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6章
74話「対立する正義」
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王都の朝は、どこか重苦しい空気に包まれていた。
“魔導士連続失踪事件”の捜査が始まって数日、王都のあちこちで衛兵と魔導士たちが慌ただしく動き回っている。
市民の間にも不安の色が広がり、「最強魔導士ノクティア・エルヴァーン」「第2皇子リュゼル殿下」の名がしきりに囁かれていた。
* * *
その朝、ノクティアは魔導士会の執務室でリュゼルと向かい合っていた。
卓上には捜査記録と新たな目撃証言、そして王都各地の地図が広げられている。
「……手がかりは少ないけど、貧民街の魔力残留は明らかに“人工的な転移術”の痕跡だったわ。何か行動を起こさなきゃ――」
ノクティアがそう切り出すと、リュゼルは静かに書類を閉じて言い返した。
「性急に動くべきじゃない。現場を荒らせば証拠が消える可能性が高い。まずは関係者への聴取を重ね、王家の許可を待つべきだ」
「でも、このまま手をこまねいている間にも、また誰かが消えるかもしれません!」
ノクティアの声に、リュゼルは冷たい視線を向ける。
「君は“現場の痛み”に寄り添いすぎる。……だが、王都は“秩序”で成り立っている。感情で捜査を乱されては困る」
「秩序だけを守って、人の命を見殺しにするの? ……私は、救える命があるなら迷わず動きたい」
ふたりの間に緊張が走る。
静寂のなか、リュゼルの言葉が刺さるように響いた。
「……君は“辺境”のやり方に慣れすぎたのかもしれないな。王都は遊び場じゃない。軽率な行動で、誰かの命や信頼を失うこともある」
ノクティアは胸を締めつけられた。
(私は、また否定されてしまった……。リュゼルは昔から、肝心な時に私の気持ちを踏みにじる)
言い返そうとしても、言葉が喉に詰まった。
ふたりの視線が交わることはなく、ノクティアはそのまま執務室を出て行った。
* * *
石畳の廊下を歩きながら、ノクティアは深く息をついた。
「王都に戻れば、みんなに認められる」と信じていたけれど、やはり現実は甘くない。
「私……本当に間違っているのかな」
小さくつぶやいたその声は、王都の騒がしさにすぐにかき消された。
* * *
昼下がり、ノクティアはひとりで王都の小さな教会に足を運んでいた。
ステンドグラスの光のなか、彼女は祈るように静かに目を閉じた。
(もう迷わないはずだったのに。私は、“みんなを守る魔導士”でいたいだけなのに)
手をぎゅっと握りしめると、背後から温かな声がした。
「……迷うのは、正しい証拠だよ」
振り返ると、そこには長い旅装束の青年――カイラスが立っていた。
堂々とした体格と柔らかな笑顔、そして何より、彼の目はどこまでもまっすぐにノクティアを見つめていた。
「カイラス……どうしてここに?」
「王都に着いたばかりさ。砦から報せを受けて、すぐに来た。ノクティアが“王都で大変な任務に就いている”って聞いたから、どうしても顔を見ておきたかったんだ」
カイラスはゆっくりと歩み寄り、ノクティアの肩に手を置く。
「ここは賑やかだけど、人の心はすぐに孤独になる。……君が無理をしているなら、ちゃんと甘えてくれ」
その言葉に、ノクティアは思わず涙がこぼれそうになった。
「……ありがとう、カイラス。王都に来てから、ずっと気を張っていたのかもしれない」
「ノクティアは、いつも誰かを守ろうとする。けど、君が一番弱っているとき、支えてやれるのは“俺”でありたい」
そっと手を握り返され、ノクティアは胸の痛みが少しだけ和らいだ気がした。
* * *
その頃、魔導士会の執務室では、リュゼルがじっと書類を見つめていた。
ノクティアとぶつかったときの言葉が、胸の奥で何度も繰り返されている。
(あんな言い方……。けれど、あれが王都の“正義”だと思っていた。……なのに、なぜこんなに心がざわつく?)
