恋人以上、恋愛未満

右左山桃

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1章 そんな風に始まった

08 初彼・2

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雅のいる商学部がある11号館まで歩く。
私の学部――法学部のある9号館の斜め向かい、距離はそんなに遠くない。

ふたつの棟に挟まれて並ぶ桜並木を通りぬける。
見上げると、すこんと抜けるような青空に細い木の枝が腕を伸ばしている。
今は寒そうなこの枝に、もうすぐたくさんの花が咲く。
就職活動が本格化するのは少し憂鬱だけど、春が来るのは嬉しい。
春以外は視線を落として足早に通り過ぎるけど、今日はなんとなく行き交う人の顔を意識してしまう。

もしかしたら何度となく、ここで雅とすれ違ってきたのかもしれない。
雅の友達には私を知っている人が多かったけど、肝心の雅は私のことを知らなかった。
こんなに近くにいても、知り合う人もいれば、一生知らないで通り過ぎて行く人もいるのだから不思議だ。

ちなみに雅は、友人達を含め私より年下なんだろうと勝手に思っていたけど、同い年だった――学年も。
朝バタバタしていたけど、少しだけお互いの情報を交換してきた。
学部と年齢を伝えあって、雅には家の方角も訊いてみたけど、私の家より駅みっつかよっつ大学から遠いよ、くらいの返答で、結局よくわからず終いだった。
あと知っているのは電話番号くらい。

もう一度、スマホを取り出して確認する。
11号館の出入り口にいるね、とメッセージには書いてあるけれど。


 「いないじゃない」


近未来をモチーフにしたらしい11号館の半円を描いた大きなガラス扉に、遠目でも目立つ雅のツンツン頭を探す。
外にはいないようなので、仕方あるまい。
商学部のエントランスに足を踏み入れる。
もしかしたら大きい人に隠れて見えていないだけかもしれない。
雅に対して失礼なことを考えながら、キョロキョロとあたりを見回していると。


「ほ、本当に浅木さんが来たーっ!」


男子生徒の雄たけびに、驚いて体がビクッと震えた。
続いて、ゾロゾロとあの夜雅といたと思われる男の子達が柱の陰から姿を露わした。
雅は拘束されて、昨夜のように両腕を掴まえられている。


「…………なに……してるの……」


捕えられた宇宙人に訊く。


「なんか……よくわかんないけど、美亜って人気あったんだね……ででで……」


右腕をぐっと持ち上げられて、雅が呻く。


「よくわかんないって……! おまえの目は節穴かっ!? こんな綺麗な彼女作りやがって!」

「雅ちんはまったくもって贅沢もんだなっ!」

「ミナちゃんも超絶可愛かったからな。なんかもう、そういうのに麻痺してんだよ」


――えーと……。
口々に喚くギャラリーに人差し指で眉間を抑える。
あなた達、昨夜は失恋の痛手を和らげるなら新しい恋だとか何だとか言って、私に雅を押しつけてたわよね?
雅の記憶が曖昧なのを良いことに、彼らは言いたい放題だった。
……いや、もしかしたらこの人たち自体も飲み過ぎて昨日の記憶が怪しいのかもしれない。


 「俺が、美亜と付き合い始めたって言ったら……信じられないとか、証拠見せろとか言われて、スマホ奪われて……」


私は呼び出されて、こんなところまでノコノコ来てしまったというわけか。


 「……ばかね。隙だらけなんじゃないの?」

 「それ、美亜に言われたくない」


雅にぼそりと言い返されて、私はむむ……と呻る。
その一言には色々な意味が詰まっていそうで、言い返したい言葉が喉元まで出かかるけれどグッと堪える。
さすがの私でも、今ここでそれを言ったら私にとっても雅にとっても相当面倒くさいことが起こることはわかった。


「ミナは可愛かったの?」


気を落ちつけて、話をミナに逸らすことにする。
雅ではなく周りの、雅の友達に目配せして訊いてみた。


「そっりゃぁ、もう! 浅木さんとは真逆のタイプの美少女で、ロリ顔で華奢で、声とかも超可愛くて……」


さっそく雅の右腕を掴んでいた人が意気揚々と応じてくれる。
意気込む度に腕がしまるようで、雅が痛そうな顔をしている。


「雅ちんと並ぶとそれはそれはお似合いで小動物カップルってーか」

「森の結婚式って感じ!?」

「そんな感じ!」


満場一致でイメージが固まったんだろう。
どっと笑いが起こった。
雅は怒り半分、困り半分といった複雑な表情をしていている。
ミナのことを侮辱されて気に障ってしまったのかと思いきや。
「いくらなんでも美亜の前でミナとお似合いだったよね、はないだろ」と言い返している。


 「…………」


へぇ?

雅に可愛いタイプの女の子が似合うことも。
私と並ぶと身長が大差なくて全然絵にはならないことも。
誰が見ても暗黙の了解だと思うし、私は何ら気にはしていなかったけれど。

それでも、一応。
雅は私のことを気遣ってくれたらしかった。


「ごめん、美亜」


私からミナの話題を出したのに、雅に謝られるなんて何だかあべこべだ。
周りも、ちょっとふざけ過ぎたのを反省したのか、その後は早々に私と雅を解放してくれた。
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