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番外編・後日談
紫の猫は飽和した世界を行く
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私は教師という仕事に誇りを持っている。新任とはいえこの仕事に愛着はあるし、正直向いているとも思ってる。生徒たちはみんな可愛いし、自分の好きな分野、美術を教えられるのも嬉しい。大学受験の科目でなく、副教科だからこそ手を抜いたりやる気のなさを隠すことのない生徒たちもいるけれど、それは仕方のないことだし、むしろみんなが楽しんで美術に触れ合えたら、と思っている。
生徒が好きだ。同僚の先生たちも好きだ。
生徒たちは私を慕ってくれるし、親し気に声を掛けてくれる。
同僚の先生たちも大先輩ばかりだけれど若いということで可愛がってもらえてるし、いろいろアドバイスをくれたり相談に乗ったりしてくれたりしている。
生徒が好きだ。同僚の先生たちも好きだ。
だけれどどうにも苦手だと思わざるを得ない人たちがいる。
もともとあまり他人を嫌う、ということがなかった。むろん、苦手なだけで嫌っているわけではないけれど、そういう人たちの前でどういう顔をしていいかがわからない。
苦手な同僚兼先輩、それは藤本教諭だ。
本当に何を考えているのかわからない。彼の頭には合理的、という言葉はおそらく存在しないだろう。自分の好きなように動いて、自分の好きなように人を動かす。それでいてひどく飄々としていて、けれど生徒たちから一定の人気がある。他の先生たちも藤本教諭には苦笑いするだけで本気で注意したりはしない。
藤本教諭は、他人に許させる何かを持っている。
気だるげな眼、8割方適当なことを紡ぐ口、想定外の動きをする手。推測できない彼の行動が恐ろしかった。読み取りにくい表情も恐ろしかった。
幼いころから人の顔色を窺う癖があった。
相手がどう感じてるか、何を言えば、何をすれば相手の機嫌を損ねないか、そればかり考えていた。今ではそれもすっかり板につき、誰にも何も思われないくらい自然に発言、行動ができていた。
だが、藤本教諭にはこれが通用しない。
いつも眠そうで半開きの目、むすりと閉じられた口、芝居がかって動く眉そのすべてが私を不安にさせた。
不機嫌かと思えばご機嫌。
興味津々と思えば無関心。
そんな人だった。
何かと世話を焼いてくれる先輩だがいかんせん、警戒してしまう。
よりにもよってなぜ職員室の島が藤本教諭と同じなのか、と思ってしまうがそれは同じく一年生の担任を請け負っているからだろう。
そしてもう一人、私が苦手だと思ってしまう生徒。
それが赤霧涼だ。
男子の制服を着た女子生徒。周りからの扱いは完全に男子生徒のそれ。仕草や発言も品を感じさせるがどちらかと言えば淑女というより紳士的に思える。模範的、非常に模範的な生徒だ。授業を担当していないが風の噂に聞く限り品行方正、成績優秀と名高い。
思えば最初から苦手としていた気がする。
初めて会ったのは新学期が始まってすぐ。うっかり藤本教諭との約束を忘れてしまった時にたまたま会った。
「……紫崎先生。藤本先生に謝るのは道理ですが、まずその格好をどうにかしてはいかがでしょうか?生徒会室は生徒棟にあります。この実技科目棟ならまだしも、生徒棟や職員室を汚すわけにはいかないでしょう。そして髪に大鋸屑をつけているのは少々みっともないですよ。何より廊下が汚れます。教室で払うなりなんなりしてはどうでしょう?」
そして初対面で怒涛のこれである。
無表情、とはいかないが朗らかではない。むしろ業務的な色を含んだそれに対して思わず敬語で返してしまったのも致し方ないことだと思う。
どこまでも子供らしくない。全く自分より年下の生徒には見えないのだ。
この私の二大苦手な人は、苦手だが全く似ていない。
本能的に動く藤戸教諭に対し赤霧さんはかなり合理的だ。何が必要か吟味し、最良のルートを通って自分の意思を貫く。
