貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました

猫男爵

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第22話 襲撃

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 ガシャアアン!!

 突如響いた衝撃音にボナーとパンナが同時に振り向く。その目に一斉に割られた窓ガラスと、そこから侵入してくる数名の黒づくめの人間が映る。彼らは手にロングソードを持ち、目以外を覆面で覆っていた。

「何者だ、お前たち!」

 ボナーが叫び、腰の短剣を抜く。侵入者はそれに答えず、真っすぐボナーとパンナの元に駆け寄ってくる。

「ボナー様!」

 パンナも立ち上がり、素早く侵入者たちに目を走らせる。人数は七名。全員が凄まじい殺気を発している。

『今までこれほどの殺気に気付かなかったなんて!』

 いくらボナーに心を奪われていたとはいえ、昔の自分であれば考えられない失態だ。やはり伯爵家での平穏な日々が危機察知能力を鈍らせているのかもしれない。

「こいつら!」

 ボナーも当然その殺気は感じていた。アンセリーナを守ろうと、侵入者に対して短剣を構える。まさか自分の領地、それも自分の館の中で襲撃を受けるなど考えもしなかったので、コックやメイドは連れてきていても、護衛の騎士は随行していない。彼女を守れるのは自分しかいないとボナーは自分を奮い立たせる。

「ふっ、そんな玩具で」

 侵入者の一人が鼻で笑う。声からして男のようだ。男の言う通り、ボナーの短剣は礼装として佩いていたもので、実戦向きではない。それでもボナーは卓越した剣技で男の剣をさばき、そのままパンナの前に移動して彼女をかばうように立つ。

「女は何時でも殺せる。男を全員で仕留めろ」

 別の侵入者―こちらも男の声だ、が叫び、全員がボナーを囲む。いくらボナーの剣技が優れていても多勢に無勢。しかも彼の得物は装飾用の短剣だけだ。

『こいつら本職プロだわ。迷ってる暇はない!』

 侵入者の統制の取れた動きを見てパンナは瞬時に決心する。この人をここで殺させるわけにはいかない。パンナは胸に手をやり、服の中に手を入れる。クリシュナが施した細工で、胸の部分に物が入れられるようになっているのだ。アンセリーナに成りすますため詰め物を入れるのが目的だったが、今は別の物も入っている。パンナも普通だったら見合いの席にこんなものを忍ばせようとは思わなかったろう。しかし昨夜の襲撃が彼女に万が一の用意をさせていた。

「まさか本当に使うことになるとはね」

 そう言ってパンナが胸から取り出したのは一本のナイフだった。刃渡りは15㎝ほど。ボナーの短剣と大差ない。しかしこれはただのナイフではなかった。

「アンセリーナさん!?」

 敵の攻撃を何とか躱していたボナーが視界の隅でそれを捉え、驚きの声を上げる。パンナは無言でナイフの柄にあるつまみを押し、動きにくいヒールの靴を脱ぎ捨てるとそのまま侵入者たちに走り寄った。

「何!?」

 男が驚きの声を上げる。思いもよらないスピードで懐に入り込んだパンナの持つナイフの刃がいきなり伸びたのだ。その長さは三倍近くになり、不意を突かれた男はパンナの振るった刃で腕を斬られ、地面に倒れる。

「こいつ!」

 まったく眼中になかったパンナからの攻撃に動揺した侵入者たちが彼女に剣を向ける。その隙をボナーが見逃すはずもなく、素早い動きで二人の侵入者に剣で斬り付ける。

「ぐあっ!」

 正確に足の腱を断ち切られた二人が倒れ、さらに一人がパンナのナイフを受けて弾き飛ばされる。初めてとは思えない連携の良さだ。

「どういうことだ!?話が違うぞ!」

  残ったうちの一人が焦りの声を上げる。すると隣に立っていた男が他の二人を制し、前に出た。

「うろたえるな。確かに少々想定外だが、俺がいれば問題はない」

「随分と余裕ね。それだけ剣の腕に覚えがあるのかしら?」

 挑発するようにパンナが言う。出来るだけ敵の注意を自分に引きつきたかった。

「いや、残念ながら俺は剣の腕はからきしでね。その代りこういうことが出来る」

 男がそう言って目を閉じ、それから大きく見開いた。その途端、パンナとボナーは金縛りにあったように体を動かせなくなっていまう。

「これは……まさか異能ギフト!?」

 床に固定されたように動かなくなってしまった足を何とか持ち上げようともがくが、びくともしない。パンナは焦りながら何とかボナーを助けなければ、と男に視線を向けた。




「何だ!?」

 侵入者たちがガラスを一斉に割った音は階下の控室で待機していたミッドレイたちの耳にも届いた。パンナ同様、昨夜の襲撃以来神経を尖らせていた彼らは弾かれたようにドアを開け、廊下に出る。

