あの夕方を、もう一度

秋澤えで

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やり直し

分かれ道

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「確か、このあたりだったか……、」


三日間、ほぼ歩き詰めでおれ、8歳のアルマ・ベルネットは隣町のアルムファブリケにたどり着いた。道中に武装した人々がいたため、身を隠しながらの移動となったせいで、隣町だというのに随分と時間がかかってしまった。足の裏がジンジンと痛い。いまだ感覚を思い出せない子供の身体ではペース配分がうまくできない。ついつい大人の感覚で歩いてしまうため体力のない自身の身体に苛立ちが募る。

やっとのことで着いた街はやはりおれの幼いころの記憶にある通り、ボロボロであった。かつては武器の製造で名を馳せていた見る影もない。

生きていたころに一度調べたことがあった。故郷であるフェールポールの特産品が鉄や鉄鉱石、銅などの鉱物で、ここアルムファブリケの特産品が鉄性の武器などであった。この二つの街は交易が盛んで、フェールポールからアルムファブリケが鉄を輸入し、その鉄から武器を作り国中へ売り出していた。アルムファブリケの経済はフェールポールの鉱山によって成り立っていたため、フェールポールの鉄を相場より高い値で輸入することでそれらの鉄をほぼ独占していた。逆に言えばフェールポールの経済は高値での鉄の輸出に応じてくれるアルムファブリケによって支えられていた。


良い交易関係を結んでいたはずだった。しかし何があってこの関係が崩れたのか、争いが起こったのかは定かではない。おそらくは交易上のトラブルがあったのだろうが、はっきりしない。


かつてここへ訪れたとき、果たして18年前と表現していいのかわからないが、ただ自身の故郷に攻め入ったアルムファブリケを恨んでいたが、今改めて争いを傍観すると一方的な殲滅ではなく戦争であったのだと理解する。アルムファブリケもまたフェールポールと同じく燃やし尽くされ、無差別に人が殺されている。ただここはフェールポールより街に鉄そのものが使われているためか、炭と化すものは少なく、酸化していたり溶けていたりするものが多い。少なくとも、もはや人の住める状態ではないことはわかる。



重くなった足を半ば引きずりながら人気のなくなった街に足を踏み入れた。あまり記憶にはないが大きな通りへ出ると、アルムファブリケ特有の武器屋がずらりと並ぶ。おそらく侵攻時に使われ、一部は略奪されたのだろう、店内はほとんどからっぽで残っているのは一般人が使いにくいものや予備の部品、作りかけの武器など。使い方が誰にでも分かり殺傷能力の高い刀や銃、鎌などは一つとして残されていない。

だがおれが捜しているのはそれらではない。

一つの武器屋の前で足を止めた。掲げられている看板はひしゃげ、煤けている。だがそれは間違いなく、あの時迷い込んだ武器屋であった。勝手知った家のように奥へと進み物置へと向かう。

かつておれがここに来たときは確か食べ物を探していたのだ。何日も飲まず食わずで、ここへ来て初めて略奪という犯罪行為を試みていた。それまでは本当に一般人と言うにふさわしい子供だった。そしてここから、生きるために手段を択ばなくなった。いや、選べなくなっている現実を受け止めた。それこそ、メンテで会うまで。あいつがおれを獣から人間に変えた。

扉の壊された物置に首を突っ込む両側の棚には未だたくさんの部品が入った木箱が並んでいる。おそらく下段には武器が入っていたのだろう、空箱が散乱しそのいくつかは破壊され埃と木の破片が床を覆っている。しゃがみ込み、その破片を退けて目当てのものを探す。ほとんど傷の無い掌を木屑が傷つけた。指先からはぷくりと血の玉がにじんだ。しばらくごそごそと探っていると硬くて冷たいものに手が当たる。


「あった……!」


皮のベルトに手をかけずるりと引きずり出す。
黒々とした鉄でできた、冷たい爪。前回使い慣れていた、最期の瞬間まで身につけていた身体の一部とも言える武器。

ごとり、と重い爪を床につけたままベルトに手を通す。一般的な爪と違い、手をベルトに通し爪の付け根に指を突っ込み使う。一般的な武器でも既存の武器でもない。おそらく店主が作った試作品か何かなのだろう。それでも、前回は随分とこれに世話になった。

サイズの合わない爪を、ベルトを締めることによって無理やり手に付ける。立ち上がると右腕だけが重く少し歩いただけでふらついた。この爪のサイズがちょうどよくなったのはいったいいくつの時だっただろうかとため息を吐いた。使いこなすにはまだまだやはり時間がかかりそうだ。重い指を動かすとそれに合わせて黒い爪が動く。慣れ親しんだ武器にほう、と息を吐く。サイズが合わないのは仕方がない、このままでも使えないことはないだろう。


さて、と後ろを向き出口へと足を向ける。先ほどまでなかった気配を店内に感じる。実際はわからないが、おそらくおれが一人でこの店の中に入って言ったのを見たのだろう。前回は、状況を理解しこのアルムファブリケまで来るのに数週間かかったのだが、あの時会った男はまるでおれに会うためだけに配置されたように目の前に現れるのだろう。

ガタン、と棚が倒れる音がする。空け放された物置からは窓から入る日に照らされ舞い上がる埃がよく見える。前回は人の気配に怯え、物置で身を潜めていた。だが今は違う。気配を殺して、物置へ男がやってくるのを待ち構える。物置の奥へと身を隠し、痛んだ板を踏む硬い足音に耳を澄ませた。

