花咲か少女と怪物の守る庭

秋澤えで

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再会と怪物の迎え

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森に入ってしばらく、麻袋に入れたおかげで手押し車が跳ねても土は飛び散ることなく鎮座していた。前回よりも余裕があるせいか、森の中をいろいろと見ることができた。木の根は地面の上と下の間を這い回る。木の背はとても高く、枝もほとんど高い所についていた。真上を見上げると枝が広がりぎっちりと密集した葉の裏が見えた。地面に木の根と落ち葉以外の植物がないのは日光が入らないせいだろう。幹は白っぽくてつるりとしていて、触っても皮が手に付くことがない。街にある木は茶色っぽくて何重にも皮が張ってる。この森も、街とは違っていた。
鳥の鳴き声がする。不気味だと思っていた森だけど、慣れれば落ち着きのある静かな森に感じる。色はないけれど、騒がしくないとも言えた。


「パッペル、」
「っ……!」


ぬ、と木々の間から姿を現したカロスィナトスに驚き手押し車が大きく跳ねた。やはり、恐ろしい。金属のマスクとゴーグルは完全に彼の顔を覆っていて、不気味というほかない。大の大人が怯えるのにも仕方がない。ただ、こちらへ近づく彼を見て、なぜ街の人たちが襲われた、と訴えるのかわかった気がした。カロスィナトスは躊躇なく迷いなく接近するのだ。相手が怖がるかもしれない、驚かせるかもしれない、ということを一切考慮しない。無言でずんずんと巨体が迫ってくる様はさぞ恐ろしいだろう。事実、私も怖かった。私と街の人たちの違いは、私は立ち上がって逃げることができなかった、彼らは走って逃げかえることができた、ということだろう。


「……カロスィナトス。」
「来てくれて、ありがとう。助かる。」


そう言って私に背を向けてしゃがみ込んだ。一瞬、何をしているのかわからなかったけれど、すぐに何をしようとしているか思い当たり、その背中にしがみ付いた。ぐわっと上がる視界。上を見上げるとさっきよりも葉っぱたちが近い気がした。
私を安定させるように背負いなおして、それから手押し車を手に歩き出す。やはり、私が歩くよりもずっと早い。


「なんで、私が来たってわかったんですか?」
「鳥たちが教えてくれる。彼らは私にとても友好的だから。」


鳥の鳴き声を聞いたことを思い出す。


「……鳥と喋れるんです?」
「……彼らが僕らの言葉を話せるんだよ。」
「すごい鳥たちですね。」


本当か嘘かは分からない。私を背負っている彼は異形の姿をしている以上、他の動物の言葉がわかってもおかしくないし、逆に人の言葉のわかる鳥がいてもおかしくない気がした。この森は現実とお伽噺の狭間なのだ。街は人間の住む、現実。森から北は怪物や人語を解する動物の住む、おとぎの国。


「昨日、街の人たちがあの庭に来ていたよ。」
「……話は、できましたか?」
「いや、すぐに逃げていったよ。怪物が恐ろしいのだろう。」


他人事のように話す彼が、何を考えているのかわからない。逃げていったことを悲しく思っているのか、愉快に思っているのか。表情はマスクに隠されていて、唯一見える首からでは何もうかがえない。


「でも土や花の種を置いて行ってくれたよ。良かった。」
「それは、良かったですね。」


何と言ったらいいかわからず、ややあって口を開く。


「たぶん、次からはずっと私が庭へ行きます。」
「……そうか、ありがとうパッペル。君とは話ができるし、逃げたりしないから助かるよ。」


とつとつと話しながら背中で揺られていると、森の終わりが見えてきた。木の根のなくなった地面を手押し車が一定の音をたてて進む。
一日ぶりに見た庭は夜と違う姿をしていた。話に聞いた通り、広大な庭は真っ黒い。黒々とした土が広がっている。日が照っていて空が晴れているため、館と庭の不気味さはどこか滑稽さを伴っている。先日来て、花の種を蒔いたところだけ色が違った。まだ芽は出ていない。
カロスィナトスの背中から降りて、庭を歩く。黒い地面は相変わらず固い。植物が根を下ろすには難しいだろう。


