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第11話

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しかし、綺羅には龍宮王を黙って見送る訳にはいかない。
「お待ちください。体調が悪い陛下はここで静養するべきです。それに、私は黄金龍や母についても教えてもらわなければなりません。陛下を連れて行かないでください」
いつも大人しくビクビクしている綺羅が、ものすごい勢いでしゃべったので龍宮王夫妻は呆気に取られた。
しかし、龍宮王はすぐに気を取り直すと綺羅を見つめた。
「そうだな。綺羅にはまだ話していないことがある。私はここに残る」
龍宮王の言葉に王妃は小さく舌打ちをしながら「そうですか」と答えた。
「だったら、私だけでも龍宮国に帰ります。綺羅、貴方は反逆者です。よく覚えておきなさい」
王妃は宣言すると自分の龍を呼んで出て行った。
「出過ぎた真似をして申し訳ありません」
綺羅は頭を下げた。
「いや。いいのだ。ハッキリ言わなかった儂がいけない。すまないが、少し休ませてもらってもいいだろうか」
「もちろんです。侍女をつけますので、何でも仰ってください」
綺羅は傀儡の侍女を付き添わせた。
「王妃は綺羅が黄金龍だった頃の姿を知らないはずだ」
部屋を出る間際に龍宮王は独り言のように言った。
「え・・・・・・?とりあえず、望月の部屋へ行きましょう」
綺羅はシアンへ告げる。
シアンは黙って付いて言った。


望月の部屋へ入ると、望月はベッドで起き上がっていた。
「大丈夫?望月」
「えぇ、なんともありません。それより陛下と王妃様はどうしましたか」
「王妃様は龍宮国へ帰ったわ。陛下にはここで静養してもらうことにしたの」
「しかし、私は陛下と同じ家に居ていいのでしょうか」
望月は不安そうな顔をする。
「大丈夫よ。望月は悪くないもの。私、見て来たの」
綺羅は黄金の光に包まれた時、王妃の思いに引きずり込まれたことを話した。
「望月を囮に使って正解だったな」
悪びれた様子もなくシアンは言った。
「囮って?どういうこと?」
綺羅はシアンに噛みついた。
「望月の性格とお姫さんの性格を利用させてもらった。王妃が望月を罠に嵌めようと話を誘導していたのが分かったから、加勢したのだ。俺が絡んで望月が自害すれば、お姫さんの術が使える。王妃の強欲ぶりなら、お姫さんが王妃の思いを読めると思った」
「では、私を綺羅様の世話係として呼びに来た時から計画していたということですか」
シアンを睨みつける。
「あぁ、そうだ」
それがどうかしたか?というようなシアンに綺羅の堪忍袋の緒が切れた。
パッチーン、という音が響き渡る。
「人の命をかけるなんて酷いわ。望月は何も悪くないのに」
綺羅は悔しさと怒りで涙が出て来た。
「そうでもしなければ王妃の思いを読むことはできなかっただろう。俺が時雨の出生や王妃の思惑を伝えたところで龍宮王を人質に取られて終いだ」
シアンは淡々と説く。
あまりにも理論的で綺羅は言い返せない。
確かに綺羅は自分で見聞きしなければ、龍宮王をあっさり龍宮国へ帰してしまっただろう。
龍宮王が亡くなってしまえば、時雨が皇帝と手を取って何をするかわからない。
「まぁ、望月がお姫さん付きになった謎がなければ、ここまで上手くいかなかったがな」
「望月は本当に知らないの?」
「はい」
望月が綺羅付きの乳母になった経緯が謎でなければ、望月が罠を仕掛けられることはなかったのである。
「おそらく、黄金龍の力だ。黄金龍が望月を選んだ。ただ、それだけだ」
シアンは興味なさそうに言った。
「そんなことあるの?」
「あぁ、黄金龍の使い手を命がけで護ってくれる人材が必要だからな」
「そう」
あっさり頷く綺羅をよそに望月は「黄金龍が私を・・・・・・」と騒いでいる。
確かに望月は、あの龍宮城の中で唯一、命がけで綺羅を護ってくれる人だった。
黄金龍はそんな望月の性格を見抜いていたのだろう。
黄金龍は力だという。
だが、使い手や使い手を護る人を選ぶのだ。
「黄金龍ってなんなのかしら・・・・・・」
そこで綺羅は龍宮王が残した言葉を思い出した。
「ねぇ、望月。王妃様は私が生まれた頃、龍宮国に居なかったの?」
綺羅は時雨が2歳年下なのを思い出して望月に訊ねた。
「えぇ。確か療養されていたはずです。それがどうかしましたか」
「王妃様は再会した時、力が戻ったのねって言っていたわ」
「それは私が事前にお知らせしたからですよ」
望月は綺羅の意図が分からないという表情をする。
「そう。でも陛下はさっき、王妃は綺羅が黄金龍だった頃の姿を知らないはず、と仰ったのよ」
綺羅の返答に望月は「そういえば・・・・・・」と言った。
「そうです。王妃様はいませんでした。綺羅様を引き取った時も、この男が綺羅様の力を封じた時も王妃様はいません。綺羅様が金の色彩をお持ちだということは知らないはずです。ですから、再会した時の喜びようは演技ですね」
望月は淡々と話した。
王妃は、対外的には控え目な淑女を装っているが、龍宮城内では気まぐれで周囲を振り回す性格である。
綺羅もその被害者である。
龍宮王にしごかれた後、王妃の茶会に招かれて長時間話し相手をさせられたり、大人達の噂話を聞かされたり、苦手なパーティーに付き合わせられたり、山のようなドレスを着せ替え人形のように着せ変えて遊んだりと、暇つぶしに付き合わされた。
その時はとっても優しく、綺羅の幼心が慰められた。しかし、綺羅に興味がない時は非常なほど冷たかった。
その度に綺羅は傷つけられたのである。
迂闊うかつでした。てっきり王妃様も黄金龍のことをご存知だと思って話してしまいました」
望月は項垂れる。
「そうかしら。どう思う?シアン」
「それは後で考えろ。王妃にこの場所がバレた以上、引っ越すぞ」
「え、どこに?」
「時雨ってヤツは半妖嫌いだったな。マズイな、あそこが危ない」
シアンは珍しく焦った表情を見せた。
綺羅や望月の同意を得ずに、シアンは隠れ家ごと転移した。


