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エピローグ
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最終審査から一か月が経ち、季節は少しずつ秋へと向かっている。
「絢、お待たせ!」
玄関から慌てた様子で出てきた玲は、息を切らしている。相変わらず朝が弱いんだから、と心の中で苦笑する。でも、この変わらない日常が私を安心させてくれた。
歩きながら、あの日のことを思い出す。
最終審査が終わって、私は玲に気持ちを伝えた。そして、私の好意がどんな行為を望む好意なのか、どうしてもあの場で伝えたくて。キスという実力行使に出た。あの時の勇気と行動力はどこから生まれたんだろう。私の中から生まれた、しかないんだけど。
困った様子の玲を見て、私はつい謝罪の言葉を口に出してしまった。
玲は、そんな私を抱き締めてくれた。
あれ以来、玲からは返事らしい返事はもらっていないけど、私はそれでいい。玲の気持ちを聞くために、自分の気持ちを伝えたわけじゃないから。
私の気持ちが玲に伝えられたなら、それだけでいい。
もしも玲が、私に何か伝えてくれる日が来るなら。それは、玲のタイミングで決めてくれたらいい。
告白した後は、合格者の発表があった。
私と玲のエントリーナンバーが呼ばれることはなかった。
つまり、2人とも不合格。
最終審査で現役メンバーのヤバいファンだと思われるような本心を暴露をしてしまった私はともかく、玲ならもしかしたら。そう、思っていたけど。現実はあっけないものだった。
残念な気持ちはもちろんある。でも、後悔はない。
オーディションを受けたことも、最終審査で本心を打ち明けて台無しにしたことも。そして、玲に本心を伝えられたことも。
結果を聞いた後の玲も、どこか清々しい顔をしていた。私と目が合うと、少し困ったような笑顔を向けてくれた。アイドルになっても、なれなくても、玲の笑顔は私の中でいちばん眩しい。
オーディション会場を出ようとしたら、審査会場でも見かけた女性のスタッフさんっぽい人に呼び止められた。私と玲、二人同時に。
案内されるまま、小さい会議室みたいな部屋で隣り合って座る私と玲。テーブルを挟んで向かい合って座ったスタッフさんからの話はこうだった。
「今回のオーディションではこのような結果になり、申し訳ありません。ただ、オーディションとは別で、国内の各都市でレッスンを積んでいただく研修生というプロジェクトを新たに企画しております。実は私がその責任者でして……もしご興味がありましたら、ご両親にも相談して、じっくり考えてみてもらえませんでしょうか」
まさかの提案だった。一度は不合格を告げられた私たちに、まだ夢を追いかけるチャンスがあるらしい。
~~~
「絢、早く行こ!」
玲の声で、現実に引き戻される。今日は、研修生としてレッスンを受ける初日だった。
ただの幼馴染で同級生だった私たちだけど、今日からは研修生の同期でもある。これが、オーディションを経て変わったことだ。
もうひとつ、変わったことがある。
私は、隣を歩く玲の手をそっと握ってみた。
玲の手がわずかに硬直して、驚きと迷いが伝わってくる。でも、やがて観念したようにぎこちなく握り返してくれた。
「絢、ちょっと変わったよね……大胆になったっていうか…」
「嫌?」
「嫌……じゃない。ちょっと、恥ずいだけ…」
「じゃあ、これからもつなぎたい時につなぐね」
「……やっぱり、変わったよ」
玲に触れたいと思った時は、もう迷わないことにした。
もし玲に拒否されたら、その時はその時考える。
まずは私が玲に触れたいって気持ちに従いたいし、玲にもそれを伝えたい。
信号が赤になり、立ち止まる。青になるのを待っていると、後ろから玲に呼ばれた。
「ねぇ、絢」
振り向いた瞬間、玲の唇が私の左頬にそっと触れた。
「えっ……?」
ほんの一瞬だったけど、潤いと温もりと柔らかさを確かに感じた。
「今のは、これからもよろしくねって意味の、だから。そんな、深い意味はないから」
玲は、ななめ下を見ながら恥ずかしそうに言う。耳が真っ赤になっている。
その姿があまりにも愛おしくて、お返しにその場で唇を奪いたくなる。でも、人目もあるのでさすがに我慢した。
玲も、ちょっとずつ変わっているのかもしれない。
私は嬉しくなって、玲の手を強く引いた。
「行こう、玲」
私たちは、手をつないだまま、信号を渡る。これから始まる研修生としての生活。一体どこまでいけるんだろう。そして、玲との関係はどうなっていくんだろう。私の心は、期待で胸が膨らんでいた。
