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視えない力と視える真実
盗賊団の巣へ
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朝の街はまだ眠っている。淡い光に包まれた石畳の道を、リュカとフィオナが静かに歩いていた。
街を出る準備は整った。行き先は、山の中腹にあるという盗賊団のアジト。ギルドからの正式な依頼──それは、リュカにとって初めて“冒険者”として請けた仕事でもある。
腰に佩いた剣が、歩くたびに軽く揺れた。
それは、父と母が残してくれたものだった。
柄には小さく刻まれた紋があった。手のひらを繋ぐような、寄り添う二つの影──それは、見覚えのある家族の印だった。
「……父さん、母さん」
あのとき、剣を握った掌に熱が走った気がした。
両親はもう戻ってこないかもしれない。でも、自分はここにいる。歩みを止めず、前に進むために──この剣を、今ここで受け継ぐ。
その決意が、リュカの胸に宿っていた。
***
「……重くない?」
隣を歩いていたフィオナが、ふと問いかけてくる。
「ううん、大丈夫。……不思議と、重さを感じないんだ」
リュカは笑って答えた。フィオナは一瞬、不思議そうにリュカを見つめたが、すぐに安心したようにうなずいた。
二人は小高い丘を越え、山道の入り口へと差し掛かる。手元には、ギルドから渡された簡易地図。赤い印で示された「隠れ谷」──そこが盗賊団の拠点とされていた。
「地図によると、このまま北の道を三つ数えて、左へ折れた先に隠れ谷があるみたい」
「一本道ならいいんだけど……罠とかあるかもね」
そう言ってフィオナは足元を注意深く見つめる。彼女の魔眼はまだ反応していない。だが警戒は怠らない。
リュカは剣の柄に手を添えながら、少し前を歩いた。道は細く、時折落ち葉が積もった小さな斜面を越える必要もあった。
進むごとに、空気が変わっていく。
湿った土の匂い。鳴き止んだ鳥たち。揺れる葉音の奥に潜む沈黙。
「……来てるね」
フィオナが立ち止まり、魔眼の光を帯びた瞳を細める。
「気配、右側の茂み。少し高い位置に、弓を持った男が一人。左にも……斧持ち。三人くらい、伏せてる」
敵の待ち伏せ。盗賊団の斥候たちだ。
「見つかったなら動くしかないね」
リュカは一歩踏み出し、腰から剣を抜いた。
──シャキン。
鋼の音が山間に響いた。その音に反応するように、木々の影から黒ずくめの男たちが姿を現す。
「見つかっちまったか! やれッ!」
一人が叫び、斥候たちが一斉に飛び出してくる。
リュカは呼吸を整えた。目の前の敵──短剣を構え、踏み込んできた男に対し、リュカは剣を水平に構える。
──視界が、澄んだ。
敵の動きが、一瞬ゆっくり見えた気がした。
それは剣に導かれるような感覚だった。重さも、恐怖もなかった。ただ、剣が自然と正しい軌道を描いていた。
――ガキン!