そして同じところは自分が好きなように動き、他人を好きなように動かすところだ。この傍若無人なふるまいはそっくりと言える。ただ藤本教諭はそれを隠そうとせず、赤霧さんはきれいな作り笑顔の裏にそれを隠す。どちらの方がたちが悪いか、それは何とも言えない。
ただこの二人。仲が良い。異常に仲が良い。かなりの確率でこの二人は一緒にいる。
原因と言えば、藤本教諭が赤霧さんを雑用に使うからなのだが、どうにもこの二人と同じ空間に居たくない。
片方だけでも手に負えないのに二人そろうともう私にはなすすべがない。
「顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」
「ああ?唇が頭と同じ色になってんぞ。チアノーゼか?」
「なら酸素濃度の低下ですね。」
「窓開けるぞ窓。」
さて私の数少ない安心テリトリーである美術室になぜか今天敵二人が来ている。私の安心安全は現在進行で侵されている。藤本教諭によってあけられた窓から入る爽やかな風が逆に虚しさを感じさせる。この会話、すでに悪ふざけしかない。チアノーゼなわけがないのにそれについての突っ込みはない。無意味に開けられる窓。悪ふざけに悪ふざけが重なるから収拾が付かなくなるのだ。
「それで、運ぶ彫刻はどれですか?」
「ああ、そこにある立像、それからそこに置いてある胸像だよ。」
そもそもの発端は生徒が授業で作った石像にあった。授業で彫ってもらったものだったが、それを市の展示会に展示することになったのだ。自分の生徒たちながら出来はかなりいいと思っているし、展示できるのも誇らしい。ただ一つ面倒と言えるのが運搬である。胸像は大体高さ40センチ、重さ30キロ程度の物が5つ。立像は150センチ、重さは120キロ程度のものが二つ。出展するはいいものの、これを実技科目棟の四階から一階の搬入口まで運ぶのは骨が折れる。少なくとも一人で運ぶのは不可能だろう。だれかに手伝ってもらおうかな、という言葉を隣の藤本教諭に聞かれたが運の尽き。あれよあれよと手伝ってもらうことが決まり、彼お気に入りの生徒を連れて今私のテリトリーに来ているのだ。後悔しかない。もう少し口にする場所を選ぶべきだった。
そうして、私の鬼門二人とともにこの石像を運び出さなくてはならない。手伝ってもらえるのはありがたいのだが、きりきりと胃が不調を訴えてくる。
何か困らせられることはない。ないとわかっていてもこの不安を煽る空気感、大半が冗談で構成された会話の中にぶっこまれるのは勘弁願いたいのだ。ついていける自信がない。
「へえ、結構大きいんですね。」
「あ、赤霧さん。立像の方は重いから君は胸像の方でっ、」
立像は私と藤本教諭の二人がかりで運ぶつもり、というつもりだったのに絶句する。100キロを軽く超える立像を、赤霧さんは顔色一つ変えずに持ち上げていた。
「じゃあ片方の像は赤霧。もう一方は俺と紫崎で運ぶかあ。」
「え、いや、あれ……え?」
「分担が、分担がおかしいです。僕が一人でこれ運ぶならそっちは藤本先生が運んで紫崎先生が胸像運べばいいじゃないじゃないですか。」
「ばあか、誰もかれもおまえみてぇな筋肉達磨じゃねぇんだよ。」
誰が筋肉達磨ですか、不服そうにしながら赤霧さんは立像を抱えて出入り口へと向かった。
「っちょ、それ赤霧さん一人で大丈夫!?」
思わず藤本教諭の暴言染みた言葉を咎めることなく茫然としてしまった。ひょいと不思議そうにこちらを見る彼女は飄々としているが、彼女が腕に抱えているのは100キロを超える石像。なのに彼女を見ているとまるで塗装された発泡スチロールの像でも持っているように見える。
「大体人間二人分くらいでしょう。大丈夫ですよ、鍛えてるんで。」
「きた……!?」
「おら、紫崎さっさと運ぶからお前は頭の方持てよー。」
鍛えてるとかそういうレベルの問題じゃない。彼女はプロレスラーか何かなのか。そして全く動じない藤本教諭。促される間に持ち上げたころ、彼女はすでに石像と共に姿を消していた。
「ほ、本当に一人で行って大丈夫だったんでしょうか……、」
「大丈夫大丈夫!赤霧だぞ。このくらい余裕だろ。」
「いえ、それでも女の子が一人で持てる大きさ重さじゃあ、」
