10 / 19
ヒイラギの世界
#2
しおりを挟む「僕らで天使様を起こせるくらい最高のパフォーマンスを披露すればいいんじゃないかい!?」
「ニック! 私それ、すっごく素敵なアイディアだと思うわ!」
「ちょちょちょちょちょちょっと待ってくれ! パフォーマンスってそれアンタたちの仕事じゃ」
「遠慮はなしさ! 折角このパーティに来てくれたんだ! 僕らも力になるよ!」
「大丈夫! 初めてでも私たちが全力でサポートするわ!」
そういうことを言ってるんじゃない。
「とっておきの魔法をかけてあげようじゃないか!」
「レッツ・ショータイム!」
ちくしょう、全く話を聞いてくれない。
ニックとリジィが同時に指を鳴らすと、軽快なクリスマスソングが駆けだした。周囲からワッと歓声が上がる。ああ、俺もあっち側になりたい。
興奮で満ちた氷の湖上に、トランペットとサックスが嘶き合う。ギラつくミラーボールから溢れるレーザービームが夜空を裂いた。
ぼうっと突っ立ったままの雪雄と一星の前を、機敏な足捌きでジャイブを決めるニックとリジィが氷上を滑っていく。
「さあ!」
「一緒に踊りましょう!」
いやいやいや。無理無理無理無理。
「二人とも!」
「シャイにならないで!」
すれ違いざま、リジィが投げキッスを寄越すと同時に、雪雄の手足が勝手に動き出した。ギョッとする間もなく、視界が驚異的なスピードで移動していく。
慌てて視線を落とせば、いつの間にか雪雄の足には真っ赤なスケート靴が履かされていた。
驚く暇もなく、同じように体を動かされたらしい一星に腰と手を取られる。一星の方は緑のスケート靴のようだ。
「ユキ。こういう時は諦めも肝心だと思う」
「アンタの度胸、一割でいいから分けて欲しいよ!」
「でも今まで俺が見てきたユキなら、こんな風に強制されなくても最終的には自分なりに頑張って踊ってたと思うぞ」
「どういう買いかぶり方されてんだよ俺は……」
この会話の間も体は勝手に動き回り、腰を補助されるだけのバク転を生まれて初めて決めた。それもスケート靴で。
終わった途端へたり込まないか心配ではあるが、人生初の感覚に少し――いやかなり感動してしまった。大人になってから、こんなに体を動かすことがあっただろうか。
内側から温まっていく雪雄の全身を、冷たい空気が切っていく。森林の爽やかな空気と僅かに紛れる甘いココアの香りが鼻腔を通り抜けた。
巨大な雪の結晶のマークに光り輝く銀盤の上をスケート靴の刃が削っていく。その音がたまらなく心地いい。自然と唇の口角が上がってしまう。
視線を上げれば、涼しげな黒い瞳を星明りの夜空のように煌めかせた一星がいて、胸が跳ねた。寒い中運動をしているせいか、その顔はほんのりと赤く色づいている。
「まあ、たまにはこういうのもいいか」
だから、ついそう零してしまったのも仕方がないと思う。
「違いない」
雪雄と同じように口許を緩めた一星がそう答えると同時に、底抜けに明るい音楽がクライマックスに向けて駆け上がっていく。
視界が回り、頭上で吊るされたイルミネーションの光も一緒に回った。
「イッツ・クリスマスタイム!」
ニックとリジィの貫くような掛け声とともに、音楽が最高潮を迎えた。
星屑で満ちた夜空に眩い光の華が咲いていく。派手に舞い散る紙吹雪の中、盛り上がる観客。
クライマックスと同時にキュッとスピンを終えた雪雄は完全に息切れ寸前だったが、不思議な心地好さに包まれていた。
「二人とも最高だったよ!」
「ええ! とってもハッピーでワンダフルだったわ! 笑顔もなんて完璧なの……ってオゥマイ! あそこを見て!」
雪雄たちを褒め湛えていたニックとリジィだったが、言葉の途中でリジィが何かに指を差す。
一番近くにいる小人のサンタ帽の上に、手を叩いて喜ぶ天使の姿があった。
眠そうにウトウトしているが、それでも雪雄たちの姿を深緑の瞳に焼きつけるように見つめている。
雪雄と一星が恐る恐る近くまで滑り寄っても逃げる様子はない。雪雄の両手が、ゆっくりと天使に向かう。
遂にこれで終わるのか。少しだけ名残惜しさを感じながら天使に触れる――寸前で、天使が少し悲しげに笑った。びくりと指が震える。
『ごめんね』
シャン!と 鈴の鳴る音と同時に、世界が暗転する。
瞬きすれば、またあのスノードームが目の前にあった。
天使を逃したことを惜しむ間もなく、雪雄と一星はスノードームが映し出す映像に絶句する。
――うわあああっ! なんで、お父さん、お父さん……!
