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6章
73話「影を落とす事件」
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春の柔らかな光が王都の石畳に降り注ぐ昼下がり――
だが、活気あるはずの街には、どこか張り詰めた空気が漂っていた。
「また魔導士が姿を消したらしい……」
「今度は中央広場の近くだって……」
「最近、妙に衛兵や魔導士会の人間が忙しそうにしてるわね」
「本当に“魔物”の仕業なのかしら……?」
市井の人々のささやきが、不安とともに王都中に広がっていた。
* * *
ノクティア・エルヴァーンが王都での審問会を終えて数日。
その実力と誠意は魔導士会にも広く認められ始めていたが、
王都の空気が澄み切ることはなかった。
ある朝、彼女は王都魔導士会の執務室に呼び出された。
「ノクティア殿。緊急の案件だ。――王都でまた魔導士が失踪した。
これで今月だけでも五人目だ」
会長老の声には、焦りと苛立ちが混じっている。
「魔導士の身に、何が――?」
「失踪者はみな腕利きの若手ばかり。遺留品も目撃証言も少ない。……市民の間に動揺が広がりつつある」
「それで、私に何を?」
「特命だ。魔導士会としても王宮としても、真相究明が急務。監察官殿下――リュゼル殿と共に、この事件の調査に当たってもらいたい」
ノクティアはほんの一瞬だけ表情を曇らせる。
(リュゼルと……また二人で。けれど、今はそんなこと言っていられない)
「お引き受けします。全力で調査します」
* * *
執務室を出た廊下で、ノクティアはリュゼルと合流した。
「……まさか、私と組まされるとはな」
リュゼルはいつものように無表情を装っていたが、その瞳には複雑な色が浮かんでいる。
「私たちが動けば、事件解決の速度も上がるということです。……殿下もそう思いませんか?」
ノクティアがそう切り出すと、リュゼルはわずかに肩をすくめてみせた。
「……命令には逆らえないからな。俺の役目は“監察”だが、今回はそれ以上に“王家の威信”もかかっているらしい」
「それだけこの事件が、王都にとって重要――ということですね」
ふたりの間には、かつての婚約時代のぎこちない空気が、今もまだ微かに残っていた。
* * *
まず二人は失踪事件の現場――中央広場近くの裏通りを訪れた。
現場には魔導士会の封印魔法が施されており、警備兵と少数の関係者のみが立ち入っている。
「失踪したのはアルト・ロウェル。二十歳、王都でも有望な若手魔導士だった。前夜、仲間たちと別れた後、足取りが途絶えたという」
衛兵長が淡々と説明する。
「遺留品は?」
「杖もローブも残されていたが、決闘や抵抗の形跡は薄い。ただ、魔力の乱れだけは、今もまだ漂っている」
ノクティアは膝をついて石畳をなぞり、静かに魔力の流れを読む。
(不自然な“渦”……まるで誰かが、強引に空間を捻じ曲げたような)
「これは……転移魔法? でも、こんなに痕跡が濃いままというのは――」
リュゼルがしゃがみこみ、ノクティアの隣で小声を落とす。
「やはり、お前もそう感じたか。……王都でこれほど大規模な魔法を使える者は限られている。
そして、目撃者は“黒衣の人影”が夜道を歩いていたと口をそろえている」
「誰か、わざと魔導士だけを選んでいる……?」
「考えられるとしたら、魔導士会内部、あるいは――王家を敵視する反逆組織だ」
リュゼルの言葉に、ノクティアは小さく頷いた。
* * *
それから二人は、王都各地の失踪現場を巡ることになった。
昼も夜もなく、古い路地、市場、魔導士の集まる酒場、果ては王都城壁近くの貧民街まで。
「ノクティア様、お力を貸してください」
「エルヴァーン様なら、きっと……!」
市民の中には、ノクティアに希望を託す者も増えていたが、
それ以上に恐れや不信の眼差しも感じた。
「力のある魔導士ばかりが狙われている」
「次は自分かも知れない――」
ノクティアはその不安に応えるように、ひとりひとりに優しい言葉をかけ、
細やかな魔法で子どもたちを癒やす場面もあった。
「王都の“最強魔導士”でも、すべてを救えるとは限らない。……だが、今は一歩でも近づくしかない」
* * *
王都魔導士会本部に戻ったふたりは、現場の証拠品と魔導記録を一つずつ精査していった。
「リュゼル殿下、あなたはこの事件に心当たりがありますか?」
ノクティアが真正面から問いかけると、リュゼルは少しだけ視線をそらした。
「王家にも、魔導士会にも敵は多い。……だが、この手口、動機、どれも腑に落ちない」
「腑に落ちない、とは?」
「本来、魔導士の失踪は“力を削ぐ”ための犯行だが……失踪した者たちには、いずれも共通点があった。
――いずれも“特定の魔導理論”を学んでいた者ばかりだ」
ノクティアは眉をひそめる。
「理論……?」
「“古代の転移術”だ。王家の記録にもある“禁術”に関係しているらしい。……だが、なぜ今になって?」
ふたりの会話を、奥の陰からそっと盗み聞きする視線――
ノクティアはふと、空気がざらついたような違和感を覚えた。
(誰かが、私たちの動きを監視している?)