机の端には、砦から届いたノクティアの評判や市民からの手紙が積まれている。
(ノクティア……お前は本当に、“誰かのため”にしか動けない女だ)
それが羨ましくもあり、同時に自分にない強さだと痛感する。
だが、王家の責任も、彼自身のプライドも、ノクティアのやり方をすんなり認めさせてはくれない。
* * *
その夕方、王都の広場では偶然三人が顔を合わせる。
「カイラス、王都へようこそ。……ノクティアをよろしく頼む」
リュゼルがぎこちない微笑みを見せると、カイラスは堂々とした態度で返す。
「もちろん。ノクティアが困っているとき、俺は必ずそばにいる。砦でも、王都でも、それは変わらない」
ノクティアは二人のやり取りを見つめながら、胸の奥が少しだけ苦しくなるのを感じた。
(私を巡って、ふたりがこんなふうに……)
リュゼルの冷静さとカイラスの温かさ――
王都の夕暮れに溶け込むそのコントラストは、
まるで「どちらの正義が正しいのか」と問いかけてくるようだった。
* * *
夜。
ノクティアは砦の頃を思い出しながら、自室の窓から王都の灯りを見下ろしていた。
(王都では“秩序”が必要。でも、私は私なりの“正義”を貫きたい)
リュゼルとカイラス――どちらの言葉も、彼女にとっては大切なものだった。
迷いと決意、そして心の奥に芽生えつつある恋心が、静かに彼女の未来を照らしていた。
* * *
新しい事件、新しい三角関係、揺れる正義と迷いの夜――
ノクティアの王都での日々は、まだ始まったばかりだ。
“魔導士連続失踪事件”の捜査が始まって数日、王都のあちこちで衛兵と魔導士たちが慌ただしく動き回っている。
市民の間にも不安の色が広がり、「最強魔導士ノクティア・エルヴァーン」「第2皇子リュゼル殿下」の名がしきりに囁かれていた。
* * *
その朝、ノクティアは魔導士会の執務室でリュゼルと向かい合っていた。
卓上には捜査記録と新たな目撃証言、そして王都各地の地図が広げられている。
「……手がかりは少ないけど、貧民街の魔力残留は明らかに“人工的な転移術”の痕跡だったわ。何か行動を起こさなきゃ――」
ノクティアがそう切り出すと、リュゼルは静かに書類を閉じて言い返した。
「性急に動くべきじゃない。現場を荒らせば証拠が消える可能性が高い。まずは関係者への聴取を重ね、王家の許可を待つべきだ」
「でも、このまま手をこまねいている間にも、また誰かが消えるかもしれません!」
ノクティアの声に、リュゼルは冷たい視線を向ける。
「君は“現場の痛み”に寄り添いすぎる。……だが、王都は“秩序”で成り立っている。感情で捜査を乱されては困る」
「秩序だけを守って、人の命を見殺しにするの? ……私は、救える命があるなら迷わず動きたい」
ふたりの間に緊張が走る。
静寂のなか、リュゼルの言葉が刺さるように響いた。
「……君は“辺境”のやり方に慣れすぎたのかもしれないな。王都は遊び場じゃない。軽率な行動で、誰かの命や信頼を失うこともある」
ノクティアは胸を締めつけられた。
(私は、また否定されてしまった……。リュゼルは昔から、肝心な時に私の気持ちを踏みにじる)
言い返そうとしても、言葉が喉に詰まった。
ふたりの視線が交わることはなく、ノクティアはそのまま執務室を出て行った。
* * *
石畳の廊下を歩きながら、ノクティアは深く息をついた。
「王都に戻れば、みんなに認められる」と信じていたけれど、やはり現実は甘くない。
「私……本当に間違っているのかな」
小さくつぶやいたその声は、王都の騒がしさにすぐにかき消された。
* * *
昼下がり、ノクティアはひとりで王都の小さな教会に足を運んでいた。
ステンドグラスの光のなか、彼女は祈るように静かに目を閉じた。
(もう迷わないはずだったのに。私は、“みんなを守る魔導士”でいたいだけなのに)
手をぎゅっと握りしめると、背後から温かな声がした。
「……迷うのは、正しい証拠だよ」
振り返ると、そこには長い旅装束の青年――カイラスが立っていた。
堂々とした体格と柔らかな笑顔、そして何より、彼の目はどこまでもまっすぐにノクティアを見つめていた。
「カイラス……どうしてここに?」
「王都に着いたばかりさ。砦から報せを受けて、すぐに来た。ノクティアが“王都で大変な任務に就いている”って聞いたから、どうしても顔を見ておきたかったんだ」
カイラスはゆっくりと歩み寄り、ノクティアの肩に手を置く。
「ここは賑やかだけど、人の心はすぐに孤独になる。……君が無理をしているなら、ちゃんと甘えてくれ」
その言葉に、ノクティアは思わず涙がこぼれそうになった。
「……ありがとう、カイラス。王都に来てから、ずっと気を張っていたのかもしれない」
「ノクティアは、いつも誰かを守ろうとする。けど、君が一番弱っているとき、支えてやれるのは“俺”でありたい」
そっと手を握り返され、ノクティアは胸の痛みが少しだけ和らいだ気がした。
* * *
その頃、魔導士会の執務室では、リュゼルがじっと書類を見つめていた。
ノクティアとぶつかったときの言葉が、胸の奥で何度も繰り返されている。
(あんな言い方……。けれど、あれが王都の“正義”だと思っていた。……なのに、なぜこんなに心がざわつく?)
机の端には、砦から届いたノクティアの評判や市民からの手紙が積まれている。
(ノクティア……お前は本当に、“誰かのため”にしか動けない女だ)
それが羨ましくもあり、同時に自分にない強さだと痛感する。
だが、王家の責任も、彼自身のプライドも、ノクティアのやり方をすんなり認めさせてはくれない。
* * *
その夕方、王都の広場では偶然三人が顔を合わせる。
「カイラス、王都へようこそ。……ノクティアをよろしく頼む」
リュゼルがぎこちない微笑みを見せると、カイラスは堂々とした態度で返す。
「もちろん。ノクティアが困っているとき、俺は必ずそばにいる。砦でも、王都でも、それは変わらない」
ノクティアは二人のやり取りを見つめながら、胸の奥が少しだけ苦しくなるのを感じた。
(私を巡って、ふたりがこんなふうに……)
リュゼルの冷静さとカイラスの温かさ――
王都の夕暮れに溶け込むそのコントラストは、
まるで「どちらの正義が正しいのか」と問いかけてくるようだった。
* * *
夜。
ノクティアは砦の頃を思い出しながら、自室の窓から王都の灯りを見下ろしていた。
(王都では“秩序”が必要。でも、私は私なりの“正義”を貫きたい)
リュゼルとカイラス――どちらの言葉も、彼女にとっては大切なものだった。
迷いと決意、そして心の奥に芽生えつつある恋心が、静かに彼女の未来を照らしていた。
* * *
新しい事件、新しい三角関係、揺れる正義と迷いの夜――
ノクティアの王都での日々は、まだ始まったばかりだ。
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