あの時の男が持っていた武器は安っぽく身の短いダガ―だった。この爪も攻撃範囲が狭いため武器の不利有利はない。だが狭いこの物置であれば有利なのは身体の小さいおれだ。ギリギリまで引き付けて、それから懐に飛び込み胸を一突き。力はなくとも爪の重さと勢いで押せば、引きずり出すことこそできずとも心臓をつぶすことくらいは可能だろう。鋭くとがった爪の先をそろりと撫でた。

物置の狭い入り口に人影が写る。逆光で顔は見えない。だが確かに、見覚えのあるくすんだ金髪が見えた。


予定調和とは偉大である。



******



メタンプシコーズ王国南東に位置する、商業に栄えた街ラルムリューに王国軍南東支部は置かれている。組織的な犯罪も、革命軍による活動もないラルムリューの南東支部は全8支部の中でも最も軍事力が小さく最も退屈な支部である。

そんな支部に珍しく本部からの援軍が訪れたことにより、ぬるま湯に浸かった兵たちはどこか恐々としていた。怯えとともに送られる奇異の目にラパン・バヴァールは舌打ちしたくなった。


「カルムクール少佐ぁ、ちょっと鬱陶しくないっすかぁ?」
「まあそう言ってやるな。本部との関わりが薄いってことは支部だけで基本的に何とかなるってくらい平和ってことだろ。」


佐官以上のみ着用を許されたデルフト・ブルーのコートを翻し朗らかに上司、カルムクール・アムは笑った。ラパン達本部勤めの一挙手一投足にびくびくする支部勤めの兵を見るのは、神経質な質ではないながらもあまりいい気分ではない。

勤務する基地が違うというだけで、階級は大尉の自分や少佐である上司よりも高い者もいるだろうに、どこか遜ったような態度の兵が多い。確かに本部勤めと危機感の薄い地方支部勤めの軍人では本部勤めの方が純粋な力では強い。だがそれもあくまで有事の際の話である。平時では力の差など関係ないのだ。必要以上に委縮する必要はない。

もっとも、今回本部から援軍が送られてきた理由を知っている王国軍南東支部の上級士官ならば畏怖の目で見られるのも頷ける。日々戦地に身を置く軍人からすれば、今回の一件は目を背けたくなるほどのことではない。よくあることと言ってしまえる、むしろ軽い方だと笑い飛ばせる程度でしかない。ただ平和ボケした軍人には刺激が強すぎたようだった。


「それに今回はことがことだ……おれたちが忌避されたり怯えられたりするのも仕方ねぇ。任務だとしても、それだけのことをしたんだからよ。」


前を歩くカルムクールの表情は見えないが声色が憂いを含んでいるのを察し軽く眉をあげた。佐官にもなれば軍内部の汚い部分も多かれ少なかれ見えてくるだろうに相変わらずいまだに彼の良心は痛むらしい。これから昇進すればするほど政治的思惑の絡んだ任務や国軍内の内情に触れる機会が多くなるというのに、やっていけるのかと俄かに心配になるが、仕事となると心を鬼にして一切の私情を挟まず遂行することができるため周りからの評価や昇進に影響がでることはないだろう。

問題があるとすれば彼の精神的負担についてだが自分にできることはないに等しい。せめて彼が耐え切れなくなり退役するときは、それに続こうと思うくらいだ。決して優しくはないこの世界は清廉潔白な英雄の存在を許さない。


「ま、おれたちどころか王国軍全兵士が同罪ですから、そんなに気に病まなくてもいいっすよ。だれかがやらなきゃいけなかったんですし、むしろ放っておいたら国にとって危なかったかもしれなかったんすから。」
「それはわかってんだけどな……頭では理解できていても、もしかしたら危なくなかったかもしれないと思うと、遣り切れねぇ。」

「んなこといってちゃあキリないっすよ。終わったことをうじうじ気にするより前向いて楽しいこと考えましょうよ。今回の任務成功でたぶん昇進の声掛かりますよ?カルムクール中佐殿。」
「まだ中佐じゃねえ。おれのことよりお前のことの方が気になるが、ラパン・バヴァール大尉殿。お前前回の昇進の話蹴ったろ。また蹴るつもりか?」


うまく話題を逸らしたつもりだったが、これは愚策であったと気づく。あまり昇進についてせっつかれるのはラパンにとって少々痛い。


「おれは佐官になれるような実力なんかないっすから。成果あげてるって言ってもいつも一緒に組む仲間が優秀なだけっすよ。」
「嘘つけ。お前には少佐くらいの実力はとっくにある。謙虚さも、そこまでいけば悪癖だぞ?」


どうとも言わずヘラヘラと笑って濁せば、小さくため息を吐いただけでそれ以上追求しようとはしなかった。信用してるから必要以上に訊かない訳ではなく、相手が誰であろうと彼はきっと話したくなさそうな雰囲気を察し、口をつぐむだろう。

紛れもないイイ人なのだが、ある程度の苛烈さが要される軍人に向いているとは言いがたい。しかしその甘さゆえに軍内で仲間や部下から慕われ、人の上に立つのに必要な人望を得ているのも事実だ。将官ほどになれば煙たがられるかもしれないがタカ派でもない者からすれば、彼は理想的な公僕だ。

かく言う自分もまた彼の人柄に惹かれる者の一人だ。大抵のことに関して冷めているラパンと、情に厚いカルムクールは対照的だ。だが対照的だからこそ気になってしょうがない。出会った時こそ、その甘さを嘲笑っていたが今ではその甘さを補うため積極的に世話を焼いてるあたり、自分も大概毒されている。
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