短剣と剣が激突し、火花が散る。リュカは押し返す力を殺さず、そのまま斜めに払った。
「ぐっ……!」
斥候の男がバランスを崩し、肩を裂かれて倒れる。
左から迫る別の男に、フィオナが反応する。地面の小石が浮かび、男の顔面に直撃。
「っ! 視界が……!」
「今だ!」
リュカが踏み込み、残る一人を剣の柄で殴り倒す。
三人の斥候は全員倒れ、息を荒くしたままリュカは剣を構えたまま周囲を見回した。
「……終わった?」
「うん、全部で三人だった。もういないよ」
フィオナの声に、リュカは深く息を吐いた。
初めての剣による実戦。それは想像よりも静かで、でも確かな実感があった。
「この剣……ちゃんと、導いてくれた気がする」
ポツリと呟いたリュカの言葉に、フィオナはやわらかく笑った。
「きっと、ご両親の想いがこもってるんだね。……優しい剣だと思う」
「うん、僕もそう思うよ」
斥候の持ち物から、粗末な地図が見つかった。そこには、隠れ谷の奥──洞窟の入り口と思われる印が記されている。
「この先が、本拠地か」
リュカは地図を見つめ、再び剣に手を添えた。
道はまだ険しい。だが、確かな一歩を踏み出せたことに、胸が満ちていた。
「行こう、フィオナ」
「うん、一緒に」
二人の影が、森の奥へと消えていく。その先に待つ、盗賊団の本拠地を目指して──。
斥候たちの気配が完全に途絶えたあと、リュカとフィオナは木陰に身を隠し、小休止を取った。
倒した敵から回収した地図を頼りに、二人は盗賊団の本拠地と思しき地点──谷の最奥にある洞窟へ向かうことになる。
「ここからは、慎重にいこう。きっと見張りも増えるはずだ」
リュカが小声で言うと、フィオナは静かにうなずいた。
周囲には人工的に切り拓かれた獣道のような踏み跡があり、何人もの足が通った痕跡が残っている。山林の中とはいえ、組織だった活動をしている証だ。
この盗賊団、単なる野盗ではなさそうだ──そんな印象が二人の間に共有された。
***
陽が傾き始めたころ、二人は谷に面した斜面の上に辿り着いた。
草木の合間から見下ろせば、岩場の裂け目を利用した洞窟の入口が見える。前には粗末な柵と簡易な見張り小屋。二人の男が火を囲み、交代で見張っているようだった。
リュカは岩陰にしゃがみ込み、地図を広げた。
「ここが……隠れ谷の最奥か。洞窟は奥まで続いてる可能性が高い。複数の通路があるかも」
「迂回して背後から入る道は……なさそうだね」
フィオナの言葉に、リュカは唸った。真正面からの突入は危険が伴う。だが、奇襲の可能性はまだ残されている。
「一度夜を待とう。暗闇を使えば気配も消せる」
そう判断したリュカは、少し離れた崖の上に野営場所を設けた。木々に囲まれた小さな窪みで、火の光が漏れぬよう慎重に焚き火を設置する。
火を囲みながら、二人は夕食代わりの干し肉とパンを分け合った。
「リュカは、怖くないの?」
ふいにフィオナが言った。
「敵の拠点に踏み込むのに……不安はないの?」
問いには、焦りでも疑いでもない、ただ純粋な心からの問いが込められていた。
リュカはしばらく火を見つめ、それから口を開いた。
「正直に言えば、怖いよ。僕、戦いに慣れてるわけじゃないし。さっきの斥候戦だって……たまたま勝てただけかもしれない」
「でも、それでも行くんだね」
「うん。僕がここで止まったら、何のために剣を持ったのか分からなくなる。あの人たち──父さんと母さんみたいに、困ってる人を助けたい。だから、進むよ」
その言葉に、フィオナの瞳がゆらりと揺れた。
「……私も、行くよ。護られるだけじゃ、嫌。あの日、リュカが手を伸ばしてくれたとき……“一緒に”って言ってくれた。だから私も、隣にいたい。戦う覚悟はあるよ」
リュカは驚いたように目を見開き、それから頷いた。
「分かった。じゃあ……背中は任せた」
その言葉に、フィオナの口元がわずかに綻ぶ。
静かに夜が更け、空には星が瞬いていた。
***
深夜、見張りの人数が減った時間帯を見計らい、二人は洞窟の入口へと接近した。
茂みを這うように移動し、見張り小屋の影にたどり着く。二人の盗賊が交代でうたた寝していたが──リュカとフィオナの奇襲で静かに無力化された。
剣の柄で気絶させ、縄で縛る。殺しはしない。ただ、進む。
