花咲か少女と怪物の守る庭

秋澤えで

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起床と町長の信用

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疲れた身体のままに眠って、目が覚めたのは月が昇ったころだった。寝すぎてだるくなった身体を起こすと窓から月明かりが入ってきていた。このままでは昼夜逆転の生活習慣になってしまうかもしれない。危険な仕事で臨時収入を得られたけれど、普段の仕事に戻るとなるとそれでは困る。ならばいっそもう一度寝てしまおう、と布団にもぐりこんだとき、外が騒がしいことに気が付いた。草木も眠るこの時間、夜遅くに騒がしいというのはこの街においては珍しい事だった。いつもならきっと気にすることなく寝続けただろうけれど、そう眠くなかったので好奇心に従い外の様子を見に行くことにした。音をたてる義足を極力静かに地面に下ろす。

どうも中央広場に人が集まっているらしい。今夜祭りか何かでもあっただろうか、と首を傾げるが、近づくにつれてそんな楽し気なものではないと気づく。人の声のさざめき、揺れる橙のランタン。そう、と広場の方を伺うと街の男たちが集まっているようだ。何かをまくし立てるように町長に話す数人。橙色の明かりに照らされているのに、顔色の悪さがわかった。


「いた!奴がいたんだ!」
「でもあれは今はいないと……、」
「そんなの知らねえよ!事実あの化け物はいた!」
「そうだ!前に見た時よりずっとおぞましい……、」

「ペスト医のマスクを着けていた!」


そこまで聞いて、あの怪物に、カロスィナトスに会ったのだとわかった。きっと私が帰ってきてすぐに人を庭に送ったのだろう。手際が良い。けれど上手くいかなかったのが見て取れる。


「あいつは俺たちを見たらすぐに襲い掛かってきた!」
「前と全然変わらねえ!あれじゃ花を植えるなんて無理だ!」


やはりわからなかった。一晩共に過ごしたあの怪物はすぐに襲ってくるような話の通じない化け物じゃない。ちゃんと話ができるし、交渉だってする。私もあの人たちも同じだ。花を植えに来た。カロスィナトスも花を植えたい。利害は一致してる。話をすれば効率的な花の育て方ができるはずだ。目的が一緒なら協力すればいい。


「だ、だがパッペルはちゃんと帰ってきた!君たちも見ただろう?大した怪我も無く庭へ行き、それで帰ってきた。」
「そもそもあの餓鬼が嘘ついてるんじゃないか?どっかで逃げ帰ってきたんだろうよ。」
「そうだ!だいたいあの足、あの義足で庭まで行けるもんなのか?」
「悪路で土を運んで、たった一日で帰って来られるか?無理だろう!あれは歩くのが人よりずっと遅い!」


嫌な話だった。
私はちゃんと庭へ行ってきた。こんな足で、人よりも遅くて不自由な足で頑張って言われた通りに花の種を蒔いた。怪物のことは言わなかったけど、指示されたことはちゃんとしたのだ。疑われることも想像はしていたけれど、だったらそもそも私を送り出さなきゃよかったんだ。

でもそこで気づく。どうでもよかったんだ。
私が行って帰ってきたら、怪物の住む場所の現状についてわかる。
私が行って帰って来なければ、厄介払いができる。
帰ってきても、帰って来なくても、都合が良かったんだ。

悲しいわけじゃなかった。でも悔しかった。厄介者であることも、ずっとわかってた。憐れみを得ながら蔑まれてることも知ってた。生きるために方法を選ばなかったし、選べなかった。
もし今も親がいて、私にも生身の足があれば普通に生きられたのだろうか。捨て駒として扱われなかったんだろうか。


「わ、わからない!けれど私は、あの子は嘘を吐いていないと思ってる。」
「町長!あの餓鬼に何かできると思うのか!?」
「それでも、あの子は嘘を吐くような子じゃない!わかるだろう?」


町長の言葉を意外に思いながらも、ぐ、と言葉に詰まる男たちに驚く。私だって嘘を吐くことくらいあるだろう。実際に吐いたことはないけれど。


「パッペルは自分の立場をわかってる子だ。誰のおかげで成長できたのか、誰のおかげで生きていられるのかわかってる。見捨てられたらすぐに死んでしまうことも。そんなあの子が嘘を吐くなんてリスクの高い真似をすると思うかい?」


