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高等部編
蚊帳の外
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しばし逡巡している間にも、両者の声は荒くなり会話の内容も筒抜けになる。予想した通り、ナンパのようだ。男たちが誘うも、つれがいるからと断るが、肝心の連れの姿が見えないせいで拗れに拗れているらしい。よくよく見ると腕には腕章が付いており今も巡回の最中らしい。ならば黄師原も共に巡回しているはずなのに近くにいる様子はない。状況から考えて、どう見てもここで助けに入るのは仕事とはいえ共に祭りを回っていた黄師原である。しかし彼は今ここにいない。もう少し危機的状況にならないと来ないのか、否か。
助けが来るとわかっているなら正直僕は動きたくない。誰が好き好んで彼女の元へ行こうか。だがしかし、僕の後ろから送られる無垢な視線が辛い。ハラハラとしつつ純粋に桃宮のことを心配するヒナ。それに加えて相手が誰であろうと、人の危機を見過ごせない主人。この二人に対し、黄師原が来るから問題ない、気にするな、などと言えるわけがない。僕らの出る幕じゃないと言っても決して納得はしないだろうし、その根拠について話すことはできない。話したとしても僕の頭を疑うだけの悲惨な結果になるだろう。
はてさて、如何せん、とこの夏祭りイベントのおそらくクライマックスであろうシーンに乱入せずに済む方法を探すが、どうにも見つかりそうにもないし、おまけに黄師原が現れる気配がない。
つと、浴衣の帯を遠慮がちに引かれた。誰の手により引かれたか、想像はついたし振り向いたら確実に今までの逡巡は泡沫に帰すのはわかっていたが、それ以外に選ぶことができす振り向く。
「涼お兄ちゃん……助けて……。」
やはり、振り向いたのは間違いであったし、彼女の顔を見た瞬間葛藤の終了を悟った。
意図的に表情を作り相手を好きなように動かすのが幼いころからの僕の常套であったが、やはりそんなものでは無垢な瞳にはかなわないのではないかと自問する。損得勘定一切なしに純粋に人を心配する他意も企みもない顔で見られては、よもや助けないなどという選択肢は選べまい。
完全無欠の赤霧涼が幼い少女に敵わない、なんて知れたら形無しなどと黒海に笑われそうだ。
諦めのため息を飲み込み、若草色のやわらかい髪をそっと撫でて仕方なく下駄を軽快に鳴らした。
******
石畳でも砂利でもない地面が下駄の音を殺す。目的は相手方をすべてつぶすことではなく退かせるこのなので特に気配を消して近づく必要はなかったが、自分たちのことで夢中なのか僕が近づいてくることに誰一人気が付くことがなく、この上なく馬鹿らしくなった。多少の運動になるかとは思ったが、きっと暇つぶしにすらならない。そう思うと同時に、武術に特化しているわけではない攻略キャラクターがヒロインを助けるにはうってつけの当て馬だとも納得した。
「いい加減離してくださいっ!」
「今更話すわけねえだろ?姉ちゃんこそいい加減諦めろよ。大人しくしてりゃぁ痛いことはしねぇぜ?」
明瞭に聞こえる胸糞悪い声に舌打ちした。それでもなおこちらに気が付く様子のない彼らに呆れのため息をつくと同時に、思い切り踏み込み肉薄して鳩尾に拳を叩きこんだ。
「ぐあっ……!」
「な、なんだてめえいきなり!?」
「いきなりではありませんよ。さっさとその胸糞悪い茶番を終わらせていただけませんか?」
持ち堪えることなくあっさりと倒れうめき声をあげる一人の男。それによってようやく闖入者に気が付いたらしく男たちの意識が僕に向く。怒鳴られつつももう一人徐に手を伸ばしシャツの襟を引き寄せて掌底で耳の後ろを殴打する。意識を奪うと片付けが大変なのでさっきの男同様手加減したが、倒れこむ二人の男はよくわからない言葉をわめきながら目に涙を浮かべていた。思わず眉間にしわが寄る。こういうやつらに限ってすぐに人に手を出す癖に、抵抗されることや自身が襲われることをまったく念頭に置いていない。それゆえの打たれ弱さには吐き気がする。