洞窟内は湿り気を帯び、ひんやりとした空気が流れていた。無骨な松明が等間隔で壁に掛けられ、薄暗い灯りが続いている。
「……足音、聞こえる?」
「ううん、今は静か。でも気配はある」
フィオナの魔眼がうっすらと光を帯びる。
「奥に、集まってる。十人以上は……いると思う。あと、ひときわ強い気配も」
「幹部か……。どうやら、この奥が山場みたいだね」
リュカは剣の柄に手を添えた。
両親が残したこの剣と共に、今──命を懸ける戦いへ踏み込もうとしている。
「準備はいい?」
「うん。……隣にいるよ」
並んで歩く二つの影が、盗賊団の巣窟へと、音もなく歩を進めていった。
洞窟の奥へと進むにつれ、空気は次第に生臭さと煤の臭いを帯びていった。
岩壁には粗末な布がかけられ、寝床らしき藁束や、食べかすの散乱する机。奥の空間には確かに十数人が潜んでいた。
フィオナの魔眼が小さく震える。
「……もうすぐ、広間に出る。人数は十二。うち一人が、強い」
「幹部か。たぶん、あいつがボスだな」
リュカは一呼吸置き、剣を抜いた。
洞窟の最奥には、岩のくぼみを利用した大広間があった。粗野な木材で作られたテーブルと椅子、その奥に大柄な男が座っていた。
「……誰だ?」
鋭い視線が走る。リュカとフィオナの姿を見た盗賊たちが、次々に腰を上げ、武器を手に取る。
「侵入者か! 殺れッ!」
怒号とともに、盗賊たちが一斉に襲いかかってくる。
「行くよ!」
リュカが叫び、剣を振るう。一人目の男の棍棒を受け止め、体勢を崩した隙に脇腹を打ち抜く。
フィオナは魔眼で敵の動きを先読みし、投げた小石を正確に頭部へ命中させる。怯んだ隙に、リュカが二人目の敵を薙ぎ倒す。
「囲まれる前に、中央を突破する!」
「うん、分かった!」
二人は背中を合わせるようにして立ち回った。
リュカの剣は迷いなく動き、重ねた修練と意志がその一太刀一太刀に宿る。まるで、剣そのものが彼を導いているようだった。
一方のフィオナは、小石を高速で撃ち出すだけでなく、魔眼の先読みで敵の裏を突く。“これから動く”気配を見て先手を打つその動きは、まさに戦場の眼だった。
次々と倒れていく盗賊たちに、奥で見ていた男が腰を上げた。
「チッ……おまえら、ただの冒険者じゃねぇな」
低い声とともに現れたのは、分厚い鎧をまとった屈強な男だった。鋭い片刃の斧を片手で軽々と持ち、顔には古傷の走る十字の痕。
「俺はザルド。元ギルドBランク──今はここの“親分”さ」
「元、冒険者……!」
「へっ、ギルドの命令で下っ端の命なんぞ賭けられるかってんだ。こっちで好きに生きる方がマシだったよ」
ザルドは斧を担ぎ、ゆっくりと歩み寄ってくる。その気配だけで、空気がひりついた。
リュカは無言で構える。
「坊主、お前の目……剣の振りに迷いがねぇな。誰かに教えられたか?」
「……両親に教わった。いや、もらったんだ。この剣と一緒に、“人を護るために戦え”って気持ちを」
「護る、ねぇ。甘っちょろい」
ザルドの斧が振り下ろされた。
──ゴッ!
地面が抉れる。リュカはすんでのところで跳びのき、斧の軌道を剣でいなしながら距離を取った。
「フィオナ、頼める?」
「うん、行く!」
フィオナの魔眼が再び淡く輝く。ザルドの動きの“未来”を見て、小石を左足に向かって撃ち込む。
「ちっ……!」
バランスを崩したその隙に、リュカが踏み込んだ。
ザルドの斧が再び唸りを上げる。しかしその動きは、すでに見えている。
「今だッ!」
リュカは滑るように間合いへと潜り込み、剣を横に薙いだ。
ザルドの腕を裂く。
「ぐおっ……!」
激痛に斧を取り落としたザルドに、リュカは剣先を突きつけた。
「これ以上、人を傷つけさせない」
「……へっ、やるじゃねぇか……坊主」
ザルドはひとつ笑い、どさりと膝をついた。
***
残党の盗賊たちは完全に戦意を失い、縛り上げられていく。洞窟の中は、再び静けさを取り戻していた。
リュカは深く息を吐き、剣を収める。
「やった……?」
「うん。無事、終わったね」
フィオナも頷く。お互い、無傷ではない。小さな擦り傷と疲労が全身に残っている。
けれど、その顔には確かな安堵と、誇りが浮かんでいた。
「ありがとう、フィオナ」
「こちらこそ、リュカ。……頼れる背中だったよ」
静かに微笑み合いながら、二人は洞窟を後にした。
