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飛鳥さん卒コン 編
寄り添ってくれる
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2023年の5月半ば。
昨日と今日の2日間に渡って東京ドームで開催された、大規模なライブ。
アンコールを含む全ステージを終えて、舞台裏ではライブスタッフさんたちの撤収作業が始まった頃のこと…
私達メンバーがいる楽屋は、普段のライブ後とは少し違う雰囲気に包まれていた。
ライブ後の高揚感や解放感はたしかにあって、いつも通りの賑やかな楽屋に見える。
でもそれだけじゃないのは、今日のライブがメンバーの卒業コンサートだから。
別れを伴うライブの後には、独特な喪失感がある。
さらに今日の卒業コンサートは、最後の1期生である飛鳥さんを送り出す日だった。
グループ結成当初から活動をしてきた大先輩がいなくなる寂しさ、不安、焦り。
何かしらの感情を、この場にいる誰もが抱えているはずだ。
中でも、グループ加入前から飛鳥さんに憧れていたメンバーには、ファン目線の悲しみも重なっているんだろう。
私たち同期の中でずっと"飛鳥さん推し"を公言してきた一人のまゆたんも、いつもより寂しそう。
そんな空気の中…
私は楽屋の隅のほうで椅子に座り、体を休めていた。
体だけじゃない。
感情の振れ幅がこんなに大きいライブは、これまでなかった。
少しの間、ゆっくりと心を落ち着かせたかった。
こんな気分の時は、いつもなら1人で過ごすことが多いけど。
今日は違う。
私の隣には、同じグループの仲間であり、同期であり、そして恋人でもあるかっきーがいてくれる。
私の手を握ったり、背中をさすってくれたり、話を聞いてくれたり、今日はライブが終わってからずっと気にかけてくれている。
いや、今日だけじゃない。
飛鳥さんがメンバーに向けて卒業を発表した、あの日も。
私にとって飛鳥さんが特別な存在だと知っているかっきーは、あの日も私に優しく寄り添ってくれた。
(そういえば、さっきもあの時の様子が流れてたな…)
31枚目シングルの選抜発表の直後に飛鳥さんが卒業を発表した会議室。
私は、ショックで立ちすくんでいた。
そんな私に寄り添ってくれるかっきーの様子が、さきほどライブ中に流れていたのだった。
映像ではあれだけだったけど、あの日の晩、かっきーは私の部屋まで来てくれた。来る予定はなかった日だったけど、それでも来てくれた。
かっきーだって、飛鳥さんにはたくさんお世話になったはずだし、思い出だってたくさんあるはずなのに。
かっきーだって、寂しくないはずがないのに。
私の不安と寂しさを和らげようと、私が眠るまでひたすら寄り添ってくれた。
激しく愛し合ってから眠るような夜とはまた違う、じんわりとしたあたたかい愛おしさで心が満たされたまま眠ったのを覚えている。
(かっきー…ありがとね……あの時も、今も…)
感謝の言葉をかける代わりにかっきーの手をぎゅっと握ると、同じくらいの力で握り返してくれた。
かっきーを見ると、「ん?」と笑顔を向けてくれる。よく見れば、ライブ中にたくさん泣いたことが分かる顔だ。当然、疲労だってあるはず。
それなのに、まるで光を放つようないつもの笑顔を私だけに向けてくれるかっきー。
少しの間見つめ合って二人だけの世界に浸りかけた私たちだったけど、楽屋に入ってきたマネージャーさんの声で我に返った。
マネ「あ、かっきー、いたいた。前にドラマで共演した○○さんが挨拶したいそうだけど、いま大丈夫?」
遥香「あ、はいっ、えっと…」
かっきーが心配そうにこちらを見てきたので、アイコンタクトで意思を伝える。
(私なら、大丈夫だから)
私にだけ分かるくらい一瞬だけうなずくと、かっきーはマネージャーさんの後ろについて楽屋を出ていった。