「何っ!?」

 彼らの目に飛び込んできたのは、見るからに賊と思しき男に口を手でふさがれ怯えているメイドの姿だった。さらに数人の男が廊下にはいる。

「貴様ら、何者だ!?」

 ミッドレイが叫ぶと、背を向けていたひときわ目立つ格好の大男がこちらを振り向いた。背中には巨大な山刀マチェットを背負っている。

「貴様!ギーグ!」

 振り向いた男の顔を見てミッドレイが叫ぶ。無精ひげを生やし、右頬に大きな傷跡を持つ男は大きく目を見開いて、それから不敵な笑みを浮かべた。

「おいおい、もしかしてミッドレイか!?ちっ、お嬢様の方は護衛がいるだろうとは聞かされてたが、まさかこいつとはな。ターゲット以外の足止めなんて楽な仕事だと思ってたのによぉ」

「団長、あやつをご存じで?」

 ミッドレイの部下が賊たちに目を向けながら尋ねる。

「ああ。昔、俺と同じく王都で傭兵をやっていた奴だ。素行が悪く、傭兵組合を除名されたがな」

「けっ、『鬼のミッドレイ』が今は貴族の飼い犬か?落ちぶれたもんだな、おい」

「賊に堕ちた貴様に言われる筋合いはない。目的は何だ?まさかお嬢様か?それともボナー様か?」

「答える義理はねえな」

「団長、お嬢様が……」

「分かっている。お前たちはお嬢様の元へ急げ。こいつらは俺が相手をする」

「いくら何でも団長お一人では……」

「お嬢様の安全が第一だ。逆にお前たちはギーグには手を出すな。人格は最悪だが、腕は一流だ」

「はっはあ!行かせるとでも思ってるのかよ!お前ら護衛の足止めが俺たちの仕事だっての!」

「かかれ!」

 ギーグの言葉を無視し、ミッドレイが叫ぶ。六名の騎士が一斉に動き出し、賊たちに斬りかかる。ミッドレイは真っすぐギーグに向かって走った。

「この!」

 ギーグが|山刀マチェット》を抜いて応戦する。普通の|山刀マチェット》は刃が薄いものが多いが、これは対人、いや殺人用に特注されたもので刃が分厚く、それでいて|山刀マチェット》特有の刀身がしなやかで折れにくいという性質も併せ持っていた。

「相変わらず容赦がねえな。俺以外の奴なら今の一刀でお終いだったぜ」

「心配しなくてもすぐ終わらせてやる!」

 そう叫びながらもミッドレイは焦っていた。周りを見ると、部下の騎士たちが予想以上に他の賊に手こずり、中々先に進めていない。こいつらの目的が護衛の足止めというのは本当のようだ。ギーグほどではないにしろ、手練れが揃っているらしい。

「くく、焦りが顔に出てるぜ、ミッドレイ。急がねえと大事なお嬢様がどうなっちまうか分からんもんなあ」

 さらにミッドレイの焦りを誘うべく、ギーグが挑発する。それで冷静さを欠くほどミッドレイは未熟ではないが、苛立ちは募る一方だった。

『お嬢様!』

 剣を振るいながら、ミッドレイはアンセリーナの無事を祈った。




「おい、今のうちだ。早くれ!俺の視界には入るなよ」

 男が叫び、残りの二人が剣を収め、背中にしょっていた小型の弓を出して矢を番える。

『剣を持っているのにわざわざ弓を?』

 敵の動きを観察していたパンナが頭を巡らす。どうせ命を捨てる覚悟はもうしている。今はボナーを守るんために全力を尽くすだけだ。

「死ね!」

 矢がパンナとボナーに向けて放たれる。が、心臓に命中した、と思った瞬間。二本の矢は空中で見えない壁にぶつかったように弾かれ、床に落ちた。

「何だと!?」

 矢を放った二人は勿論、異能ギフトでパンナたちの動きを封じていた男も驚きの声を上げ、思わず。その途端、パンナとボナーの金縛りが解け、自由に動けるようになった。

「そういうことね!」

 体が動いた瞬間、パンナはダッシュでテーブルに駆け寄り、その端を掴んで力任せにひっくり返す。テーブルクロスが一面に広がり、男たちの視界からパンナが隠れた。

「しまった!」

 男が舌打ちをするのとボナーが動き出すのは同時だった。敵の二人が二の矢を番えるが、パンナは走りながら次々とテーブルをひっくり返し、その死角を突いてボナーが短剣を振るう。

「距離を取れ!行先に矢を……」

 男が叫びかけるが、その目の前にパンナが姿を現す。一度目をつぶり、すぐ目を開けようとした男だったが、パンナはその顔に手にしていたグラスの中身、食前酒として飲んだスパークワインをぶちまける。

「がっ!」

 手で顔を拭う男を蹴り飛ばし、ボナーに気を取られた残りの二人をナイフで斬り付けるパンナ。ボナーとパンナの連携で異能者ギフテッドの男以外の六人は完全に戦闘能力を奪われてしまう、

