8 / 135
1章 そんな風に始まった
08 初彼・2
しおりを挟む
雅のいる商学部がある11号館まで歩く。
私の学部――法学部のある9号館の斜め向かい、距離はそんなに遠くない。
ふたつの棟に挟まれて並ぶ桜並木を通りぬける。
見上げると、すこんと抜けるような青空に細い木の枝が腕を伸ばしている。
今は寒そうなこの枝に、もうすぐたくさんの花が咲く。
就職活動が本格化するのは少し憂鬱だけど、春が来るのは嬉しい。
春以外は視線を落として足早に通り過ぎるけど、今日はなんとなく行き交う人の顔を意識してしまう。
もしかしたら何度となく、ここで雅とすれ違ってきたのかもしれない。
雅の友達には私を知っている人が多かったけど、肝心の雅は私のことを知らなかった。
こんなに近くにいても、知り合う人もいれば、一生知らないで通り過ぎて行く人もいるのだから不思議だ。
ちなみに雅は、友人達を含め私より年下なんだろうと勝手に思っていたけど、同い年だった――学年も。
朝バタバタしていたけど、少しだけお互いの情報を交換してきた。
学部と年齢を伝えあって、雅には家の方角も訊いてみたけど、私の家より駅みっつかよっつ大学から遠いよ、くらいの返答で、結局よくわからず終いだった。
あと知っているのは電話番号くらい。
もう一度、スマホを取り出して確認する。
11号館の出入り口にいるね、とメッセージには書いてあるけれど。
「いないじゃない」
近未来をモチーフにしたらしい11号館の半円を描いた大きなガラス扉に、遠目でも目立つ雅のツンツン頭を探す。
外にはいないようなので、仕方あるまい。
商学部のエントランスに足を踏み入れる。
もしかしたら大きい人に隠れて見えていないだけかもしれない。
雅に対して失礼なことを考えながら、キョロキョロとあたりを見回していると。
「ほ、本当に浅木さんが来たーっ!」
男子生徒の雄たけびに、驚いて体がビクッと震えた。
続いて、ゾロゾロとあの夜雅といたと思われる男の子達が柱の陰から姿を露わした。
雅は拘束されて、昨夜のように両腕を掴まえられている。
「…………なに……してるの……」
捕えられた宇宙人に訊く。
「なんか……よくわかんないけど、美亜って人気あったんだね……ででで……」
右腕をぐっと持ち上げられて、雅が呻く。
「よくわかんないって……! おまえの目は節穴かっ!? こんな綺麗な彼女作りやがって!」
「雅ちんはまったくもって贅沢もんだなっ!」
「ミナちゃんも超絶可愛かったからな。なんかもう、そういうのに麻痺してんだよ」
――えーと……。
口々に喚くギャラリーに人差し指で眉間を抑える。
あなた達、昨夜は失恋の痛手を和らげるなら新しい恋だとか何だとか言って、私に雅を押しつけてたわよね?
雅の記憶が曖昧なのを良いことに、彼らは言いたい放題だった。
……いや、もしかしたらこの人たち自体も飲み過ぎて昨日の記憶が怪しいのかもしれない。
「俺が、美亜と付き合い始めたって言ったら……信じられないとか、証拠見せろとか言われて、スマホ奪われて……」
私は呼び出されて、こんなところまでノコノコ来てしまったというわけか。
「……ばかね。隙だらけなんじゃないの?」
「それ、美亜に言われたくない」
雅にぼそりと言い返されて、私はむむ……と呻る。
その一言には色々な意味が詰まっていそうで、言い返したい言葉が喉元まで出かかるけれどグッと堪える。
さすがの私でも、今ここでそれを言ったら私にとっても雅にとっても相当面倒くさいことが起こることはわかった。
「ミナは可愛かったの?」
気を落ちつけて、話をミナに逸らすことにする。
雅ではなく周りの、雅の友達に目配せして訊いてみた。
「そっりゃぁ、もう! 浅木さんとは真逆のタイプの美少女で、ロリ顔で華奢で、声とかも超可愛くて……」
さっそく雅の右腕を掴んでいた人が意気揚々と応じてくれる。
意気込む度に腕がしまるようで、雅が痛そうな顔をしている。
「雅ちんと並ぶとそれはそれはお似合いで小動物カップルってーか」
「森の結婚式って感じ!?」
「そんな感じ!」
満場一致でイメージが固まったんだろう。
どっと笑いが起こった。
雅は怒り半分、困り半分といった複雑な表情をしていている。
ミナのことを侮辱されて気に障ってしまったのかと思いきや。
「いくらなんでも美亜の前でミナとお似合いだったよね、はないだろ」と言い返している。
「…………」
へぇ?
