に広がる見慣れた山と森、錆びついた看板、そして、黒ずんだ煙突。
何も変わっていないように見えるその景色に、弟子たちは思わず歓声を上げた。
「ただいま!」
真っ先に叫んだのはフェンだった。
彼の声が谷に響くと、まるで答えるかのように鳥が飛び立った。
「……やっと、戻ってこれたんだね」
ライラは深く息を吸い込んだ。
空気はひんやりと澄んでいて、鉄と煤のにおいがほのかに漂う。
それがたまらなく懐かしく、愛おしく感じた。
「やっぱり、ここが一番落ち着くね」
グリトが苦笑しながらリュックを肩から下ろした。
オリンは、少しだけ微笑んで門を開ける。
軋む音と共に、工房の空気が迎えてくれる。
「――帰るぞ。俺たちの、火のある場所へ」
◆
火床にはまだ灰が残っていた。
出発前にきちんと処理したはずなのに、どこか不思議な温もりがあった。
「火、残ってる……?」
ライラが首を傾げる。
オリンは火床を覗き込み、指先で灰をすくった。
「……誰かが、火を守っていたようだな」
「まさか、泥棒!?」
フェンが慌てて武器を取ろうとするが、オリンが手で制する。
「いや。炉の扱い方に迷いがない。素人じゃこうはならない。――知っている者の手だ」
弟子たちは顔を見合わせた。
(まさか、師匠の知り合いが……?)
すると、グリトがぽつりと言った。
「……もしかして、ユエさん?」
オリンの眉がわずかに動いた。
ユエ――
旅の途中、鍛冶競演祭の予選会場で出会った謎めいた女性。
正体は、王都の王宮工房に籍を置く伝説級の鍛冶師であり、今はその身を隠していた。
彼女は確かに、火を見る目を持っていた。
(あいつなら……やりかねん)
「ふむ。確証はないが、可能性はあるな」
オリンは軽くうなずいた。
「とにかく、片付けを済ませよう。祭の準備で持ち出した道具も戻さないといけない」
弟子たちは「はーい!」と声を揃え、いつもの日常へと戻っていく。
だが、その空気はもう以前とは違っていた。
鍛冶競演祭を経験した彼らは、ただの弟子ではない。
己の武器に名を刻み、師と共に戦った仲間であり、家族のような存在だった。
◆
夕暮れ時。
作業を終えた一同は、炉を囲んで一息ついていた。
温かいスープと焼きたてのパン、そして干し肉の香ばしさが漂う。
「やっぱ、外で食べるより、ここが一番うまい!」
フェンが口いっぱいにパンを詰め込みながら叫ぶ。
「王都の料理もよかったけど、こういうのが落ち着くよね」
ライラがほほ笑む。
「……次は、どんな武器を作るんですか、師匠?」
グリトが問いかけると、オリンは少し考えてから答えた。
「――刃ではない」
「えっ?」
「今度は、“器”だ。何かを受け止め、支えるものを鍛えたい。……この工房の未来を支える“器”をな」
弟子たちは、その言葉の意味をすぐには理解できなかった。
だが、オリンの目が真剣であることだけは分かった。
「……新しい弟子?」
「いや、もっと広く考えている。今の時代、鍛冶だけでは届かないものもある。村の復興、子どもたちの未来、そして――ギルドとしての形もな」
その言葉に、皆が黙り込んだ。
ギルド――
それは、ただの工房ではない。
鍛冶、戦闘、補助、運営……あらゆる職能を束ねた“最強の拠点”。
「俺たちにできるんでしょうか……」
不安そうに呟いたグリトに、オリンは静かに言った。
「火を見ろ。まだ、終わっちゃいない」
弟子たちの目が次第に輝きを帯びていく。
「やろう、師匠!」
「私、装備管理の設計図、もうちょっと改良してみる!」
「フェン特製“粉砕型片手剣”の試作も進めます!」
オリンは静かにうなずき、火床に薪をくべた。
火が、再びゆっくりと燃え上がる。
それはまるで、ここからまた新たな物語が始まることを告げるかのようだった。
◆
夜。
皆が寝静まった工房の片隅で、オリンは一人、手紙を広げていた。
――差出人は、ユエ。
《そちらの工房、いい火が燃えていたわ。少しだけ、借りました。
私も、そろそろ過去と向き合う時期かもしれない。
あなたの火に、少し背中を押された気がするわ。》
短い手紙の最後には、小さな炎の印が添えられていた。
オリンはふっと笑って、手紙を炎にくべた。
紙は音もなく燃え尽き、空へと舞い上がっていった。
「――火は、つながっている」
その言葉は、夜の闇の中に吸い込まれていった。
だがその響きは、確かに残っていた。
そして、次なる挑戦の“火種”として、炉の奥で赤く燻り続けていた。
0
あなたにおすすめの小説
おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!
IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。
無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。
一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。
甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。
しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--
これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話
複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
勇者の野郎と元婚約者、あいつら全員ぶっ潰す
さとう
ファンタジー
大陸最大の王国である『ファーレン王国』
そこに住む少年ライトは、幼馴染のリリカとセエレと共に、元騎士であるライトの父に剣の稽古を付けてもらっていた。
ライトとリリカはお互いを意識し婚約の約束をする。セエレはライトの愛妾になると宣言。
愛妾を持つには騎士にならなくてはいけないため、ライトは死に物狂いで騎士に生るべく奮闘する。
そして16歳になり、誰もが持つ《ギフト》と呼ばれる特殊能力を授かるため、3人は王国の大聖堂へ向かい、リリカは《鬼太刀》、セエレは《雷切》という『五大祝福剣』の1つを授かる。
一方、ライトが授かったのは『???』という意味不明な力。
首を捻るライトをよそに、1人の男と2人の少女が現れる。
「君たちが、オレの運命の女の子たちか」
現れたのは異世界より来た『勇者レイジ』と『勇者リン』
彼らは魔王を倒すために『五大祝福剣』のギフトを持つ少女たちを集めていた。
全てはこの世界に復活した『魔刃王』を倒すため。
5つの刃と勇者の力で『魔刃王』を倒すために、リリカたちは勇者と共に旅のに出る。
それから1年後。リリカたちは帰って来た、勇者レイジの妻として。
2人のために騎士になったライトはあっさり捨てられる。
それどころか、勇者レイジの力と権力によって身も心もボロボロにされて追放される。
ライトはあてもなく彷徨い、涙を流し、決意する。
悲しみを越えた先にあったモノは、怒りだった。
「あいつら全員……ぶっ潰す!!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる