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異世界令嬢、現代に爆誕!
わたくし、現代の夏服に挑みますわ!
しおりを挟む六月に入り、星ヶ丘学園の制服は衣替えを迎えた。
生徒たちはこぞって軽やかな夏服に身を包み、廊下にはどこか浮き立つような空気が漂っている。
そんな中、江戸川りりあ――もとい、リリアーナ=フォン=エーデルワイスは、自室の鏡の前で絶句していた。
「こ、これは……布が……少なすぎますわ……っ」
制服指定の夏用ブラウス。白を基調とし、涼しげで爽やか、だが――袖が短い。
上品さと気品を何よりも重んじる彼女にとって、肘が出ている時点で大事件だった。
「このような装いでは、王都の舞踏会どころか、侍女の教育係にも叱られてしまいますわ……」
異世界・エーデルワイス家の伝統は、肌を見せすぎないこと。
とはいえ、ここは異世界ではない。
現代日本、私立星ヶ丘学園。
リリアーナは悩みに悩んだ末、長袖ブラウスに冬用のタイツという“全防備”スタイルで登校する決意を固めた。
「日差しには勝てませんが、品格には妥協できませんもの……っ」
しかし――
「おーい、姫~~!」
校門前で手を振っていたのは、いつものギャル三人組。
ほのか、れい、マイ。それぞれが制服の夏仕様を華やかに着こなしていた。
ほのかは元気いっぱいの半袖にハーフアップ、れいはスカートを涼しげにアレンジし、マイは日除け用のカーディガンを羽織っている。
「うわ、姫、まだ長袖!? あっつくないの??」
「そうですの? わたくしは……問題ありませんわっ」
汗を浮かべながらも、リリアーナは毅然と胸を張る。
「なんていうか……逆にすごいよね……その気合い……」
「でも無理しないでよ? 夏バテとか熱中症とかあるしさ」
「お気遣い感謝いたしますわ。けれど、わたくしにはわたくしの美学がありますの」
そう言い放つリリアーナに、れいが一言。
「……まじ貴族」
***
周囲の生徒たちはすっかり夏服に切り替えており、半袖姿が主流。
だが、その中に一人だけ長袖+タイツというリリアーナの姿は、まるで別の季節を生きているようだった。
教室に入り、席についた彼女を見て、数人の男子が「うわ、まだ長袖だよ」「暑くないのかな」とひそひそ話していた。
すると。
「……半袖にすれば?」
隣の席から、無愛想な声が届く。
――蓮だった。
「わ、わたくしは……問題ありませんのでっ」
「そう。ならいいけど」
それきり口を閉ざす蓮。
だがその視線は、一瞬だけリリアーナの額に浮かぶ汗に向けられていた。
リリアーナは気づかぬふりをして、必死に背筋を正した。
(わたくしは、大丈夫ですわ……気品とは、耐えることですの……っ)
だが、この“我慢”が後に小さな事件を招くとは、まだ誰も知らなかった――。
***
教室内には、どこか夏らしい空気が漂っていた。
窓の外からは蝉の声。扇風機の低い音。生徒たちは涼しげな半袖姿で談笑し、机の上には冷たい飲み物や、ミニ扇風機が並んでいる。
その中で、ひとり長袖+タイツという完全武装のリリアーナは、額にうっすらと汗を浮かべていた。
「姫、大丈夫? 顔赤くなってきてるよ?」
「だ、だいじょうぶ……ですわ……」
ハンカチで汗を拭いつつ、リリアーナは気品を保とうと必死だった。
だが、ギャルたちは容赦なく涼の術を披露してくる。
「見て見てー!この制汗シート、メントール強めで超ひんやりなの!」
「私は日焼け止め三重塗り。日傘も持ってきたし、UVカット完璧」
「私はこれ。フレーバー付きの冷水。レモンミント味」
「なっ……なんですの、その携帯魔道具の数々は……」
リリアーナは本気で驚いていた。
異世界で育った彼女にとって、暑さをしのぐ手段といえば日陰・水・魔術くらいしかなかった。
それに比べ、現代の少女たちは“涼しさ”を自在に操っている。
「姫ってさ、汗かかないイメージあったけど……普通に暑いよね?」
「え、ええ……っ、ですが、気合いと品格で……なんとか……っ」
その瞬間、背中に冷たい何かが当てられた。
「ひゃあっ!?!?!?」
突然の反応に、クラスメイトたちが一斉に振り返る。
「ご、ごめんごめん! ちょっと涼ませてあげようと思って~」
悪気ゼロで笑うほのかの手には、冷えたキンキンに冷えたペットボトル飲料。
「……驚かさないでくださいまし……っ」
頬を赤らめるリリアーナに、れいがぼそりと呟く。
「まーでも、自由ってさ、こういうとこから始まるのかもね」
「自由が、ですの?」
「うん。気持ちよく過ごすって大事じゃん。ルールとか堅苦しいのも大事だけど、自分が快適でいるのも、立派な“選択”っていうかさ」
「快適であることが、自由……」
リリアーナはハッとした顔になる。
「でも、快適であることは……品格と、相容れるものなのでしょうか……」
マイがすっと言葉を挟む。
「両立、できる。私はそうしてる」
「わたしも~!夏は生き延びるのが第一だし♪」
ギャルたちの言葉が、りりあの胸に小さな波紋を起こした。
(美しさと快適さ……自由とは、どちらかを選ぶことではなく……)
小さく息を吐いた彼女は、窓の外の光を見つめた。
(わたくし、まだまだ知らぬことばかりですわね……)
だが、彼女はまだ――気づいていなかった。 その“気づき”が、遅すぎる可能性もあることに。
***
五時間目の終わり頃だった。
教室の空気はむっとしており、窓から差し込む日差しも鋭さを増していた。
だが、リリアーナは依然として長袖+タイツのまま、真っ直ぐ前を向いていた。
額にはうっすらと汗。背中もじっとりと湿っている。
先生の声が遠くに感じられたそのとき――
(……あれ?)