「なんだこいつキチガイかよっ!」
「鏡を見て言った方が良いですよ。」
また一人捕まえたところでやっと事態を認識し始めたのか残りの奴らが逃げ出そうとする。逃げるなら逃げるで問題はないのだが、その中でもひときわ桃宮に絡んでいたやつが、顔を青くしながらも桃宮の手を掴んだ。
「おいっさっさと逃げるぞっ!!」
「え、ちょ、離してっ!」
若干面倒になってきたため捕まえた男は特に技を掛けるでもなく無造作に放り投げた。べしゃり、と無様な音を立てて落下した男もやはり自身に加えられる痛みに慣れていないようで、ただ落下して身体を打ち付けただけで立ち上がらなくなった。
「おいっ!そいつの手を放せっ!!」
男たちの人数がちょうど半分になったところでやっと黄師原が登場した。とんだ重役出勤だと心の中で毒づく。
「黄師原会長っ!」
喜色をを含んだ桃宮の声。更なる乱入者に舌打ちをする男。怒りの表情で桃宮と男に近づく黄師原。
蚊帳の外とはまさにこのことかとため息を吐いた。完結されたシーンに僕という異物が混じるというのはまったく違和感がある。今日はため息を吐いてばかりだ。
「ちっ!お前らそれ以上近づくんじゃねえ!この女がどうなってもいいのか!?」
後ろから桃宮の首を絞めるように腕を回した男に黄師原は眉を顰め、僕は呆れの視線を送りながらまた一人捕まえた。どうなってもいいのか、と問う割に男は別に凶器になりそうなものを持っているわけでもない。そして今片腕と自身の身体を使い桃宮を拘束しているが、それはこの状況では拘束されているのがどちらなのかわからない。どうなっても、というが、男はどうすることもできないし、さらに言えば僕は割と彼女がどうなってもいいので、抑止力はゼロだ。耳の後ろを殴打した時とおなじ要領で捕まえた男の米神を打ち付けふらついた男を放り投げる。緊迫しているようなシーンの後ろで着々と男の仲間たちをつぶしていくのはなかなかシュールな光景だろう。数で優勢であったのに、今ではその仲間たちは芋虫のように地面に横たわり桃宮についている人数の方が多い。
白けてきてもはや桃宮たちの声を聴くのも億劫になってきた。どうせ最終的になんやかんやで黄師原が桃宮を救出するハッピーエンドなのだ。その過程を聞いていようといまいと僕には関係のない話だし、ゲームのイベントが実際に見られる、などと喜ぶようなミーハーな精神は生憎持ち合わせていない。
最後の一人は僕と目があった瞬間にヒィ!と情けない悲鳴を上げて走り出そうとしたが、許すはずもなくその逃げ出す背に跳び蹴りをかまして地面に倒れたところを両腕をつかみ背中に片足を乗せた。僕の方が体が小さいものの力は僕の方があったようで男の抵抗はささやかなものでしかない。いつかに蓮様を襲った女子生徒を拘束した時を思い出した。彼女もこの男も必死に拘束を逃れようとする虫のようだ。あまりにもわめき散らすので軽く両腕に力を加え抵抗すれば両腕を折る、と警告しておく。耳元で囁かれた僕の声にまた男は情けない悲鳴を上げたがそれからは静かになった。もちろん、今倒れている三人を回収させるためにこの男だけは特にダメージを与えずほぼ無傷のまま捕らえたのだ。腕を折る気は毛頭ない。
戯れに男に乗せた足に力を加えたりしてうめき声をあげるのを観察していると、どうやらメインストーリーの決着がついたらしく桃宮を拘束していた男が地面に倒れた。大方黄師原が殴りつけたのだろう。僕やそこらに死屍累々と倒れている男たちなどまるで見えていないかのごとく、黄師原に抱き付く桃宮、それを受け止める黄師原。どれだけゲーム内ではよかったであろうシーンでも、実際に目の前で行われるととんだ三文芝居になるのだと知った。
頃合いを見て拘束していた男の手を離す。そして脱兎のごとく逃げ出そうとした男を再び引き倒し地面に伏せさせる。
「逃げるのは結構ですが、このお仲間も連れ帰ってくださいよ。気絶はさせてません。たたき起こして連れ帰ってくださいね。」
「はっ、はい……!」
お願いという名の脅迫にびくつきながらも、地面に転々と落ちている仲間たちを文字通りたたき起こしていく。耳の後ろを殴打した者だけは平衡感覚がいまだ戻らないらしくほかの男たちに引き摺られて去って行った。
ようやく片付いたと、捲り上げていた袖をもとに戻すと背後から視線を感じた。
「っ!赤霧だったのか!」
「赤霧でした。ところであなたはオヒメサマをほったらかしていったいどこで何をされていたんですか?何のために二人で巡回していたかわかりませんね。それどころか見回る側が被害者増やしてどうするんですか。」
ぐっと言葉に詰まる黄師原と顔を赤らめる桃宮。桃宮に声を大にして言いたい。オヒメサマと呼ばれて照れるな。役立たず、足手まといだという嫌味と気づけ。
唐突に黄師原が僕に向かってバッと頭を下げた。思わず目を丸くする。エベレスト並にプライドの高いこの男が頭を下げるなどあり得ない。
「……何のつもりですか?」
「桃宮を一人にしたことは全面的に俺のミスだった。彼女を助けてくれたことに、感謝する。」
彼の言葉にさらに面喰う。プライドの高さがアイデンティティだと称しても間違いのないこの男が頭を下げて礼を言う、そのうえ自身の間違いを認めた。天変地異のできごとともいえるこの状況に絶句する
いけ好かない後輩に頭を下げるなど、彼からすれば屈辱に違いない。だがそうまでして感謝の意を表すほどに彼にとって桃宮は重要な立ち位置にいるということの表れだろうか。なんにせよ居心地の悪さが尋常でない。
「あの、赤霧くん!助けてくれてありがとう!」
黄師原に並んで桃宮も頭を下げる。
何が何だか分からなくなってきた。果たしてこれは乙女ゲームなのか。イベント直後にキャラクターとともにヒロインが他のキャラクターに頭を下げていったい何が楽しいのか。
いたたまれなくなって頭をガシガシと掻いた。
「……別にあなた方のために手を出したわけではありません。勘違いしないでください。あなた方にここまで感謝される筋合いはありません。……僕はこれで。連れが待ってますので。巡回、頑張ってください。」
適当に言いたいことだけ言って頭を下げている二人を放置して、今も僕を待っている二人がいる鳥居に足を向けた。
しかししばらく歩いている間に自分の言ったことを思い出すと膝から崩れ落ちそうになった。
なんなんださっきの僕のセリフは。思いっきりツンデレのテンプレートではないだろうか。
『べ、別にアンタのためじゃないんだから!勘違いしないでよねっ!』っていうあれではないだろうか。
ああきっとヒロイン様の頭の中で、僕はツンデレキャラだとインプットされているに違いない。
助けが来るとわかっているなら正直僕は動きたくない。誰が好き好んで彼女の元へ行こうか。だがしかし、僕の後ろから送られる無垢な視線が辛い。ハラハラとしつつ純粋に桃宮のことを心配するヒナ。それに加えて相手が誰であろうと、人の危機を見過ごせない主人。この二人に対し、黄師原が来るから問題ない、気にするな、などと言えるわけがない。僕らの出る幕じゃないと言っても決して納得はしないだろうし、その根拠について話すことはできない。話したとしても僕の頭を疑うだけの悲惨な結果になるだろう。
はてさて、如何せん、とこの夏祭りイベントのおそらくクライマックスであろうシーンに乱入せずに済む方法を探すが、どうにも見つかりそうにもないし、おまけに黄師原が現れる気配がない。
つと、浴衣の帯を遠慮がちに引かれた。誰の手により引かれたか、想像はついたし振り向いたら確実に今までの逡巡は泡沫に帰すのはわかっていたが、それ以外に選ぶことができす振り向く。
「涼お兄ちゃん……助けて……。」
やはり、振り向いたのは間違いであったし、彼女の顔を見た瞬間葛藤の終了を悟った。
意図的に表情を作り相手を好きなように動かすのが幼いころからの僕の常套であったが、やはりそんなものでは無垢な瞳にはかなわないのではないかと自問する。損得勘定一切なしに純粋に人を心配する他意も企みもない顔で見られては、よもや助けないなどという選択肢は選べまい。
完全無欠の赤霧涼が幼い少女に敵わない、なんて知れたら形無しなどと黒海に笑われそうだ。
諦めのため息を飲み込み、若草色のやわらかい髪をそっと撫でて仕方なく下駄を軽快に鳴らした。