かっきーも1人での仕事が増えてきたので、こういう場面も自然と増えてくる。かっきーが外仕事でも頑張った結果なので、私にとっても嬉しいことだ。
でも、どうしよう。
急に1人になってしまった。
ふと、以前から飛鳥さんに伝えようと決めていたことを思い出す。
去年の2月。
46時間TVで飛鳥さんと一緒にMCをさせてもらった日の夜にかっきーと交わした、初めてのキス。
あのキスから始まった、かっきーとの特別な関係。
それを、飛鳥さんにだけは自分から報告したいと思っていたのだ。
でも、ライブが始まってからは自分が考えている以上に集中力が高まっていたらしい。
ライブに関係ないことは、ほとんど忘れてしまっていた。
結局、飛鳥さんがグループにいてくれるのも、残りあと数時間に迫っている。
ただ、今日のライブの主役である飛鳥さんをつかまえて個人的な報告をしようなんて、あまりにも非現実的だ。
実際、今も飛鳥さんはこの楽屋にいない。
ライブを見に来てくれた多くの関係者への挨拶があるため、たしか別室を取ってもらっていたはず。その場所だって、私たちには知らされていない。
(無理に今日報告しなくてもいいよね……これで会えなくなるわけじゃないんだし)
ライブ1日目も2日目も、飛鳥さんと2人だけでパフォーマンスする最後の機会をもらえたし。
2日目には、4期生を代表してメッセージだって伝えられた。
十分過ぎる。
こんな特別な日に、これだけの思い出を作れた。
これ以上は、望んじゃダメだ。また、日を改めればいい。
そう自分に言い聞かせて、他のメンバーの様子でも見に行こうかなと思ったその時。
テーブルの上に置いてあったスマホが震えた。
この振動のパターンは、通話の着信だ。
(誰だろう…?ほとんどのメンバーは楽屋にいるから、電話なんてかけてくるわけないのに…)
手にとって画面をよく見ると、以外な名前が表示されていた。
【飛鳥さん】
(ええっ?!いま…?どうして…?)
とにかく、先輩を待たせるわけにもいかない。
その一心だけで通話ボタンを押して、耳に神経を集中させた…
~続く~
昨日と今日の2日間に渡って東京ドームで開催された、大規模なライブ。
アンコールを含む全ステージを終えて、舞台裏ではライブスタッフさんたちの撤収作業が始まった頃のこと…
私達メンバーがいる楽屋は、普段のライブ後とは少し違う雰囲気に包まれていた。
ライブ後の高揚感や解放感はたしかにあって、いつも通りの賑やかな楽屋に見える。
でもそれだけじゃないのは、今日のライブがメンバーの卒業コンサートだから。
別れを伴うライブの後には、独特な喪失感がある。
さらに今日の卒業コンサートは、最後の1期生である飛鳥さんを送り出す日だった。
グループ結成当初から活動をしてきた大先輩がいなくなる寂しさ、不安、焦り。
何かしらの感情を、この場にいる誰もが抱えているはずだ。
中でも、グループ加入前から飛鳥さんに憧れていたメンバーには、ファン目線の悲しみも重なっているんだろう。
私たち同期の中でずっと"飛鳥さん推し"を公言してきた一人のまゆたんも、いつもより寂しそう。
そんな空気の中…
私は楽屋の隅のほうで椅子に座り、体を休めていた。
体だけじゃない。
感情の振れ幅がこんなに大きいライブは、これまでなかった。
少しの間、ゆっくりと心を落ち着かせたかった。
こんな気分の時は、いつもなら1人で過ごすことが多いけど。
今日は違う。
私の隣には、同じグループの仲間であり、同期であり、そして恋人でもあるかっきーがいてくれる。
私の手を握ったり、背中をさすってくれたり、話を聞いてくれたり、今日はライブが終わってからずっと気にかけてくれている。
いや、今日だけじゃない。
飛鳥さんがメンバーに向けて卒業を発表した、あの日も。
私にとって飛鳥さんが特別な存在だと知っているかっきーは、あの日も私に優しく寄り添ってくれた。
(そういえば、さっきもあの時の様子が流れてたな…)