* * *
調査が長引き、夜――
ノクティアとリュゼルは、王都の川沿いの小道を歩いていた。
「……こうやって“ペア”で動くのは、辺境以来ね」
「そうだな。あのときも、お前は自分の信じることに真っ直ぐだった」
リュゼルはわずかに苦笑する。
「だが、今の王都はお前が思うより“安全”ではない。――俺は、王家の責任として、お前を守る義務がある」
「ありがとう、リュゼル。でも私は、もう“守られるだけの女”じゃない」
ふたりの距離は、少しずつ縮まっていた。
* * *
王都の夜空には薄雲が広がり、
どこかで教会の鐘が静かに鳴った。
“魔導士連続失踪事件”――
それは、王都の権力と魔法の裏側に、何か大きな陰謀が潜んでいることを予感させた。
ノクティアは心の中で新たに誓う。
(私は絶対に、もう誰も消えさせたりしない。自分の力で、この王都を守る)
そしてリュゼルもまた、静かに拳を握りしめていた。
(ノクティア――今度こそ、お前を失いたくない)
春の夜風は、二人の心に影と、わずかな希望の光をもたらしていた。
だが、活気あるはずの街には、どこか張り詰めた空気が漂っていた。
「また魔導士が姿を消したらしい……」
「今度は中央広場の近くだって……」
「最近、妙に衛兵や魔導士会の人間が忙しそうにしてるわね」
「本当に“魔物”の仕業なのかしら……?」
市井の人々のささやきが、不安とともに王都中に広がっていた。
* * *
ノクティア・エルヴァーンが王都での審問会を終えて数日。
その実力と誠意は魔導士会にも広く認められ始めていたが、
王都の空気が澄み切ることはなかった。
ある朝、彼女は王都魔導士会の執務室に呼び出された。
「ノクティア殿。緊急の案件だ。――王都でまた魔導士が失踪した。
これで今月だけでも五人目だ」
会長老の声には、焦りと苛立ちが混じっている。
「魔導士の身に、何が――?」
「失踪者はみな腕利きの若手ばかり。遺留品も目撃証言も少ない。……市民の間に動揺が広がりつつある」
「それで、私に何を?」
「特命だ。魔導士会としても王宮としても、真相究明が急務。監察官殿下――リュゼル殿と共に、この事件の調査に当たってもらいたい」
ノクティアはほんの一瞬だけ表情を曇らせる。
(リュゼルと……また二人で。けれど、今はそんなこと言っていられない)
「お引き受けします。全力で調査します」
* * *
執務室を出た廊下で、ノクティアはリュゼルと合流した。
「……まさか、私と組まされるとはな」
リュゼルはいつものように無表情を装っていたが、その瞳には複雑な色が浮かんでいる。
「私たちが動けば、事件解決の速度も上がるということです。……殿下もそう思いませんか?」
ノクティアがそう切り出すと、リュゼルはわずかに肩をすくめてみせた。
「……命令には逆らえないからな。俺の役目は“監察”だが、今回はそれ以上に“王家の威信”もかかっているらしい」
「それだけこの事件が、王都にとって重要――ということですね」
ふたりの間には、かつての婚約時代のぎこちない空気が、今もまだ微かに残っていた。
* * *
まず二人は失踪事件の現場――中央広場近くの裏通りを訪れた。
現場には魔導士会の封印魔法が施されており、警備兵と少数の関係者のみが立ち入っている。
「失踪したのはアルト・ロウェル。二十歳、王都でも有望な若手魔導士だった。前夜、仲間たちと別れた後、足取りが途絶えたという」
衛兵長が淡々と説明する。
「遺留品は?」
