《完結》聖夜の恋はツリーの中で

すずり

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ヒイラギの世界

#1

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『わあ~。氷のバラさん、きれいだねえ』
「お前あの状況でよく寝られたな……」
『えへへ。まだ眠たいよ~』

 一星の胸ポケットから元気に顔を出したブレッドは、同じポケットに差し込まれた氷の薔薇を見上げ、ご機嫌で眺めていた。勿論もう一輪は俺の胸ポケットに差してある。

 二人の身長はほぼ元に戻り始めていた。今は高校生ぐらいだろうか。今まで同じぐらいの目線だったのが、今は一星に頭一つ分ほど抜かされている。ちょっと悔しい。

 次にブレッドが示したオーナメントは中央に赤い実をつけたヒイラギだった。
 葉がかなり尖っていて飛び込むのに少し……いやかなり躊躇する。

『ユッキー、怖い? ぼくのお手て食べる?』
「手、繋ぐか?」
「いらねえし繋がねえし」

 雪雄と一星は冗談もそこそこにして足元の綿を蹴る。

 そろそろ馴染み始めた通り抜ける感覚の後、目に映ったのは闇だった。
 この冷たい外気からして、外にいるのだろうことは分かる。木々の香りがすることから森か林の中であるようだ。しかし月明りを隠す曇天のせいで周りがよく見えない。足元がずいぶん固く、凹凸が少ないことで土の上ではないことに気づく。

 周囲は闇に紛れて多くの息遣いが聞こえるのだが、それがやたら下の方から聞こえるのは気のせいだろうか。
 とりあえず一星の存在を確認するべく唇を開こうとした時だった。

 カン、カン、と鐘の音が辺りに鳴り響く。呼応かのするように夜空の雲が晴れ渡り、ゆっくりと月明りが差し込み現れたのは――自分達を取り囲む大勢の、小人の顔だった。

「ィイイイッツ、クリスマス・タァァアアイム!」

 若い男女の伸びやかな声が折り重なって夜空を突き抜ける。
 ちゅどーん、とでも表現されそうな花火の爆音が背後から炸裂した。
 息つく暇もないリズムに合わせて極彩色の光が点灯していく。定番クリスマスソングのアップテンポアレンジが弾丸のように駆け抜けた。
 光に照らされたのは、宙に浮いた様々な楽器たち。演奏者がいなくとも楽器自らが音をかき鳴らしている。

 大音量のクリスマスソングが鳴り響くのは、もみの木に囲まれた氷の湖だった。木々は一本残らずクリスマスの飾りつけをされ、湖上にはサンタ帽を被った小人たちが、岸辺にはトナカイたちが押し寄せている。
 小人はマシュマロの浮かぶココアが入ったマグカップを翳しながら、トナカイは装飾で彩られた給餌箱から山のような魚を貪りながら、それぞれが音に合わせリズミカルに体を揺らしている。

 湖上の中央には塔のようなクリスマスツリーが高く聳えていた。頂点で一際輝くミラーボールからはサーカステントのようにイルミネーションの電線が放射状に広がり、湖外の木々にまで張り巡らされている。

 そして呆然と固まる雪雄と一星がいる場所は、ツリーの下で激しく歌い踊る美男美女の二人組がパフォーマンスをしている前のど真ん中だった。

「ヘイ、リジィ! 見てくれよ! こいつはビックリのお客さんだ!」
「イエス、ニック! この素敵な夜にサプライズゲストだなんて、なんて素晴らしいの! 皆もそう思わない!?」
「いえぇぇえええい! ウェルカァァアアム!!」
「ぶもおおおおおおおおおお」
 
 結果的に飛び入りで参加してしまった雪雄と一星に動じる様子もなく、二人と観客(トナカイ含む)は明るく場に迎え入れてくれた。

 どうしよう。今までとは全く違う意味でついていけない。主にテンション的な意味で。

「失礼。これはどういう集まりなんだ?」

 こんな状況でも冷静に切り込んでいく一星に、雪雄は割と本気で尊敬の念を送った。

「ヘイ、失礼なんてある訳ないさ! 今夜はずっと働き詰めだった小人たちを労うパーティをしているんだよ!」

 一星の十倍テンションが高い返しをしたのは、ニックと呼ばれた美男子だった。一部の隙なく銀髪を撫でつけ、綺麗に顎髭を整えた彼は、ハリウッドスターのごとき笑顔を閃かせる。
 フォレストグリーンを基調にしたストレッチの利いたスーツは真っ赤な蝶ネクタイが良いアクセントになっていた。

「イエス、彼らは一年中ずっとサンタクロースのキャビンでクリスマスに向けての準備を続けていたの! つまり仕事が終わった今、最高のセレブレーションって訳!」

 固まったまま口が開かない雪雄の肩に銀ラメの爪が煌めく両手を置いたのは、リジィと呼ばれた美女だった。ミディアムボブの前髪で右目を隠す髪型が印象的な銀髪美女は、深紅の口紅で彩った唇で華やかな笑みを向ける。
 こちらもまたフォレストグリーンのドレスで、ミニスカートの裾から粉雪が舞い上がるようにダイヤモンドが散りばめられていた。

 どちらも真っ白なスケート靴を履いているというのに、動きに一切淀みがない。動作込みの台本が用意されているのではないかと思うほどキレッキレだ。

 とりあえずこちらの事情を伝えると、二人ははちきれんばかりの笑顔でツリーの頂点を指差した。もっと詳しく言うと、頂点にあるギラつきながら極彩色の光を放つミラーボールだ。

「可愛らしい天使様なら君たちが来るちょっと前に来たよ!」
「あそこでお休みしているみたい! ミラーボールをベッドにするなんて天使様も上級者ね!」
「ツリーの天辺で寝るなら元のツリーでいくらでも寝てくれよ!」

 駄目だ。突っ込んでしまった。おまけに語尾に絶対感嘆符つけるマンの仲間になってしまっている。

 頭を抱えた雪雄の背中を一星が静かにさする横で、ニックは何かを思いついたように手を打った。
 もう厭な予感しかしない。

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