時雨は謁見の間で緊張していた。
まだ、あどけなさを残した16歳の青年は皇帝に会える楽しみと、緊張、畏怖が混ざった感情で心臓が痛かった。
やがてコツコツと音がしてグレーのフロックコートを纏った皇帝が現れた。
「時雨か。久しぶりだな」
「皇帝陛下には・・・・・・」
「そんな挨拶はいい。要件を聞こう」
「はっ・・・・・・」
時雨は唾を飲み込んだ。
ブロンドの髪と白い肌に銀色の騎士服が、時雨を青白く見せていた。
「この度は、叔父の龍宮王と従兄弟の綺羅が皇帝のご好意を無にするようなことをしてしまい、なんとお詫びをすればよいのか。誠に申し訳ありません。龍宮王と綺羅は必ず私が捕まえて陛下に謝罪させます」
時雨の言葉に皇帝は口角を上げた。
「ほう。それは面白い。龍宮王と綺羅を相手に闘えるのか」
「もちろんです」
時雨は自信満々に答えた。
「相手は・・・・・・。いや、いい」
皇帝は黄金龍のことを告げようとしたが、言わない方が面白そうだと考え直した。
しかし、時雨は別のことだと受け取った。
「綺羅は半妖ですが、負けません。ついでには半妖どもを一掃いたします」
時雨の決意を皇帝は、心の中で嗤った。
半妖を一掃しろとは一言も命じていない。
だが、燻っている集団は早めに叩いた方がいい。
なら、この若者を使おうと思う。
「わかった。時雨は龍宮国を護る結界を張れるのだったな。それだけの力があればできるだろう。その間、龍宮国のことは私に任せるといい」
「ありがとうございます」
時雨は皇帝陛下に任せれば龍宮国は安心だと思った。
王妃から皇帝陛下は、あちらこちらの国に気を遣って何も決められない龍宮王よりも賢く、行動力があってカリスマ性を持っている、と聞かされていた。
それ故、戦争をせずに小国を次々と帝国に組み込むことが可能なのだ。
龍宮王になるのなら、皇帝陛下を見習えと言われて育ったのである。
だからこそ、皇帝が乗っ取るとは夢にも思って居なかった。


気がつくとシアンは1人だった。
見覚えのある風景だが、何処だが思い出せない。
「お前は力があるようだから、われを護れ。・・・・・・。それが対価だ」
黄金に輝く者はシアンに言った。
否、命令した。
「あぁ。わかった」
シアンが返事をした途端、人間でいう心の臓を掴まれたような感覚に襲われ、長い髪に黄金の紐が結ばれた。
正直面倒な事になったと思っていた。
だが、相手は数百年に1度しか現れない。
しばらく猶予があると思った。
しかし、それから数年後・・・・・・。
龍宮国で黄金の輝きを見た。
「もう現れたのか」
シアンはまだ幼子だった綺羅を封じた。それも強力な力で。
しかし、その封印も長く持たなかった。
自力で封印を解いたのである。
「我を護れ。それから、なんと言っていたか・・・・・・」
シアンの記憶力は人間の比ではない。
だが、思い出せなかった。

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