数日後、リュカとフィオナは街のギルドへと戻ってきた。盗賊団討伐の証として、幹部ザルドの腕輪と回収した武具、拘束した盗賊たちの引き渡し報告書を提出する。
「よく戻ったな、リュカ、フィオナ」
ギルドマスターが机越しに笑みを浮かべた。後ろでは職員たちがざわつき、討伐報告に目を見張っている。
「まさか二人だけで盗賊団を潰してくるとは……。まったく、いい意味で予想を裏切ってくれたよ」
マスターはゆっくりと立ち上がると、リュカに一枚の紙を差し出した。
「これは、正式なCランク昇格推薦状だ。お前の力は、もう“見習い”の域じゃない。次は、堂々と名乗っていい」
リュカは驚きの表情を浮かべながらも、確かにそれを受け取った。
「ありがとう、マスター……!」
その隣で、フィオナも小さく微笑んでいた。リュカの手にある剣が、どこか誇らしげに光って見えた。
***
ギルドを出たあと、二人は街の広場で肩を並べた。
空には柔らかな雲が流れ、日差しは少しずつ夏の気配を帯びていた。
「……ようやく、ちゃんと冒険が始まった気がする」
リュカがぽつりとつぶやく。
「うん。これからは、もう“棒の人”じゃないね」
「はは、これからは剣の人かな?」
二人は思わず笑い合った。
けれどその笑みの奥には、それぞれに決意の色があった。
「次は……“灰の塔”だね」
フィオナがそっと言った。
「ああ。行こう、フィオナ。きっと、あの塔の先にも“助けを待つ人”がいるはずだから」
リュカの言葉に、フィオナはうなずく。
──新たな旅路の先で、どんな試練が待っていようとも。
両親から受け継いだこの剣と、隣にいるこの仲間とともに。
二人の影は、再び世界へと歩き出す。
街を出る準備は整った。行き先は、山の中腹にあるという盗賊団のアジト。ギルドからの正式な依頼──それは、リュカにとって初めて“冒険者”として請けた仕事でもある。
腰に佩いた剣が、歩くたびに軽く揺れた。
それは、父と母が残してくれたものだった。
柄には小さく刻まれた紋があった。手のひらを繋ぐような、寄り添う二つの影──それは、見覚えのある家族の印だった。
「……父さん、母さん」
あのとき、剣を握った掌に熱が走った気がした。
両親はもう戻ってこないかもしれない。でも、自分はここにいる。歩みを止めず、前に進むために──この剣を、今ここで受け継ぐ。
その決意が、リュカの胸に宿っていた。
***
「……重くない?」
隣を歩いていたフィオナが、ふと問いかけてくる。
「ううん、大丈夫。……不思議と、重さを感じないんだ」
リュカは笑って答えた。フィオナは一瞬、不思議そうにリュカを見つめたが、すぐに安心したようにうなずいた。
二人は小高い丘を越え、山道の入り口へと差し掛かる。手元には、ギルドから渡された簡易地図。赤い印で示された「隠れ谷」──そこが盗賊団の拠点とされていた。
「地図によると、このまま北の道を三つ数えて、左へ折れた先に隠れ谷があるみたい」
「一本道ならいいんだけど……罠とかあるかもね」
そう言ってフィオナは足元を注意深く見つめる。彼女の魔眼はまだ反応していない。だが警戒は怠らない。
リュカは剣の柄に手を添えながら、少し前を歩いた。道は細く、時折落ち葉が積もった小さな斜面を越える必要もあった。
進むごとに、空気が変わっていく。
湿った土の匂い。鳴き止んだ鳥たち。揺れる葉音の奥に潜む沈黙。
「……来てるね」
フィオナが立ち止まり、魔眼の光を帯びた瞳を細める。
「気配、右側の茂み。少し高い位置に、弓を持った男が一人。左にも……斧持ち。三人くらい、伏せてる」
敵の待ち伏せ。盗賊団の斥候たちだ。
「見つかったなら動くしかないね」
リュカは一歩踏み出し、腰から剣を抜いた。
──シャキン。
鋼の音が山間に響いた。その音に反応するように、木々の影から黒ずくめの男たちが姿を現す。
「見つかっちまったか! やれッ!」
一人が叫び、斥候たちが一斉に飛び出してくる。
リュカは呼吸を整えた。目の前の敵──短剣を構え、踏み込んできた男に対し、リュカは剣を水平に構える。
──視界が、澄んだ。
敵の動きが、一瞬ゆっくり見えた気がした。
それは剣に導かれるような感覚だった。重さも、恐怖もなかった。ただ、剣が自然と正しい軌道を描いていた。
――ガキン!
