【完結】追放聖女は“幸福値”しか視えません

東野あさひ

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第1話 追放と「幸福値」の少女

「エルフィナ・ルーク、あなたは聖女としての資格を失いました。本日をもって、その役目を終えなさい」

王都の大聖堂、祈りの間。祭壇前でひざまずく私の頭上に、厳かな声が落ちてきた。鐘の音のように乾いた響き。私はただ、目を伏せてそれを受け入れるしかなかった。

聖女としての力——「奇跡」は、確かに失われていた。

傷を癒す力も、浄化の光も、もう使えない。祈っても、奇跡の兆しは一切現れなくなった。

けれど私には、もう一つだけ“異能”が残っていた。いや、それが力と呼べるのかすら、私自身も分からない。

それは「人の頭上に浮かぶ数字」が見えること。
——その人が、どれだけ“幸福”を感じているかを示す数字。

「幸福値」と、私は勝手に呼んでいる。誰もそれを信じてくれないし、誰にも共有できなかった。そんなものは聖女の力ではない、と言われた。

けれど私は、確かに視てきたのだ。
苦しむ者の幸福値は0に近く、喜びにあふれる者の幸福値は70、80と跳ね上がっていく。最高で見たのは97。婚礼直後の新郎だった。

追放の日、私の幸福値は「12」だった。



数日後。私は馬車に揺られながら、辺境の地に向かっていた。

目的地は「セリフ村」。王都から遠く離れた、小さな街道の宿場町。地図には申し訳程度にしか載っていないような村だ。

そこには、私が唯一あてにしていた“受け入れ先”がある。
かつて聖女の手伝いをしていた老婦人が余生を過ごす場所で、「小さな家を一軒貸してもいい」と申し出てくれたのだ。

「それにしても……」

私は手帳を開き、そこに記録していた「幸福値メモ」に目を落とす。

たとえば王都での生活では、使用人の幸福値は平均23。貴族たちはおおむね40~50。
だが、衛兵たちは14~20と低く、修道士の中には「8」という人もいた。

彼らの中には、誰にも気づかれぬまま、心が削られている者もいたかもしれない。

けれど、私の“視えてしまう目”では、ただ数字が浮かぶだけ。それをどうにかできる術はなかった。

(でも……もし、誰かの幸福値を“上げる”ことができたなら)

私は、その可能性だけを頼りに、生きる意味を探していた。

そして、私の旅は、思わぬ形で始まる。



セリフ村に着いて三日目。

老婦人の持つ小屋に住みはじめ、私はさっそく村を歩きまわってみた。
周囲には古びた通りと、ぽつぽつと並ぶ店。そして目についたのは、空き店舗の看板だった。

「幸福値を上げるお店」——私は冗談めかして、そう呼ぶことにした。

とはいえ実態は、ただの小さなカフェだった。
古びた木造の外壁に、色あせた看板。内装も、椅子とテーブルが数脚並ぶだけの簡素な空間。

けれど、不思議と落ち着く。私はここで、自分の“新しい役目”を始めようと思った。

「いらっしゃいませ、……って、誰も来ないけど」

開店初日、私はカウンターに座りながら、通りを眺めていた。

すると、一人の女性がふらりと入ってきた。



「ここ、カフェ? パンとかあるの?」

「少しだけなら。お茶も出せます」

入ってきたのは、三十代くらいの、少しやつれた様子の女性。服装はどこか乱れていて、目元には疲れがにじんでいる。

そして彼女の頭上に浮かんでいた数字は——「9」。

「……その、何か、悩みごとでも?」

「は?」

思わず口をついた言葉に、彼女は怪訝な顔をした。私は慌てて言葉を継ぐ。

「いえ……なんとなく、顔色が優れないような気がして」

「ああ……まあ、いろいろあってね。実はパン屋なんだけど、今、店を閉めてて」

話を聞けば、夫と経営していたパン屋が最近うまくいっておらず、口論の末に別居状態になってしまったらしい。

「もう、どうしたらいいか分からなくて……ここが開いてるの見て、つい入っちゃった」

「それで、パンは……好き、なんですね?」

「うん、大好き。あの人と、一緒に焼いてるときは本当に楽しかった」

彼女の頭上の数字が、ふっと変化した。「9」→「12」。

「——上がった」

「え?」

「いえ、なんでも。あの、よければ、少しだけパンを焼いてみませんか? うちの小さなオーブンですけど」

私は台所から古い鉄製のオーブンを指差した。



二人で小さな丸パンを焼いた。彼女が生地をこね、私が火加減を調整する。

焼き上がったパンの香りが店内に広がる頃、彼女の顔にはやわらかな笑みが浮かんでいた。

「懐かしい……あの人と、最初に店を開いたときも、こんなふうだったな」

そのとき、彼女の頭上に浮かぶ数字が「19」へと跳ねた。

「あなた、何者なの……?」

「私は……もう聖女ではありません。ただ、“幸福の気配”が視えるだけです」

私はそっと微笑んだ。パンの温もりが、彼女の心を少しだけほどいたように思えた。

——それが、「幸福値ギルド」の最初の依頼だった。
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