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「――亜子様」
「は、はい!?」
「少し、お話をしても宜しいでしょうか?」
「あ、はい、どうぞ……」
そう断りを入れた田所さんはパソコンを閉じると、私が座っているダイニングテーブルの方へ移動してきて向かい側に腰を下ろした。
田所さんは、苦手だ。
真面目で何をしても常に完璧で、それでいて、感情を表に出さず、いつも無表情。まるでロボットのよう。
それに彼は私の事を良く思っていないから、どうしても萎縮してしまう。
向かい合い視線がぶつかると、田所さんに見つめられた私は視線を逸らす事が出来なくなる。
「――亜子様、昨夜の話、聞いていらっしゃいましたよね?」
「……は、はい……すみません」
やっぱり、田所さんは気付いていた。気付いた上で、あの話をしたのだ。
そんな彼が、こうして二人になった今話をする内容なんて、一つに決まってる。
そして、私の予想は的中した。
真っ直ぐ私を見据えた田所さんは、こう口にしたのだ。
「――単刀直入に言わせて頂きますが、亜子様、竜之介様と、別れていただけませんか?」と。
「……あ、えっと……その……」
分かっていた事とは言え、あまりにハッキリ言われたものだから戸惑ってしまう。
「……お二人が互いを好いている事は重々承知しております。しかしながら、竜之介様は名雪家のご子息です。彼に相応しい相手と一緒になって欲しいというのが、彼のご両親の願いでもあるのです。どうか、亜子様の方から、竜之介様の元を離れて下さいませんか?」
分かってる。
彼の将来を考えるなら、それが一番良い事だと。
分かってる。
私なんかが、彼の傍に居てはいけない事くらい。
だけど、
そんないきなり別れろだなんて、
離れてくれだなんて言われても、
『分かりました、別れます』なんて、簡単に言えるはずが無い。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、田所さんは話しを続けていく。
「勿論、ただで離れてくれという訳では御座いません。旦那様の意向により、それなりの対価はお支払いさせていただきます。竜之介様から離れた際の、新たな暮らしの全てを、名雪家の方で保証するとの事で御座います」
「……そんな……っ」
ご両親が彼の為を思う気持ちは、よく分かる。
私だって、大切な子供の母親だから。
だけど、だからって、
お金で全てを解決させようだなんて、そんなの……酷過ぎる。
私や竜之介くんの気持ちはどうでもいい、そういう事なのだから。
「如何でしょう?」
こんな時でも、田所さんは相変わらず無表情。
そんな話をされて、納得出来る訳……無いのに。
「……その、私――」
どう答えるべきか、迷いに迷って口を開きかけた、その時、
「ただいま」
竜之介くんが帰って来て、リビングに姿を現した。
「お帰りなさいませ、竜之介様」
「……あ、お、お帰りなさい、竜之介くん……」
いつも通りの田所さんと上手く表情が作れていない私に出迎えられた竜之介くんは、
「……一樹、今日はありがとう。もう帰ってくれて構わない。それと、日曜日は予定通りで頼むよ」
「はい、かしこまりました。それでは、失礼致します」
お礼と日曜日の件を伝えると、荷物を纏めて玄関へと歩いて行く田所さんを見送った。
「亜子さん、何かあった?」
「え?」
「もの凄く青い顔してるけど……もしかして、一樹に何か――」
「う、ううん、そんなことないよ?」
「……本当に?」
「うん。そ、それより……日曜日、何か予定があるの?」
流石にさっきの話を竜之介くんに相談する訳にはいかず何とか誤魔化した私は、日曜日の事をそれとなく聞いてみた。
「ああ、ちょっと、親父の会社の関係で、人と会う予定があるんだ」
「そう、なんだ」
竜之介くんは、私が日曜日の話を知っている事を知らないから、仕事関係だと誤魔化しているのだと思う。
きっと余計な心配をさせたくないから、嘘を吐くのだ。
それは分かるけど、
結局お見合いをする、その事実が何より悲しい。
私の胸はチクリと痛む。
「亜子さん――」
竜之介くんが私の頬に触れようとしてきたけれど、
「――っごめん、今日はもう寝るね。お休みなさい」
「亜子さん!?」
それをかわして顔を背けた私は、竜之介くんの呼び掛けにも振り向く事なく、部屋へと戻ってドアの前に座り込んだ。
「…………っ」
どうすればいいのか分からず、自然と涙が溢れてくる。
どんなに好き合っていても大人になると、好きだけではどうにもならない事がある。
それが名家の人間相手となれば、尚更。
(私は、どうすればいいんだろう……)
何が正解なのか、誰にも相談出来ない私は暫くの間、一人で悩み続ける事になった。