短剣と剣が激突し、火花が散る。リュカは押し返す力を殺さず、そのまま斜めに払った。
「ぐっ……!」
斥候の男がバランスを崩し、肩を裂かれて倒れる。
左から迫る別の男に、フィオナが反応する。地面の小石が浮かび、男の顔面に直撃。
「っ! 視界が……!」
「今だ!」
リュカが踏み込み、残る一人を剣の柄で殴り倒す。
三人の斥候は全員倒れ、息を荒くしたままリュカは剣を構えたまま周囲を見回した。
「……終わった?」
「うん、全部で三人だった。もういないよ」
フィオナの声に、リュカは深く息を吐いた。
初めての剣による実戦。それは想像よりも静かで、でも確かな実感があった。
「この剣……ちゃんと、導いてくれた気がする」
ポツリと呟いたリュカの言葉に、フィオナはやわらかく笑った。
「きっと、ご両親の想いがこもってるんだね。……優しい剣だと思う」
「うん、僕もそう思うよ」
斥候の持ち物から、粗末な地図が見つかった。そこには、隠れ谷の奥──洞窟の入り口と思われる印が記されている。
「この先が、本拠地か」
リュカは地図を見つめ、再び剣に手を添えた。
道はまだ険しい。だが、確かな一歩を踏み出せたことに、胸が満ちていた。
「行こう、フィオナ」
「うん、一緒に」
二人の影が、森の奥へと消えていく。その先に待つ、盗賊団の本拠地を目指して──。
斥候たちの気配が完全に途絶えたあと、リュカとフィオナは木陰に身を隠し、小休止を取った。
倒した敵から回収した地図を頼りに、二人は盗賊団の本拠地と思しき地点──谷の最奥にある洞窟へ向かうことになる。
「ここからは、慎重にいこう。きっと見張りも増えるはずだ」
リュカが小声で言うと、フィオナは静かにうなずいた。
周囲には人工的に切り拓かれた獣道のような踏み跡があり、何人もの足が通った痕跡が残っている。山林の中とはいえ、組織だった活動をしている証だ。
この盗賊団、単なる野盗ではなさそうだ──そんな印象が二人の間に共有された。
***
陽が傾き始めたころ、二人は谷に面した斜面の上に辿り着いた。
草木の合間から見下ろせば、岩場の裂け目を利用した洞窟の入口が見える。前には粗末な柵と簡易な見張り小屋。二人の男が火を囲み、交代で見張っているようだった。
リュカは岩陰にしゃがみ込み、地図を広げた。
「ここが……隠れ谷の最奥か。洞窟は奥まで続いてる可能性が高い。複数の通路があるかも」
「迂回して背後から入る道は……なさそうだね」
フィオナの言葉に、リュカは唸った。真正面からの突入は危険が伴う。だが、奇襲の可能性はまだ残されている。
「一度夜を待とう。暗闇を使えば気配も消せる」
そう判断したリュカは、少し離れた崖の上に野営場所を設けた。木々に囲まれた小さな窪みで、火の光が漏れぬよう慎重に焚き火を設置する。
火を囲みながら、二人は夕食代わりの干し肉とパンを分け合った。
「リュカは、怖くないの?」
ふいにフィオナが言った。
「敵の拠点に踏み込むのに……不安はないの?」
問いには、焦りでも疑いでもない、ただ純粋な心からの問いが込められていた。
リュカはしばらく火を見つめ、それから口を開いた。
「正直に言えば、怖いよ。僕、戦いに慣れてるわけじゃないし。さっきの斥候戦だって……たまたま勝てただけかもしれない」
「でも、それでも行くんだね」
「うん。僕がここで止まったら、何のために剣を持ったのか分からなくなる。あの人たち──父さんと母さんみたいに、困ってる人を助けたい。だから、進むよ」
その言葉に、フィオナの瞳がゆらりと揺れた。
