Stain

第二章

第十六話

相手はその後何とか立ち上がったものの、それ以上スパーを続けられる状態ではなかった。
もしノーヘッドギアで試合用のグローブを使っていたらと思うと、一気に背筋が冷たくなった。
俺はこのスパーを通じ、改めてボクシングの怖さを垣間見た気がした。

スパーを終え、練習場を後にした俺たちは帰路に着いた。
外はすでに日が落ち、練習で火照った身体を冷やす夜風が心地よかった。

「I told you bro, one left hand. (左一発だって言ったろ兄弟。)」
Patは満足そうな笑みを浮かべながら左腕を振った。
「Yeah, that was perfect timing. (おう、あれは完璧なタイミングだったよ。) 」
実際はタイミングだけじゃない、あのパンチを打つまでのプロセスが完璧だった。
「I'll teach you someday. (いつか教えてやるよ。) By the way, you sure you never seen her? (ところでさ、お前本当に彼女見たことないの？)」
Patがいきなり話題を変えた。

「What the fuck you talking about. (何の事だよ。)」
唐突な質問に頭がついていかなかった。
「Yuri.(友梨だよ。) Cory said he saw her at the Pearce, probably she also lives there. (CoryがPearceで見たらしいんだよ、多分彼女もそこに住んでるぞ。)」
Patの中では先程のスパーより友梨の話のほうが大事らしい。明らかに目の輝きが増していた。
「Whatever man. (何でもいいよ。) I'll teach you Japanese anyway. (とにかく日本語は教えるよ。)」
そう言うとPatは心底嬉しそうな顔をした。これほど感情を真っ直ぐ表に出す人間は珍しい。

別れ際明日も一緒に練習に行く約束をし、俺は寮に戻った。
ベッドに横たわり今日の出来事を思い返していると、Patをあれだけ夢中にさせる友梨という女性に興味が湧いてきた。
もしPatが言うように彼女も同じPearce寮に住んでいるのであれば、一度会ってみたいと思った。

その時ふと、以前パーティでYesaniahが言っていた言葉を思い出した。 (第一章第五話)
「Girls floor tho. (女子フロアだけどね。)」
彼女はPearce寮の十三階、女子フロアに住んでいる。
もしかしたらと思い、俺はすぐYesaniahに電話をかけた。