胡蝶の夢

秋澤えで

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中等部編

筆頭とフラグ

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午前中に思わぬアクシデントがあったものの、何とか無事に球技大会を乗りきった。ただ強いて言うなら僕の精神状態は無事ではない、満身創痍だ。

球技大会自体は無難だった。手抜きをしていたわけではないが、予選を突破した後本選に駒を進めたもののやはり体格、経験の差でバスケ部で固めたチームや二、三年生のチームには敵わず、一敗地に見える結果となった。




それは良い、それは良いとしてとりあえず現状を直視しようと思う。逸らしたいけど。

攻略キャラに関わらないと心に決め早二ヶ月ちょっと。知っている限りの攻略キャラをコンプリートしてしまっている僕ってなんだろう。

あれだけ関わらないように決めていたはずなのに本編が始まる三年前に接触を果たしてるって何?しかもガッツリ目をつけられてるって、嬉しくない。

今回の青に対する敗因はあからさまに避け続けていたからだろう。適当に接触して適当に会話して印象に残らない方向で頑張ればよかった。避けられてるのを分かったなら青柳も嫌いになれば良いものを、何故わざわざ絡んでくるのかが分からない。

そして思い出すのが一人。

中学に来てからちょこちょこ髪色だけ認識している緑橋優汰だ。

彼もまた青柳と同じように全神経を使って接触を避けている。もっとも、何かとやかましく華やかな青柳と違いやたらと視界に入ってくるわけではないため、今までそう危惧していなかった。

だがしかし、現状としてはあからさまでないにしても彼を避けているのだ、青柳のような暴挙に出ないという可能性は決してゼロではない。たとえ彼が内気で弱気な性格だとしてもだ。学期の始めに、小学生の時のようにまではいかないが、多くの女子生徒に話しかけパイプを作ったため、怪しまれない程度に緑橋と同じクラスの生徒に探りをいれてみたのだ。


『え?緑橋……くん?…………っああ!あの髪以外地味な子だよね、前髪長い黒縁眼鏡の。その子がどうしたの?……どんな子って……何だろ。いつもオドオドしてて、声小さくて?、あと休み時間はだいたい本読んでるよ。今はお昼休みだけどいないみたいだけど、用があるなら多分図書室にいると思うよ?』


1年E組の某女生徒談だが、実はこの子は二人目である。その前に聞いた子は『そんな子いたっけ?』というレベルの認識であった。クラスメイトから認識されないような日常生活の送り方が分からない。
因みに青柳は目立つ上に幾度となく僕に話しかけようとしていたので探りを入れる必要は皆無であった。


そしてふとかつての友人の語っていた内容を微かに思い出す。

彼女がひたすら僕に推していたのは主に赤霧と白樺であったが、一応他の色のキャラのことについても語っていた。頻度は少なかったとはいえ、緑橋、青柳、黄師原の話も聞いていた。

あやふやな内容であったが、無理やり記憶を引き摺り出す。


このゲームの舞台は高校、天原学園高等部だ。ヒロインのクラスの攻略キャラ、またスピンオフのサブキャラを攻略するためには、現実ではまずないが学年、クラス、部活の違う彼らと接点を持つことが最低条件である。ゲーム内でもごくごく一般的な学園生活を送ってしまうとまともにキャラを攻略できないままエンドを迎えてしまうことになる。

そこで重要となるのが『エンカウントスポット』だ。

ヒロインと全くと言っていいほど関係のないキャラクターとの接点を作り、仲を育むために作られた、それぞれのキャラクターとのエンカウント率が非常に高い場所である。


これは入学前に調べたことだが、他の乙女ゲームにもこういうものはあるらしい。

例を挙げるなら、憧れの生徒会長は人気のない裏庭、真面目なクラスの委員長は図書室、一匹狼のヤンキー先輩は屋上、といった風に、それぞれのキャラにあった場所が決められているのだ。