******
石畳でも砂利でもない地面が下駄の音を殺す。目的は相手方をすべてつぶすことではなく退かせるこのなので特に気配を消して近づく必要はなかったが、自分たちのことで夢中なのか僕が近づいてくることに誰一人気が付くことがなく、この上なく馬鹿らしくなった。多少の運動になるかとは思ったが、きっと暇つぶしにすらならない。そう思うと同時に、武術に特化しているわけではない攻略キャラクターがヒロインを助けるにはうってつけの当て馬だとも納得した。
「いい加減離してくださいっ!」
「今更話すわけねえだろ?姉ちゃんこそいい加減諦めろよ。大人しくしてりゃぁ痛いことはしねぇぜ?」
明瞭に聞こえる胸糞悪い声に舌打ちした。それでもなおこちらに気が付く様子のない彼らに呆れのため息をつくと同時に、思い切り踏み込み肉薄して鳩尾に拳を叩きこんだ。
「ぐあっ……!」
「な、なんだてめえいきなり!?」
「いきなりではありませんよ。さっさとその胸糞悪い茶番を終わらせていただけませんか?」
持ち堪えることなくあっさりと倒れうめき声をあげる一人の男。それによってようやく闖入者に気が付いたらしく男たちの意識が僕に向く。怒鳴られつつももう一人徐に手を伸ばしシャツの襟を引き寄せて掌底で耳の後ろを殴打する。意識を奪うと片付けが大変なのでさっきの男同様手加減したが、倒れこむ二人の男はよくわからない言葉をわめきながら目に涙を浮かべていた。思わず眉間にしわが寄る。こういうやつらに限ってすぐに人に手を出す癖に、抵抗されることや自身が襲われることをまったく念頭に置いていない。それゆえの打たれ弱さには吐き気がする。
「なんだこいつキチガイかよっ!」
「鏡を見て言った方が良いですよ。」
また一人捕まえたところでやっと事態を認識し始めたのか残りの奴らが逃げ出そうとする。逃げるなら逃げるで問題はないのだが、その中でもひときわ桃宮に絡んでいたやつが、顔を青くしながらも桃宮の手を掴んだ。
「おいっさっさと逃げるぞっ!!」
「え、ちょ、離してっ!」
若干面倒になってきたため捕まえた男は特に技を掛けるでもなく無造作に放り投げた。べしゃり、と無様な音を立てて落下した男もやはり自身に加えられる痛みに慣れていないようで、ただ落下して身体を打ち付けただけで立ち上がらなくなった。
「おいっ!そいつの手を放せっ!!」
男たちの人数がちょうど半分になったところでやっと黄師原が登場した。とんだ重役出勤だと心の中で毒づく。
「黄師原会長っ!」
喜色をを含んだ桃宮の声。更なる乱入者に舌打ちをする男。怒りの表情で桃宮と男に近づく黄師原。
蚊帳の外とはまさにこのことかとため息を吐いた。完結されたシーンに僕という異物が混じるというのはまったく違和感がある。今日はため息を吐いてばかりだ。
「ちっ!お前らそれ以上近づくんじゃねえ!この女がどうなってもいいのか!?」
後ろから桃宮の首を絞めるように腕を回した男に黄師原は眉を顰め、僕は呆れの視線を送りながらまた一人捕まえた。どうなってもいいのか、と問う割に男は別に凶器になりそうなものを持っているわけでもない。そして今片腕と自身の身体を使い桃宮を拘束しているが、それはこの状況では拘束されているのがどちらなのかわからない。どうなっても、というが、男はどうすることもできないし、さらに言えば僕は割と彼女がどうなってもいいので、抑止力はゼロだ。耳の後ろを殴打した時とおなじ要領で捕まえた男の米神を打ち付けふらついた男を放り投げる。緊迫しているようなシーンの後ろで着々と男の仲間たちをつぶしていくのはなかなかシュールな光景だろう。数で優勢であったのに、今ではその仲間たちは芋虫のように地面に横たわり桃宮についている人数の方が多い。
白けてきてもはや桃宮たちの声を聴くのも億劫になってきた。どうせ最終的になんやかんやで黄師原が桃宮を救出するハッピーエンドなのだ。その過程を聞いていようといまいと僕には関係のない話だし、ゲームのイベントが実際に見られる、などと喜ぶようなミーハーな精神は生憎持ち合わせていない。
