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訪問

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家の前まで着いたピノキオは、玄関ドアに手をかけた。
玄関ドアはギーッと強く軋みながら、ピノキオを中に招き入れた。
室内に入れば、埃っぽく見慣れた風景が視界に広がる。

「疲れた…」
ピノキオは、ひとり愚痴を漏らした。
思えば、今日は散々だった。
せっかくの休日を、会ったばかりの若い男に潰されて、挙句にその男は自分の父親の死の遠因となった男だった。

それだけでなく、彼は実は新町長なのだと知らされ、その驚き冷めやらぬうちから水難事故が発生。
無謀な新町長様は無謀なワルガキ2人を助けるために、降りしきる雨の中、湖に飛び込んだ。
案の定、新町長様は瀕死の重症となり、生死の境をさまようハメになった。
町民たちはオロオロするばかりで何の役にも立たない。
やむなくピノキオが応急処置をほどこして、カルロはやっと息を吹き返した。

──なんだってあんなの助けたんだろう

さっきの自分の行動が自分でも理解できなくて、ピノキオは頭が痛くなった。

「寝るか…」
ピノキオはひとりごちると、自室に向かった。
疲れはピークに達していて、体が鉛みたいに重い。
もう何も考えたくはない。
寝て忘れることにしよう。
ピノキオは粗末な木のベッドに潜り込むと、襲い来る睡魔に身を任せた。











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カルロが訪ねてきたのは、仕事を終えたピノキオが帰宅してすぐのことだった。
「ピノキオさん!いらっしゃいますか⁈」
薄っぺらい木製の玄関ドアの向こうから、忌々しい声が聞こえてきた。
「ええ、おりますとも」
ピノキオがドアを開けると、きのう瀕死の重症となったカルロがそこに立っていた。
渋々ながら出迎えたピノキオに、カルロは例のごとく陽気に屈託の無い笑みを浮かべる。

「本日は何の御用です?」
「きのうは助けてくださいまして、ありがとうございます」
「そんなことのためにわざわざ?」
ピノキオは、きのうのありとあらゆる騒ぎを思い出して、苦々しい顔になった。

「そんなこと?そんなことだなんて、とんでもない!あなたのお父さまとあなたは命の私の恩人ではないですか!礼を言わないわけにもいきますまい!」
そんなピノキオの心情に気づかないカルロが、晴れやかな様子で語りかけてくる。


「それと、あの男の子2人組はお元気でしょうか?学校には来ていましたでしょうか?」
「ピグロとブルローネのことですね?ええ、元気でしたよ。学校にもきちんと来ておりましたとも」
ピノキオは、今日の学校でのピグロとブルローネの様子を思い出した。

今日は2人とも母親を伴って登校してきた。
大人の言いつけを破って痛い目に遭い、よほど懲りたのだろうか。
2人はいつもとは打って変わって異様に大人しく、学習態度も真面目だった。

「それはよかった!」
カルロがまた陽気に笑って見せた。
「……あんなの、放っとけば良かったのに」
ピノキオが言い放つと、カルロの顔から笑顔が消えた。




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