で、話は戻るが、このゲームにおいて数少ない緑橋についての記憶の中で、彼の『エンカウントスポット』は校舎から少し離れ別館となっている、図書館と呼んでも遜色ない『巨大な図書室』なのだ。

そして、その図書館は少し規模は小さくなるようだがここ、天原学園中等部にも存在する。

二階建ての図書館には膨大な図書が収められており、ジャンルも小説、論文、地域史、洋書などと多岐に及び、天原学園の売りの一つであった。

つまり、この『天原学園中等部図書室』自体が緑橋の『エンカウントスポット』ではなくとも、図書室は彼とのエンカウント率の高い場所である可能性が高い。

彼との遭遇を本気で避けるのなら極力図書館には近づくべきではない。たとえどれほどそこの蔵書に興味があっても、だ。


なので今までは図書館に行きたくても全力で避けていた。しかしながら、避けていた結果引き起こされた惨劇という前例が手元に残された今、緑の彼と接点を持たないことが最善であると胸を張って言うことができなくなってしまったのだ。

いや、そもそも突き詰めていくと彼が僕のことを認識しているかどうかすら怪しい。僕らが顔を合わせたのは小学校就学前のたった一度だけなのだ、むしろあちらが僕のことを覚えていると思うなんて自意識過剰も甚だしい、はず。忘れている方が普通だ。忘れているなら別に僕が図書室に行っても問題なんて無いんじゃ、いやしかし。

そんな葛藤もいざ知らず、悩みも決意も問答無用といった退引きならない事態というものは決して少なくはないのである。少なくとも僕にとっては。





「いやあ赤霧ちょうど良いところに!」

「すいません、ちょっと用事を思い出しました。」

「まあまあ待て待て。」

「いやいやいやいや。」


絡んできた青柳を日和に押し付、否任せて接触を華麗に回避した昼休み。意外と彼女は乗り気だったので任せた、という言い回しで間違ってはいないだろう。基本面食いな彼女は青柳であれど単品ならば歓迎らしい。無論、白と青のセットメニューは即返品だが。

蓮様は黒海と教室にいるのを確認し、一人散歩兼情報収集に精を出しているといつかのような呼び声が鼓膜を震わせた。

コンマ一秒で逃亡しようとするも虚しく、首根っこを捕まれたお馴染みとなりつつある屈辱の子猫ポジションで捕獲される。ああ、早く持ち上げられないくらい重くなるか持ち上げられても地面に足がつくくらいに成長したい。


「すいません、急ぎの用なんです。」

「んん、どうしたってんだ?」

「今すぐ僕が行かないと、蓮様と日和と黒海が日々のストレスのせいで学長の鬘を奪取するために学長室に乗り込んでしまうんです。彼らをストレスから解放し、学長の公然の秘密を守らなくてはならないんです。可及的速やかに行うべき現在の僕の最大にして最優先事項なんです。さあ分かったなら離せ。」

「誤魔化し方が雑になったなお前ェ……。あいつらもまさかこんな所で名前を使われるとは思って無かっただろうな。何よりそもそも学長はスキンヘッドだろうが、鬘云々の問題じゃねェだろ。」


呆れながらも律儀にツッコミをいれていく。その律儀さを生活態度に活かして欲しい。


「知りませんでしたか?学長はスキンヘッドの鬘なんですよ。」

「嘘だろマジか。」

「嘘です。しかしながら強いて言うなら可能性は決してゼロではありません。本人に聞いてみてください。」

「生憎そこまで学長の毛髪事情に興味はねぇな。……雑な抵抗はそれくらいで良いから本題な。」

「…………。」


無言の抵抗は当然のごとく意にも介さない。だが抵抗を諦めれば自他ともに認めるパシリとなってしまう。それだけは嫌だ。


「ちょーっと図書室まで持っていって欲しいモンが有るんだ。」


藤本教諭が一級フラグ建築士の資格を所有していると信じて疑わないとある昼下がり。
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