――イヤだ、こんなのイヤだよう。
――ごめんなさい、ごめんなさい。俺のせいだ、ごめんなさい!
小学生の雪雄が雪の上で倒れ伏す男に縋りついていた。降り積もった雪には少なくない量の深紅が滲んでいる。
今年もデパートのクリスマスツリーが見たいと騒いだ雪雄のために出掛けた結果がこれだ。ブラックアイスバーンで突っ込んできた乗用車は確実に父の命を奪っていった。
父によって咄嗟に突き飛ばされた雪雄はかすり傷ひとつなく無事だったが、もし自分があの時わがままを言わなければ父を失わずに済んだかもしれないという可能性は、小さな子供の胸を蝕んでいく。
酸鼻極まる光景の中、半壊した車のラジオからは澄みきったクリスマスキャロルが鳴り響いていた。
クリスマスなんて、最悪だ。
「ユキ」
呼ばれて、ヒイラギのオーナメントの前に戻って来ていることに気づく。
尖った葉に包まれた実の赤さが、やけに目についた。
「……俺はこんな時に何を言ったらいいのか分からないが、その」
「じゃあ何も言うな」
断ち切るように言い放って、後悔する。
視界の端で目を見開いたまま息を呑む一星の姿が映っていた。
「悪い。ちょっと一人にしてくれ」
「ユキ」
雪雄の腕を掴もうと伸びた手を、触れられる寸前で払いのける。
ツリーの下でこの男と出会った時これが出来ていれば、こんな無様な気持ちにはならなかっただろうに。
「今、余裕ないんだわ。後で合流すっから」
そう言い残し一人、先を進む。一星が追いかけてくる気配は無かった。
0
あなたにおすすめの小説
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます
松本尚生
BL
「お早うございます!」
「何だ、その斬新な髪型は!」
翔太の席の向こうから鋭い声が飛んできた。係長の西川行人だ。
慌てん坊でうっかりミスの多い「俺」は、今日も時間ギリギリに職場に滑り込むと、寝グセが跳ねているのを鬼上司に厳しく叱責されてーー。新人営業をビシビシしごき倒す係長は、ひと足先に事務所を出ると、俺の部屋で飯を作って俺の帰りを待っている。鬼上司に甘々に溺愛される日々。「俺」は幸せになれるのか!?
俺―翔太と、鬼上司―ユキさんと、彼らを取り巻くクセの強い面々。斜陽企業の生き残りを賭けて駆け回る、「俺」たちの働きぶりにも注目してください。
クリスマスには✖✖✖のプレゼントを♡
濃子
BL
ぼくの初恋はいつまでたっても終わらないーー。
瀬戸実律(みのり)、大学1年生の冬……。ぼくにはずっと恋をしているひとがいる。そのひとは、生まれたときから家が隣りで、家族ぐるみの付き合いをしてきた4つ年上の成瀬景(けい)君。
景君や家族を失望させたくないから、ぼくの気持ちは隠しておくって決めている……。
でも、ある日、ぼくの気持ちが景君の弟の光(ひかる)にバレてしまって、黙っている代わりに、光がある条件をだしてきたんだーー。
※※✖✖✖には何が入るのかーー?季節に合うようなしっとりしたお話が書きたかったのですが、どうでしょうか?感想をいただけたら、超うれしいです。
※挿絵にAI画像を使用していますが、あくまでイメージです。
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
蒼と向日葵
立樹
BL
梅雨に入ったある日。新井田千昌は雨が降る中、仕事から帰ってくると、玄関に酔っぱらって寝てしまった人がいる。その人は、高校の卒業式が終わった後、好きだという内容の文章をメッセージを送って告白した人物だった。けれど、その返信は六年経った今も返ってきていない。その人物が泥酔して玄関前にいた。その理由は……。
片桐くんはただの幼馴染
ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。
藤白侑希
バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。
右成夕陽
バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。
片桐秀司
バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。
佐伯浩平
こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる