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第1話 追放と「幸福値」の少女
「エルフィナ・ルーク、あなたは聖女としての資格を失いました。本日をもって、その役目を終えなさい」
王都の大聖堂、祈りの間。祭壇前でひざまずく私の頭上に、厳かな声が落ちてきた。鐘の音のように乾いた響き。私はただ、目を伏せてそれを受け入れるしかなかった。
聖女としての力——「奇跡」は、確かに失われていた。
傷を癒す力も、浄化の光も、もう使えない。祈っても、奇跡の兆しは一切現れなくなった。
けれど私には、もう一つだけ“異能”が残っていた。いや、それが力と呼べるのかすら、私自身も分からない。
それは「人の頭上に浮かぶ数字」が見えること。
——その人が、どれだけ“幸福”を感じているかを示す数字。
「幸福値」と、私は勝手に呼んでいる。誰もそれを信じてくれないし、誰にも共有できなかった。そんなものは聖女の力ではない、と言われた。
けれど私は、確かに視てきたのだ。
苦しむ者の幸福値は0に近く、喜びにあふれる者の幸福値は70、80と跳ね上がっていく。最高で見たのは97。婚礼直後の新郎だった。
追放の日、私の幸福値は「12」だった。
*
数日後。私は馬車に揺られながら、辺境の地に向かっていた。
目的地は「セリフ村」。王都から遠く離れた、小さな街道の宿場町。地図には申し訳程度にしか載っていないような村だ。
そこには、私が唯一あてにしていた“受け入れ先”がある。
かつて聖女の手伝いをしていた老婦人が余生を過ごす場所で、「小さな家を一軒貸してもいい」と申し出てくれたのだ。
「それにしても……」
私は手帳を開き、そこに記録していた「幸福値メモ」に目を落とす。
たとえば王都での生活では、使用人の幸福値は平均23。貴族たちはおおむね40~50。
だが、衛兵たちは14~20と低く、修道士の中には「8」という人もいた。
彼らの中には、誰にも気づかれぬまま、心が削られている者もいたかもしれない。
けれど、私の“視えてしまう目”では、ただ数字が浮かぶだけ。それをどうにかできる術はなかった。
(でも……もし、誰かの幸福値を“上げる”ことができたなら)
私は、その可能性だけを頼りに、生きる意味を探していた。
そして、私の旅は、思わぬ形で始まる。
*
セリフ村に着いて三日目。
老婦人の持つ小屋に住みはじめ、私はさっそく村を歩きまわってみた。
周囲には古びた通りと、ぽつぽつと並ぶ店。そして目についたのは、空き店舗の看板だった。
「幸福値を上げるお店」——私は冗談めかして、そう呼ぶことにした。
とはいえ実態は、ただの小さなカフェだった。
古びた木造の外壁に、色あせた看板。内装も、椅子とテーブルが数脚並ぶだけの簡素な空間。
けれど、不思議と落ち着く。私はここで、自分の“新しい役目”を始めようと思った。
「いらっしゃいませ、……って、誰も来ないけど」
開店初日、私はカウンターに座りながら、通りを眺めていた。
すると、一人の女性がふらりと入ってきた。
*
「ここ、カフェ? パンとかあるの?」
「少しだけなら。お茶も出せます」
入ってきたのは、三十代くらいの、少しやつれた様子の女性。服装はどこか乱れていて、目元には疲れがにじんでいる。
そして彼女の頭上に浮かんでいた数字は——「9」。
「……その、何か、悩みごとでも?」
「は?」
思わず口をついた言葉に、彼女は怪訝な顔をした。私は慌てて言葉を継ぐ。
「いえ……なんとなく、顔色が優れないような気がして」
「ああ……まあ、いろいろあってね。実はパン屋なんだけど、今、店を閉めてて」
話を聞けば、夫と経営していたパン屋が最近うまくいっておらず、口論の末に別居状態になってしまったらしい。
「もう、どうしたらいいか分からなくて……ここが開いてるの見て、つい入っちゃった」
「それで、パンは……好き、なんですね?」
「うん、大好き。あの人と、一緒に焼いてるときは本当に楽しかった」
彼女の頭上の数字が、ふっと変化した。「9」→「12」。
「——上がった」
「え?」
「いえ、なんでも。あの、よければ、少しだけパンを焼いてみませんか? うちの小さなオーブンですけど」
私は台所から古い鉄製のオーブンを指差した。
*
二人で小さな丸パンを焼いた。彼女が生地をこね、私が火加減を調整する。
焼き上がったパンの香りが店内に広がる頃、彼女の顔にはやわらかな笑みが浮かんでいた。
「懐かしい……あの人と、最初に店を開いたときも、こんなふうだったな」
そのとき、彼女の頭上に浮かぶ数字が「19」へと跳ねた。
「あなた、何者なの……?」
「私は……もう聖女ではありません。ただ、“幸福の気配”が視えるだけです」
私はそっと微笑んだ。パンの温もりが、彼女の心を少しだけほどいたように思えた。
