愛を教えて、キミ色に染めて【完】

夏目萌

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 三階建てのそのビルの二階が便利屋の事務所なので上がってみると、便利屋の営業時間終了時刻は18時となっていた。

 しかし、まだ明かりがついているのでノックをしてみようとドアに手を近付けた、その時、中から伊織の声が聞こえてきた。

 そっとドアを開けてみると、少し離れた場所で窓から外を眺めながら、誰かと電話でやり取りをしているようだった。

(電話中か……どうしよう、話を聞いちゃまずいよね。一旦外へ出て、もう少ししたらまた来てみよう……)

 そう思いドアを閉めようとすると、伊織の口から不穏な言葉が聞こえて来た。

「――ああ、だから、今回少し多めに用意して欲しいんだよ。そうだな、特に弾は多めに、それから銃も数丁欲しい。相手が相手だ、雇われの雑魚共も沢山いるだろうから、多く準備するに越したことはねぇだろ?」

(……え?  今、銃って、言った?)

 聞き間違いかと思い、とにかく一旦外へ出ようと静かにドアを閉めた円香が後ずさった、次の瞬間、

「誰だ!?  動くなよ」

 電話を終えたのか伊織が微かな物音に気付くと外へ向かって大きな声が放たれ、円香はその場から動けなくなってしまう。

(どうしよう、絶対、聞いちゃいけない話だった)

 流石の円香にも分かる。今の話がどれ程聞いてはいけないものだったか。

 バンッと、勢いよく開かれたドアから伊織が姿を現すと、ドアの先に立っていた円香の姿に思わず目を見開いた。

「お前……何で、ここに」
「あ……あの、その……話が、あって……」
「……分かった、とりあえず車出すから行くぞ」

 そう言って伊織が円香の腕を掴もうとすると、

「っ!!」

 身体を強ばらせて怯える円香に伊織は全てを悟る。先程の電話を聞かれていたのだという事を。

「あ……ご、ごめん、なさい……私……」
「いい、謝るな。とにかく着いてこい。安心しろ、お前に何かするとかねぇから」

 円香から顔を背け、無言で階段を降りていく伊織の背中を眺めながら、彼女もまた階段を降りて後へ続いて行った。

 事務所裏手の駐車場に停めてある車に乗り込んだ二人。

 伊織はエンジンをかけようとしないので、ここで話をするつもりらしい。

「……で?  話って何だよ?」

 先程の電話の内容には触れず、円香の用件である『話』というのが何なのかを尋ねる伊織。

「……その、実は……」

 しかし、内容が内容なだけに、どう切り出せばいいのか分からない円香は言い淀む。

「何だよ?  話す為にわざわざ来たんだろ?    ならさっさと言えよ」

 正直伊織は円香の話が大した事ではないと思っているのだろう。

 今色々と問題を抱えて頭がパンクしそうな中、なかなか話をしない彼女に少々苛立ちを感じ初めていた。

 そんな伊織の態度を感じ取った円香は、悩んでいても仕方がない、ありのままを話そうと、

「……私、結婚をしなきゃいけなくなったんです」
「……は?」
「実は――」

 ここへ来る事になった経緯を話し出した。

 円香が結婚をしなければならない。その話を彼女の口から聞いた瞬間、強い衝撃を受けたような気がした伊織。

 彼女の話で、雪城家の存続の為の政略結婚だという事が分かるのと同時に、これでいいのかもしれないと伊織は密かに思っていた。

 そもそも自分と彼女では住む世界の違う人間だった。それなのに、惹かれ合ってしまった。

 円香の気持ちを考えると政略結婚なんて酷い話だと分かるが、自分と一緒になる未来など有り得ない。

 それならばいっそ、名実知れている家柄の男と一緒になる方が余程いい。

(……そうだ、それが一番いい。もう、俺らは離れるべきなんだ)

 話を終えた円香は伊織に問う。

「伊織さん……私、どうすればいいですか?  知らない人と一緒になるなんて……嫌です……私、伊織さんが、好きだから……」

 その問いかけに伊織の出した答えは――

「そんなの、俺に聞かれても困る。それはお前自身の事だろ?  俺には関係ねぇ話だな」

 彼女を拒絶し、彼女との別れを選ぶ選択だった。

 全ては、彼女のこれからの幸せの為に。

 そんな伊織の反応が予想外だった円香はショックを隠しきれず、頭が真っ白になっていた。
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