雅に可愛いタイプの女の子が似合うことも。
私と並ぶと身長が大差なくて全然絵にはならないことも。
誰が見ても暗黙の了解だと思うし、私は何ら気にはしていなかったけれど。
それでも、一応。
雅は私のことを気遣ってくれたらしかった。
「ごめん、美亜」
私からミナの話題を出したのに、雅に謝られるなんて何だかあべこべだ。
周りも、ちょっとふざけ過ぎたのを反省したのか、その後は早々に私と雅を解放してくれた。
私の学部――法学部のある9号館の斜め向かい、距離はそんなに遠くない。
ふたつの棟に挟まれて並ぶ桜並木を通りぬける。
見上げると、すこんと抜けるような青空に細い木の枝が腕を伸ばしている。
今は寒そうなこの枝に、もうすぐたくさんの花が咲く。
就職活動が本格化するのは少し憂鬱だけど、春が来るのは嬉しい。
春以外は視線を落として足早に通り過ぎるけど、今日はなんとなく行き交う人の顔を意識してしまう。
もしかしたら何度となく、ここで雅とすれ違ってきたのかもしれない。
雅の友達には私を知っている人が多かったけど、肝心の雅は私のことを知らなかった。
こんなに近くにいても、知り合う人もいれば、一生知らないで通り過ぎて行く人もいるのだから不思議だ。
ちなみに雅は、友人達を含め私より年下なんだろうと勝手に思っていたけど、同い年だった――学年も。
朝バタバタしていたけど、少しだけお互いの情報を交換してきた。
学部と年齢を伝えあって、雅には家の方角も訊いてみたけど、私の家より駅みっつかよっつ大学から遠いよ、くらいの返答で、結局よくわからず終いだった。
あと知っているのは電話番号くらい。
もう一度、スマホを取り出して確認する。
11号館の出入り口にいるね、とメッセージには書いてあるけれど。
「いないじゃない」
近未来をモチーフにしたらしい11号館の半円を描いた大きなガラス扉に、遠目でも目立つ雅のツンツン頭を探す。
外にはいないようなので、仕方あるまい。
商学部のエントランスに足を踏み入れる。
もしかしたら大きい人に隠れて見えていないだけかもしれない。
雅に対して失礼なことを考えながら、キョロキョロとあたりを見回していると。
「ほ、本当に浅木さんが来たーっ!」
男子生徒の雄たけびに、驚いて体がビクッと震えた。
続いて、ゾロゾロとあの夜雅といたと思われる男の子達が柱の陰から姿を露わした。
雅は拘束されて、昨夜のように両腕を掴まえられている。
「…………なに……してるの……」
捕えられた宇宙人に訊く。
「なんか……よくわかんないけど、美亜って人気あったんだね……ででで……」
右腕をぐっと持ち上げられて、雅が呻く。
「よくわかんないって……! おまえの目は節穴かっ!? こんな綺麗な彼女作りやがって!」
「雅ちんはまったくもって贅沢もんだなっ!」
「ミナちゃんも超絶可愛かったからな。なんかもう、そういうのに麻痺してんだよ」
――えーと……。
口々に喚くギャラリーに人差し指で眉間を抑える。
あなた達、昨夜は失恋の痛手を和らげるなら新しい恋だとか何だとか言って、私に雅を押しつけてたわよね?
雅の記憶が曖昧なのを良いことに、彼らは言いたい放題だった。
……いや、もしかしたらこの人たち自体も飲み過ぎて昨日の記憶が怪しいのかもしれない。
「俺が、美亜と付き合い始めたって言ったら……信じられないとか、証拠見せろとか言われて、スマホ奪われて……」
私は呼び出されて、こんなところまでノコノコ来てしまったというわけか。
「……ばかね。隙だらけなんじゃないの?」
「それ、美亜に言われたくない」
雅にぼそりと言い返されて、私はむむ……と呻る。
その一言には色々な意味が詰まっていそうで、言い返したい言葉が喉元まで出かかるけれどグッと堪える。
さすがの私でも、今ここでそれを言ったら私にとっても雅にとっても相当面倒くさいことが起こることはわかった。
「ミナは可愛かったの?」
気を落ちつけて、話をミナに逸らすことにする。
雅ではなく周りの、雅の友達に目配せして訊いてみた。
「そっりゃぁ、もう! 浅木さんとは真逆のタイプの美少女で、ロリ顔で華奢で、声とかも超可愛くて……」
さっそく雅の右腕を掴んでいた人が意気揚々と応じてくれる。
意気込む度に腕がしまるようで、雅が痛そうな顔をしている。
「雅ちんと並ぶとそれはそれはお似合いで小動物カップルってーか」
「森の結婚式って感じ!?」
「そんな感じ!」
満場一致でイメージが固まったんだろう。
どっと笑いが起こった。
雅は怒り半分、困り半分といった複雑な表情をしていている。
ミナのことを侮辱されて気に障ってしまったのかと思いきや。
「いくらなんでも美亜の前でミナとお似合いだったよね、はないだろ」と言い返している。
「…………」
へぇ?
