その手で強く、抱きしめて

夏目萌

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プロローグ

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「そうと決まれば、綺咲の荷物を自宅から運び出さないとならないな。何も持たずに部屋を出たという事は、鍵は開いたままだろう?」
「恐らく……その、元カレが鍵を閉めて帰らなければ開いたままになっているかと」
「まあ、開いていなければ管理会社に連絡して開けて貰えばいい。ひとまず綺咲の自宅まで向かうか」
「え?」
「全て買い揃える事も出来るが、使い慣れている物の方がいいだろう? 家具は家にある物を使えばいいから必要最低限の物を運び出そう。綺咲、行けるか?」
「は、はい」

 話はとんとん拍子に進んでいき、これから私の自宅アパートへ行って最低限の荷物を運び出す事に。

 話が決まったタイミングでいつの間にか眞弘さん同様ラフな服装に着替えた梶原さんが私たちの前に姿を見せ、車の準備が整っているというので再び出掛ける事になった。

 そして、アパートに着くとワゴンタイプの大きな車が停まっていて中から男性と女性の二人が出て来た。

「急に頼んで悪かったな」
「いえ、問題無いです」

 この二人も眞弘さんの知り合いのようで、私の荷物を運び出す為に呼び出されたようだった。

 眞弘さんたちが話をしている横で私は部屋のドアノブを回してみると、直倫は鍵をかけないで出ていったみたいで鍵は開いていた。

「眞弘さん、鍵、開いていました」
「そうか、それならばすぐ作業に取りかかれるな。綺咲、一応確認の為に俺が先に中へ入るが、構わないか?」
「は、はい、問題ありません」

 ドアを開けても中に人の気配も無いし、直倫の靴も見当たらないから帰ったと思うのだけど、念には念をという事なのだろう。まずは眞弘さんが先に部屋に入って様子を見てくれる事になった。

 そして安全が確認されると私を始め梶原さんと眞弘さんの知り合いらしき二人の男女も中へと入り、用意された段ボール箱に必要な物を詰めていき、皆さんが手伝ってくれた事もあって一時間もかからないうちに部屋を出る事が出来た。

 直倫を残した状態で何も持たずに部屋を出て行った事で貴重品の有無が少し心配だったけど、どれもきちんと残されていたので一安心。

 ただ、スマホに関しては直倫との連絡を断つ為にも新しい物に変えた方がいいという眞弘さんの助言を受けて急遽新しい物を購入する事になり、アパートから運び出した荷物は梶原さんたちに任せて私と眞弘さんはスマホや他に必要な物を買い揃えに行く事になった。

 買い出しに向かう車の中、私は気になっていた事を眞弘さんに尋ねてみた。

「あの、眞弘さん」
「何だ?」
「どうして……今日出逢ったばかりの私に、こんなにも優しくしてくれるんですか?」

 何故、見ず知らずの私を助けてくれたのか、そして、優しくしてくれるのかを。

「綺咲を見掛けたのは、偶然だった。用があってたまたま歩いていたところに、何かから逃げるように走り去るお前を見つけた。その表情は切羽詰まっているように見えたから気になって後を追った。そして河川敷に着いて少しお前がホッとした表情を浮かべたからそのまま様子を窺っていたら、どんどん川の方へ向かって歩いて行くから声を掛けたんだ」
「そう、だったんですか……」
「そこで頬が腫れている事やお前の言動から逃げていた理由が分かった。元恋人がストーカー気質だって言うんだ。流石に見て見ぬふりは出来ねぇよ」
「そうだとしても……ここまでしてもらえる理由には足りない気が……」
「俺はな、女に手を上げる男は許せねぇんだ。同じ男として、そういう奴を見たり話を聞くだけでも反吐が出る。そして、その被害に遭っている人間の事は、出来る限り助けてやりたいとも思っている。俺の会社にも、綺咲のような被害を受けた女性社員が居るから、お前の事も放っておけなかった。迷惑だったか?」
「いえ、そんな事ないです! 本当に、助かってます」
「そうか、それならいい。とにかく、今日から一緒に生活するんだ、あまり堅苦しく考えるな。すぐには無理かもしれねぇが、俺の事は家族のような存在だと思って接してくれ。困った事があったらとにかく遠慮はするな。家族は助け合うものだと、俺は思っているからな」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」

 正直、まだ多少腑に落ちない事はあるけれど、
 とにかく眞弘さんは優しい人で、今の私には無くてはならない存在である事は確かなので、今は彼の厚意に甘える事にした。


 だけど、後に私は知る事になる。


 彼が何故、私を放っておけなかったのかという理由が他にもある事を――。
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