視界がぐらりと揺れた。
そのまま、机に突っ伏す。
「りりあちゃん!? ちょ、どうしたの!?」
「江戸川!? おい! すぐ先生呼んで――!」
騒然とする教室。リリアーナは顔色を失いながらも、ぎりぎりのところで意識を保ち、担任に連れられて保健室へと運ばれた。
***
「――軽い熱中症ですね。無理な服装をされていたようですし」
保健の先生が苦笑しながら言う。
「冷たいお茶を飲んで、しばらく横になっていなさい」
言われるがままにベッドに横になると、扇風機の風が心地よく肌を撫でた。
(……はしたない姿ですわね。情けない……)
情けなさと、ほんの少しの悔しさが胸を占める。
すると――
「……やっぱりな」
カーテンの向こうから、低い声が聞こえた。
「……っ」
顔を起こすと、そこには蓮が立っていた。
「言ったよな、半袖にすれば?って」
「……ええ、そのような忠告……確かに……」
「ほら、水」
冷たいペットボトルが差し出される。リリアーナはおずおずと受け取った。
「ありがとうございます……」
「ま、自分のスタイル貫くのも大事だけど。倒れたら意味ねぇよ」
「…………」
「無理すんな。……じゃ」
それだけ言って、蓮は去っていった。
リリアーナは、手元の水を見つめたまま、そっと唇をかんだ。
(わたくし……無理をして、誰のためになっていたのでしょう……)
喉を潤す冷たい水が、身体の奥にまで染みわたっていく。
(素直に頼ることも、自由……なのでしょうか)
***
胸の奥で、何かがそっとほどけていく気がした。
翌朝、リリアーナは鏡の前で立ち止まっていた。
手には、昨日と同じ長袖のブラウス――ではなく、半袖の夏服。
そして、その足元には白いレースのソックス。
「……ふぅ」
深呼吸をひとつ。彼女は決意したように、その服を身にまとった。
スカートの丈はそのまま。だが、袖は短く、首元には彼女らしいアンティーク調のブローチが添えられている。
“令嬢らしさ”と“夏の快適さ”を絶妙に融合させたコーディネート。
「これが……わたくしの“夏”ですわ」
リリアーナは微笑み、登校した。
昇降口で出会ったギャルたちが、彼女を見て目を丸くする。
「えっ!? 姫、夏服じゃん!」
「タイツ脱いでる!足出してる!」
「でもなんか……おしゃれ番長感ある」
褒められて悪い気のしないリリアーナは――。
「ふふん、当然ですわ。無作法に肌を晒すのではなく、品よく、爽やかに。それがわたくし流ですの」
このドヤ顔である。
「まじで女王すぎ」
「トレンドつくってるって感じ」
騒がしいギャルたちに囲まれて、リリアーナはいつも通りの微笑みを浮かべた。
だがその胸には、確かに昨日とは違う“風”が吹いていた。
教室に入ると、蓮がチラリと視線を寄越す。
何も言わない。ただ、少しだけ、目を細めたように見えた。
(わたくし、ほんの少しだけ……自由を選べたでしょうか)
放課後、窓から差し込む陽射しの中。
りりあは、静かに呟いた。
「この夏を、わたくしらしく、優雅に乗り越えてみせますわ――」
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