「女の子じゃないからな、あれは。あれは女子じゃなく赤霧だ。」
相変わらず、男子、女子、赤霧という独自の性別分けをする藤本教諭にめまいがする。が、一瞬理解できてしまった自分が怖い。男子でも普通は持てない。現にこっちの石像は成人男性二人がかりなのだから。そしてもちろん、普通に重い。まかり間違っても発泡スチロールなどではない冷たい石だ。
「……あの子、何か部活とかってやってます?」
「いんや?あいつは帰宅部だ。」
「ええ……じゃあなんであんなに力があるんです?」
何の部活にも入ってないなんて宝の持ち腐れ、と思ってしまうが、きっと彼女にも何か事情があるのだろう。
話に聞いたところ、藤本教諭は中等部から高等部に移動し、三年間彼女の学年を担当していたという。ならばきっと何か知っているだろう。
「まあ、鍛えてんだろうなあ。」
「……はあまあそうでしょうね。何でです?」
足元に気を付けながら像をもって階段を下りるが藤本教諭は私の質問への答えを考えてかうわの空でひやひやする。
「そりゃあまあいろいろと事情があるんだが、」
「事情、ですか。」
「そうなんだよ。あいつは白樺を守るために強くなるんだ。」
「白樺……?」
「ああ、見たことねえか?いっつも赤霧と一緒にいるアルビノの生徒だ。」
アルビノ、と聞き思い当たる。何度か集会の時などに見かけた頭だ。校内で唯一の白髪。
授業を担当してないため為人は知らないけれど、姿は見たことがある。見た目も含め、目立つ生徒だ。
「守るって、どういうことですか?」
「それがなあ……、」
時代錯誤と言わざるを得ないような事実を聞き驚くが、話を聞いていくうちにおそらくこれは冗談なのだろうな、と判断する。真面目な話をするときも、冗談を言うときもまるで表情が変わらない。息をするように嘘を吐く、という表現はこの人にこそふさわしい。
まさか、武家白樺家に仕えた由緒正しき忍者の末裔で、未だ刺客に襲われることのある白樺家の人間を今も守り続けており、数百年の間に赤霧家の者は白樺を守るために独自の進化を遂げ、一般人には遠く及ばない超人的な力を身に着けた、なんてことはあり得ない。
あまりにも荒唐無稽だが、一瞬こんなストーリーを考え付くあたり、藤本教諭も国語科の教師なのだと感心すら覚える。冗談や嘘をよくつく人だが、本気で騙そうとしないつめの甘さがあるからこそ、周囲から許容されているのかもしれない。
どこから嘘だったのかわからないが、もしかしたら個人でスポーツ、ベンチプレスとか、プロレスとかをやってるのかもしれない。そうすればこの石像を軽々と持ち上げたことにも説明がつく。ついたとしてもそれは驚異の記録的なものなのだろうが、それは頭の隅に置いておくことにする。
「なんてことをさっき藤本先生から聞いたよ。」
石像を運び終わり、お礼にと校内の自販機で缶ジュースを買ってあげるていると、赤霧さんはおかしそうに笑っていた。
「忍者とか、そんなわけないじゃないですか。」
「だよね。ちょっと藤本先生の冗談も結構適当だなって思ったよ。」
暑いからか、腕まくりをしているその腕を見る。スポーツをやっているのか、鍛えているのかわからないが、普通の女子生徒よりかは筋肉がついているが、力のある柔道部などの男子生徒と比べればはるかに細い。あの細腕のどこに100キロ越えの石像を運ぶ力があるのかと思うと原因不明の汗が流れるが、なにかコツ的なものがあるのだろう。
「おいおい紫崎ぃ、俺をまるでほら吹きみてえに言うなあ。俺はすこーし冗談が好きな正直者だってのに。」
そこに煙草を吸いに校外に出ていた藤本教諭が戻ってくる。喫煙したばかりのせいか、いつもより少し機嫌がいい。
「それ本気で言ってんですか?自分の普段の行いを省みてください。藤本先生はもう少し客観性というものを身につけた方が良いと思います。」
「ひでえ言い草。でもほとんど正しいだろ。」
まだいうか、と思いながら缶コーヒーを煽る。信じさせたいならもう少し現実味のある嘘を吐けばいいのに。
「まあ大体あってるんですけどね。」
「っごほ、げほ……ぇ!?」