雅に可愛いタイプの女の子が似合うことも。
私と並ぶと身長が大差なくて全然絵にはならないことも。
誰が見ても暗黙の了解だと思うし、私は何ら気にはしていなかったけれど。
それでも、一応。
雅は私のことを気遣ってくれたらしかった。
「ごめん、美亜」
私からミナの話題を出したのに、雅に謝られるなんて何だかあべこべだ。
周りも、ちょっとふざけ過ぎたのを反省したのか、その後は早々に私と雅を解放してくれた。
0
あなたにおすすめの小説
氷の上司に、好きがバレたら終わりや
naomikoryo
恋愛
──地方から本社に異動してきた29歳独身OL・舞子。
お調子者で明るく、ちょっとおせっかいな彼女の前に現れたのは、
“氷のように冷たい”と社内で噂される40歳のイケメン上司・本庄誠。
最初は「怖い」としか思えなかったはずのその人が、
実は誰よりもまっすぐで、優しくて、不器用な人だと知ったとき――
舞子の中で、恋が芽生えはじめる。
でも、彼には誰も知らない過去があった。
そして舞子は、自分の恋心を隠しながら、ゆっくりとその心の氷を溶かしていく。
◆恋って、“バレたら終わり”なんやろか?
◆それとも、“言わな、始まらへん”んやろか?
そんな揺れる想いを抱えながら、仕事も恋も全力投球。
笑って、泣いて、つまずいて――それでも、前を向く彼女の姿に、きっとあなたも自分を重ねたくなる。
関西出身のヒロイン×無口な年上上司の、20話で完結するライト文芸ラブストーリー。
仕事に恋に揺れるすべてのOLさんたちへ。
「この恋、うちのことかも」と思わず呟きたくなる、等身大の恋を、ぜひ読んでみてください。
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜
長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。
朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。
禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。
――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。
不思議な言葉を残して立ち去った男。
その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。
※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。
モース10
藤谷 郁
恋愛
慧一はモテるが、特定の女と長く続かない。
ある日、同じ会社に勤める地味な事務員三原峰子が、彼をネタに同人誌を作る『腐女子』だと知る。
慧一は興味津々で接近するが……
※表紙画像/【イラストAC】NORIMA様
※他サイトに投稿済み
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
ホウセンカ
えむら若奈
恋愛
☆面倒な女×クセ強男の不器用で真っ直ぐな純愛ラブストーリー!
誰もが振り返る美しい容姿を持つ姫野 愛茉(ひめの えま)は、常に“本当の自分”を隠して生きていた。
そして“理想の自分”を“本当の自分”にするため地元を離れた大学に進学し、初めて参加した合コンで浅尾 桔平(あさお きっぺい)と出会う。
目つきが鋭くぶっきらぼうではあるものの、不思議な魅力を持つ桔平に惹かれていく愛茉。桔平も愛茉を気に入り2人は急接近するが、愛茉は常に「嫌われるのでは」と不安を抱えていた。
「明確な理由がないと、不安?」
桔平の言葉のひとつひとつに揺さぶられる愛茉が、不安を払拭するために取った行動とは――
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※イラストは自作です。転載禁止。
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
フローライト
藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。
ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。
結婚するのか、それとも独身で過ごすのか?
「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」
そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。
写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。
「趣味はこうぶつ?」
釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった…
※他サイトにも掲載
恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~
泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の
元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳
×
敏腕だけど冷徹と噂されている
俺様部長 木沢彰吾34歳
ある朝、花梨が出社すると
異動の辞令が張り出されていた。
異動先は木沢部長率いる
〝ブランディング戦略部〟
なんでこんな時期に……
あまりの〝異例〟の辞令に
戸惑いを隠せない花梨。
しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!
花梨の前途多難な日々が、今始まる……
***
元気いっぱい、はりきりガール花梨と
ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる