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本編
14 【悟史視点】誕生日・3
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「…………」
家を出た後も口うるさい俺に何の文句も言わず、持てる力全てで仕事、精神面、生活を支えてくれた。
いつか帰った時のこと考えて、家族がちゃんと繋がっていられるように配慮してくれていた。
他人のためにそこまでするのは、どれだけエネルギーを使うんだろう。
俺には検討もつかない。
「あの子の部屋行ったことある? すごいよ。直線やら曲線やら細かい点々やらがバーって描かれた原稿用紙が山積みになってんの」
亜季の身振り手振りのオーバーリアクションを見る限り、よほど凄い原稿の量だったんだろう。
ピヨ子の画力の上達はめざましい。
注意した点は決して次に持ち越さない。
漫画に関しては勘がいいのか、才能があるのかもと思っていたけど、至らぬ点を死ぬ気で矯正していたのかもしれない。
「私、日菜子ちゃんが何か心の病気なのかと思っちゃった」
確かに幾何学な文様を、原稿用紙に一心不乱に描き続ける様は、はたから見たら恐いかもしれない。
「すごいね、って言ったら、これが私の全てだって笑って言ったんだよ。私、どんなに好きな男がいても、あそこまでできない」
亜季が、珍しく神妙な顔をして「あの子、大丈夫なの?」と言った。
「あんなに人生があんたで占めてて、あんたがそんなんで、あの子大丈夫なの?」
俺は、ずっと考えないようにしていたことを亜季に問われて言葉に詰まる。
みゃはは~、サトちゃ~ん!
ノー天気な、悩みなどひとつもなさそうなピヨ子の明るい声が響く。
ピヨ子はいつまでも近所の幼い女の子だった。
妹みたいな無邪気な存在でいてくれた。
俺が望めば何だって、どんなことだって叶えようとした。
あまり考えないようにしていた。
そんなピヨ子が一河の存在に動揺し、初めて強い感情をぶつけてきた。
『一度でいいよ、私を女の子として見てよ』
あまり考えないようにしていた。
泣きそうだったピヨ子の顔も。
震えながら自分に伸ばされた腕も。
今は、こんなことを考えている場合じゃない。
考え出したら止まらなくなりそうだった。
ピヨ子を悲しませたくなかった。
だけど、いつかピヨ子を自分の元から送り出さねばならない日はくる。
ピヨ子にはピヨ子の将来があり、人生がある。
それは理解している。
だけど、ずっとピヨ子と漫画を描いていたい気持ちもある。
ピヨ子が望むのなら、一生一緒に漫画を描きたいと思う。
それならば。
どちらにせよ、だ。
なおさらピヨ子に恋愛感情は持てない。
恋愛感情を挟んだら、確実に今までのような関係では描けなくなる。
漫画は遊びではない、生きていくための糧なのだ。
そして、ピヨ子は自分の仕事のパートナーだ。
私情は挟みたくない。
恋愛よりも漫画を描くことの方が大事だ。
だって、やっと夢が叶ったんだ。
「ねぇ悟史。あんた、これから何を描いていくの?」
亜季の声で、俺は我に返る。
「あんた、父さんと母さんがなんであんたの夢を反対していたのか、ちゃんと聞いてた?」
両親が俺に向けて放った言葉。
『おまえは漫画家になれない』
腹が立った。
賞をとって見せつけてやった。
それでも。
『これからのことをもっとよく考えろ』
そう言われて、人生に何度も訪れない、チャンスを掴む機会を失ってたまるかと思った。
あの時の俺は、どんな濁流に飲まれても前に進もうと必死だった。
夢を掴むこと以外は考えなかった。
迷うような言葉は耳に入れないようにしてた。
「あんたの人生は漫画を描くことでいっぱいだったよね。あたしにはよくわかんないけど、漫画家になるのって、そのくらい人生の全てをかけなきゃなれないものなのかもしれない」
そう。
昼夜問わず描いて描いて描きまくって。
余計なこと考えてる暇なんてない。
そんな暇があったら手を動かす方がずっと得策で、夢への近道だ。
自分は間違っていたなんて思ってない。
「父さんと母さんは、あんたはもっと色んなことを吸収すべきだと思ってたんだよ。人間的に未熟だったあんたが、これから何を描いていくのか不安だったんだ」
だからそれは。
とても意外な答えだった。
「もっと色んな人と触れ合って視野を広げるべきだし、自分以外の人のことを、もっと真剣に考えるべきだ。父さんと母さんは、あんたは外に出た方が、普通に人に揉まれながら働いた方が人間的に成長すると思ったんだよ。別に夢自体を反対していたわけじゃない」
頭を強く殴られたような衝撃。
「内に篭って漫画だけ描いて、そこから何が生まれるの?」
そうして亜季はもう一度繰り返した。
「ねぇ悟史、誰の気持ちも解らないあんたは、これから何を描いていくの?」
俺は沈黙を守ったまま、亜季の言葉を頭の中で繰り返していた。
ずっと、前だけを向いて走ってこれたと思っていたけど、あの頃から自分は何か変われたか。
家に帰ろうと思ったのは、どうしてだっけ。
口答えしない俺に、亜季は退屈そうに「何よ、つまんないわね」と言ったけど、表情は穏やかで優しかった。
家を出た後も口うるさい俺に何の文句も言わず、持てる力全てで仕事、精神面、生活を支えてくれた。
いつか帰った時のこと考えて、家族がちゃんと繋がっていられるように配慮してくれていた。
他人のためにそこまでするのは、どれだけエネルギーを使うんだろう。
俺には検討もつかない。
「あの子の部屋行ったことある? すごいよ。直線やら曲線やら細かい点々やらがバーって描かれた原稿用紙が山積みになってんの」
亜季の身振り手振りのオーバーリアクションを見る限り、よほど凄い原稿の量だったんだろう。
ピヨ子の画力の上達はめざましい。
注意した点は決して次に持ち越さない。
漫画に関しては勘がいいのか、才能があるのかもと思っていたけど、至らぬ点を死ぬ気で矯正していたのかもしれない。
「私、日菜子ちゃんが何か心の病気なのかと思っちゃった」
確かに幾何学な文様を、原稿用紙に一心不乱に描き続ける様は、はたから見たら恐いかもしれない。
「すごいね、って言ったら、これが私の全てだって笑って言ったんだよ。私、どんなに好きな男がいても、あそこまでできない」
亜季が、珍しく神妙な顔をして「あの子、大丈夫なの?」と言った。
「あんなに人生があんたで占めてて、あんたがそんなんで、あの子大丈夫なの?」
俺は、ずっと考えないようにしていたことを亜季に問われて言葉に詰まる。
みゃはは~、サトちゃ~ん!
ノー天気な、悩みなどひとつもなさそうなピヨ子の明るい声が響く。
ピヨ子はいつまでも近所の幼い女の子だった。
妹みたいな無邪気な存在でいてくれた。
俺が望めば何だって、どんなことだって叶えようとした。
あまり考えないようにしていた。
そんなピヨ子が一河の存在に動揺し、初めて強い感情をぶつけてきた。
『一度でいいよ、私を女の子として見てよ』
あまり考えないようにしていた。
泣きそうだったピヨ子の顔も。
震えながら自分に伸ばされた腕も。
今は、こんなことを考えている場合じゃない。
考え出したら止まらなくなりそうだった。
ピヨ子を悲しませたくなかった。
だけど、いつかピヨ子を自分の元から送り出さねばならない日はくる。
ピヨ子にはピヨ子の将来があり、人生がある。
それは理解している。
だけど、ずっとピヨ子と漫画を描いていたい気持ちもある。
ピヨ子が望むのなら、一生一緒に漫画を描きたいと思う。
それならば。
どちらにせよ、だ。
なおさらピヨ子に恋愛感情は持てない。
恋愛感情を挟んだら、確実に今までのような関係では描けなくなる。
漫画は遊びではない、生きていくための糧なのだ。
そして、ピヨ子は自分の仕事のパートナーだ。
私情は挟みたくない。
恋愛よりも漫画を描くことの方が大事だ。
だって、やっと夢が叶ったんだ。
「ねぇ悟史。あんた、これから何を描いていくの?」
亜季の声で、俺は我に返る。
「あんた、父さんと母さんがなんであんたの夢を反対していたのか、ちゃんと聞いてた?」
両親が俺に向けて放った言葉。
『おまえは漫画家になれない』
腹が立った。
賞をとって見せつけてやった。
それでも。
『これからのことをもっとよく考えろ』
そう言われて、人生に何度も訪れない、チャンスを掴む機会を失ってたまるかと思った。
あの時の俺は、どんな濁流に飲まれても前に進もうと必死だった。
夢を掴むこと以外は考えなかった。
迷うような言葉は耳に入れないようにしてた。
「あんたの人生は漫画を描くことでいっぱいだったよね。あたしにはよくわかんないけど、漫画家になるのって、そのくらい人生の全てをかけなきゃなれないものなのかもしれない」
そう。
昼夜問わず描いて描いて描きまくって。
余計なこと考えてる暇なんてない。
そんな暇があったら手を動かす方がずっと得策で、夢への近道だ。
自分は間違っていたなんて思ってない。
「父さんと母さんは、あんたはもっと色んなことを吸収すべきだと思ってたんだよ。人間的に未熟だったあんたが、これから何を描いていくのか不安だったんだ」
だからそれは。
とても意外な答えだった。
「もっと色んな人と触れ合って視野を広げるべきだし、自分以外の人のことを、もっと真剣に考えるべきだ。父さんと母さんは、あんたは外に出た方が、普通に人に揉まれながら働いた方が人間的に成長すると思ったんだよ。別に夢自体を反対していたわけじゃない」
頭を強く殴られたような衝撃。
「内に篭って漫画だけ描いて、そこから何が生まれるの?」
そうして亜季はもう一度繰り返した。
「ねぇ悟史、誰の気持ちも解らないあんたは、これから何を描いていくの?」
俺は沈黙を守ったまま、亜季の言葉を頭の中で繰り返していた。
ずっと、前だけを向いて走ってこれたと思っていたけど、あの頃から自分は何か変われたか。
家に帰ろうと思ったのは、どうしてだっけ。
口答えしない俺に、亜季は退屈そうに「何よ、つまんないわね」と言ったけど、表情は穏やかで優しかった。
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