2 / 65
1
2
しおりを挟む
「あ? 何だよ、テメェには関係ねぇだろ?」
「隣の部屋で変な事件とか起きたら嫌だし、何か言い合いしてるっぽいし、気にすんのは普通だと思うけど?」
「っクソ! おい亜子、また来るからな」
強気に出ていた正人だけど、お隣さんが正論を口にした事や、相手が引かなさそうだと悟ったのか、苦々しい表情を浮かべると、『また来る』という台詞を残してアパートの階段を降りて行った。
「…………」
正人がアパートから離れていくのを確認した私は安堵して小さく息を吐く。
「――平気?」
「え?」
「顔色、悪そうだけど……」
「へ、平気です! それよりもありがとうございました、助かりました」
「ああ、別に大した事はしてねぇから。つーか、さっきの男は――」
「ママぁ!!」
お隣さんが何か言いかけた時、部屋の中から凜が泣き叫ぶ声が聞こえて来た。
「あ、すみません、あの、本当にありがとうございました、失礼します!」
出先から帰宅したタイミングで正人がやって来た事もあって凜だけを先に部屋へ入れていたせいか、いつまでも私が戻らない事を不安に感じたのだろう。普段あまり泣かない凜が泣いている事に焦り、お礼もそこそこに助けてくれた隣人の鮫島さんよりも先に慌てて部屋へ戻ってしまった。
「ママ!!」
「凜! ごめんね、一人にして」
「うわぁーん」
「よしよし、もう大丈夫だからね」
泣きじゃくる凜を抱き締めた私はポンポンと規則正しいリズムで背中を叩きながらあやす。
今日は何とか正人を追い返す事が出来たけれど、彼はまた来ると言っていた。
その言葉が頭から離れず、先程のやり取りや過去の暴力の数々を思い出して再び身体を震わせていると、
「ママ、だいじょーぶ?」
いつの間にか泣き止んでいた凜が心配そうな表情で私を見つめていた。
「う、うん、大丈夫だよ。お腹空いたよね、ご飯の準備しようね」
凜の顔を見たら、いつまでも震えてなんていられなくて、大丈夫と心の中で言い聞かせながら笑顔を向けた。
この日を境に私の人生は、
大きく動く事になるのだった。
予想通り、あの日以降正人は定期的に私と凜の前に姿を現すようになって、私は困り果てていた。
ある時は私の職場でもある弁当屋に現れ、ある時は凜の通う保育園の周辺で待ち伏せ。
正人に付き纏われているせいで自宅までタクシーでの移動を余儀なくされて、金銭的にも精神的にも困っていた。
そんなある日の週末、
「正人……もういい加減にしてよ……」
懲りずにアパートを訪れた正人。
初めはドア越しに会話をしていたものの諦める気配が無いのでドアを開けて応対するも、部屋にだけは入れたくなくて諦めて貰えるまでとことん話し合うつもりでいたのだけど、
「またお前かよ、懲りねぇな。知り合いに警官いるから呼ぶぞ?」
休日で仕事が休みだったのだろう、隣人の鮫島さんが上下スエットというラフな格好で外へ出て来ると、正人を見るなり溜め息を吐きながら知り合いの警官を呼ぶと言い出した。
彼の手にスマホが握られていて、何やら操作しだしたのを見た正人はハッタリではなく本当に警察を呼ばれると思ったのか、
「分かったよ! 帰ればいいんだろ!?」
慌てて階段を駆け下りてアパートから離れていった。
そんな正人の姿を見送った鮫島さんはふぅっと息を吐き出すとズボンのポケットにスマホをしまい、
「あのさ、あの男に付き纏われてんだよね?」
「……はい」
「余計なお世話かもしれないけど、警察に相談した方がいいんじゃねぇの?」
私と正人の事情を訊いてきた上で、警察に相談してみてはと提案してくれる。
確かに彼の言う通り警察に相談するのは一つの手だと思うけど、警察はこれくらいの事じゃ動いてくれない事を私は知っている。
「付き纏われてるだけで、それ以外に被害が出ている訳じゃないから、警察は動いてくれないと思います。すみません、二度もご迷惑をお掛けして。ありがとうございました」
凜は今眠っているので起きる前に部屋へ戻ろうと鮫島さんにお礼と謝罪の言葉を口にして部屋へ入ろうとすると、
「あのさ――俺で良ければ力になるよ? お節介かもしれないけど、女一人で子供守りながらじゃ不安だろうし、隣に住んでて何かあればすぐに駆け付けられるから、警察が無理なら俺を頼ってよ」
腕を掴まれ、真っ直ぐな瞳に見つめられながら、頼ってと言われた私は困惑した。
「隣の部屋で変な事件とか起きたら嫌だし、何か言い合いしてるっぽいし、気にすんのは普通だと思うけど?」
「っクソ! おい亜子、また来るからな」
強気に出ていた正人だけど、お隣さんが正論を口にした事や、相手が引かなさそうだと悟ったのか、苦々しい表情を浮かべると、『また来る』という台詞を残してアパートの階段を降りて行った。
「…………」
正人がアパートから離れていくのを確認した私は安堵して小さく息を吐く。
「――平気?」
「え?」
「顔色、悪そうだけど……」
「へ、平気です! それよりもありがとうございました、助かりました」
「ああ、別に大した事はしてねぇから。つーか、さっきの男は――」
「ママぁ!!」
お隣さんが何か言いかけた時、部屋の中から凜が泣き叫ぶ声が聞こえて来た。
「あ、すみません、あの、本当にありがとうございました、失礼します!」