31枚目シングルの選抜発表の直後に飛鳥さんが卒業を発表した会議室。
私は、ショックで立ちすくんでいた。
そんな私に寄り添ってくれるかっきーの様子が、さきほどライブ中に流れていたのだった。
映像ではあれだけだったけど、あの日の晩、かっきーは私の部屋まで来てくれた。来る予定はなかった日だったけど、それでも来てくれた。
かっきーだって、飛鳥さんにはたくさんお世話になったはずだし、思い出だってたくさんあるはずなのに。
かっきーだって、寂しくないはずがないのに。
私の不安と寂しさを和らげようと、私が眠るまでひたすら寄り添ってくれた。
激しく愛し合ってから眠るような夜とはまた違う、じんわりとしたあたたかい愛おしさで心が満たされたまま眠ったのを覚えている。
(かっきー…ありがとね……あの時も、今も…)
感謝の言葉をかける代わりにかっきーの手をぎゅっと握ると、同じくらいの力で握り返してくれた。
かっきーを見ると、「ん?」と笑顔を向けてくれる。よく見れば、ライブ中にたくさん泣いたことが分かる顔だ。当然、疲労だってあるはず。
それなのに、まるで光を放つようないつもの笑顔を私だけに向けてくれるかっきー。
少しの間見つめ合って二人だけの世界に浸りかけた私たちだったけど、楽屋に入ってきたマネージャーさんの声で我に返った。
マネ「あ、かっきー、いたいた。前にドラマで共演した○○さんが挨拶したいそうだけど、いま大丈夫?」
遥香「あ、はいっ、えっと…」
かっきーが心配そうにこちらを見てきたので、アイコンタクトで意思を伝える。
(私なら、大丈夫だから)
私にだけ分かるくらい一瞬だけうなずくと、かっきーはマネージャーさんの後ろについて楽屋を出ていった。
かっきーも1人での仕事が増えてきたので、こういう場面も自然と増えてくる。かっきーが外仕事でも頑張った結果なので、私にとっても嬉しいことだ。
でも、どうしよう。
急に1人になってしまった。
ふと、以前から飛鳥さんに伝えようと決めていたことを思い出す。
去年の2月。
46時間TVで飛鳥さんと一緒にMCをさせてもらった日の夜にかっきーと交わした、初めてのキス。
あのキスから始まった、かっきーとの特別な関係。
それを、飛鳥さんにだけは自分から報告したいと思っていたのだ。
でも、ライブが始まってからは自分が考えている以上に集中力が高まっていたらしい。
ライブに関係ないことは、ほとんど忘れてしまっていた。
結局、飛鳥さんがグループにいてくれるのも、残りあと数時間に迫っている。
ただ、今日のライブの主役である飛鳥さんをつかまえて個人的な報告をしようなんて、あまりにも非現実的だ。
実際、今も飛鳥さんはこの楽屋にいない。
ライブを見に来てくれた多くの関係者への挨拶があるため、たしか別室を取ってもらっていたはず。その場所だって、私たちには知らされていない。
(無理に今日報告しなくてもいいよね……これで会えなくなるわけじゃないんだし)
ライブ1日目も2日目も、飛鳥さんと2人だけでパフォーマンスする最後の機会をもらえたし。
2日目には、4期生を代表してメッセージだって伝えられた。
十分過ぎる。
こんな特別な日に、これだけの思い出を作れた。
これ以上は、望んじゃダメだ。また、日を改めればいい。
そう自分に言い聞かせて、他のメンバーの様子でも見に行こうかなと思ったその時。
テーブルの上に置いてあったスマホが震えた。
この振動のパターンは、通話の着信だ。
(誰だろう…?ほとんどのメンバーは楽屋にいるから、電話なんてかけてくるわけないのに…)
手にとって画面をよく見ると、以外な名前が表示されていた。
【飛鳥さん】
(ええっ?!いま…?どうして…?)
とにかく、先輩を待たせるわけにもいかない。
その一心だけで通話ボタンを押して、耳に神経を集中させた…
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