「何やってんだよ紫崎。零れるぞ。」
しれっとなんでもないことのように放たれた言葉に一拍遅れて驚愕する。珈琲が気管に入り激しく咳き込むと、大丈夫ですか、なんて言われるが、君の所為だとは流石に言わなかった。
「……え?ほん、え?」
「大体本当だぞ。なんだお前、俺の言うこと疑ってたのか?」
「普段の行いが悪いからですよ。先生のあなたの言うことは9割虚言ですから。」
「ごめ、一寸待って。じゃあどこが間違っててどこが合ってる?」
いつもの二人の空気に流されないよう、必死に会話に割り込む。二人そろってなんでもない顔をしているが、ものすごいことを言ったんじゃなかったのか。
「忍者って言うのは嘘ですよ。僕もご先祖も忍者だったことはありません。一応武士でした。」
というと、藤本教諭の言った内容で間違っていたのは忍者、と言うところだけ、となる。
武家白樺家に仕えた由緒正しき武士の末裔で、未だ刺客に襲われることのある白樺家の人間を今も守り続けており、数百年の間に赤霧家の者は白樺を守るために独自の進化を遂げ、一般人には遠く及ばない超人的な力を身に着けた。
いやいやいやいやいや……
「……冗談だよね。」
「まさか、藤本先生じゃないんですから本当ですよ。」
「おいこら赤霧、俺を嘘つきの代名詞みてえに言うんじゃねえよ。」
見方を変えたら体罰のじゃれあいという名の攻防を見ながら頭を整理する。が、全く整理されない。それが事実だとしたら藤本教諭の言っていた内容は簡潔だ。無駄がない。流石国語科教師。なんだか私の思考回路までおかしくなってきた。
「新人類……?」
「お前SFとか好きなのか。」
「そんな大層なもんじゃないですよ。強くなるために特化した遺伝子持ってるだけですから。」
「それな。そうじゃなきゃあデカい石像一人で運ぶなんて化け物じみたこと出来ねえからな。」
カラカラと笑う二人に意識が遠のくのを感じた。
どこまでが本当で、どこまでが虚言なのか。私には全く分からない。
ああやはり、この二人組は苦手だ。
嘘を吐きなれた人間は、どうも苦手だ。でも一番苦手なのは、嘘と事実を上手に使い、隠し事をする人間だ。
「……い、先生?」
「っああ、ごめん、何だった?」
桃色の髪をした教え子が心配そうに顔を覗きこんでいた。若干痛みの残る頭を抱える。教室で資料を作っているうちに転寝してしまっていたらしかった。どうも私の中では頭痛とあの二人が直結しているらしい。別に原因でないときも頭痛になるとあの二人が連想されてしまう。頭痛の種とはよく言ったものだ。理不尽だとはわかっているが、あの二人のことを思うと緊張を覚える。
「先生寝不足?」
「いや、ちょっと頭痛くてね。何か用だったかい?」
「その、昨日カップケーキ作ったので、良かったらどうぞ。」
差し出されたものに目をやると思わず目も瞠る。かわいらしいラッピングのされたカップケーキは随分と愛らしく、素人が作った風には見えない。
「良いのかい?」
「はい。作りすぎっちゃったからみんなに配ってるんです。」
フワフワとした笑顔を振りまく彼女は可愛い。いかにも女の子らしい女の子だ。比べるものじゃないけれど、赤霧さんとは真逆を行く。二人とも優等生だが、ベクトルが少し違う。
「でも、」
「え?」
「ああ、いやなんでもないよ。ありがとう。おいしく食べるよ。」
花の咲くような笑みを浮かべ小さく手を振って桃宮さんは教室を出て行った。
「でも、似てるんだよなあ……。」
赤霧涼と桃宮天音は全く似ていない。似ていないのに、なぜ似てると感じるのか。
しばらく考えて、思い当たる。
彼女もまた、嘘が多いからだ。さっきの笑顔を思い浮かべる。嘘の吐き方が似てる。笑顔の裏側を見せようとしないところが。
ただそれでも、彼女のことが赤霧さんより苦手でない理由は、赤霧さんよりはるかに嘘が下手だからだろう。
「んー……、」
嘘つきが多いなあ、と普段から思う。だがだからこそわかることもある。
「そろそろ帰ろうかな。」
全く手が進まなくなってしまった資料を鞄の中に入れ、立ち上がる。
暴いても良い嘘と暴いてはいけない嘘がある。
そして今年出会った人たちは、暴いてはいけない嘘を持っている人が多い。
藤本教諭、赤霧さん、桃宮さん、それからもう一人。
隠れたものを暴くにはそれ相応の代償が要求される。
「好奇心は猫をも殺す、からね。」
それが私の最大にして最高の処世術だ。
この世界は嘘つきで飽和しているのだから。
生徒が好きだ。同僚の先生たちも好きだ。
生徒たちは私を慕ってくれるし、親し気に声を掛けてくれる。
同僚の先生たちも大先輩ばかりだけれど若いということで可愛がってもらえてるし、いろいろアドバイスをくれたり相談に乗ったりしてくれたりしている。
生徒が好きだ。同僚の先生たちも好きだ。
だけれどどうにも苦手だと思わざるを得ない人たちがいる。
もともとあまり他人を嫌う、ということがなかった。むろん、苦手なだけで嫌っているわけではないけれど、そういう人たちの前でどういう顔をしていいかがわからない。
苦手な同僚兼先輩、それは藤本教諭だ。
本当に何を考えているのかわからない。彼の頭には合理的、という言葉はおそらく存在しないだろう。自分の好きなように動いて、自分の好きなように人を動かす。それでいてひどく飄々としていて、けれど生徒たちから一定の人気がある。他の先生たちも藤本教諭には苦笑いするだけで本気で注意したりはしない。
藤本教諭は、他人に許させる何かを持っている。
気だるげな眼、8割方適当なことを紡ぐ口、想定外の動きをする手。推測できない彼の行動が恐ろしかった。読み取りにくい表情も恐ろしかった。
幼いころから人の顔色を窺う癖があった。
相手がどう感じてるか、何を言えば、何をすれば相手の機嫌を損ねないか、そればかり考えていた。今ではそれもすっかり板につき、誰にも何も思われないくらい自然に発言、行動ができていた。
だが、藤本教諭にはこれが通用しない。
いつも眠そうで半開きの目、むすりと閉じられた口、芝居がかって動く眉そのすべてが私を不安にさせた。
不機嫌かと思えばご機嫌。
興味津々と思えば無関心。
そんな人だった。
何かと世話を焼いてくれる先輩だがいかんせん、警戒してしまう。
よりにもよってなぜ職員室の島が藤本教諭と同じなのか、と思ってしまうがそれは同じく一年生の担任を請け負っているからだろう。
そしてもう一人、私が苦手だと思ってしまう生徒。
それが赤霧涼だ。
男子の制服を着た女子生徒。周りからの扱いは完全に男子生徒のそれ。仕草や発言も品を感じさせるがどちらかと言えば淑女というより紳士的に思える。模範的、非常に模範的な生徒だ。授業を担当していないが風の噂に聞く限り品行方正、成績優秀と名高い。
思えば最初から苦手としていた気がする。
初めて会ったのは新学期が始まってすぐ。うっかり藤本教諭との約束を忘れてしまった時にたまたま会った。
「……紫崎先生。藤本先生に謝るのは道理ですが、まずその格好をどうにかしてはいかがでしょうか?生徒会室は生徒棟にあります。この実技科目棟ならまだしも、生徒棟や職員室を汚すわけにはいかないでしょう。そして髪に大鋸屑をつけているのは少々みっともないですよ。何より廊下が汚れます。教室で払うなりなんなりしてはどうでしょう?」
そして初対面で怒涛のこれである。
無表情、とはいかないが朗らかではない。むしろ業務的な色を含んだそれに対して思わず敬語で返してしまったのも致し方ないことだと思う。
どこまでも子供らしくない。全く自分より年下の生徒には見えないのだ。
この私の二大苦手な人は、苦手だが全く似ていない。
本能的に動く藤戸教諭に対し赤霧さんはかなり合理的だ。何が必要か吟味し、最良のルートを通って自分の意思を貫く。
そして同じところは自分が好きなように動き、他人を好きなように動かすところだ。この傍若無人なふるまいはそっくりと言える。ただ藤本教諭はそれを隠そうとせず、赤霧さんはきれいな作り笑顔の裏にそれを隠す。どちらの方がたちが悪いか、それは何とも言えない。
ただこの二人。仲が良い。異常に仲が良い。かなりの確率でこの二人は一緒にいる。
原因と言えば、藤本教諭が赤霧さんを雑用に使うからなのだが、どうにもこの二人と同じ空間に居たくない。