「……私も、行くよ。護られるだけじゃ、嫌。あの日、リュカが手を伸ばしてくれたとき……“一緒に”って言ってくれた。だから私も、隣にいたい。戦う覚悟はあるよ」
リュカは驚いたように目を見開き、それから頷いた。
「分かった。じゃあ……背中は任せた」
その言葉に、フィオナの口元がわずかに綻ぶ。
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剣の柄で気絶させ、縄で縛る。殺しはしない。ただ、進む。
洞窟内は湿り気を帯び、ひんやりとした空気が流れていた。無骨な松明が等間隔で壁に掛けられ、薄暗い灯りが続いている。
「……足音、聞こえる?」
「ううん、今は静か。でも気配はある」
フィオナの魔眼がうっすらと光を帯びる。
「奥に、集まってる。十人以上は……いると思う。あと、ひときわ強い気配も」
「幹部か……。どうやら、この奥が山場みたいだね」
リュカは剣の柄に手を添えた。
両親が残したこの剣と共に、今──命を懸ける戦いへ踏み込もうとしている。
「準備はいい?」
「うん。……隣にいるよ」
並んで歩く二つの影が、盗賊団の巣窟へと、音もなく歩を進めていった。
洞窟の奥へと進むにつれ、空気は次第に生臭さと煤の臭いを帯びていった。
岩壁には粗末な布がかけられ、寝床らしき藁束や、食べかすの散乱する机。奥の空間には確かに十数人が潜んでいた。
フィオナの魔眼が小さく震える。
「……もうすぐ、広間に出る。人数は十二。うち一人が、強い」
「幹部か。たぶん、あいつがボスだな」
リュカは一呼吸置き、剣を抜いた。
洞窟の最奥には、岩のくぼみを利用した大広間があった。粗野な木材で作られたテーブルと椅子、その奥に大柄な男が座っていた。
「……誰だ?」
鋭い視線が走る。リュカとフィオナの姿を見た盗賊たちが、次々に腰を上げ、武器を手に取る。
「侵入者か! 殺れッ!」
怒号とともに、盗賊たちが一斉に襲いかかってくる。
「行くよ!」
リュカが叫び、剣を振るう。一人目の男の棍棒を受け止め、体勢を崩した隙に脇腹を打ち抜く。
フィオナは魔眼で敵の動きを先読みし、投げた小石を正確に頭部へ命中させる。怯んだ隙に、リュカが二人目の敵を薙ぎ倒す。
「囲まれる前に、中央を突破する!」
「うん、分かった!」
二人は背中を合わせるようにして立ち回った。
リュカの剣は迷いなく動き、重ねた修練と意志がその一太刀一太刀に宿る。まるで、剣そのものが彼を導いているようだった。
一方のフィオナは、小石を高速で撃ち出すだけでなく、魔眼の先読みで敵の裏を突く。“これから動く”気配を見て先手を打つその動きは、まさに戦場の眼だった。
次々と倒れていく盗賊たちに、奥で見ていた男が腰を上げた。
「チッ……おまえら、ただの冒険者じゃねぇな」
低い声とともに現れたのは、分厚い鎧をまとった屈強な男だった。鋭い片刃の斧を片手で軽々と持ち、顔には古傷の走る十字の痕。
「俺はザルド。元ギルドBランク──今はここの“親分”さ」
「元、冒険者……!」
「へっ、ギルドの命令で下っ端の命なんぞ賭けられるかってんだ。こっちで好きに生きる方がマシだったよ」
ザルドは斧を担ぎ、ゆっくりと歩み寄ってくる。その気配だけで、空気がひりついた。
リュカは無言で構える。
「坊主、お前の目……剣の振りに迷いがねぇな。誰かに教えられたか?」
「……両親に教わった。いや、もらったんだ。この剣と一緒に、“人を護るために戦え”って気持ちを」
「護る、ねぇ。甘っちょろい」
ザルドの斧が振り下ろされた。
──ゴッ!