最後の一人は僕と目があった瞬間にヒィ!と情けない悲鳴を上げて走り出そうとしたが、許すはずもなくその逃げ出す背に跳び蹴りをかまして地面に倒れたところを両腕をつかみ背中に片足を乗せた。僕の方が体が小さいものの力は僕の方があったようで男の抵抗はささやかなものでしかない。いつかに蓮様を襲った女子生徒を拘束した時を思い出した。彼女もこの男も必死に拘束を逃れようとする虫のようだ。あまりにもわめき散らすので軽く両腕に力を加え抵抗すれば両腕を折る、と警告しておく。耳元で囁かれた僕の声にまた男は情けない悲鳴を上げたがそれからは静かになった。もちろん、今倒れている三人を回収させるためにこの男だけは特にダメージを与えずほぼ無傷のまま捕らえたのだ。腕を折る気は毛頭ない。
戯れに男に乗せた足に力を加えたりしてうめき声をあげるのを観察していると、どうやらメインストーリーの決着がついたらしく桃宮を拘束していた男が地面に倒れた。大方黄師原が殴りつけたのだろう。僕やそこらに死屍累々と倒れている男たちなどまるで見えていないかのごとく、黄師原に抱き付く桃宮、それを受け止める黄師原。どれだけゲーム内ではよかったであろうシーンでも、実際に目の前で行われるととんだ三文芝居になるのだと知った。
頃合いを見て拘束していた男の手を離す。そして脱兎のごとく逃げ出そうとした男を再び引き倒し地面に伏せさせる。
「逃げるのは結構ですが、このお仲間も連れ帰ってくださいよ。気絶はさせてません。たたき起こして連れ帰ってくださいね。」
「はっ、はい……!」
お願いという名の脅迫にびくつきながらも、地面に転々と落ちている仲間たちを文字通りたたき起こしていく。耳の後ろを殴打した者だけは平衡感覚がいまだ戻らないらしくほかの男たちに引き摺られて去って行った。
ようやく片付いたと、捲り上げていた袖をもとに戻すと背後から視線を感じた。
「っ!赤霧だったのか!」
「赤霧でした。ところであなたはオヒメサマをほったらかしていったいどこで何をされていたんですか?何のために二人で巡回していたかわかりませんね。それどころか見回る側が被害者増やしてどうするんですか。」
ぐっと言葉に詰まる黄師原と顔を赤らめる桃宮。桃宮に声を大にして言いたい。オヒメサマと呼ばれて照れるな。役立たず、足手まといだという嫌味と気づけ。
唐突に黄師原が僕に向かってバッと頭を下げた。思わず目を丸くする。エベレスト並にプライドの高いこの男が頭を下げるなどあり得ない。
「……何のつもりですか?」
「桃宮を一人にしたことは全面的に俺のミスだった。彼女を助けてくれたことに、感謝する。」
彼の言葉にさらに面喰う。プライドの高さがアイデンティティだと称しても間違いのないこの男が頭を下げて礼を言う、そのうえ自身の間違いを認めた。天変地異のできごとともいえるこの状況に絶句する
いけ好かない後輩に頭を下げるなど、彼からすれば屈辱に違いない。だがそうまでして感謝の意を表すほどに彼にとって桃宮は重要な立ち位置にいるということの表れだろうか。なんにせよ居心地の悪さが尋常でない。
「あの、赤霧くん!助けてくれてありがとう!」
黄師原に並んで桃宮も頭を下げる。
何が何だか分からなくなってきた。果たしてこれは乙女ゲームなのか。イベント直後にキャラクターとともにヒロインが他のキャラクターに頭を下げていったい何が楽しいのか。
いたたまれなくなって頭をガシガシと掻いた。
「……別にあなた方のために手を出したわけではありません。勘違いしないでください。あなた方にここまで感謝される筋合いはありません。……僕はこれで。連れが待ってますので。巡回、頑張ってください。」
適当に言いたいことだけ言って頭を下げている二人を放置して、今も僕を待っている二人がいる鳥居に足を向けた。
しかししばらく歩いている間に自分の言ったことを思い出すと膝から崩れ落ちそうになった。
なんなんださっきの僕のセリフは。思いっきりツンデレのテンプレートではないだろうか。
『べ、別にアンタのためじゃないんだから!勘違いしないでよねっ!』っていうあれではないだろうか。
ああきっとヒロイン様の頭の中で、僕はツンデレキャラだとインプットされているに違いない。
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