——それが、「幸福値ギルド」の最初の依頼だった。
王都の大聖堂、祈りの間。祭壇前でひざまずく私の頭上に、厳かな声が落ちてきた。鐘の音のように乾いた響き。私はただ、目を伏せてそれを受け入れるしかなかった。
聖女としての力——「奇跡」は、確かに失われていた。
傷を癒す力も、浄化の光も、もう使えない。祈っても、奇跡の兆しは一切現れなくなった。
けれど私には、もう一つだけ“異能”が残っていた。いや、それが力と呼べるのかすら、私自身も分からない。
それは「人の頭上に浮かぶ数字」が見えること。
——その人が、どれだけ“幸福”を感じているかを示す数字。
「幸福値」と、私は勝手に呼んでいる。誰もそれを信じてくれないし、誰にも共有できなかった。そんなものは聖女の力ではない、と言われた。
けれど私は、確かに視てきたのだ。
苦しむ者の幸福値は0に近く、喜びにあふれる者の幸福値は70、80と跳ね上がっていく。最高で見たのは97。婚礼直後の新郎だった。
追放の日、私の幸福値は「12」だった。
*
数日後。私は馬車に揺られながら、辺境の地に向かっていた。
目的地は「セリフ村」。王都から遠く離れた、小さな街道の宿場町。地図には申し訳程度にしか載っていないような村だ。
そこには、私が唯一あてにしていた“受け入れ先”がある。
かつて聖女の手伝いをしていた老婦人が余生を過ごす場所で、「小さな家を一軒貸してもいい」と申し出てくれたのだ。
「それにしても……」
私は手帳を開き、そこに記録していた「幸福値メモ」に目を落とす。
たとえば王都での生活では、使用人の幸福値は平均23。貴族たちはおおむね40~50。
だが、衛兵たちは14~20と低く、修道士の中には「8」という人もいた。
彼らの中には、誰にも気づかれぬまま、心が削られている者もいたかもしれない。
けれど、私の“視えてしまう目”では、ただ数字が浮かぶだけ。それをどうにかできる術はなかった。
(でも……もし、誰かの幸福値を“上げる”ことができたなら)
私は、その可能性だけを頼りに、生きる意味を探していた。
そして、私の旅は、思わぬ形で始まる。
*
セリフ村に着いて三日目。
老婦人の持つ小屋に住みはじめ、私はさっそく村を歩きまわってみた。
周囲には古びた通りと、ぽつぽつと並ぶ店。そして目についたのは、空き店舗の看板だった。
「幸福値を上げるお店」——私は冗談めかして、そう呼ぶことにした。
とはいえ実態は、ただの小さなカフェだった。
古びた木造の外壁に、色あせた看板。内装も、椅子とテーブルが数脚並ぶだけの簡素な空間。
けれど、不思議と落ち着く。私はここで、自分の“新しい役目”を始めようと思った。
「いらっしゃいませ、……って、誰も来ないけど」
開店初日、私はカウンターに座りながら、通りを眺めていた。
すると、一人の女性がふらりと入ってきた。
*
「ここ、カフェ? パンとかあるの?」
「少しだけなら。お茶も出せます」
入ってきたのは、三十代くらいの、少しやつれた様子の女性。服装はどこか乱れていて、目元には疲れがにじんでいる。
そして彼女の頭上に浮かんでいた数字は——「9」。
「……その、何か、悩みごとでも?」
「は?」
思わず口をついた言葉に、彼女は怪訝な顔をした。私は慌てて言葉を継ぐ。
「いえ……なんとなく、顔色が優れないような気がして」
「ああ……まあ、いろいろあってね。実はパン屋なんだけど、今、店を閉めてて」
話を聞けば、夫と経営していたパン屋が最近うまくいっておらず、口論の末に別居状態になってしまったらしい。
「もう、どうしたらいいか分からなくて……ここが開いてるの見て、つい入っちゃった」
「それで、パンは……好き、なんですね?」
「うん、大好き。あの人と、一緒に焼いてるときは本当に楽しかった」
彼女の頭上の数字が、ふっと変化した。「9」→「12」。
「——上がった」
「え?」
「いえ、なんでも。あの、よければ、少しだけパンを焼いてみませんか? うちの小さなオーブンですけど」
私は台所から古い鉄製のオーブンを指差した。
*
二人で小さな丸パンを焼いた。彼女が生地をこね、私が火加減を調整する。
焼き上がったパンの香りが店内に広がる頃、彼女の顔にはやわらかな笑みが浮かんでいた。
「懐かしい……あの人と、最初に店を開いたときも、こんなふうだったな」
そのとき、彼女の頭上に浮かぶ数字が「19」へと跳ねた。
「あなた、何者なの……?」
「私は……もう聖女ではありません。ただ、“幸福の気配”が視えるだけです」
私はそっと微笑んだ。パンの温もりが、彼女の心を少しだけほどいたように思えた。
——それが、「幸福値ギルド」の最初の依頼だった。
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