片方だけでも手に負えないのに二人そろうともう私にはなすすべがない。
「顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」
「ああ?唇が頭と同じ色になってんぞ。チアノーゼか?」
「なら酸素濃度の低下ですね。」
「窓開けるぞ窓。」
さて私の数少ない安心テリトリーである美術室になぜか今天敵二人が来ている。私の安心安全は現在進行で侵されている。藤本教諭によってあけられた窓から入る爽やかな風が逆に虚しさを感じさせる。この会話、すでに悪ふざけしかない。チアノーゼなわけがないのにそれについての突っ込みはない。無意味に開けられる窓。悪ふざけに悪ふざけが重なるから収拾が付かなくなるのだ。
「それで、運ぶ彫刻はどれですか?」
「ああ、そこにある立像、それからそこに置いてある胸像だよ。」
そもそもの発端は生徒が授業で作った石像にあった。授業で彫ってもらったものだったが、それを市の展示会に展示することになったのだ。自分の生徒たちながら出来はかなりいいと思っているし、展示できるのも誇らしい。ただ一つ面倒と言えるのが運搬である。胸像は大体高さ40センチ、重さ30キロ程度の物が5つ。立像は150センチ、重さは120キロ程度のものが二つ。出展するはいいものの、これを実技科目棟の四階から一階の搬入口まで運ぶのは骨が折れる。少なくとも一人で運ぶのは不可能だろう。だれかに手伝ってもらおうかな、という言葉を隣の藤本教諭に聞かれたが運の尽き。あれよあれよと手伝ってもらうことが決まり、彼お気に入りの生徒を連れて今私のテリトリーに来ているのだ。後悔しかない。もう少し口にする場所を選ぶべきだった。
そうして、私の鬼門二人とともにこの石像を運び出さなくてはならない。手伝ってもらえるのはありがたいのだが、きりきりと胃が不調を訴えてくる。
何か困らせられることはない。ないとわかっていてもこの不安を煽る空気感、大半が冗談で構成された会話の中にぶっこまれるのは勘弁願いたいのだ。ついていける自信がない。
「へえ、結構大きいんですね。」
「あ、赤霧さん。立像の方は重いから君は胸像の方でっ、」
立像は私と藤本教諭の二人がかりで運ぶつもり、というつもりだったのに絶句する。100キロを軽く超える立像を、赤霧さんは顔色一つ変えずに持ち上げていた。
「じゃあ片方の像は赤霧。もう一方は俺と紫崎で運ぶかあ。」
「え、いや、あれ……え?」
「分担が、分担がおかしいです。僕が一人でこれ運ぶならそっちは藤本先生が運んで紫崎先生が胸像運べばいいじゃないじゃないですか。」
「ばあか、誰もかれもおまえみてぇな筋肉達磨じゃねぇんだよ。」
誰が筋肉達磨ですか、不服そうにしながら赤霧さんは立像を抱えて出入り口へと向かった。
「っちょ、それ赤霧さん一人で大丈夫!?」
思わず藤本教諭の暴言染みた言葉を咎めることなく茫然としてしまった。ひょいと不思議そうにこちらを見る彼女は飄々としているが、彼女が腕に抱えているのは100キロを超える石像。なのに彼女を見ているとまるで塗装された発泡スチロールの像でも持っているように見える。
「大体人間二人分くらいでしょう。大丈夫ですよ、鍛えてるんで。」
「きた……!?」
「おら、紫崎さっさと運ぶからお前は頭の方持てよー。」
鍛えてるとかそういうレベルの問題じゃない。彼女はプロレスラーか何かなのか。そして全く動じない藤本教諭。促される間に持ち上げたころ、彼女はすでに石像と共に姿を消していた。
「ほ、本当に一人で行って大丈夫だったんでしょうか……、」
「大丈夫大丈夫!赤霧だぞ。このくらい余裕だろ。」
「いえ、それでも女の子が一人で持てる大きさ重さじゃあ、」
「女の子じゃないからな、あれは。あれは女子じゃなく赤霧だ。」
相変わらず、男子、女子、赤霧という独自の性別分けをする藤本教諭にめまいがする。が、一瞬理解できてしまった自分が怖い。男子でも普通は持てない。現にこっちの石像は成人男性二人がかりなのだから。そしてもちろん、普通に重い。まかり間違っても発泡スチロールなどではない冷たい石だ。
「……あの子、何か部活とかってやってます?」
「いんや?あいつは帰宅部だ。」
「ええ……じゃあなんであんなに力があるんです?」
何の部活にも入ってないなんて宝の持ち腐れ、と思ってしまうが、きっと彼女にも何か事情があるのだろう。
話に聞いたところ、藤本教諭は中等部から高等部に移動し、三年間彼女の学年を担当していたという。ならばきっと何か知っているだろう。
「まあ、鍛えてんだろうなあ。」
「……はあまあそうでしょうね。何でです?」
足元に気を付けながら像をもって階段を下りるが藤本教諭は私の質問への答えを考えてかうわの空でひやひやする。
「そりゃあまあいろいろと事情があるんだが、」
「事情、ですか。」
「そうなんだよ。あいつは白樺を守るために強くなるんだ。」
「白樺……?」
「ああ、見たことねえか?いっつも赤霧と一緒にいるアルビノの生徒だ。」
アルビノ、と聞き思い当たる。何度か集会の時などに見かけた頭だ。校内で唯一の白髪。
授業を担当してないため為人は知らないけれど、姿は見たことがある。見た目も含め、目立つ生徒だ。
「守るって、どういうことですか?」
「それがなあ……、」
時代錯誤と言わざるを得ないような事実を聞き驚くが、話を聞いていくうちにおそらくこれは冗談なのだろうな、と判断する。真面目な話をするときも、冗談を言うときもまるで表情が変わらない。息をするように嘘を吐く、という表現はこの人にこそふさわしい。
まさか、武家白樺家に仕えた由緒正しき忍者の末裔で、未だ刺客に襲われることのある白樺家の人間を今も守り続けており、数百年の間に赤霧家の者は白樺を守るために独自の進化を遂げ、一般人には遠く及ばない超人的な力を身に着けた、なんてことはあり得ない。
あまりにも荒唐無稽だが、一瞬こんなストーリーを考え付くあたり、藤本教諭も国語科の教師なのだと感心すら覚える。冗談や嘘をよくつく人だが、本気で騙そうとしないつめの甘さがあるからこそ、周囲から許容されているのかもしれない。
どこから嘘だったのかわからないが、もしかしたら個人でスポーツ、ベンチプレスとか、プロレスとかをやってるのかもしれない。そうすればこの石像を軽々と持ち上げたことにも説明がつく。ついたとしてもそれは驚異の記録的なものなのだろうが、それは頭の隅に置いておくことにする。
「なんてことをさっき藤本先生から聞いたよ。」
石像を運び終わり、お礼にと校内の自販機で缶ジュースを買ってあげるていると、赤霧さんはおかしそうに笑っていた。
「忍者とか、そんなわけないじゃないですか。」
「だよね。ちょっと藤本先生の冗談も結構適当だなって思ったよ。」
暑いからか、腕まくりをしているその腕を見る。スポーツをやっているのか、鍛えているのかわからないが、普通の女子生徒よりかは筋肉がついているが、力のある柔道部などの男子生徒と比べればはるかに細い。あの細腕のどこに100キロ越えの石像を運ぶ力があるのかと思うと原因不明の汗が流れるが、なにかコツ的なものがあるのだろう。
「おいおい紫崎ぃ、俺をまるでほら吹きみてえに言うなあ。俺はすこーし冗談が好きな正直者だってのに。」
そこに煙草を吸いに校外に出ていた藤本教諭が戻ってくる。喫煙したばかりのせいか、いつもより少し機嫌がいい。
「それ本気で言ってんですか?自分の普段の行いを省みてください。藤本先生はもう少し客観性というものを身につけた方が良いと思います。」
「ひでえ言い草。でもほとんど正しいだろ。」
まだいうか、と思いながら缶コーヒーを煽る。信じさせたいならもう少し現実味のある嘘を吐けばいいのに。
「まあ大体あってるんですけどね。」
「っごほ、げほ……ぇ!?」
「何やってんだよ紫崎。零れるぞ。」
しれっとなんでもないことのように放たれた言葉に一拍遅れて驚愕する。珈琲が気管に入り激しく咳き込むと、大丈夫ですか、なんて言われるが、君の所為だとは流石に言わなかった。
「……え?ほん、え?」
「大体本当だぞ。なんだお前、俺の言うこと疑ってたのか?」
「普段の行いが悪いからですよ。先生のあなたの言うことは9割虚言ですから。」
