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まるで人形のような

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「なぜです?ひょっとして、とんでもないお偉方でいらっしゃるのですか?」
カルロが食いつくように聞いてみると、農民の男は少し困ったような顔をした。
「お偉方…だったらよかったんですがね……」




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朝食を食べ終わると、ピノキオは櫛を片手に部屋の壁にかけてある古い鏡で自分の顔を見た。
鏡の中の自分が、睨み返すようにこちらを見つめている。

少し乱れた髪を櫛で整えながら、ピノキオは先ほど去っていった旅の男の顔を思い出していた。
しっかりと切り整えられた短い黒髪、太く凛々しい眉、高い鼻、血色の良い小麦色の肌。
この辺りじゃ見かけない、身なりの整ったなかなかの美男子で、着ている服は簡素ながら高価なものばかりだった。
おまけに、結構な量の金貨を平気でよこしてきたのには心底驚かされた。
旅の目的はわからないが、人より金を持っていることは確かだ。

『とてもきれいな顔をなさってますね。まるで人形みたいだ』

旅の男に言われた言葉が、脳裏にこびりついて離れない。
ピノキオは胸の奥がチリッと痛むのを感じて歯ぎしりした。
男の言葉に、なんら悪意がないことはわかっている。
むしろ、褒めてくれているのだから、感謝の言葉ひとつぐらい述べてもいいはずなのに、ついカッとなってしまった。

ピノキオは櫛に髪を通す手を止めると、鏡に映った自分の顔を見つめた。
「人形みたい……か」
あの旅人の男の言う通りかもしれない、とピノキオは思った。
鏡に映るピノキオの白い肌には、シミやソバカスやシワはおろか毛穴すら見当たらず、陶器のように無機質な光沢を放っている。
それに加えて、眼窩にガラス玉をそのまま入れたような人間離れした目、黒檀のように人工的に艶めく髪。

なるほど、確かに人形みたいだ。
ピノキオは何気なく壁に視線を移した。
すると、視界に時計が入り込んできて、ピノキオは我に返った。
始業の時間が迫っている。
ピノキオはあわてて上着を羽織って外に出ると、外から鍵をかけた。

ドアノブを左右にガチャガチャ動かして、鍵がしっかりかかっているか確認すると、ピノキオは仕事に向かうべく足を進めた。





「先生、おはよう」
「おはようございます、先生」
すれ違った地元の子どもたちが、ピノキオの顔を見るなり挨拶した。
「ああ、おはよう」
ピノキオは挨拶を返して、きょう子どもたちに教える内容を頭の中で確認しながら教室まで向かった。

教室に入ってみると、まだ来ていない子が数人いた。
さて誰だろうかと思った矢先、廊下からバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。

「ほらほら急いで。授業があともう少しで始まるよ」
ピノキオは教室のドアから頭を出すと、授業開始時間ギリギリにやって来た子どもたちを急かした。
遅れて来た子どもたちは急ぎ足で教室に入ると、忙しない動作で自分の席についた。



──あの子たちったら、また!


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