「パッペル、こっちに。」


そう呼ばれてそちらへ行くと、足元に倒れた手押し車、鍬、ジョウロ、スコップ、花の種などが散らばっていた。おそらく、彼の言っていた昨日逃げていった男たちがおいていったのだろう。その量を見て、やっぱり私が来て細々と運ぶよりも大人たちが一気に運んだ方が効率がいいだろうに、と思わずにはいられない。


「たくさん置いていったんですね。」
「ああ。ただこれの使い方がわからない。」


そういってひょい、と鍬を手に取った。大きな鍬だったが、カロスィナトスが持つと子供のおもちゃのように見える。


「……鍬を知らないんですか?」
「……園芸に使うことは、わかる。」


言い辛そうにしているのがマスク越しに伝わってきて、普通園芸には使わない、ということは黙っておくことにした。本来畑仕事くらいにしか使わないけれど、硬い地面を耕すために持ってきたのだろう。こちらの土が使えれば、運び込む土の量は減らせるし、肥料だけですむかもしれない。


「こうやって、柄の部分をもって、鉄の部分を地面に突き刺します。」


一つ鍬を手に取り振り上げる、が予想以上に重くふらつき見当違いのところにガッと突き刺さる。


「パッペルは、使ったことが?」
「……見たことは、あります。」


見たことはある。知識はある。でもそれを実践するだけの力がない。もう一度挑戦しようと、地面に刺さった鍬を引き抜こうとするが、深く刺さって抜けなかった。これを使いこなすのはおそらく無理だろう。地面に固定された鍬と格闘していると、大きな手が伸びてきてあっさりと鍬を引き抜いた。


「ありがとうパッペル。でも君がこれを使うのはやめた方がよさそうだ。」
「だと思います。」
「私がやってみるから、どこか間違っていたら言ってくれ。」


少し彼には短すぎるくらいの鍬を振り上げて、地面に突き刺す。そして引き戻すときれいに土が混ぜられた。初めてだという割に、それらしくできていて驚く。経験や練習よりも単純に筋力がものを言っているのだろうけど。ザクザクと耕される地面は、少しずつ色が変わっていく。乾ききった黒色だった地面の下は湿り気があって、色も茶色に近い。思ったより悪い土地ではないのかもしれない。


「大丈夫です。ちゃんと耕されています。」
「そうか、良かった。」


手際よく地面を耕していくカロスィナトスをただ見ているだけなのも居心地が悪く、肥料の混ぜられた土の入った麻袋を引き摺り、彼の耕した後に撒いていく。正しい花の育て方はあまり知らないけど、たぶん、こんな感じでいいはずだ。良い土と、水と、種があれば芽吹くはず。麻袋に小さなスコップを突っ込んで、撒いていく。
黙々と耕す音と土の蒔かれる音だけが穏やかな陽気の下に響く。顔を上げれば黒いコートにペストマスクの怪物がいるけれど、やはり怖さはない。慣れたせいか、昨晩の町長たちの会話のせいか、それともせっせと鍬を振り上げているせいか。この光景はどこか間抜けだ。街の人たちは、今のカロスィナトスの姿を見ても恐ろしいと、おぞましいと逃げ出すのだろうか。

カロスィナトスは人じゃない。
大きな角はあるし、手は黒いし、身体も大きい、そのうえ不気味なマスクをかぶってる。
でも私のことを襲ったりしないし、脅すようなこともしない。背負って運んでくれるし、お礼だって言ってくれる。言葉も通じる、乱暴じゃない。

話ができれば、怖いことなんてないだろうに。

ふかふかに耕された地面では、私が歩いても固い音がしなかった。
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