地面が抉れる。リュカはすんでのところで跳びのき、斧の軌道を剣でいなしながら距離を取った。
「フィオナ、頼める?」
「うん、行く!」
フィオナの魔眼が再び淡く輝く。ザルドの動きの“未来”を見て、小石を左足に向かって撃ち込む。
「ちっ……!」
バランスを崩したその隙に、リュカが踏み込んだ。
ザルドの斧が再び唸りを上げる。しかしその動きは、すでに見えている。
「今だッ!」
リュカは滑るように間合いへと潜り込み、剣を横に薙いだ。
ザルドの腕を裂く。
「ぐおっ……!」
激痛に斧を取り落としたザルドに、リュカは剣先を突きつけた。
「これ以上、人を傷つけさせない」
「……へっ、やるじゃねぇか……坊主」
ザルドはひとつ笑い、どさりと膝をついた。
***
残党の盗賊たちは完全に戦意を失い、縛り上げられていく。洞窟の中は、再び静けさを取り戻していた。
リュカは深く息を吐き、剣を収める。
「やった……?」
「うん。無事、終わったね」
フィオナも頷く。お互い、無傷ではない。小さな擦り傷と疲労が全身に残っている。
けれど、その顔には確かな安堵と、誇りが浮かんでいた。
「ありがとう、フィオナ」
「こちらこそ、リュカ。……頼れる背中だったよ」
静かに微笑み合いながら、二人は洞窟を後にした。
数日後、リュカとフィオナは街のギルドへと戻ってきた。盗賊団討伐の証として、幹部ザルドの腕輪と回収した武具、拘束した盗賊たちの引き渡し報告書を提出する。
「よく戻ったな、リュカ、フィオナ」
ギルドマスターが机越しに笑みを浮かべた。後ろでは職員たちがざわつき、討伐報告に目を見張っている。
「まさか二人だけで盗賊団を潰してくるとは……。まったく、いい意味で予想を裏切ってくれたよ」
マスターはゆっくりと立ち上がると、リュカに一枚の紙を差し出した。
「これは、正式なCランク昇格推薦状だ。お前の力は、もう“見習い”の域じゃない。次は、堂々と名乗っていい」
リュカは驚きの表情を浮かべながらも、確かにそれを受け取った。
「ありがとう、マスター……!」
その隣で、フィオナも小さく微笑んでいた。リュカの手にある剣が、どこか誇らしげに光って見えた。
***
ギルドを出たあと、二人は街の広場で肩を並べた。
空には柔らかな雲が流れ、日差しは少しずつ夏の気配を帯びていた。
「……ようやく、ちゃんと冒険が始まった気がする」
リュカがぽつりとつぶやく。
「うん。これからは、もう“棒の人”じゃないね」
「はは、これからは剣の人かな?」
二人は思わず笑い合った。
けれどその笑みの奥には、それぞれに決意の色があった。
「次は……“灰の塔”だね」
フィオナがそっと言った。
「ああ。行こう、フィオナ。きっと、あの塔の先にも“助けを待つ人”がいるはずだから」
リュカの言葉に、フィオナはうなずく。
──新たな旅路の先で、どんな試練が待っていようとも。
両親から受け継いだこの剣と、隣にいるこの仲間とともに。
二人の影は、再び世界へと歩き出す。
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村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
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この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
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〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
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これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
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地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~
かくろう
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【ためて・放つ】という地味スキルを一生に一度の儀式で授かってしまった主人公セージ。
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猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
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旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
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異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
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Sランクパーティーを追放された鑑定士の俺、実は『神の眼』を持ってました〜最神神獣と最強になったので、今さら戻ってこいと言われてももう遅い〜
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Sランクパーティーで地味な【鑑定】スキルを使い、仲間を支えてきたカイン。しかしある日、リーダーの勇者から「お前はもういらない」と理不尽に追放されてしまう。
絶望の淵で流れ着いた辺境の街。そこで偶然発見した古代ダンジョンが、彼の運命を変える。絶体絶命の危機に陥ったその時、彼のスキルは万物を見通す【神の眼】へと覚醒。さらに、ダンジョンの奥で伝説のもふもふ神獣「フェン」と出会い、最強の相棒を得る。
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