胡蝶の夢

秋澤えで

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中等部編

先輩

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「こんにちは、えっと……、」

「あ、そう言えばまだ名前言ってなかったね。二年生、生徒会副会長の山岡鉄司やまおかてつしです。この前は本当、うちの会長がごめんね。」


生徒会の方改め、山岡先輩は僕の腕の中にあるバベルの塔の約3分の2を取り上げ隣に並ぶ。


「あの、山岡先輩?」

「これ、進路指導室に持っていくやつだよね。手伝うよ、僕も生徒会室に用があるんだ。」


光の早さで手伝いを断る理由を潰された。

しれっとそのまま僕と進路指導室へと向かう。残念ながらそれを断る口実が思い浮かばない。だがまあ山岡先輩は攻略キャラクターではないので大した問題はないと思うが、この状態で黄師原とは遭遇したくない、切実に。

この状態を打開することもできず、結局指導室まで運んでもらってしまうことに。ありがたいにはありがたいのだが、いまいち素直に喜べない。


ちらりと隣を観察してみる。黒髪色白、高身長だが線が細いので背が高い、というよりも縦に長いという印象を受ける。黄師原と並ぶととても地味で頼り無さげだ。もっとも、入学式のときに黄師原の頭を引っ叩いていたので、そういう力関係は対等、もしくは山岡先輩が上なのだろう。


「ん?どうしたの?」

「え、いやその……、」


ついついじっくりと見てしまい、不思議そうな顔をされる。怪訝な顔をされるよりマシだがよくはない。更に言うならば、話題がない。気まずい、と言うほどではないが沈黙が耳に痛い。生徒の殆どいない廊下では殊更静けさが身に染みた。


「あー、えっと……その、山岡先輩はどうして生徒会に入ろうと思ったんですか?」


うん、これだ。不自然でない切り口。

その場しのぎの質問だったが改めて考えると、あまり山岡先輩は上に立って人をリードするようなタイプには思えない。物腰も柔らかで、どちらかといえば図書委員とか環境委員の様に、人畜無害を極めていそうなタイプだ。その上会長は黄師原。彼とは全く違う人種のように見える。


「ふふっ、別に入ろうと思って入ったんじゃないんだよね、これが……、」

「え?生徒会って立候補制じゃないんですか?」


どこか顔に影を落とす先輩に素で質問する。生徒会、というとまさに学校のために有志で集まった組織、というイメージを持っていたのだが。でもそれだと尚更山岡先輩には当てはまらない。


「天原学園ではさ、生徒会長は立候補制で毎年一回三月に選挙管理委員会主催で新二年生と新三年生だけ集めた、生徒会長選挙が開かれるんだ。二年生は自分達が着いていきたいと思う立候補者を、三年生は最後の中学生活の一年を任せても良いと思う立候補者を選ぶんだ。二年生はともかく三年生は必死だよ。最後の体育祭や文化祭が生徒会のせいでグダグタになるなんて思いたくないからね。」


確かに、と頷く。三年生の殆どがそのまま天原学園中等部から高等部に進学するのだが、上位者の一部は更にレベルの高い学校へ編入するために、三年生の一年を勉強に注ぐことになる。

編入しない生徒も生徒で、天原学園はそこそこのレベルの進学校、勉強もせずにいられるような金だけ積めば入ることのできる私立とは違うのだ。中等部から高等部に入るためには試験のようなものがある。ような、と言うのも、一般の高校入試ではないが、内部生は内部生で特別な試験を受けることになる。それほど極端に難しい内容でも無いので、きちんと授業を受けていれば失敗することはない。だが最低限の勉強を怠り、遊び呆けていると試験で転び、最悪そのまま退学ということもあるのだ。

そんなのはほんの一握りであるものの、毎年そんな生徒が出てしまっているので三年生は戦々恐々としてしまう。


そんな三年生の唯一といっても過言でない息抜きのイベントが文化祭、体育祭、そしてハロウィーンらしい。……前者はともかく、ハロウィーンのイベントがある理由は曰く『正直クリスマスに何かやりたいけど、試験間近じゃ……じゃあハロウィーンにしておこうか。』というものらしい。もっとも、真偽のほどは定かではないが。


「では、他の役員はどうやって決めるんですか?」

「それ、それなんだよ赤霧さん……!」


陰った顔から更に悪化して、げんなりとした顔になる。嫌なら聞かないでおこうとも思ったが、彼のこれは愚痴に近いもので割と話したがっているようなので、歩みは止めず続きを促した。


「生徒会長以外の役員……つまり、副会長、書記、会計は会長の指名制なんだっ……!」

「あー……なるほど。」


何となく展開が見え、苦笑いをこぼす。確かに山岡先輩は頼まれたら断れなさそうではある。


「その指名って強制で、断れないんですか?」

「……いや、紙面上では断れることになってる。僕ももちろん断ったよ?こういう、何て言うの?上に立つ、リーダーとかはさ、どう考えても器じゃないんだ。」


首を傾げる。断ったのになぜ彼は副会長に落ち着いてるんだろうか。それに器がないわけじゃないと思う。副会長は会長を支え、至らぬ点をフォローする役……生徒会、というイメージとはずれていても、入学式での振る舞いやこのような気遣いを見る限り、副会長などサポートのポストに収まるだけの器はあるように見えた。


「そうやって、自信がないとか器じゃないとか言って断ったんだけど……。本人は断ったけど、回りがね……。」

「回り……?友達とかですか?」

「いや……先生たちから懇願された。あのさ、入学式の時はごめんね。見た通り煌太郎、会長って気が強いというか我が強いというか……。どうにも原則が最も正しく、例外なくその他は認めないっていう風に物凄く極端なんだ。間違ってはないけど頭が固すぎて融通が聞かない。初めはそうでもなかったんだけど、だんだん周りとの軋轢が生まれ出しちゃって。……気がついたら煌太郎の回りに僕しかいなくて、必然的に世話係兼傍若無人な物言いの翻訳家になってた。」


どこか遠くを見る先輩に心の中で合掌する。何となく、瀬川さんを彷彿とさせる遠い目に山岡先輩の未来を一瞬予期してしまった。
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