出先から帰宅したタイミングで正人がやって来た事もあって凜だけを先に部屋へ入れていたせいか、いつまでも私が戻らない事を不安に感じたのだろう。普段あまり泣かない凜が泣いている事に焦り、お礼もそこそこに助けてくれた隣人の鮫島さんよりも先に慌てて部屋へ戻ってしまった。
「ママ!!」
「凜! ごめんね、一人にして」
「うわぁーん」
「よしよし、もう大丈夫だからね」
泣きじゃくる凜を抱き締めた私はポンポンと規則正しいリズムで背中を叩きながらあやす。
今日は何とか正人を追い返す事が出来たけれど、彼はまた来ると言っていた。
その言葉が頭から離れず、先程のやり取りや過去の暴力の数々を思い出して再び身体を震わせていると、
「ママ、だいじょーぶ?」
いつの間にか泣き止んでいた凜が心配そうな表情で私を見つめていた。
「う、うん、大丈夫だよ。お腹空いたよね、ご飯の準備しようね」
凜の顔を見たら、いつまでも震えてなんていられなくて、大丈夫と心の中で言い聞かせながら笑顔を向けた。
この日を境に私の人生は、
大きく動く事になるのだった。
予想通り、あの日以降正人は定期的に私と凜の前に姿を現すようになって、私は困り果てていた。
ある時は私の職場でもある弁当屋に現れ、ある時は凜の通う保育園の周辺で待ち伏せ。
正人に付き纏われているせいで自宅までタクシーでの移動を余儀なくされて、金銭的にも精神的にも困っていた。
そんなある日の週末、
「正人……もういい加減にしてよ……」
懲りずにアパートを訪れた正人。
初めはドア越しに会話をしていたものの諦める気配が無いのでドアを開けて応対するも、部屋にだけは入れたくなくて諦めて貰えるまでとことん話し合うつもりでいたのだけど、
「またお前かよ、懲りねぇな。知り合いに警官いるから呼ぶぞ?」
休日で仕事が休みだったのだろう、隣人の鮫島さんが上下スエットというラフな格好で外へ出て来ると、正人を見るなり溜め息を吐きながら知り合いの警官を呼ぶと言い出した。
彼の手にスマホが握られていて、何やら操作しだしたのを見た正人はハッタリではなく本当に警察を呼ばれると思ったのか、
「分かったよ! 帰ればいいんだろ!?」
慌てて階段を駆け下りてアパートから離れていった。
そんな正人の姿を見送った鮫島さんはふぅっと息を吐き出すとズボンのポケットにスマホをしまい、
「あのさ、あの男に付き纏われてんだよね?」
「……はい」
「余計なお世話かもしれないけど、警察に相談した方がいいんじゃねぇの?」
私と正人の事情を訊いてきた上で、警察に相談してみてはと提案してくれる。
確かに彼の言う通り警察に相談するのは一つの手だと思うけど、警察はこれくらいの事じゃ動いてくれない事を私は知っている。
「付き纏われてるだけで、それ以外に被害が出ている訳じゃないから、警察は動いてくれないと思います。すみません、二度もご迷惑をお掛けして。ありがとうございました」
凜は今眠っているので起きる前に部屋へ戻ろうと鮫島さんにお礼と謝罪の言葉を口にして部屋へ入ろうとすると、
「あのさ――俺で良ければ力になるよ? お節介かもしれないけど、女一人で子供守りながらじゃ不安だろうし、隣に住んでて何かあればすぐに駆け付けられるから、警察が無理なら俺を頼ってよ」
腕を掴まれ、真っ直ぐな瞳に見つめられながら、頼ってと言われた私は困惑した。
1
あなたにおすすめの小説
俺様外科医の溺愛、俺の独占欲に火がついた、お前は俺が守る
ラヴ KAZU
恋愛
ある日、まゆは父親からお見合いを進められる。
義兄を慕ってきたまゆはお見合いを阻止すべく、車に引かれそうになったところを助けてくれた、祐志に恋人の振りを頼む。
そこではじめてを経験する。
まゆは三十六年間、男性経験がなかった。
実は祐志は父親から許嫁の存在を伝えられていた。
深海まゆ、一夜を共にした女性だった。
それからまゆの身が危険にさらされる。
「まゆ、お前は俺が守る」
偽りの恋人のはずが、まゆは祐志に惹かれていく。
祐志はまゆを守り切れるのか。
そして、まゆの目の前に現れた工藤飛鳥。
借金の取り立てをする工藤組若頭。
「俺の女になれ」
工藤の言葉に首を縦に振るも、過去のトラウマから身体を重ねることが出来ない。
そんなまゆに一目惚れをした工藤飛鳥。
そして、まゆも徐々に工藤の優しさに惹かれ始める。
果たして、この恋のトライアングルはどうなるのか。
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました
蓮恭
恋愛
恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。
そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。
しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎
杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?
【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる