あの夕方を、もう一度

秋澤えで

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狂う針 2

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気づいてしまった。もう自身は革命軍のアルマ・ベルネットでないということに。

以前から気づいていた、だがおれは意図的に考えないように思考に蓋をし続けていた。だがカルムクール・アムという存在の死によって、蓋は取り払われてしまった。

そもそもメンテのことをあれほど優先してきたのは、フェールポールを出てからずっと不遇の身であり、地獄のような底辺で生きてきた。しかしメンテに出会い、強引に掬い上げられた。一人で過ごしてきたのに、仲間ができ友人ができ、極小だった世界は大きく広がった。

メンテ・エスペランサは、アルマ・ベルネットにとっての救いの神だった。


ではカルムクール・アムはどうだろうか。

フェールポールを出てから軍に入るためラルムリューに向かい、予期せずカルムクールに拾われた。利用するために近づいたおれをまるで本物の家族のように扱い、部下としても非常に目を掛けた。子供らしさのかけらもないおれを気にすることもなくただよくできた奴だと笑った。


革命軍のアルマ・ベルネットにとって、メンテ・エスペランサこそが救いの神であり、知らず死んでいったとある中将は赤の他人だ。

王国軍のアルマ・ベルネットにとって、カルムクール・アムは恩人であり、上司だった。革命軍の総長は赤の他人で、仇だ。


もう自分は王国軍のアルマ・ベルネットだった。
同時に嫌でも気づかされることは、滑稽とも思える独り相撲。

いったい昔の自分は何を考えてきたのだろうか。
この二度目の世界に、おれの知っている総長、メンテ・エスペランサはいないのだ。
いるのは見ず知らずメンテ・エスペランサという人間。この世界に生きるメンテ・エスペランサは、アルマ・ベルネットにとっての恩人でも何でもない。

そんな人間を助けていったい何になるのだろうか。
助けたとして、自分はどんな顔をすればいいのだ。

そこに生きるのはおれの知らない人間だ。


カルムクール・アムの死によって自分の最大の望みがわからなくなってしまった。

喜ぶべきなのに腹の底にどろりとした憤りがある。

アルマ・ベルネットはカルムクール・アムがメンテ・エスペランサにより殺害されたことを怒っていた。


「お前はどうするつもりだ。軍に残るか?」
「……残るつもりだ。あの人がいなくても、おれはここですることがある。」
「カルムさんを殺した政府の狗であり続けたいと思うのか?」


どうするべきかわからない。

メンテに対して戸惑いを覚えている。
情報をリークし裏切ったソンジュに対し怒りを持っている。

メンテのために、革命軍のために動いていたつもりだったのに。ソンジュが裏切るのを止めようともしなかったのに。


指針を今一度、正さなければならない。


「ああ、革命軍の動きが最もわかる位置に、居たいんだ。」


もうすでに引き返せない位置の一歩手前に来ていた。



**********



「ヒムロ、この箱で良かったな?」
「はっ、こちらの電話で正しかったと!スピーカーから音がしてから送話器をフックから外すようです!」


私宅の一室、人払いのされた部屋で側近のヒムロを伴いリチュエル・オテルは一つの機械と向き合っていた。
あちらから秘密裏に送られてきた機械は以前難破船から回収したものと同じ型で、それを電話といった。送られてきて数週間、使ったことはないため、実際にそれが本物か、正しく作動するか、リチュエルにはわからなかった。


「……それにしても、こんなもので離れた人間と話ができるのでしょうか?」
「さあな。技術部の者は理論上できると言っていたが、私はそういうことには明るくない。……もし使えなければ革命軍に交渉の意思がないということだろう。」


すでに10通を超えた”涙を流す者”からの手紙。相変わらず人よりもはるか先を見通すような内容で、その指示に従い、こうして国の逆賊である革命軍と接触を図ることになった。

本来であれば信じるべきではない。だがリチュエルはこの”涙を流す者”は信頼に値すると感じていた。疑念に疑念を重ねてきた。”涙を流す者”の手紙は一方的で、こちらから連絡を取ることは叶わない。しかし手紙の差出人はまるでリチュエルの疑念をすべてわかったように一つ一つその疑いを晴らして見せた。

革命軍、政府、王国軍、すべての組織に精通している上にまるで未来を知っているかのようにぴたりと最良と思われる道を示して見せる。

何が目的でこうして王国政府の宰相である自身に接触を図っているのか、そのメリットはうかがい知れない。差出人は決して自身について話すことはない。だがもし革命軍から連絡が来るのであれば、少しはその姿も見えてくるだろう。

壁に掛けられた時計を見ながら、指定された時間になるのを待つ。リチュエルよりもその後ろに控えるヒムロの方が落ち着きなく時計とスピーカーの間に目線を彷徨わせていた。


「……閣下、」
「どうした。」
「妹が一人、情報局にいます。情報収集にたけ、私と違い使い勝手の良い奴です。よろしければ、革命軍への密偵にでも使ってやってください。」


珍しく歯切れの悪いヒムロ。やたらとそわそわとしていると思えば、王国軍の情報局にいるという妹の話であった。つい口の端で笑う。


「密偵、な。人質の間違いではないのか?」
「それでもかまいません。」

「素直に助けてやってくれと言えば、こちらで匿うのだが?」
「どうせなら都合よく使った方が良いでしょう。革命軍に入れることのできるちょうどいいわけもあることです。」


王国軍本部情報局に勤めるヒムロの妹、同じくこの国にらしくない名前をした彼女は今王国軍に情報をリークしたのではないかと実しやかに囁かれている。単純に助けを乞われれば、この青年の妹の一人や二人匿うことは造作もないことだが、妙なところで生真面目な彼はそれを許さないらしい。兄曰く、事実無根であるらしいが、御誂え向きと言ってしまえばそうなのだ。人質にしても、潜入員にしても、王国軍での不遇を理由にすれば革命軍に入るに十分な理由に成り得る。王国軍からの退役と革命軍との窓口、一石二鳥だ。何にせよ、彼女はもう王国軍にはいられない。そう立たないうちに処刑命令が出るだろう。


「どうであれ、この電話が鳴るか、それが問題だ。」


壁に掛けた時計の針が、真上を指す。ごくりと唾を飲み込んだとき、スピーカーから電子音が鳴った。
ごつごつとした送話器を手に取り、かたずをのんでスピーカーに目を向ける。


『こんばんは、そちらはメタンプシコーズ王国宰相リチュエル・オテル殿で間違いはないかい?』


ざりざりとした音の向こうから、若い男の声が聞こえた。

これが、異国の技術力、電話というものか。驚きのあまり言葉を失ったが、すぐに送話器に声を入れる。交渉の場において、不要な沈黙は相手への漬け込む的になってしまう。


「ああ、私はリチュエル・オテルだ。人払いはしてある。……それで君が”涙を流す者”か。」

「私が?いいや、私は”涙を流す者”ではないよ。私もまた彼に貴方との協力を提案された者。」


雑音混じりの声に偽りはない。


「改めて自己紹介しよう。初めまして、私は革命軍二代目総長、メンテ・エスペランサ。」


よろしく頼むよ、とつい先日政府の法改正会議を襲撃した逆賊の長は親し気にそう言った。
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