~完~
「絢、お待たせ!」
玄関から慌てた様子で出てきた玲は、息を切らしている。相変わらず朝が弱いんだから、と心の中で苦笑する。でも、この変わらない日常が私を安心させてくれた。
歩きながら、あの日のことを思い出す。
最終審査が終わって、私は玲に気持ちを伝えた。そして、私の好意がどんな行為を望む好意なのか、どうしてもあの場で伝えたくて。キスという実力行使に出た。あの時の勇気と行動力はどこから生まれたんだろう。私の中から生まれた、しかないんだけど。
困った様子の玲を見て、私はつい謝罪の言葉を口に出してしまった。
玲は、そんな私を抱き締めてくれた。
あれ以来、玲からは返事らしい返事はもらっていないけど、私はそれでいい。玲の気持ちを聞くために、自分の気持ちを伝えたわけじゃないから。
私の気持ちが玲に伝えられたなら、それだけでいい。
もしも玲が、私に何か伝えてくれる日が来るなら。それは、玲のタイミングで決めてくれたらいい。
告白した後は、合格者の発表があった。
私と玲のエントリーナンバーが呼ばれることはなかった。
つまり、2人とも不合格。
最終審査で現役メンバーのヤバいファンだと思われるような本心を暴露をしてしまった私はともかく、玲ならもしかしたら。そう、思っていたけど。現実はあっけないものだった。
残念な気持ちはもちろんある。でも、後悔はない。
オーディションを受けたことも、最終審査で本心を打ち明けて台無しにしたことも。そして、玲に本心を伝えられたことも。
結果を聞いた後の玲も、どこか清々しい顔をしていた。私と目が合うと、少し困ったような笑顔を向けてくれた。アイドルになっても、なれなくても、玲の笑顔は私の中でいちばん眩しい。
オーディション会場を出ようとしたら、審査会場でも見かけた女性のスタッフさんっぽい人に呼び止められた。私と玲、二人同時に。
案内されるまま、小さい会議室みたいな部屋で隣り合って座る私と玲。テーブルを挟んで向かい合って座ったスタッフさんからの話はこうだった。
「今回のオーディションではこのような結果になり、申し訳ありません。ただ、オーディションとは別で、国内の各都市でレッスンを積んでいただく研修生というプロジェクトを新たに企画しております。実は私がその責任者でして……もしご興味がありましたら、ご両親にも相談して、じっくり考えてみてもらえませんでしょうか」
まさかの提案だった。一度は不合格を告げられた私たちに、まだ夢を追いかけるチャンスがあるらしい。
~~~
「絢、早く行こ!」
玲の声で、現実に引き戻される。今日は、研修生としてレッスンを受ける初日だった。
ただの幼馴染で同級生だった私たちだけど、今日からは研修生の同期でもある。これが、オーディションを経て変わったことだ。
もうひとつ、変わったことがある。
私は、隣を歩く玲の手をそっと握ってみた。
玲の手がわずかに硬直して、驚きと迷いが伝わってくる。でも、やがて観念したようにぎこちなく握り返してくれた。
「絢、ちょっと変わったよね……大胆になったっていうか…」
「嫌?」
「嫌……じゃない。ちょっと、恥ずいだけ…」
「じゃあ、これからもつなぎたい時につなぐね」
「……やっぱり、変わったよ」
玲に触れたいと思った時は、もう迷わないことにした。
もし玲に拒否されたら、その時はその時考える。
まずは私が玲に触れたいって気持ちに従いたいし、玲にもそれを伝えたい。
信号が赤になり、立ち止まる。青になるのを待っていると、後ろから玲に呼ばれた。
「ねぇ、絢」
振り向いた瞬間、玲の唇が私の左頬にそっと触れた。
「えっ……?」
ほんの一瞬だったけど、潤いと温もりと柔らかさを確かに感じた。
「今のは、これからもよろしくねって意味の、だから。そんな、深い意味はないから」
玲は、ななめ下を見ながら恥ずかしそうに言う。耳が真っ赤になっている。
その姿があまりにも愛おしくて、お返しにその場で唇を奪いたくなる。でも、人目もあるのでさすがに我慢した。
玲も、ちょっとずつ変わっているのかもしれない。
私は嬉しくなって、玲の手を強く引いた。
「行こう、玲」
私たちは、手をつないだまま、信号を渡る。これから始まる研修生としての生活。一体どこまでいけるんだろう。そして、玲との関係はどうなっていくんだろう。私の心は、期待で胸が膨らんでいた。
~完~
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