「は、はい!?」
「少し、お話をしても宜しいでしょうか?」
「あ、はい、どうぞ……」
そう断りを入れた田所さんはパソコンを閉じると、私が座っているダイニングテーブルの方へ移動してきて向かい側に腰を下ろした。
田所さんは、苦手だ。
真面目で何をしても常に完璧で、それでいて、感情を表に出さず、いつも無表情。まるでロボットのよう。
それに彼は私の事を良く思っていないから、どうしても萎縮してしまう。
向かい合い視線がぶつかると、田所さんに見つめられた私は視線を逸らす事が出来なくなる。
「――亜子様、昨夜の話、聞いていらっしゃいましたよね?」
「……は、はい……すみません」
やっぱり、田所さんは気付いていた。気付いた上で、あの話をしたのだ。
そんな彼が、こうして二人になった今話をする内容なんて、一つに決まってる。
そして、私の予想は的中した。
真っ直ぐ私を見据えた田所さんは、こう口にしたのだ。
「――単刀直入に言わせて頂きますが、亜子様、竜之介様と、別れていただけませんか?」と。
「……あ、えっと……その……」
分かっていた事とは言え、あまりにハッキリ言われたものだから戸惑ってしまう。
「……お二人が互いを好いている事は重々承知しております。しかしながら、竜之介様は名雪家のご子息です。彼に相応しい相手と一緒になって欲しいというのが、彼のご両親の願いでもあるのです。どうか、亜子様の方から、竜之介様の元を離れて下さいませんか?」
分かってる。
彼の将来を考えるなら、それが一番良い事だと。
分かってる。
私なんかが、彼の傍に居てはいけない事くらい。
だけど、
そんないきなり別れろだなんて、
離れてくれだなんて言われても、
『分かりました、別れます』なんて、簡単に言えるはずが無い。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、田所さんは話しを続けていく。
「勿論、ただで離れてくれという訳では御座いません。旦那様の意向により、それなりの対価はお支払いさせていただきます。竜之介様から離れた際の、新たな暮らしの全てを、名雪家の方で保証するとの事で御座います」
「……そんな……っ」
ご両親が彼の為を思う気持ちは、よく分かる。
私だって、大切な子供の母親だから。
だけど、だからって、
お金で全てを解決させようだなんて、そんなの……酷過ぎる。
私や竜之介くんの気持ちはどうでもいい、そういう事なのだから。
「如何でしょう?」
こんな時でも、田所さんは相変わらず無表情。
そんな話をされて、納得出来る訳……無いのに。
「……その、私――」
どう答えるべきか、迷いに迷って口を開きかけた、その時、
「ただいま」
竜之介くんが帰って来て、リビングに姿を現した。
「お帰りなさいませ、竜之介様」
「……あ、お、お帰りなさい、竜之介くん……」
いつも通りの田所さんと上手く表情が作れていない私に出迎えられた竜之介くんは、
「……一樹、今日はありがとう。もう帰ってくれて構わない。それと、日曜日は予定通りで頼むよ」
「はい、かしこまりました。それでは、失礼致します」
お礼と日曜日の件を伝えると、荷物を纏めて玄関へと歩いて行く田所さんを見送った。
「亜子さん、何かあった?」
「え?」
「もの凄く青い顔してるけど……もしかして、一樹に何か――」
「う、ううん、そんなことないよ?」
「……本当に?」
「うん。そ、それより……日曜日、何か予定があるの?」
流石にさっきの話を竜之介くんに相談する訳にはいかず何とか誤魔化した私は、日曜日の事をそれとなく聞いてみた。
「ああ、ちょっと、親父の会社の関係で、人と会う予定があるんだ」
「そう、なんだ」
竜之介くんは、私が日曜日の話を知っている事を知らないから、仕事関係だと誤魔化しているのだと思う。
きっと余計な心配をさせたくないから、嘘を吐くのだ。
それは分かるけど、
結局お見合いをする、その事実が何より悲しい。
私の胸はチクリと痛む。
「亜子さん――」
竜之介くんが私の頬に触れようとしてきたけれど、
「――っごめん、今日はもう寝るね。お休みなさい」
「亜子さん!?」
それをかわして顔を背けた私は、竜之介くんの呼び掛けにも振り向く事なく、部屋へと戻ってドアの前に座り込んだ。
「…………っ」
どうすればいいのか分からず、自然と涙が溢れてくる。
どんなに好き合っていても大人になると、好きだけではどうにもならない事がある。
それが名家の人間相手となれば、尚更。
(私は、どうすればいいんだろう……)
何が正解なのか、誰にも相談出来ない私は暫くの間、一人で悩み続ける事になった。
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