「杖もローブも残されていたが、決闘や抵抗の形跡は薄い。ただ、魔力の乱れだけは、今もまだ漂っている」
ノクティアは膝をついて石畳をなぞり、静かに魔力の流れを読む。
(不自然な“渦”……まるで誰かが、強引に空間を捻じ曲げたような)
「これは……転移魔法? でも、こんなに痕跡が濃いままというのは――」
リュゼルがしゃがみこみ、ノクティアの隣で小声を落とす。
「やはり、お前もそう感じたか。……王都でこれほど大規模な魔法を使える者は限られている。
そして、目撃者は“黒衣の人影”が夜道を歩いていたと口をそろえている」
「誰か、わざと魔導士だけを選んでいる……?」
「考えられるとしたら、魔導士会内部、あるいは――王家を敵視する反逆組織だ」
リュゼルの言葉に、ノクティアは小さく頷いた。
* * *
それから二人は、王都各地の失踪現場を巡ることになった。
昼も夜もなく、古い路地、市場、魔導士の集まる酒場、果ては王都城壁近くの貧民街まで。
「ノクティア様、お力を貸してください」
「エルヴァーン様なら、きっと……!」
市民の中には、ノクティアに希望を託す者も増えていたが、
それ以上に恐れや不信の眼差しも感じた。
「力のある魔導士ばかりが狙われている」
「次は自分かも知れない――」
ノクティアはその不安に応えるように、ひとりひとりに優しい言葉をかけ、
細やかな魔法で子どもたちを癒やす場面もあった。
「王都の“最強魔導士”でも、すべてを救えるとは限らない。……だが、今は一歩でも近づくしかない」
* * *
王都魔導士会本部に戻ったふたりは、現場の証拠品と魔導記録を一つずつ精査していった。
「リュゼル殿下、あなたはこの事件に心当たりがありますか?」
ノクティアが真正面から問いかけると、リュゼルは少しだけ視線をそらした。
「王家にも、魔導士会にも敵は多い。……だが、この手口、動機、どれも腑に落ちない」
「腑に落ちない、とは?」
「本来、魔導士の失踪は“力を削ぐ”ための犯行だが……失踪した者たちには、いずれも共通点があった。
――いずれも“特定の魔導理論”を学んでいた者ばかりだ」
ノクティアは眉をひそめる。
「理論……?」
「“古代の転移術”だ。王家の記録にもある“禁術”に関係しているらしい。……だが、なぜ今になって?」
ふたりの会話を、奥の陰からそっと盗み聞きする視線――
ノクティアはふと、空気がざらついたような違和感を覚えた。
(誰かが、私たちの動きを監視している?)
* * *
調査が長引き、夜――
ノクティアとリュゼルは、王都の川沿いの小道を歩いていた。
「……こうやって“ペア”で動くのは、辺境以来ね」
「そうだな。あのときも、お前は自分の信じることに真っ直ぐだった」
リュゼルはわずかに苦笑する。
「だが、今の王都はお前が思うより“安全”ではない。――俺は、王家の責任として、お前を守る義務がある」
「ありがとう、リュゼル。でも私は、もう“守られるだけの女”じゃない」
ふたりの距離は、少しずつ縮まっていた。
* * *
王都の夜空には薄雲が広がり、
どこかで教会の鐘が静かに鳴った。
“魔導士連続失踪事件”――
それは、王都の権力と魔法の裏側に、何か大きな陰謀が潜んでいることを予感させた。
ノクティアは心の中で新たに誓う。
(私は絶対に、もう誰も消えさせたりしない。自分の力で、この王都を守る)
そしてリュゼルもまた、静かに拳を握りしめていた。
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