「ボナー様!」

 パンナがボナーの手を取り、男から離れるように食堂の端へ連れていく。

「アンセリーナ嬢、あの男は危険だ。今のうちに倒しておかないと」

「いえ、近づく方が危険です、ボナー様。おそらくあの男の異能ギフトは目を開けた後、次に瞬きをするまでの間、視界に入った者の動きを封じるというものでしょう。距離をおけば対応が出来ます。

「アンセリーナさんの……異能ギフト?」

「くっ、こいつ、一度見ただけで俺の『瞬間封足ストップモーション』の能力を見切ったというのか!」

 男が歯ぎしりをする。残念ながらパンナの指摘は的確だった。一人で、しかもこの未知の異能ギフトを持つ相手とこれ以上やり合うのは得策ではない。

「任務失敗とはな。さて、無事に逃げられるといいが」

 男は呟き、パンナたちに背を向けると、破壊した窓の方へ駆け出した。あっという間にそこへ身を躍らせ、下へ飛び降りる。

「待て!」

「ボナー様、今は倒れた敵の拘束と、使用人の方たちの無事の確認が先決です」

「そ、そうですね。しかしアンセリーナ嬢、あなたは一体……」

「事情は後でお話します。ミッドレイさんたちがまだ来ないのも心配です。お早く」

 パンナの言葉に頷き、ボナーはコックたちの安否を確かめるため食堂を出た。




「メイドは無事に逃げたようだな」

 ギーグの山刀マチェットを避けながらミッドレイが呟く。人質を取って戦う余裕は流石になかったらしく、賊に囚われていたメイドの姿は見えなくなっている。騎士たちも徐々に敵を押しているようだ。

「サンクリスト公のお屋敷でを使うわけにはいかないと思っていたが、お嬢様が心配だ。この命、捨てるしかなさそうだな」

「何をブツブツ言ってやがる!お前の力は傭兵時代によおっく見せてもらってるんだぜ!勝ちきるには難しくても時間稼ぎくらいは余裕なんだよ!」

「残念だが、傭兵時代は見せたことがないんだよ。

「ああ!?」

『とはいえ、集中する時間が必要だ。少しでもこいつの気を逸らせれば』

 ミッドレイがそう考えた時、賊が悲鳴を上げて倒れた。騎士の一人がようやく打ち取ったのだ。

「ちっ!奴ら何もたもたしてやがる!?もうとっくにターゲットをぶっ殺してるはずだろうが!」

 ギーグがイラついて天井を見上げる。その隙をミッドレイは待っていた。

「極集中……」

 剣を鞘に収めたミッドレイが目を閉じ、呼吸を整える。心を鎮め、体を極限まで自然体にもっていく。体内の闘気を凝縮する。

「全員手近なドアから部屋の中へ入れ!」

 集中を終えたミッドレイが叫ぶ。部下の騎士たちはその言葉に即座に反応し、ドアを開けて逃げるように部屋の中に飛び込んだ。

「何の真似……」

 ミッドレイに視線を戻したギーグが絶句する。目の前の男から放たれる異様なまでにすさまじい迫力に。

「きさ……]

 ギーグが山刀マチェットを振り上げた瞬間、は起こった。

 ぶわっ!

 誰の目にも捉えることは出来ない、神速の抜刀術。音速を越えたそれは衝撃波を生み出し、一気に解放された闘気と混ざり合い、見えない氣の塊となった。

「!?」

 何が起きたのか、ギーグたちにも理解は出来なかったろう。凄まじい勢いで廊下を駆け抜けたその爆風は一瞬にしてその場にいた者の意識を奪い、体を吹き飛ばした。中には鼓膜が破れ、耳から血を噴き出した者もいる。それから一瞬遅れて、爆音が轟いた。

「神速剣、鳴神ナルカミ。お前の知らない俺の力だ」

 白目を剥き、泡を吹いて失神するギーグを見下ろしてミッドレイが呟き、その膝ががくりと折れる。この技は極限まで体力と気力を削るのだ。

「団長!」

 爆音が収まった後、部屋から騎士たちが出てきて、ミッドレイたちに駆け寄ってくる。

「心配いらん。ウルズとラジットはこいつらを拘束して、使用人たちの安全を確かめろ。残りの者はお嬢様のところへ急げ」

「はっ!」

 ミッドレイの命を受け、騎士たちが動き出す。ミッドレイは大きく深呼吸をして、辺りを見渡した。凄まじい爆風は廊下の壁紙をぼろぼろに剥がし、飾ってあった壺を粉々に破壊していた。

「『四公』の屋敷をこれだけぼろぼろにしたんだ。さて、俺の首一つで許してもらえるといいがな」

 ミッドレイは自嘲気味に笑い、アンセリーナの元に向かおうと疲れ切った体を起こした。
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