一瞬だけ何かを期待した自分を殴りたくなった。


「欠けた者を生かすのはこういう時のため、街のためだ。それもわかってるだろう。あの子はちゃんと”街のために”やってくれるよ。」


その言葉を最後に、私は広場から離れた。
昨日の朝以上の諦めが胸に広がっていく。知っていた。まともに働けない欠損者を町や村に置いておくのは神への贄や災害時の警鐘役のためと相場は決まってる。知ってたから見捨てられないように、見限られないように街の人と関わってきた。可哀想な子として、ヒエラルキーの下位にいることで守ってもらってきた。非常時に使われるときまで、と。それは街の人にとっては当然の恩返しだ。
きっと私はまた森の奥のあの庭へと送られるのだろう。土と幾ばくかの花の種をもって。

昨日会った怪物の姿を思い出した。
不気味なペスト医師のマスク、黒く大きな角、真っ黒い掌、大きな身体、くぐもった声。
館に住んでいた青年を喰い殺し、住み着いた。訪れる人々を襲う、人喰いの怪物。
倒れた私を抱き起して、静かに花の種を蒔いた。歩くのが遅い私を背負って町まで送ってくれた人間のふりをした怪物。


「……どっちが、怪物だか。」


確かに恐ろしかったはずなのに、何故か私はあの怪物に、カロスィナトスに会いたいと思っていた。
平然と私を捨て駒に使う街の人々。私を背負って運んでくれたカロスィナトス。どっちが恐ろしいかなんて、明白だ。
人間のふりをした怪物は、どちらだろうか。



**********



「パッペル、今日も頼むよ。君だけが頼みの綱なんだ。」
「はい。わかってます・・・・・・」


昨日の夜、あなたが言ったように私はわかってます、という皮肉は何も知らない町長には通じない。ほとんど抵抗にならない精一杯の抵抗だった。
私は一昨日と同じように手押し車を持たされていた。以前と違うのは、手押し車の中の土が、麻袋に詰められているところだろう。私が頼むとあっさりと袋に入れてくれた。

ゴロゴロ、ガツ、ゴロゴロ、ガツ。音をたてて街の中を進む。その音は人目をひく。皆なんの音だとこちらを見てから見てはいけなかったものを見たように顔を背ける。一昨日とさして変わらないのに、今はそれが不愉快だった。
貴方たちが生贄にしたんだ。その姿をちゃんと見届けろ。
多分私はカロスィナトスに食べられはしない。死なないだろう。それでも街の人間は私を死なせに行かせるのだ。直視することくらい、しろ。


「パッペル!行っちゃうの!」
「……ネルケ。私は行くよ。行かなくちゃいけないから。」
「なんで!せっかく生きて帰って来れたのに!」


また駆け寄ってくるネルケ。引き留めるような視線を向ける。けれど今はその目にも苛立ちが募った。ネルケは何も知らない。何も知らされていない。私がどういう理由で生かされてるかも、誰が私に行くよう言っているかも。
何も知らないことこそが、最上の幸せだ。


「前回生きて帰ってこれたんだから、今回も生きて帰って来れるよ。」


死んでたまるか。厄介払いなんてされてやらない。精々私を死にに行かせる度に、皆罪悪感に苛まれると良い。


「パッペルはすごいね。」
「え……、」
「だってパパたちもみんな、怪物を怖がって森にも近づきたがらないのに、パッペルは全然怖がってない。それに花の種を蒔いて帰ってきたんだもん。すごい。」


尊敬の眼差し、それに違いなかった。その目に思わずたじろぐ。尻の座りが悪いのはもちろんだけど、私は好き好んでいくわけでも、勇気があるから行くわけでもない。行かなくちゃいけないから、義務だから行くだけだ。その実、不満いっぱいで。
これだから、私はネルケのことを嫌いになれない。

環境も、性格も私とは真逆だ。愛されていて、満たされていて、純粋で。その性格に時折苛立つし無知さ加減が鬱陶しいことも、環境を妬むこともある。でもそれ以上に、何も知らない幼子を相手にしているようで、年の離れた妹か何かのようで、嫌いになれない。

何も考えてないから、私も無駄に何かを考えないで済む。


「……ありがと。うん、また頑張って帰ってくるよ。」
「ちゃんと帰ってきてね!いってらっしゃい!」


いってらっしゃい、なんて言われたのはいつが最後だっただろうか。一人でいると、言われることも言うこともない。


「ん、いってきます。」


ゴロゴロ、ガツ、ゴロゴロ、ガツ。
一昨日よりもずっと、手押し車も身体も軽かった。
この街を、災厄の炎とやらに燃えさせたいとは思えない。そう思っている時点で、私はきっといい様に扱われているのだろう。
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