愛を教えて、キミ色に染めて【完】

夏目萌

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「……あの、伊織……さん」
「何だよ?」
「その…………」
「ん?」
「……えっと……」

 嬉しそうにしていた円香の声のトーンが急に少しだけ下がると、何か言いたそうにしているものの中々言葉を口にしない。

 普段の伊織ならば、はっきりしない相手に時間を割く事など決してしないのだが、これもまた気まぐれからなのか円香が話すのを待っていた。

 そして、

「……伊織さんに……会いたい……」

 消え入りそうな声だけど、ようやく自分の思いを口にする事が出来た円香のその台詞を聞いた伊織の心は、深く動揺していた。

(何だこれ、会いたいとか、これまでも女に言われてきた言葉なのに、円香コイツに言われると、心臓が騒がしくなる……)

「あ、ご、ごめんなさい……忙しいのに。今のは忘れてください!  あの、忙しいかもしれませんが、きちんと食事をして、睡眠もとってくださいね。それじゃあ――」

 円香はつい本音を口にしてしまい、失敗したと思っていた。

 社会人と大学生じゃ忙しさが違うのだから、我がままなんて言ってはいけなかったと反省し、すぐに電話を切ろうとしたのだけど、

「――円香」
「は、はい?」

 切る間際、突然名前を呼ばれた円香が返事をすると、

「明日、休みだろ?  今から泊まりに来いよ」

 思ってもいなかった言葉が返ってきたので円香はすぐに返す事が出来ず、

「おい、円香?」

 再度名前を呼ばれた事で我に返り、

「い、行きます!  行きたいです!!」

 慌てて返事をした。

「マンションの最寄り駅分かるよな?  駅で待っててやるから、電車乗ったら知らせろよ」
「はい!」

 こうして思いがけず会う事になった二人の表情には、それぞれ嬉しさが込み上げていた。


「伊織さん、お久しぶりです!」
「おう」

 明日は土曜日で大学は休み、バイトもしていない円香には特に予定も無いので伊織の誘いに乗って彼の住む街へやって来た。

 駅の改札を抜けるとすぐに伊織が待っている姿を見つけ、円香は満面の笑みを浮かべながら駆け寄って行く。

「もう飯食ったか?」
「いえ、まだです」
「家に何もねぇし、その辺で食ってくか」

 ちょうど夕飯時とあってお腹が空いていた伊織は円香もご飯を食べていないと分かり、どこかで食べて行こうと提案するも、

「あ、あの……伊織さん」
「ん?」
「その、もし、ご迷惑で無ければ、私がご飯、作りたいです」

 もじもじ恥ずかしそうに言い淀みながらも、円香は自分がご飯を作りたいと申し出る。

「……あー、まあ、別に構わねぇけど……お前、食えるモン作れんの?」
「つ、作れますよ!  私、こう見えてもお料理は得意な方なんです!」
「へぇー」
「あ、信じてませんね?  本当ですよ?」
「分かったよ。ならスーパー寄ってくぞ。家に何もねぇからな」
「はい!」

 円香はお嬢様で家にはお手伝いさんも居る事から彼女が料理をする機会はほぼ無いに等しいはず。

 情報収集をして雪城家の事を全て熟知済みの伊織は、円香が料理出来るのか半信半疑だった。

(お嬢様の手料理ね……。つーか、手料理食うとかどんだけだよ。有り得ねぇだろ普通)

 それに、いくらスパイでないと分かってはいても、駒として使っている女の手料理を口にする事なんて無かった伊織は自分自身の言動に驚いていた。

「伊織さん、何が食べたいとかありますか?  嫌いな物とか……」

 スーパーに着き、買い物カゴを手にした円香は食材を買う為、伊織に料理のリクエストを聞いてみる。

「嫌いなモンは特にねぇ。食いたい物は……思いつかねぇから任せるわ」

 しかし、特に食べたい物が思いつかない伊織は円香に丸投げする。

「そうですか……それじゃあ、オムライスとかどうですか?  すぐ作れる物の方が良いですよね」
「ああ、それで頼む」
「はい!  それじゃあ早速材料を……」
「貸せ、俺が持つ」

 料理が決まり、いざ食材を選ぼうと一歩踏み出した円香から伊織は買い物カゴを取り上げた。
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