「ごめ、一寸待って。じゃあどこが間違っててどこが合ってる?」
いつもの二人の空気に流されないよう、必死に会話に割り込む。二人そろってなんでもない顔をしているが、ものすごいことを言ったんじゃなかったのか。
「忍者って言うのは嘘ですよ。僕もご先祖も忍者だったことはありません。一応武士でした。」
というと、藤本教諭の言った内容で間違っていたのは忍者、と言うところだけ、となる。
武家白樺家に仕えた由緒正しき武士の末裔で、未だ刺客に襲われることのある白樺家の人間を今も守り続けており、数百年の間に赤霧家の者は白樺を守るために独自の進化を遂げ、一般人には遠く及ばない超人的な力を身に着けた。
いやいやいやいやいや……
「……冗談だよね。」
「まさか、藤本先生じゃないんですから本当ですよ。」
「おいこら赤霧、俺を嘘つきの代名詞みてえに言うんじゃねえよ。」
見方を変えたら体罰のじゃれあいという名の攻防を見ながら頭を整理する。が、全く整理されない。それが事実だとしたら藤本教諭の言っていた内容は簡潔だ。無駄がない。流石国語科教師。なんだか私の思考回路までおかしくなってきた。
「新人類……?」
「お前SFとか好きなのか。」
「そんな大層なもんじゃないですよ。強くなるために特化した遺伝子持ってるだけですから。」
「それな。そうじゃなきゃあデカい石像一人で運ぶなんて化け物じみたこと出来ねえからな。」
カラカラと笑う二人に意識が遠のくのを感じた。
どこまでが本当で、どこまでが虚言なのか。私には全く分からない。
ああやはり、この二人組は苦手だ。
嘘を吐きなれた人間は、どうも苦手だ。でも一番苦手なのは、嘘と事実を上手に使い、隠し事をする人間だ。
「……い、先生?」
「っああ、ごめん、何だった?」
桃色の髪をした教え子が心配そうに顔を覗きこんでいた。若干痛みの残る頭を抱える。教室で資料を作っているうちに転寝してしまっていたらしかった。どうも私の中では頭痛とあの二人が直結しているらしい。別に原因でないときも頭痛になるとあの二人が連想されてしまう。頭痛の種とはよく言ったものだ。理不尽だとはわかっているが、あの二人のことを思うと緊張を覚える。
「先生寝不足?」
「いや、ちょっと頭痛くてね。何か用だったかい?」
「その、昨日カップケーキ作ったので、良かったらどうぞ。」
差し出されたものに目をやると思わず目も瞠る。かわいらしいラッピングのされたカップケーキは随分と愛らしく、素人が作った風には見えない。
「良いのかい?」
「はい。作りすぎっちゃったからみんなに配ってるんです。」
フワフワとした笑顔を振りまく彼女は可愛い。いかにも女の子らしい女の子だ。比べるものじゃないけれど、赤霧さんとは真逆を行く。二人とも優等生だが、ベクトルが少し違う。
「でも、」
「え?」
「ああ、いやなんでもないよ。ありがとう。おいしく食べるよ。」
花の咲くような笑みを浮かべ小さく手を振って桃宮さんは教室を出て行った。
「でも、似てるんだよなあ……。」
赤霧涼と桃宮天音は全く似ていない。似ていないのに、なぜ似てると感じるのか。
しばらく考えて、思い当たる。
彼女もまた、嘘が多いからだ。さっきの笑顔を思い浮かべる。嘘の吐き方が似てる。笑顔の裏側を見せようとしないところが。
ただそれでも、彼女のことが赤霧さんより苦手でない理由は、赤霧さんよりはるかに嘘が下手だからだろう。
「んー……、」
嘘つきが多いなあ、と普段から思う。だがだからこそわかることもある。
「そろそろ帰ろうかな。」
全く手が進まなくなってしまった資料を鞄の中に入れ、立ち上がる。
暴いても良い嘘と暴いてはいけない嘘がある。
そして今年出会った人たちは、暴いてはいけない嘘を持っている人が多い。
藤本教諭、赤霧さん、桃宮さん、それからもう一人。
隠れたものを暴くにはそれ相応の代償が要求される。
「好奇心は猫をも殺す、からね。」
それが私の最大にして最高の処世術だ。
この世界は嘘つきで飽和しているのだから。
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