さくらと遥香

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飛鳥さん卒コン 編

飛鳥さんとの約束

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「すみません、ちょっと通りますっ…」

ライブ終演直後で、所狭しと動き回っているスタッフさんをかわしながら廊下を急ぐ。
さきほど着信があった、飛鳥さんが待つ楽屋へ向かうためだ。

『えんちゃん、いまみんなの楽屋にいる?もし、大丈夫だったらでいいんだけど、〇〇って部屋まで来れる?』

(さっきの電話の飛鳥さん、一体どうしたんだろう…?)

今日のライブの主役である飛鳥さんは今、関係者席に来ていた皆さんの対応をしているはずだ。
飛鳥さんがこれまで共演した方とか、お仕事でお世話になった方とか。グループ結成当初から活動してきた歴史がある分、関係者の人数だって多いはず。

そんなタイミングで私が呼ばれる理由なんて、思いつかない。

(私と飛鳥さんの、共通の知り合いが来てくれてた?それか、紹介したい人が来てくれてる?でも、今までそんなこと一度もなかったし…)

速歩きしながら考えてみたけど、やっぱり分からない。

まあ、いいか。答えはもうすぐ分かる。
飛鳥さんがいる楽屋の前に着いてしまったから。

「ふぅ~…」

少し息が上がってしまったので、深呼吸を一つしてからドアをノックする。

(誰がいるのか分からないけど、失礼のないようにしなくちゃ…)

[コン、コン]

「飛鳥さん、あの、私です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ごめんね、みんなと一緒にいたのに、来てもらっちゃって」

「いえ、そんな、いいんです」

飛鳥さん一人のための楽屋だからか、そこはシンプルな部屋だった。
飲み物が置かれたテーブルを挟んで、3人くらい座れそうなソファが向かい合っている。

楽屋で待っていたのは、飛鳥さん一人だった。

つまり、今この空間には、私と飛鳥さんの二人だけ。

(知らない人がいなくて、余計な緊張をせずに済んだけど…)

これはこれで、緊張する。
今日いちばん忙しいと言っても過言ではない人と一緒にいるなんて。

「あの、飛鳥さん、今って、お時間は大丈夫なんですか?」

「あ、うん、ちょっとだけならね。なんか、いろいろ予定が変わって時間が空いちゃったみたい」

飛鳥さんの話によると、挨拶に来てくれる予定だった共演者の方に緊急の用事が出来たらしい。結果、その方のために確保しておいた時間が空いてしまったのだ。

急に予定を前に詰めると以降の予定も全てずれてしまいかえって混乱を招くので、少しだけ休む時間をもらえたらしい。

(でも、今日みたいな特別な日の貴重な時間を私が取っちゃっていいのかな…?もっと、飛鳥さんと付き合いの長い3期生の皆さんのほうが…梅澤さんとか、美月さんとか…)

「えんちゃん?」

「は、はいっ!」

「今は、私からお願いして来てもらってるんだからね?いい?」

考えていたことが、それほど分かりやすく顔に出ていたんだろうか。
いや、きっと飛鳥さんだからバレてしまったんだろう。これまで私の面倒をいちばん見てくれた人だから。

「はい、でも、その、どうして私なのかなって…あ、もちろん、嬉しいしありがたいんですけど…」

「う~ん、なんか、いちばん先に浮かんだのがえんちゃんだったから。一人でぼーっとして休もうかなとも思ったけど、みんなの先輩でいれるのも今日が最後なんだなって思ったら、誰か来てもらいたくなって…だから、変に遠慮しないでね?」

なんて嬉しいことを言ってくれるんだろう。

そうだ。
今は素直に、飛鳥さんと一緒にいれる時間を大事に過ごそう。

「はい…飛鳥さん、ありがとうございます」

そこからは、昨日今日と飛鳥さんと私の二人だけで披露した曲を振り返ってみたり、ライブの感想を伝え合ったりした。
2日間かけて行なわれた卒業コンサートには飛鳥さん自身も大満足しているようだ。
そんなライブに私も関われたことが嬉しい。
すごく、良いライブだった。これ以上ないくらいに。

私のアイドル人生の中でも、きっと特別な日になるだろう。

ただ…

やっぱり、あのことが気になる。

私とかっきーの、特別な関係。
私とかっきーが、周りに内緒で付き合い始めて、もう1年以上になること。

今日みたいな特別な日に飛鳥さんと二人きりになれるチャンスが突然訪れたことで、余計に意識してしまう。

(今なら、言ってもいいのかな…?)

でも、落ち着いて話せるほどの時間はないかもしれない。
それに、やっぱり私の個人的な話で飛鳥さんの時間をもらってもいいんだろうか。

私が心の中でそんな葛藤をしながらうつむきがちになっていると、向かいに座っていた飛鳥さんが私の顔を覗き込んできた。

「えんちゃんさぁ、あの約束、覚えてる?何かあったら私にすぐ言う、ってやつ」

あの約束。

忘れるわけがなかった。
あれは、私がセンターに選んでもらった表題曲のMV撮影中に、プレッシャーに押しつぶされそうになって泣いてしまった時のこと。
私の異変にすぐ気付いた飛鳥さんは、あのいたずらっぽい笑みを浮かべてぐいぐいと迫ってきて。
かと思ったら、真剣な顔で私の目をまっすぐに見つめて、私の心のもやもやを吐き出させてくれた。

「覚えてますよ、もちろん。本当に、飛鳥さんには何でも聞いてもらいましたから」

「ふーん。まぁ、私がそうしたかったからしてきただけだよ。で、今なにかあるの?」

「えっ…?」

「あの約束、まだ終わらせたつもりはないからね?少なくとも今日までは」

(いや、たしかに、あの約束がハッキリと終わったわけではないけど…)

まさか今日のこのタイミングでも、私の心配をしてくれるとは思っていなかった。
誰がなんと言おうと、今日の飛鳥さんだけは自分のことだけ考えていればいい。それが許される存在なのに。

でも。

こうなった飛鳥さんからはどうやっても逃れられないことを、私は知っている。
これまでもそうだった。
いまも私の目の前にある、とてつもなく美しくい小顔を接近させ、相手にノーと言わせないのだ。
ただ、私はそれが飛鳥さんの優しさだと知っている。

おかげで、ようやく決意が固まった。

「あの、飛鳥さん…実は、ご報告、というか、飛鳥さんにだけはお伝えしておきたいことがあって…」

「えっ、うん、でも、このタイミングで私にだけ卒業発表とかやめてよ?」

「いえっ、違うんです。そういうんじゃなくて、もっと、個人的なやつで…それに、わるい報告では、ないと思います…」

「なんだ、よかった。ごめんね、話の腰を折っちゃって」

私も飛鳥さんもなんとなく姿勢を整える。
そうして私は、あの日のことを話し始めた。

「去年の2月にやった46時間TVの二日目って、覚えてますか?飛鳥さんと私で司会をやらせてもらった時の…あの日の夜、のことなんですけど…」

~続く~
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